
北海道旭川市から車で1時間半ほど北上し、今回取材にやってきたのは名寄市社会福祉協議会(以下、名寄市社協)で訪問介護事業を担当する「なよろヘルパーセンターぬくもり」。1993年から事業がスタートし、通算30年以上も地域の高齢者や障がいのある人の暮らしを支えています。住み慣れた家で自分らしく暮らしたい―。そんな思いに寄り添い、身体介護や生活援助のサービスを提供するホームヘルパーは地域に欠かせない存在です。一方で、この仕事には「大変そう」「他人の家を訪ねるのはハードルが高い」というイメージを持たれがちだといいます。人を相手にする以上、もちろん苦労はあるでしょう。それでも「ぬくもり」で働く皆さんからは、「人生の先輩に教わることができて楽しい」「できることが増えた!」というポジティブな声が上がります。ホームヘルパーという仕事の魅力がどんなものか、とても気になります。そして「ぬくもり」には、何でも相談できるベテランヘルパーが多くいます。長く仕事を続けたくなる居心地の良さが昔からあるそうですが、子育て真っ最中でも働きやすい雰囲気やチームの一体感はどこから生まれるのでしょうか。スタッフの皆さんに聞いてみました。
地域の人を支える、温かい事務所
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい!」
やわらかい光が注ぐ事務所で、淡いピンク色のユニフォームを着た女性たちが、はつらつと声を交わしています。仕事の準備や報告のためにテーブルを囲む皆さんは楽しそう。12人のホームヘルパー(訪問介護員)が活躍する名寄市社会福祉協議会の「なよろヘルパーセンターぬくもり」は、明るく温かな雰囲気が印象的です。
そんな「ぬくもり」で最年少という長谷川珠美さんに、まずはお話を伺いました。28歳からホームヘルパーを始め、その歴20年以上というベテランです。ホームヘルパーをしていた知人を通じ、「いいな」と仕事内容に興味を持ったのがきっかけでした。ゆくゆくは必要になるかもしれない、親世代の介護を見据えていたそうです。
こちらが、長谷川珠美さん
お子さんを妊娠中にホームヘルパー3級の資格(現・生活援助従事者研修)を取るよう勧められて受講し、出産後には2級(現・介護職員初任者研修)を取得しました。今では在宅介護課長を務めている中渡弘美さんに「調理は苦手なんですけど...」と相談してみると、「全然いいよ!」とホッとする答えが。「自分がやれる範囲でやれそう」と思えたことで、この世界に飛び込むことを決めました。
ホームヘルパーの仕事には身体的な介護だけでなく、調理や買い物といった生活援助もあります。調理が得意でなかった長谷川さんは「スマホがなかった時代は調理本をカバンに忍ばせて、家でも練習していました。白あえや胡麻あえは自宅で作る機会がなかったんですが、利用者さんに頼まれて作れなかったら恥ずかしいので...」と笑います。
ホームヘルパーさんのお仕事道具。
駆け出しの頃は調理本に学ぶ日々でしたが、作り方が分からない時は利用者さんから教わったそうです。「これを隠し味に入れるんだよ」と、"秘伝のレシピ"の一端に触れることもあったとか。「体が思うように動かなかったとしてもよくお話になる利用者さんも多いので、おかげさまでいろんなものが作れるようになりました」と長谷川さん。すっかり腕前は上がったようです。
小さなお子さんを抱えながらキャリアを重ねてきましたが、子育て中でも安心できる環境に支えられました。お子さんの具合が急きょ悪くなり、預け先からお迎え要請が入った時、周囲の先輩は「ほら、早く行きなさい」「仕事はどうにかなるんだから」と早退させてくれたそうです。その後も急な休みを申し出た際には、周りは嫌な顔一つせず「仕方ないしょー」と声をかけてくれました。
