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函館市

函館から世界で通用するパン職人を。パン エスポワール20250428

函館から世界で通用するパン職人を。パン エスポワール

2025年で25周年を迎えた、函館のパン屋「パン エスポワール」。市内に4店舗あり、長年函館市民から愛されている人気店です。そして経営しているのは、代表取締役の民谷貴彦さん。25歳のときに開業してから、今もずっとパンを焼き続けています。

「いろんな人とつながり、支えてもらったからパン屋を続けることができた」と話す、民谷さん。この経験が今の民谷さんの原動力となり、パン屋を通しての函館の活性化や雇用創出、若いパン職人の育成に取り組んでいるといいます。民谷さんの今までと、目指している未来について伺いました。

パンに興味がなかった青年が、パン屋で独立するまで

民谷さんは、2004年に函館市に編入された旧茅部(かやべ)郡南茅部町の出身。和食の職人を目指し、高校卒業後はホテルの和食レストランに就職します。

「和食の仕事は、入ったばかりだと何もやらせてもらえないんです。洗い物すらさせてもらえず、ただ黙って先輩の仕事を見ているだけ。時間が経つのがとても長く感じました」

1カ月で和食レストランを退職した民谷さん。その後、たまたまパン屋のチェーン店の求人票を見つけ、軽い気持ちで応募しました。パン屋での仕事は和食の修業とは正反対で、入社後すぐからパン焼きを担当させてもらったそう。

espoir_01.jpgこちらが、有限会社エスポワール、代表取締役の民谷貴彦さん。

ところが「最初はまったくパンに興味を持てなかった」と、民谷さんは苦笑します。しかし、2年ほどパン屋での仕事を続けるうちに、徐々にパン作りの楽しさに目覚めていきました。

「そのチェーン店のパン屋では講習会が定期的にあったんですよ。本や雑誌で見るような有名な職人が来て、直接パン作りを教えてくれるんです。フランス人の職人が来ることもあり、技術や手さばきの違いに驚き、刺激をうけました」

小学生の頃から独立願望があり、将来は定食屋かラーメン屋をやりたかったと話す民谷さん。パン屋の先輩が独立していく姿を見て、いずれは自分もパン屋を持ちたいと思うようになったそうです。しかし、当時の民谷さんはすでに結婚し、息子も生まれていました。しかも、若い頃に作った借金の返済に追われていたといいます。

「車が好きで、20歳まで廃車にしては乗り換えることを繰り返していました。当時の給料の半分以上を借金の返済に充てていたんです」

espoir_06.jpg愛情を込めて生地を揉み込む。その繊細な動きは、単なる作業ではなく、美味しいパンを生み出すための重要な工程です。

そんな状況では、独立などできるはずもありません。民谷さんは、まず借金を完済するために、副業として居酒屋でのアルバイトを始めます。

「本当は副業禁止だったのですが、ほぼ毎日、朝5時からのパン屋の仕事が終わると、夜6時から夜中の12時まで居酒屋で働く生活でした。結局、店長に見つかってしまったのですが、僕が独立したいことを知っていたので大目に見てくれたんです」

早朝から深夜まで働きながら、民谷さんは独立の準備も進めていました。あるとき、開業に必要な設備を中古で探してもらっていた業者から、良い機械が見つかったと連絡が入ります。しかし、中古の機械でそろえたとしても、店舗の改装費なども含め開業費用には数百万という資金が必要です。借金返済中で自己資金がほとんどなかった民谷さんは、金融公庫に開業資金の融資を申し込みました。

「金融公庫から融資を受けるためには、必要な資金の半分を持っていることが条件でした。ありとあらゆるところからお金を集めて、融資を受けることができ、なんとか独立のめどが立ったんです」

espoir_03.jpg函館で愛されるパン屋さん「エスポワール」の焼き立てパンたち。定番の食パンから、惣菜パン、菓子パンまで、豊富なラインナップが魅力です。

店舗を増やしたのは、函館が大切だから

民谷さんが開業場所に選んだのは、函館市内の人見町という街の空き物件。しかし、そこは目の前にパン屋があるという、新規オープンの店としては「とんでもない場所」でした。

