
スイーツを中心に加工品でも多く用いられ、野菜であることをつい忘れてしまうサツマイモ。スイートポテトだけでなく、アイスやクッキーなどもサツマイモフレーバーは人気が高く、近年はスーパーの焼き芋もすぐ売り切れるそう。本当にみなさん、サツマイモのこと大好きですよね。
このサツマイモ、その名の通り「薩摩」(鹿児島)が主産地の農作物です。茨城や千葉なども主な生産地として知られています。寒い北海道とは無縁なイメージでしたが、温暖化が進んだこともあり、北海道でも各地で栽培されています。この数年は全道の作付面積も急増しているそうです。
さて、今回はこのサツマイモにまつわるお話。北海道旭川や富良野など旭川圏でサツマイモ栽培に取り組む生産者さんと地域の人々を結ぶ「スイート・イモベーション・プロジェクト」について紹介します。
ポテンシャルの高いサツマイモ。それなのに生産者の生産意欲が下がるワケは?
「スイート・イモベーション・プロジェクト」がスタートしたのは今年に入ってから。プロジェクトを引っ張るのは、「旭川公園ゲストハウス」のオーナー・松本浩司さんです。松本さん、以前くらしごとに登場していただいたことがあるほか(こちらがその記事)、元新聞記者という経験を生かし、このWEBサイト「くらしごと」のライターとしても活躍していただいています。
まずは松本さんにプロジェクトを立ち上げるきっかけを伺いました。
「ゲストハウスを始めたころ、近隣の農家さんから旭川でもサツマイモを栽培しているというのを聞いて知ってはいました。その後、ライターとして行政機関の広報誌の制作に携わった際、サツマイモの特集記事を書く機会があり、あらためてサツマイモについて調べたんです。稲作地帯のこの旭川圏で、サツマイモは第2の柱になるとずっと言われていたと知り、僕自身もそうなるかもしれないと思っていました」
Tシャツに気持ちが溢れ出てしまっている松本浩司さん(写真右)と奥さまの茜さん(写真左)。
それから2年ほど、地元のサツマイモ栽培に関する動向を見守ってきた松本さん。旭川のサツマイモをブランド化する動きもあったそうですが、立ち消え状態となり、その勢いはむしろ下がってきたように感じるように...。サツマイモ自体は消費者に根強い人気があり、北海道産のサツマイモも注目されるようになっていましたが、旭川圏のサツマイモも、多くが「道産サツマイモ」という大きな括りで出荷されているのが現状です。サツマイモ栽培に取り組んでいる地元の農家さんから、単価が下がっている、地元の人に食べてもらう機会が少ないといった悩みを耳にすることも増えました。
「生産者の皆さんの意欲が下がっていくのではないか、このままではもったいないと思いました。旭川を中心とした旭川圏でサツマイモが栽培されていること、そしてそのおいしさをまずは地元の人たちに知ってもらい、価値を高めていく必要があると思いました」
可能性と危機感から、地元の人に知ってもらうためにプロジェクトをスタート
そこで松本さんは自分にできることを考え、地元の生産者さんが作ったサツマイモを加工し、地元の人に食べてもらう機会を作ろうと、「スイート・イモベーション・プロジェクト」を立ち上げることにしました。
「自分はサツマイモを栽培することはできないし、収量を上げるとか、味を良くするとか、栽培の技術的なことも何も言えないけれど、地域のためにその魅力を伝えていくことはできると思ったのです」
イベント出店も積極的に行い、こうしたPR誌も手作りで配布しているそう。
ここでひとつ、疑問が。可能性があると感じていたとはいえ、ほかにもさまざまな農作物があるのに、なぜ、そこまでサツマイモに力を注ごうと思ったのでしょうか。
「ビビッときたんです(笑)。というか、栄養価も高く、加工もしやすいサツマイモは、すごく求心力のある素材。首都圏のイベントなどを見ていても、スイーツにサツマイモを使っているというだけでたくさんの人が列をなすなど、人を魅了する素材だと感じました。その後、JAあさひかわで、サツマイモの10株オーナーを募集した際、50組の定員に対して300以上の応募があったんです。やっぱりみんなサツマイモが好きなんだと分かり、なおさらサツマイモに可能性を感じました。その一方で、地元の農家さんたちの生産意欲が落ちかねず、サツマイモ栽培が下火になっていきそうな状況を見て、このままではいけないとも思ったんです」
大きな可能性と危機感の2つが松本さんを動かしました。昨年の秋ころから構想を練り、年明けにプロジェクトをスタート。まず、地元のサツマイモの魅力を発信するため、共に活動してくれる「おいも!LOVERS」のメンバーを集めることにしました。
