旭川市は人口規模では北海道第2の都市ですが、過去に7つの自治体が合併してできたことから面積もとても広いまちです。それぞれの地域にそれぞれの特徴があるのですが、今回訪れたのは旭川の中心地から約20分の距離にある永山というエリアです。
北海道庁の長官も務めた永山武四郎からまちの名前がつけられた歴史のある地域で、国道を中心にお店が立ち並び住宅街が広がる一方で、少し出ると田園地帯が広がる農業が盛んな地域でもあります。
そんな地域に2019年にオープンしたゲストハウスの名前は「旭川公園ゲストハウス」。どうして旭川公園?そしてどうして中心地じゃなくて郊外の永山に?
そんな疑問を胸にゲストハウスを訪れた私たちは、住宅街の中に突然現れた不思議な空間に一気に引き込まれました。テラスのあるコモン棟(母屋)の横に並ぶ、小さな3軒の家。さらにコモン棟と小さな家の間に広がる広場にある、土管や不思議な遊具たち。そのすぐ横を田畑をバックに走るのは旭川と稚内を繋ぐ鉄道、JR宗谷本線です。
わたしたちを迎えてくれたオーナーの松本浩司さんは「これは近所の子たちが作った遊具なんですよ」と教えてくれました。出会ったばかりなのにこんなにワクワクするゲストハウスの秘密を教えてもらいたいと、誕生から今の様子をちょっとだけ覗かせていただきました。
原点となった卒業旅行、そしてふたつの出会い
松本さんは兵庫県の出身で、中学生・高校生の頃はいわゆる「撮り鉄」だったと言います。もちろん鉄道に乗ることも大好きで、時刻表を片手にあちこちに出かけることが趣味だったそうなのですが、原点となる出来事が起こったのは高校生の頃でした。
松本さんが進学したのは「自由・自主・自律」が校訓の、制服も無い自由な校風の高校で、修学旅行も生徒自らが企画するという慣習がありました。修学旅行の行先は北海道だったこともあり、担当委員となった松本さんは張り切ります。しかし、結果は予想外のものとなってしまいました。
「自由・自主・自律が校訓なのに、全く自主も自律も認められませんでしたね。。結局、学校と契約している旅行会社が決めたツアーになり、ほとんど自由はなかったんです。私は『人と出会う旅』をテーマにして、ユースホステルを回ろうっていう旅を提案したんです。人を分散させれば可能ですし、しかも安く行けるので。でもそれは実現できなくて、結果としてよくあるありきたりの修学旅行コースになってしまいました」
ご本人の言葉を借りれば「くそつまらなかった修学旅行」に、どうしてもリベンジしたかった松本さんは独自の卒業旅行を企画しました。もちろん保護者や学校からは大反対にあったそうですが、それでもなんとか説得を繰り返し、32人もの同級生と「人と出会う旅」をテーマに卒業旅行を決行しました。フェリーや鉄道などを駆使して占冠村・釧路市・標茶町・屈斜路湖・小清水町、といったザ・観光地ではない道内各地を旅行し、道東のユースホステルに泊まってオーナーさんとの交流を楽しみ、そこでしかできない遊び・暮らしを体験した、忘れられない思い出となったのでした。
こちらがオーナーの松本浩司さん
時が流れて松本さんは東京の大学に進学。卒業後は、とある新聞社に就職して新聞記者となりました。記者の仕事では中部地方を転勤しながら10年半という時間の中で様々な経験をしたそうです。なかでも松本さんを旭川公園ゲストハウスのオープンへと突き動かすきっかけとなった、ふたつの出会いを教えてくれました。
ひとつめは、愛知県で出会ったある福祉コミュニティ施設の理事長の『時間に追われず交ざって暮らす』という理念です。そこではお年寄りや子どもといった色々な人が雑木林のように「ごちゃ混ぜ」になって生活していました。松本さんはこの様々なステータスの人が関わりあうことでそれぞれの役割を果たし、生きがいを持って暮らしていける、という考え方が強く印象に残ったそうです。