2人目を授かった時も「よかったしょー」「順番なんだから(気にせず)」と温かく祝福してくれ、気持ちよく休暇に入ることができました。「いつも受け入れてくれる仲間がいるから、戻ってきてまた関われたら」と、復職に迷いはなかったといいます。
育児のため職探し。忘れえぬ一言
続いては鎌田由美さん。2人のお子さんが育ち盛りの10代になり、お金がかかるようになったため、12年ほど前に仕事を探すようになりました。名寄市に隣り合う下川町で母が従事していたことからホームヘルパーという仕事を身近に感じ、自分も目指すように。子どもの行事がある時も、家庭の予定を優先的に考えてくれるため休みは取りやすく、無理なく働くことができたそうです。現在は1日あたり5時間で、週5日勤務。税法上の「扶養家族」から外れているといいます。お子さんが20代半ばになった現在では、子育てをしてきた経験で引き出しが増え、利用者と関係を築く上でもプラスになっていると感じています。
こちらが、鎌田由美さん。
鎌田さんには、自宅で看取った、忘れられない利用者がいます。自身の娘さんが高校生の時、訪問先でよく「家のお手伝いはしてくれるの?」と聞かれたそうです。鎌田さんは「いや、あんまりしてくれないんですよね」と言うと、大抵は「お母さんがちゃんと教えないからよ」という答えが返ってきました。しかし、この利用者だけは違いました。「大丈夫。あなたの働いている背中を見ていれば、子どもはちゃんと育つから」と優しい言葉をかけてくれたそうです。鎌田さんは「もう一生忘れないですね。本当にその通りに、娘はちゃんと育ちました。料理も好きですよ」。鎌田さん自身がそうであったように、知らず知らずのうちに、親の働く姿を見ていた子どもには、何かが伝わっているのかもしれません。
子どもを育てるためにホームヘルパーを始めた鎌田さんですが、この名寄市内では多くの仕事の選択肢がある中、どうして長く続けてこられたのでしょうか。ずばり聞いてみると、「利用者さんから『頑張れ、頑張れ』と励まされ、『助かった』『ありがとう』『また来てね』と言われて気持ちが途切れませんでした。それと、仲間がみんな優しくて居心地が良かったですね」と教えてくれました。
鎌田さんにとって、いろんな人と話すのは天職だったようです。「よく『大変じゃない?』と周囲に聞かれますが、そんなことはありません。若い人としゃべるより、人生の先輩としゃべるのが好きみたいです。いろいろ教われるし、落ち着きます」と笑います。訪問先でも事務所でも、自分の居場所や役割を見出せたようです。
パワフルな72歳「人生豊かに」
「ぬくもり」には、年齢を思わせない張りのある声とキビキビした動きで周囲を驚かせ、現場を盛り上げている72歳のホームヘルパー、植村千草さんがいます。
こちらが、植村千草さん。
植村さんは24年前、独居の高齢者宅に安否確認を兼ねてお弁当を届ける仕事に携わったことがきっかけで、社協に関わるようになりました。事務所に顔を出すたびに「楽しそう。意欲的にやってるなあ」とまぶしく映ったのが、「ぬくもり」でした。かつては幼稚園の教諭補助をしていた経験もある植村さんは、事務職よりも人と関わる仕事が自分には向いてると考え、訪問介護に興味を持ちました。
施設内で完結するヘルパーと違って、利用者の生活の場である自宅に赴くホームヘルパー。「1人で大変そう...」という目が向けられることが多いとされていますが、植村さんはパワフルに四半世紀、走り続けてきました。その背景には何があるのでしょうか?
植村さんのパワフルさに圧倒される取材班。誰よりも動作がすばやい!