松本さんは、JAあさひかわ女性部永山支所の「みそ汁キャラバン隊」のメンバーに声をかけました。みそ汁キャラバン隊は、イベントなどで農家目線の料理を提供している農家のお母さんたち。地元産のサツマイモを食卓で楽しんでほしいと、サツマイモ料理のレシピなどを紹介しているそう。ほかに、旭川で発酵ソムリエとして活躍している曽川美穂さん、旭川北高校に通う荻生亜紀さんも仲間に加わってもらいました。そして、忘れてはならないのが、松本さんの奥さま・茜さん。地元のサツマイモを使って加工品開発の試作に取り組んでくれる強力メンバーです。
「北海道移住もそうですけど、突然の展開には慣れています」と笑う茜さん。
さらに、このプロジェクトに賛同してくれる生産者の方たちの輪も広がり、現在は旭川、富良野など旭川圏の7軒近くの農家さんが関わっているそう。
2月、3月、4月と、「おいも!LOVERS」のメンバーでイベントに出店し、地元の生産者が栽培したサツマイモを使った加工品を販売しました。
「スライスしたチップスや発酵ソムリエの曽川さんが考案してくれたサツマイモ麹を加えたクッキー、炊き込みご飯など、いろいろ試作してイベントで皆さんに食べていただいて、アンケートも取らせてもらいました。地元産のサツマイモで作っているとアピールはできたと思うのですが、イベントに出るだけだと一過性になってしまい...。プロジェクトとして、発展させていかなければと感じました」
継続していくために商品を流通させたい。白樺チップの燻製干し芋の誕生
松本さんは、プロジェクトを継続させていくには、商品化したものを流通させるところまで持っていかなければと考えます。そのための商品開発に取り組み始め、試行錯誤の上、たどり着いたのが「干し芋」でした。
「イベント時に取ったアンケートでも干し芋は人気が高く、賞味期限が長いというのも商品として出すにはいいと思いました。ただ、世の中には干し芋がたくさん出回っていて、アイテムとしてはいいけれど、差別化が必要だと感じました」
茜さんと一緒に試作を繰り返す中で、たまたま旭川デザインセンターで「北海道燻製珈琲」なるものに出合います。家具製作で出た端材をウッドチップにして珈琲豆を燻製したもので、これにヒントをもらった松本さんは、スティック状にした干し芋を燻製にしてみようと閃きます。そこで、親交のある地元の木こりの方からもらった白樺のチップを用いて燻製してみると...。
「そしたら、すごくおいしくて(笑)。コレだ!と。おやつとしても食べられるし、お酒にも合うんです。地元の白樺を使ったチップで燻製するというのも意義があると思いました」
白樺のチップは香りが強すぎず、サツマイモ独自の風味が楽しめます。
これに塩味や甘さをつけるなど、味のバリエーションを増やしていこうと、今も茜さんと試作を繰り返しているそうです。実際、試食をさせていただきましたが、ほのかに燻製の香りがして、確かにお酒にも合いそうだと感じました。
この燻製干し芋、着々と商品化が進んでおり、量産に向けて比布町の廃校に製造場所も確保。さらに、旭川高専の先生や学生がサツマイモの保管のためのセンサーなどを作ってくれるそう。
「今、法人化するために準備を進めています。年内にはきちんと商品化したものを出せるようにしたいと思っています。旭川のふるさと納税返礼品へのエントリーを目指し、尻を叩かれながらやっている感じです(笑)」
加工品の原材料を提供してくれるサツマイモ生産者さんたちの想い
原材料となるサツマイモは、プロジェクトに協力してくれる旭川圏の農家さんから仕入れます。その一人、富良野市の磯江農園・磯江あかねさんがちょうど松本さんを訪ねていらしたので、少しお話を伺いました。
「タマネギやメロンを主に栽培しているのですが、7年前からサツマイモ栽培にも挑戦。温暖化が進んでいることもあり、作付けしやすいと聞き、興味があってはじめました。野菜ソムリエの資格も持っているのですが、サツマイモの知識も得たくて同じ時期に野菜ソムリエの勉強も始めたんです」
ちょうど取材日にサツマイモを届けに来ていた磯江あかねさん(写真右)。
松本さんたちのイベントに顔を出したこともあるそうで、「松本さんのように旭川圏のサツマイモを広めようと活動してくださる方がいるのがうれしいですね。これからも一緒にこのエリアのサツマイモを広めていきたいですね」と話してくれました。
磯江さんのところでは、「紅はるか」「シルクスイート」の2種類を栽培しているそうです。
とても立派な磯江農園さんのサツマイモ!!