「購入したオーブンが大きく、建物を壊さずに搬入できる物件がなかなか見つからなかったんです。選んだ物件は、建物自体はかなり古かったのですが、そのまま搬入できたので、改装費を抑えることができました。なので、目の前にパン屋があることは、あまり気にしていませんでしたね」

こうして、2000年の7月にお店をオープンした民谷さん。順調なスタートを切ったものの、2年目になると徐々にパンの売れ行きが伸びなくなったと話します。そこで民谷さんは一計を案じ、店舗での販売に加えて個人店への配達や移動販売なども始めることに。スーパーにも卸すようになり、売り上げは少しずつ上がっていきました。そして、開業から4年が経った頃、最初にオープンした店舗を人見町から現在の的場店に移転。そこから複数の店舗を展開させていきます。

espoir_02.jpg函館市戸倉町に佇む「エスポワール戸倉店」。レンガ調の温かみのある外観が、地域の人々に親しまれるパン屋さんです。

「2店舗目の戸倉店を作るときは悩みました。お金もですが、人を雇うのは大変なことです。それまでは、妻と社員数名という状況でしたから。でも、いろいろな方からの後押しを受けて、2店舗目のオープンに踏み切りました」

民谷さんはワインが好きで、函館にあるワインクラブの会員になっています。そこで出会った企業の経営者に店舗を増やそうか迷っているという話をしたところ、物件や融資の相談に乗ってくれる人を紹介してくれたそう。さらに、あるパン屋の経営者からもらった言葉も、店舗を増やす決め手となりました。

「『雇用を増やせるパン屋を作れる人はなかなかいない。店を増やせる立場にいるのなら、人を育てることを考えなさい』と言われたんです。函館のパン屋といったら、ほとんどがチェーン店ばかりで、修業できる個人店はほとんどありません。ですから、パン職人を目指す人が函館で働ける場所を作るのが、自分の使命なんじゃないかと。自分のパン屋を広げたいというより、雇用を生み出して地域を活性化したいという気持ちの方が強いかもしれません」

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地域活性化のためにと依頼され、商業施設のテナントとして出店していたこともあるそうです。店舗を増やせば、当然融資を受ける額も増えます。借金が増えていくことに、不安はなかったのでしょうか。

「なんとかなるという気持ちでした。それは、支えてくる人とのつながりがあったからだと思います」

こうして民谷さんは、独立から25年たった現在、的場店・戸倉店・五稜郭駅前店(エスポワール&どんぐり)・シエスタハコダテ店(LA NATURE)の合計4店舗のパン屋を経営しながら、後進となるパン職人の育成にも励んでいます。

espoir_08.jpg真剣な眼差しで、若手に指導を行う民谷さん。若手の成長が、民谷さんのやりがいに繋がっています。

やらなければ何も変わらない。人を育てるには投資も必要

民谷さんの一日は朝4時の仕込みから始まり、午前中いっぱいパンを焼き続けます。また、新商品の開発も民谷さんの大切な仕事です。そんな忙しい日々の中でも、スタッフやアルバイトが成長していく姿を見ることが、仕事の楽しさだと話します。

「今の若い子たちは、手先が本当に器用で何でもすぐにできてしまうんです。つい最近も、30歳以下のパン職人のコンクールを見ましたが、パン作りを始めて1~2年目の子たちでもすごく技術力が高い。そういう若い職人たちを育てることが、今一番のやりがいになっています」

しかし、人材育成には大変な部分もあるといいます。それは、パンは焼けても、店の経営やパン作りを教えられる人がいないこと。独立しようと考える人も、以前に比べて少なくなっているそうです。

「それでも、しっかり教えれば人は成長します。そのためにもっと指導できる人が増えてほしいですね。最近は、精神的にナイーブな人も多いと思います。だから、メンタル的な部分も成長を促せるように指導してあげられる人がいないとダメなんです。技術は黙っていても自然に身に付いてきますから」