ふたつめは、北陸新幹線の開通に伴って、参考として取材に訪れた、鹿児島県にある肥薩おれんじ鉄道の阿久根駅との出会いです。この駅は工業デザイナーの水戸岡鋭治さんがデザインし、待合室の他に図書コーナーやカフェなどが入った複合的なコミュニティ施設としてリノベーションされたものです。モータリゼーションや少子高齢化よって人の流れが変わり、シャッターの降りた商店も目立つようになっていた町の駅を、公共空間を豊かにすることでふるさとを愛する心を育むといった思いのもと、人の導線まで含めたデザインのチカラで蘇らせたことに強く感動した松本さんは、同時に色々な思いを抱えることになっていきました。
ゲストハウスと宗谷本線のレールの間には道路が一本あるだけ。視界をさえぎるフェンスも柵もありません。住宅街と畑と線路が一体となった永山ならではの風景
「新聞記者の仕事って、どんなに取材をしても当事者の感動の量にはかなわないし、本人の感じた苦しみや苦労は、本人にしかわからない部分があると感じました。その取材対象本人になりきることってできないんですよね。取材を続ける中で、『自分が当事者になりたい』っていうプレイヤー願望が生まれてきました」
北海道なら理想の暮らしができるのでは?
そうして31歳くらいの頃からでしょうか、松本さんが以前から抱えていたモヤモヤが浮かび上がってきます。記者という仕事を続ける限り避けられない転勤生活。仕事は充実しているしやりがいもあるけど、各地を転々としてどこにも根を下ろせない生活に「このままでいいのだろうか?」と思い始めたのだそうです。
そして思い出したのが、高校の時に自分が企画した卒業旅行でした。思った通りにならなかった修学旅行は全然記憶に残っていないのに、人と出会えた北海道の旅の記憶は鮮やかに蘇ってくるのでした。あの時のわくわくドキドキを上回りたい!自分の気に入ったところで自分の満たされる生き方をしたい!という気持ちはもう押さえられず、松本さんが行動に移すまでに時間はかかりませんでした。
笑顔がとっても素敵な奥様の茜さんは愛知県のご出身
「なぜか日付も覚えてるんですけど、2018年の1月25日、朝起きたら突然、北海道に行けば好きなことできるかもって思ったんです。うちの奥さんはパンが好きだし、泊まれるパン屋さんにすればいいんじゃないかなぁって突然思いついたんです。このアイディア自体はすぐなくなってはしまいましたけど...。泊まる×〇〇〇、のように宿って何かと何かを掛け合わせることができる場所だって思ったんです。それに加えて自分の中に残っている、愛知県の福祉施設と鹿児島県の阿久根駅で得た2つの強烈な価値観、それとあの卒業旅行が頭の中で噛み合ったのがこの瞬間だったんだと思います」
卒業旅行からうっすらと持っていた、北海道に友達が集まれるような場所を作りたい、旅行に関することで起業したいという気持ちも後押しし、松本さんは北海道に渡ることを決めました。
その時のことを奥さんに伺うと
「突然『北海道でゲストハウスやる』って言い始めて、最初は冗談かと思いました。賛成というよりは諦め?納得?...うーん、言葉って難しいですね、一定の理解ですかね」と笑います。
というのも、日ごろからこれからどうやって暮らしていきたいのか、どこで生きていきたいのか、という話はしていたというお二人。一致していたのは「地域と交わって生きていきたい」ということでした。こうして奥さんの理解もあり、松本さんは北海道移住へと本格的に動き始めます。
運命の場所、旭川公園
公園といえば!?。そして旭川公園ゲストハウスのシンボルの土管
