太平洋沿岸の東胆振地区にあり、豊かな田畑と海が広がる厚真町。お米にハスカップ、シシャモにホッケなど名産も多く、農業、漁業に加え、林業も盛んな町です。
そしてここ数年、厚真町独自の起業支援事業「厚真町ローカルベンチャースクール」などを通して、面白い人々がどんどん集まり、次々に面白い事業が立ち上がっている、とっても熱い!町なんです。
そんな厚真町で動き出している新規事業のひとつが、木質バイオマスを利用した地域エネルギー事業。
今回は、このエネルギー事業を担う株式会社sonrakuの代表取締役 井筒耕平(いづつこうへい)さんにお話を伺いました。井筒さんご自身も、紆余曲折を経て厚真町と繋がった「面白い人」の一人。愛知県出身の井筒さんが、なぜ北海道に住み、厚真町のエネルギー事業に関わることになったのか。静岡や岡山、神戸など各地での経験を経て、北海道に辿り着いたストーリーをご紹介します。
厚真町の資源を活かす、バイオマスCHPの挑戦
まず、井筒さんが厚真町でやろうとしていることは、一体どんなことなのでしょうか?
「木質チップを活用した発電・発熱により、地域へ電気と熱を供給する『バイオマスCHP(熱電供給)事業』を厚真町で行なっていきます。稼働は2023年の2月を予定していて、まだ現地は更地の状態なのですが、これからフィンランド製の小型発電機を設置させたり、木質チップを乾燥させる場所の確保など、これからどんどん準備が本格化していくところです」
厚真町の周辺では、苫小牧市と江別市ですでに大型の木質バイオマス発電施設が稼働していますが、厚真町で稼働する発電機は40フィートコンテナ程の小型のもの。
従来の大規模・集中型の木質バイオマス利用だけでなく、中小規模の木質バイオマス利用により、より効率的な燃料流通とCO2削減、地域経済への寄与などの観点から、地域の持続可能性を高めるために重要だと井筒さんは言います。
こちらがこれから設置される予定の小型木質バイオマス発電機。
「再生産可能な資源である木材を活用して、将来的には厚真町というコミュニティで地材地消の流れを循環させ、持続可能な地域づくりに繋げていきたいと考えています」
井筒さんと厚真町の繋がりができたのは、時を遡ること2017年。「厚真町ローカルベンチャースクール(※)」で井筒さんが講演に呼ばれたことがきっかけでした。
井筒さんは当時、岡山県西粟倉村を拠点に、株式会社sonraku(前身名:株式会社村楽エナジー)として様々なバイオマスエネルギー事業に携わっていました。そしてこの講演以降、厚真町のエネルギー事業も手伝うようになり、バイオマスCHP事業へと話が繋がっていったのだそうです。(※厚真町ローカルベンチャースクールは地域おこし協力隊制度を用いて起業家を創出する事業です。詳しくはくらしごとのコチラの記事をご覧ください。)
「厚真町役場は西粟倉村役場とも交流しているし、西粟倉村でまちおこしに携わっている会社が厚真事業所を展開していて、土壌がもうできていました。なにより、一度厚真町との繋がりができたことで、厚真町役場の雰囲気も知っていたので『厚真町だったら、木質バイオマス事業をやれそうだ』と思いました。厚真町は林業も盛んだし、なによりまちに対して熱い想いを抱えている人たちが沢山居ますからね。楽しそうだなと思いました」
こうして導かれるようにして西粟倉村から厚真町に関わるようになった井筒さん。
そもそも、それ以前はどんなことをしたのでしょう。その生い立ちについて掘り下げていきましょう。
持続可能な社会をつくるという、未来を見る視点
今やバイオマスエネルギーの専門家として、西粟倉村で自身も実践を行いながら、全国各地で多様な取組みに携わってきた井筒さん。
その根っこにある「持続可能な社会をどう作っていくか」という熱い思いが、お話からも伝わってきます。
きっと井筒さんは学生時代から、バイオマスや持続可能性について熱心に学んで来られたのかと思いきや......「実は、ずっとやりたいことなんてなかった」と笑います。
意外や意外、井筒さんがバイオマスエネルギーに出会うまでの道のりは、決して真っ直ぐなものではありませんでした。
「僕は愛知県出身で高校生まではずっと愛知で過ごしました。そして大学で北海道大学の水産学部に入学したんです。高校の時に両親に連れられて行った北海道旅行がすごく印象的で、北海道は憧れの地。スキーが大好きだったんですけど、出身地である愛知県は雪が降らないので、雪が降るところに行きたかったというのもありました」
大学から大学院時代までの7年間を北海道で過ごし、スキーやサーフィンで北海道の自然を存分に満喫した井筒さんは、大学院修了後は港湾運送業の企業に就職し、静岡県へ。しかし、その企業は2年で退職。
「課長、部長というサラリーマンの背中を見ながら働いて、この先自分もこのルートを歩むのか、......と、はっきり先が見えすぎてしまって。先の見えないチャレンジングな人生を歩んでみたいと思って辞めることにしました。若かったですね(笑)でも、特にやりたいことは何にもなくて......」と当時を振り返ります。
思い切って退職という決断をした井筒さんが次に選んだ道は、学び直すこと。選んだのは『環境学』でした。