「施設なら身体的な介護が多くなると思いますが、自宅では調理・通院介助・買い物・掃除といった普段の生活支援もあります。一日中同じことをしていることはなく、人によっても利用日によっても変化があります。同じことをしていない方が、私の性に合っています」と語る植村さん。例えば好みの味付けや、物の整理の仕方、身体的な状態は人それぞれです。1人ずつ違った対応をしやすいのだとか。
それだけ、ホームヘルパーの負担も大きくなりそうですが...。植村さんは気負いなく、こう答えます。「自分の家に、他人であるホームヘルパーが入る。よく考えてみると、これは結構大変なことですよね。それだけに、心を開いて話してもらえると、私も『良かった!』と思えます。さらに、困っていることを一緒に解決できたら『良かった良かった!』とうれしくなります。悩みに耳を傾けるうちに、心のつながりが生まれていきますね」。多くの利用者と接せることで、自身の人生も豊かになっていく感覚があるそうです。
とはいえ、人が相手の仕事。苦労も当然あるでしょうが、支えになっているのは事務所でテーブルを囲む時間だといいます。「最初のころは、(うまくできず)悔しくて泣いて帰ったこともあります。『何でそんなことになるのかな...』と落ち込むケースもあります。いろんな利用者さんがいらっしゃいますから。でも事務所に戻ると、テーブルで同僚たちが声をかけてくれる。みんなでグループでやっている感じがあって、ずっと続けてこれました」とハキハキ話してくれました。
おしゃべりは貴重な「学びの場」
「『おかえりー、大変だったね』『分かるよ!』とみんなが話を聞いてくれる」
「浮かない顔をしているとリーダーから『なした?』とすぐ声がかかる」
「不安なまま1人でいることはない。絶対に誰かが助けてくれる」
こういった声は、植村さん以外のホームヘルパーからも聞こえてきました。1人で訪問するのに、1人でやっている仕事ではない―。これは「ぬくもり」に脈々と受け継がれるカルチャーのようです。この職場の魅力について、現場をまとめる在宅介護課長の中渡さんと、総務係長の山中亜紀さん(社会福祉士)に聞きました。
こちらが、在宅介護課長の中渡さん。
「ぬくもり」の訪問介護は基本的に1人で動きますが、直行直帰ではありません。事務所に寄り、また事務所に戻ってきます。事務所で皆さんが囲むテーブルでは、申し送りや気づいたことの共有をします。医療機関から寄せられた、利用者に関する情報をチェックすることも。でも、それだけではありません。時にはお菓子やお茶が置かれ、家族の悩みや自分の体調などプライベートなことを話すそうです。気兼ねなく吐き出せる、貴重な時間。中渡さんにとってここが、公私ともに「学びの場」になってきました。
事務所に戻ってきて、「今日はこんなことがあったんだ〜」と喋る時間がほっとする、とヘルパーさんたちも話します。
中渡さんはこの道28年のベテラン。現在は12人いるホームヘルパーをマネジメントする立場ですが、「この仕事をしている人って、いい意味でみんなお節介なんだと思います。人を気遣い、サッと動ける人が多いです」と印象を語ります。そして、調理や掃除といった作業は経験を重ねればできるようになるため、相手の話に耳を傾けて安心してもらう姿勢こそが求められていると感じています。
「例えば、たまに遊びに来る孫の写真を見ながらお話を聞く。お嫁さんや息子さんには言えないようなことも教えてもらえます。これほど他人から信頼を得られる仕事って、なかなかないんじゃないかなと思っています」と中渡さん。そこに大きなやりがいを覚えて、続けてこられました。
1人で背負わないグループ担当制
所属するホームヘルパーの数が多かった時代には、小さい子どもがいる母親世代がほとんど。行事が重なるなどして希望通りの休みが取れないこともあったといいます。中渡さんも「自分の子どもの運動会も大変でした」と振り返ります。ただ、今ではほぼ全員がベテランと呼べる域に入り、休みたい時に休める環境を協力し合って作っているそうです。
利用者を受け持つ仕組みが変わったことも、働きやすさに大きく貢献しています。かつては1人担当制で替えが利きにくい状態でしたが、全体で回す「グループ担当」に。「自分だけで抱えなくては」という重さは今ではありません。さらに、医療機関やケアマネジャーら多職種との連携が取りやすい名寄市だからこそ、心理的な負担も和らぐとか。「みんな顔見知りなのでホームヘルパーだけで抱えてしまうということはありません。困りごとや迷ったことがあればすぐ解決できます」と、中渡さんは環境の良さを強調します。
総務係長の山中さんも、安心して働くことができる環境づくりに汗を流します。「ぬくもり」では現場に出てから最初の1か月は他のヘルパーさんが同行。勤務条件は柔軟に設定しています。
働く時間帯は、例えば「月曜の午前中」「子どもが学校に行っている間だけ」というスタイルも叶えられます。「受け持つ利用者は女性のみ」「入浴などの身体介護はできない」という要望も当初はOKとのこと。待遇などは「扶養の範囲内」「雇用保険に加入」「社会保険に入る常勤」という3種類を提案しています。
「ぬくもり」の温かさと働きやすさ。それは一人ひとりに寄り添うホームヘルパーの人柄に加えて、全員で利用者を支えるためのチームワークによるものだと確信できました。
- 名寄市社会福祉協議会
- 住所
北海道名寄市西1条南12丁目
- 電話
01654-3-9862
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