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情報はスマートフォンですぐに調べられる時代。けれども、それが必ずしも良いことばかりではないと民谷さんは続けます。

「例えば、SNSできれいな景色を見ただけで、行ったつもりになってしまう。見ただけで満足してしまい、実際に行動しなくなる人が増えている気がします。でも、実際に行ってみないと分からないことがたくさんあります」

だからこそ、民谷さんは若いスタッフを積極的に外へ連れ出します。

「スタッフを3泊4日で東京に連れて行き、2日間は講習を受けて残りの2日間は遊んだりおいしいものを食べたりする。そういう経験が、パンだけでなく食べ物そのものに興味を持つきっかけにもなるんです。もちろん、そこまでしても辞めてしまう子はいます。おそらく、うちだけに限らず、どこの店でも似たような状況でしょう。それでも、何かやらなければ現状は変わりませんし、人を成長させるにはそのぐらいの投資が必要だと思っています」

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今は、地域外の人を積極的に採用したい

民谷さんは、来年新卒生を10人ほど採用する計画を立てています。特に函館以外の人を積極的に採用したいと考えているそうです。

「函館は素晴らしい街ですが、どうしても地元を離れて新しい環境で挑戦したいという人が多く、人材が都市部へ流れていく傾向があります。だからこそ、函館外からも人を呼び込み、街全体の活性化につなげたいんです」

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しかし、地元を離れて働くためには、住む場所が必要です。そうした人には、アパートを完備するなど、安心して働ける環境を整える予定だと話す民谷さん。現在店舗で働いているスタッフにとっても、新しい風が入ることで刺激になり、仕事へのモチベーションが向上するのではと期待しているそうです。

「北海道で開催するコンクールに、パン作りを一から学んだ子たちを出場させることが目標です。最終的にはパンの世界大会『クープ・デュ・モンド』に出場できるような人材を育てたいと思っています。まず、来年の卒業生向けにどう取り組むか、今考えているところです。公言したからには必ずやります」

具体的に、どのような人に来てほしいのか聞いてみました。

「まずは、食べ物に興味がある人。パンに限らず、そもそも食に興味がない人には続けるのが難しいと思います。大切なのは、経験やスキルの高さより、パン作りを楽しめるかどうかです。また、向上心の高い人や負けず嫌いな人など、何かを追求したいという気持ちを持っている人に来てほしい。スポーツが好きな人もいいですね。食に興味があって、パン作りが面白いと感じる人と一緒に楽しく働きたいです」

espoir_10.jpg均一に、そして最適な状態へと変化していくパン生地。機械ならではのパワーが、手ごねでは生み出せないコシと滑らかさを引き出しています。

また、早朝から働かなくて済むように、前日にパンを仕込めるような設備を整えていきたいとも話します。それでも、朝早くから働くことには実はメリットがあると語る民谷さん。

「例えば、朝4時から出勤すると、遅くても3時には帰れる。そこからの時間は自分のために使えるんです。僕自身も、自分の仕事が終わってしまえば、その後ジムに行ったりゴルフに行ったりしています。実は、コンクールで優勝するようなパン職人にも、最初は自分の趣味の時間がほしくて、早く終わる仕事を探していたという人が多いんです」

「意外とパン職人は、最初からパン屋を目指していた人は少ない」と笑いながら話す民谷さん。しかし、どんなきっかけでパン屋になるとしても、そこには必ず人とのつながりやサポートしてくれる人の存在が欠かせないといいます。

「自分にも支えてくれる人がいたように、これからは僕がパン屋を目指す人をサポートする。それが地域活性化への貢献にもつながると考えています」

espoir_14.jpgフランスでのブーランジェ(パン職人)の定番機械と言えばボンガード。フランス全土の7割のブーランジェリーに導入されている、ブランドのオーブン。