これもスキーやサーフィンなどを通して自然と触れ合っていたことから、これもなんとなくの選択だったそうです。地元の名古屋大学大学院環境学研究科に入学し、2度目の大学院生活に踏み出しますが、そこでの出会いが、その後の井筒さんを形つくっていきます。
「そこでいい先生に出会いました。その先生の研究室は、『この地域を持続可能にするには?』という視点で、ローカルの森林資源やエネルギーについて見ていく研究室だったんです。その視点ってすごいな!と思って。未来を作ることに携われるのってこれだなって思ったんです」
「持続可能な社会をつくる」という視点に、未来を作っていく面白さを感じたという井筒さん。これが、今の井筒さんの根となる部分なのだと言います。
「森林そのものやエネルギーそのものに興味があるというよりは、『持続可能な社会をどうつくるか?』というところに興味があるんです。地方にはたいてい森林があるけど、電気や熱などのエネルギーは大手企業にお任せ。でも持続可能な地域にするために は、地域の自然資源の循環の中から自分たちのエネルギーを取り出し、活かしていかないといけないよね、という考えのもと、バイオマスエネルギーという分野に関わっていくようになりました。分散型エネルギーで自立した地域が増えれば、一極集中・大量消費ではない持続可能な社会がつくれるのではないか、と」
こうしてやっと自分がぴんとくるものに出会った井筒さんは、2度目の大学院卒業後、バイオマスエネルギーのコンサルタンティング業務に従事することになったのでした。
その大学の先生からは、もうひとつ印象的な言葉をもらったそうです。
「自分が特にやりたいことがないと先生に話したら、『やりたいことなんて見つけなくていい』と言われました。(笑)やりたいことはこれだと思っても、これかな、これかな、やっぱり違うと、玉ねぎの皮をむいていくみたいに終わりがない。だから、『やりたいことは探さなくていい。目の前にある頼まれたこと全部答えていけばそれでいい』と」
井筒さんが全国各地で様々なところと繋がりを作っていけるのも、このスタンスがあるからかもしれません。
バイオマスエネルギー事業を、自ら実践していく
全国各地の自治体に向けてバイオマスエネルギーのコンサルティング業務を行っていた井筒さんは、その業務の重要性を感じつつもとある想いを抱いたのだと言います。
「日本全国の色々な市町村のエネルギービジョン策定に携わり、持続可能な社会を見据え、その地域のエネルギーの未来を変えられるかもしれない計画作りは、すごく重要で楽しい仕事だったんですけど、そのうち、じゃあこれを誰が実行するの?と思うようになってきて。そこで、かねてから再生可能資源として注目していた木材や、それを生み出す林業を自分でも経験したいと思い、会社を辞めて岡山県美作市の地域おこし協力隊に募集しました」
またも思い切った行動に出た井筒さん。2011年から3年間、美作市の地域おこし協力隊として活動した井筒さんは、地域の棚田再生事業に加え、自伐型林業に挑戦し、伐採作業や森林作業道づくりも自分達でやっていたのだそう。その間も、バイオマスエネルギーのコンサルタンティング業務は継続して行なっていました。
そして協力隊の任期を終えた2014年、西粟倉村に拠点を移します。
西粟倉村では、地域おこし協力隊時代に立ち上げた株式会社sonraku(当時の社名・村楽エナジー)として、行政と連携しながら村内3箇所の施設に薪ボイラーを導入しました。
「はじめは1施設の薪ボイラーの導入からはじめて。行政と民間企業で協力して、やれることからやってみようということで、自分が西粟倉村に移った年の9月からボイラー用の薪をつくり始めました。村内の土場に集まった原木を選別して、薪をつくって、薪ボイラーに運んで......。薪ボイラーの導入を行政が、導入後の運用をsonrakuが行うイメージです。そのうち、薪ボイラーが設置されている3施設のうちのひとつ『あわくら温泉元湯』も、自分達で任されるようになりました。だからsonrakuでは、薪を作って売る業務、宿泊温浴業務、そしてバイオマスエネルギーのコンサル業務。この3つの業務をやっていましたね」
その後、西粟倉村では木質チップによる地域熱供給事業もスタート。
西粟倉村のエネルギー事業を見に視察が来る、視察に来た人たちが元湯に宿泊する、そこから全国のコンサルティングの仕事にも繋がる......という循環もできたと言います。そしてその事業が冒頭厚真町との出会いと繋がることになるのです。
求められている感覚・仲間がいる感覚が、北海道にはある
西粟倉村を拠点に活動していた井筒さんですが、家庭の事情などもあり2018年には自身の拠点を神戸市に移動。2021年には、西粟倉村での「あわくら温泉元湯」運営とバイオマスエネルギー事業を、sonrakuの元スタッフに引き継ぎました。そして、厚真町でのバイオマスCHP事業が予定より早く準備開始できたこともあり、北海道に移住。現在はご家族の希望もあって岩見沢市に住居を構えました。
美作市や西粟倉、神戸にいる間も、コンサルタントとして全国各地と関わりを持っていた井筒さんですが、こうして北海道に根づいていこうと思えた理由は何なのでしょうか?