さて、生産者の方に登場いただいたので、その流れでもう1人、常にプロジェクトの活動を支えてくれている旭川のhana farm、千代(せんだい)圭さんのところにおじゃましました。「おいも!LOVERS」の曽川美穂さん、荻生亜紀さんにも合流してもらいました。
千代さんは花き農家ですが、20年ほど前から「面白そう」とサツマイモの栽培にも取り組んできました。松本さんいわく、「旭川のサツマイモ栽培のパイオニア」なのだそう。これまであらゆる品種を栽培し、JAあさひかわの野菜直売所で販売してきました。その経験を生かして松本さんの加工品作りもサポート。ちなみに昨年は10品種を栽培し、今年は11品種の栽培を行う予定だそう。
「毎年、試行錯誤しながら栽培に取り組んできて、旭川の気候に合う栽培の仕方や保管方法など、ここ数年でやっと形になってきたところです。これから松本くんに干し芋の原材料を卸さなきゃいけないから、まだまだ頑張らないとね(笑)」
こちらが千代圭さんです。
研究熱心な千代さん、ねっとりやホクホクといった食感と、甘みの濃厚さで分けた品種の分布図も作っています。「せっかくだから...」と、ハウスの中の薪ストーブで作った焼き芋で、「おいも!LOVERS」のメンバーと取材陣に「利きイモ」も体験させてくれました。
そんな千代さんが今注目しているのは数年前に登場した新しい品種「あまはづき」。長期貯蔵しなくても、まるで寝かせたような甘さに早く仕上がると言われており、すでにハウスに植えているそう。どのように育つか楽しみです。
「プロジェクトに関わる人がもっと増えて、旭川圏がサツマイモで盛り上がっていったら面白いよね」と千代さん。プロジェクトに期待を寄せているのが伝わってきます。
品種によって、甘みや粘りなどが異なるのが面白く、とても美味しくいただきました!
生産者さんを応援したい。そして、イモベーションで地域を活性化
次に「おいも!LOVERS」のメンバーにもお話を伺いました。まずは、発酵ソムリエの曽川美穂さん。食を通じて健康な暮らしを伝えていきたいと考え、発酵食品作りや麹を使った料理教室なども開いているそう。サツマイモ麹と旭川の米粉でソフトクッキーも開発しました。
こちらが曽川美穂さんです。
「生産者さんのため、地域のためと活動している松本夫妻に共感し、自分も発酵ソムリエとして一緒に地元のサツマイモを盛り上げたいとメンバーに加わりました。今、発酵ブームですが、本質をきちんとお伝えして、流行りで終わらせたくないと思って活動しています。サツマイモ麹を活用して、ドレッシングやドリンクなどの開発もいつかできたらいいなと思います」
曽川さんのサツマイモ麹もひと口味見させてもらいましたが、やさしい甘みが口に広がり、これだけでも十分おいしく、まるでスイーツのようでした。凍らせて食べるなどバリエーションも期待できそうですし、安心して食べられる子どものおやつとしても活用できそうです。
サツマイモ麹はいろいろな場面で使える万能素材。
もう1人の「おいも!LOVERS」、荻生亜紀さんは旭川北高校に通う3年生。スタートアップ関連のイベントで松本さんと知り合い、「学生のうちに商品開発に携わってみたい」と話していたところ、「おいも!LOVERS」に誘われたそう。陸上部で活躍する傍ら、地元のサツマイモのため、イベントなどにも積極的に参加しています。
「松本さんから話を聞くまで、旭川でサツマイモを栽培しているなんて知りませんでした。おいも!LOVERSの活動を通じて、若い人たちにもサツマイモの地産地消を広めていきたいと思います」
高校卒業後は一度旭川を離れる予定という荻生さん。在学中に精一杯、旭川圏のサツマイモをアピールしたいと話してくれました。
そして、こちらが荻生亜紀さんです。将来は海外で働いてみたいんだとか!
松本さんが荻生さんに声をかけたのは、「若い人や地元の学生さんにも旭川のサツマイモを知ってほしかったから」。地域を代表するような特産品になる可能性も秘めているサツマイモ。次世代にも伝えていかなければという思いもあります。
ゲストハウスの運営やライターの仕事など多忙な松本さんを突き動かしているのは、旭川圏の生産者さんたちの役に立ちたいという熱い気持ち。「いいサツマイモを頑張って作っている生産者の方たちを応援したい。そのための加工品です。加工品を世に出し、旭川圏のサツマイモの魅力を発信することが、生産者の方たちのモチベーションアップの突破口になるのではないかと考えています。それが結果として、旭川圏の活性化に繋がっていき、みんなにとってプラスに働けばそれがベストかな」と最後に語ってくれました。そんな想いが詰まった燻製干し芋の完成を楽しみにしたいと思います。
- スイート・イモベーション・プロジェクト事務局
- 電話
090-6664-4141(旭川公園ゲストハウス・松本)
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