移住希望者の受け皿になれたら

民谷さんは、自分の店の経営だけでなく、道内のパン職人の有志が集まる「ベーカリークラブN43°」の会長としても活動しています。会長職を引き受けた理由について、民谷さんはこう語ります。

「こういう活動に関わることで、仕事が自分の店のことだけじゃなくなり、悩むことも増えます。でも、それが自分自身の成長にもつながるなと思ったんです。僕が引き継ぐ前に、N43°は有名なパン職人を招いて講習会を開催することもあり、格式の高いイメージがあって若い人からは入りづらいという声がありました。それならもっと気軽に入れる雰囲気に変えたらいいんじゃないかと思い、自分がその役を引き受けようと思ったんです」

パン作りは毎日同じ作業の繰り返しで、一人で続けているとつらさを感じてしまうこともある仕事です。だからこそ、たまには同じ職業の人と交流できる場が必要だと話す民谷さん。コンクールの開催も、職人同士のつながりをつくることが目的だといいます。

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「今のパン業界は、離職してしまう人が多いんです。その理由を考えたとき、やはり職人同士のつながりが希薄になっていることが原因の一つではないかと思いました。我々が若い頃は、いろいろなパン屋さんと会って話をする場があって、それが楽しかった。でも、今の若い人には、そういう場が足りないのではないかと思ったんですよね」

そこで、経験が7年未満の若い職人が全国の仲間と出会い、困ったときに助け合える環境を作るためにベーカリークラブN43°主催でコンクールの開催を始めたそうです。

夢を追う若者を応援する民谷さんに、ご自身の夢を尋ねてみました。

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「理想は、あと5年で引退してラーメン屋をやりたいんですが(笑)。実は、洋菓子を学ぼうと思っています。うちは、もともと洋菓子も販売していました。ところが、担当していたスタッフが辞めてしまい、作れなくなってしまったんですよね。次は自分が焼き方を覚えて、また店頭に並べられたらと思っています」

現在、民谷さんの息子もお店で働いています。父親として、いずれは店を任せたい気持ちはあるのか聞いてみると、「本人はそう思っているみたいですが、どうなんでしょうね」と笑いました。

最後に改めて函館の魅力を伺うと...。

espoir_13.jpg長年の経験が手に染みついた、民谷さんの手さばき。今もなお、早朝からパン生地と向かい合い、美味しいパンを生み出すために情熱を注ぎます。その背中には、パン職人としての誇りと、美味しさを追求する揺るぎない情熱が宿っています。

「函館は、飛行機も新幹線もあって、どこへ行くにも便利です。四季もあって、暑くなりすぎず、北海道の中では雪も少ない。とても住みやすい街だと思います」と話す民谷さん。開港都市ならではの食文化の豊かさも魅力だといいます。

「フレンチのレストランも多いし、パンを食べる文化も根付いています。もっと多くの人に集まってほしいですね。移住を希望する人の中には若い世代もいるので、そういう人たちの雇用での受け皿にもなれればと思います」

インタビュー中、楽しい冗談で場を和ませてくれた民谷さん。しかし、「人を育てる」という話題になった途端、表情が一変したのが印象的でした。「僕は適当な性格だから」と笑いながらも、函館で働くパン職人の未来や街の活性化を何より大切に考えていることが伝わってきました。

有限会社エスポワール
住所

函館市戸倉町316-1

電話

0138-57-5595

URL

https://pan-espoir.com/

●パン エスポワール & どんぐり
〒041-0813 函館市亀田本町46-8
TEL.0138-85-6338

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●戸倉店
〒042-0953 函館市戸倉町316-1
TEL.0138-57-5595

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●的場店
〒040-0021 函館市的場町11-23
TEL.0138-33-6464

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●ラ・ナチュール(シエスタハコダテ店)
〒040-0011 函館市本町24-1 シエスタハコダテ地下1階
TEL.0138-86-9091

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函館から世界で通用するパン職人を。パン エスポワール

この記事は2025年3月7日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。