阿久根駅に強く感動した松本さんは、元々鉄道が好きだったこともあって、北海道各地で駅舎を利用できるところがないか探し始めました。JRとも交渉したのですが、当然のことながらなかなか条件の合う場所は見つかりません。そんな時に出会ったのが旭川市郊外にある北永山駅でした。田んぼの中にポツンと佇むその駅に出会った時、運命を感じた松本さんは、旭川を中心に周辺のエリアについて調べ始めました。
永山というエリアは、旭川市街地と周辺にある農村地、森林のちょうど合間の地域です。都会的な便利さや人の賑わいがありながら、一方で回りを見渡せば農家の方や林業の方も多くいます。そういった合間の地域で人と人とが「ごちゃ混ぜ」になることは松本さんにとって理想的な場所です。そして何より松本さんの目に映ったこのエリアの最大の魅力は、面白い人、個性的な活動をしている人、がたくさんいるということ、そしてその魅力が埋もれているように感じたことでした。例えば森を所有する「木こり」の方、野菜を作っている農家の方、家具職人、陶芸家、ガーデナーなど、暮らしを楽しみながらその地域のものを使って面白いものを生み出したり、丁寧な暮らしをしている人がたくさんいたのです。
ゲストハウスのすぐ目の前を駆け抜ける稚内行きの列車
すっかりこの場所に惚れ込んだ松本さんが駅のそばの住宅街を探索していた時です。突然、立ち並ぶ住宅の合間の空き地が目に飛び込んできました。この空き地に松本さんは「ピンときた」そうです。新聞記者時代に培ったフットワークと取材力で調べていくうちに、その直感は確信に変わります。それはこの空き地は昔、自治体ではなく地域の人達が町内会で作った公園だったというエピソードでした。公園と言えば色々な人が集まる場所、つまり松本さんの考える「色々な人がごちゃ混ぜになる」というコンセプトにピッタリでした。「ここしかないな」と思った松本さん、この場所に旭川公園ゲストハウスをつくることに迷いはありませんでした。
地元の人も、外の人も、ごちゃ混ぜになって集まる公園に
場所を決めると、松本さんは何度も北海道に足を運んでは、周辺の人たちとの繋がり作りを始めます。たくさんのイベントや集まりに参加し、その参加した方との繋がりでまたたくさんの人との繋がりが生まれ、どんどんとコミュニティの中に入っていきました。そうしてあっという間に時間は流れ2018年の10月10日、とうとう松本家は旭川に移住しました。
そして始まったゲストハウス作りは、出会った多くの方たちの助けを得てすすんでいきました。できるところは自分たちで手掛け、プロにお願いする場面では道内の大工さんらにお願いし、佳境に入ると、記者をしていた時に取材で仲良くなった大工さんに静岡から来てもらうなんていうことも。この大工さんは古い道具や使われていないものを違うものに生まれ変わらせるという、リサイクルならぬ「アップサイクル」をやっている大工さんで、旭川公園ゲストハウスにはそのアップサイクルされた道具たちがちりばめられました。
こうして時間をかけて少しずつ築いた関係に支えられ、2019年9月19日旭川公園ゲストハウスはオープンしました。
解体された納屋にあった外灯。新品ではない道具の持つぬくもりが、旭川公園ゲストハウスの雰囲気にぴったりです
ところで旭川公園ゲストハウスの大きな特徴のひとつは、客室が建物の中の一室ではなく、母屋から離れた小さな家「タイニーハウス」だということです。
「旭川公園ゲストハウスは、地元の人と外の人がごちゃ混ぜになることを目指しているんです。なので、自分たちは地元の人との繋がりを作り、来てもらったゲストには、暮らすように滞在してこの地域の普段着の雰囲気を味わってほしいと思ったんです。なので、泊まる場所は部屋じゃなくて家にしました。なおかつ、豪華な宿とかだとついつい部屋にこもりきりになってしまって、気が付いたら部屋の思い出しかないってことあるじゃないですか。そうじゃなくて、外に出てこの地域と関わっていってほしいという思いから、部屋はあえて狭めのつくりにしました。
まちを散歩したり、観光したり、気分によっては家でゆっくりしたりして、一人になりたい時にはその場所がある。ちょっと外と関わりたい時には家のテラスで過ごしてみる、そして地域の人と話したい時はリビングや家の前の広場に出てみる、そんなその人の気分によって心地よい過ごし方をしてもらいたいと思ったんです」
森、風、土、とそれぞれ名付けられた客室のうちの森。手前のはしごをのぼるとロフトもあり、家族連れにもぴったり
こう話した松本さんは、ありのままの北海道の普通の生活を楽しんでほしいという思いから、ゲストハウスの看板を目立つように掲げることもしていません。3棟ある宿泊棟にはひとつひとつ住所もあり、まさにそこは暮らすことができる小さな家なのです。そしてもう1つのこだわりは、滞在の間ゲストに五感をフルに使ってこの場所を楽しんでほしいということです。時間の流れや、住んでいると当たり前になってしまう北海道の住宅街の風景、すぐ横の線路を走る列車の音、そんな日常こそが本当の豊かさなのではと思うのだそうです。そのため小さな家それぞれの窓から見える景色にもこだわり、それでいて他の家へ目線がいかないように向きにも工夫がされています。
客室の窓からの風景。見晴らしが良く、なおかつ外からの目線も気にならない
ゲストハウスを運営しながら、今も松本さんはたくさんのコミュニティに参加し、繋がりを広げていっています。その繋がりがあるからこそ、旭川公園ゲストハウスにはたくさんの仲間が集まり、泊まりに来たゲストと地元の人との間でまたかけがえのない体験や絆が生まれていく様子をいくつも見ることができたそうです。
以前外国からのお客さんが来た時には、チェックインした際たまたま居合わせた隣町の当麻町の方と意気投合。その当麻町の方に案内してもらってウッドワークを体験したり、農家さんの家に行っておいしいトマトジュースを飲むなど、滞在を目一杯楽しんでいってくれたそうです。このように偶然が生む楽しい滞在はもちろん、ゲストに合わせて好みに合いそうなお店を紹介したり、人や場所を紹介したりできる旭川公園ゲストハウスならではのサービスも大きな魅力となっています。
「観光の方ももちろん多くいらっしゃいますが、ここは宿泊するだけじゃなく人と人が繋がれる場です。なので、その人が興味のありそうなことや好きなことがわかれば、なるべくその好奇心に応えたいし、応えられる環境や人がいます。ひかえめに言って今までのゲストには大好評!(笑)。
今はコロナウィルスの影響もあって人が集まることはできなくなってしまっていますが、落ち着いた後にはそんなお客さんとの繋がりができるのを楽しみにしていますし、そのためにも地域の人たちを巻き込めるような活動やコミュニティへの参加なんかをこれからも進めていきたいと思っています」
かつて、北海道へと旅した松本少年が抱いた「ここではどんな出会いが待っているのだろう」という胸躍る気持ち。この旭川公園ゲストハウスは、旅人たちに、そんなわくわく感をいつでも感じさせてくれることでしょう。
薪ストーブのまわりには自然と人が集まります
小学校の授業で使われていたという作業台をカフェテーブルとして利用
地元の白樺の木をもとに、家具職人やテキスタイルデザイナーがチカラを合わせた特製スツール。クッション部分を取り外せばテーブルに変身。クッションに施された刺繍は経年劣化すれば2つめの作品が浮かび上がってくるというから驚き!
古道具の箪笥の引き出しも"アップサイクル"されて素敵な飾り棚に
カフェメニューで提供の、地元産食材のスイーツ。添加物・保存料などを含まないオリジナルグラノーラや、林檎のジュレなど舌にもカラダにも優しい一品!甘さ控えめでいくらでも食べてしまいそう
- 旭川公園ゲストハウス
- 住所
北海道旭川市永山1条24丁目2-4
- URL