「一つは、『求められている感覚』があることです。仕事の視点で見た北海道の魅力は、これほどの森林資源がある一方で、課題も山ほどあるところ。課題が山ほどあるということは、それだけビジネスとしての余白もあるということです。もちろん課題解決は困難で甘くないのは承知の上ですが、これまで自分が培ってきた知識や経験を活かして、『自分がここでできることが何かあるんじゃないか』というワクワク感というか、求められている役割がここにはある、と感じています」
その「役割」をはっきり感じられているのは、sonrakuが参入しているイトイグループホールディングス(以下イトイGHD)の存在も大きいと言います。
(株)sonrakuは、士別市で土木・建築事業、飲食、福祉事業など多角的な事業展開をしているイトイGHDと業務提携しグループの傘下に入っています。そしてその出会いもまたドラマチック。
「中川町でバイオマスエネルギー事業の講演依頼があったのですが、士別市でも講演をしてほしい、とお願いされて。中川町からの帰り道で士別市にも行ったんですね。そこでイトイGHDとも繋がりました」
イトイGHDも以前くらしごとで取材している、かなり面白いことに取り組んでいる会社です。(記事はコチラ)
井筒さんは社長の菅原大介さんと意気投合。会社の姿勢や考え方に惚れ込んだといいます。そして2020年、(株)sonrakuはグループの一員となったのです。
井筒さんは イトイGHD企画開発室長でもあり、バイオマスエネルギー事業を担うグループ企業「株式会社あんぐらエナジー」の取締役でもあります。
また、イトイHDでは今後、森林資源の価値を高めるため、優れた強度をもつ木質の建築資材「CLT(Cross Laminated Timber)」を活用した事業の展開も計画しているそう。
井筒さんは、イトイGHD菅原代表の右腕として、人・資源・経済の良い循環を地域に生み出すアイデアを実現させていきたいと意気込んでいます。
イトイGHDの菅原社長(写真右)と業務提携時の写真。
「北海道ではこの『仲間がいる感覚』もとても大きいです。sonrakuの代表としてずっと一人でやってきて苦しいことも多かったので、今は一緒にやっていける仲間がいてワクワクするし、めちゃくちゃ楽しいですね」
大好きな北海道で、もっと人に会っていきたい
井筒さんにとっての北海道の魅力は、もちろん仕事の面だけではありません。
「やっぱり、北海道が大好き!という気持ちは大きいです。昨シーズンはスキーに行きまくりましたし、夏は家の庭で気軽にBBQも楽しめます。これは都会ではなかなかできません。北海道でのプライベートの居心地よさは最高です」と満面の笑み。
現在お住まいの岩見沢市でなんと井筒さんは、少年野球のコーチも務めていらっしゃるそうです。
「もう、ゼネラルマネージャーなみの忙しさですよ。(笑)北海道の少年野球は、平日は毎日練習で土日は試合と、練習日数が多すぎるという課題があると感じています。ですのでうちのチームは週2回で2時間のみと決めて集中して取り組むようやっています。個人的にはこのスポーツ関係の課題もなんとかしたいですね」
最後に、今の井筒さんが北海道でやりたいことを教えてくれました。
「北海道に移住して1年が経ったところなんですけど、まだ人に全然出会えていないし、自分のことを知っていただけてもいないなと思っています。今は岩見沢市から厚真町や士別市を往復しているくらいなので。だからこれからは時間をかけて、もっと人に会っていきたいなと思っています」
厚真町でのバイオマスCHP事業や、士別市のイトイGHDとの事業は、これからどんどん本格化していきます。大好きな北海道で新たな一歩を踏み出した井筒さんには、きっとこれからもいろんな人や地域と出会いが待っているのでしょう。
持続可能な社会づくりを目指す井筒さんの挑戦から、今後も目が離せません。
(株)sonrakuが厚真町で拠点を構えるのは厚真町のシェアサテライトオフィス。その前で井筒さんをパシャリ
最後に、一番先に取材陣の目を引いたのはSuperdry。極度乾燥(しなさい)のTシャツ。思わずツッコむと「フィンランドに行ったときにこのTシャツを見つけて『僕が買わずに誰が買うんだって』言って買ったんですよね。これ有名なブランド品で高いんですよ」とウケを狙って着てきてくれたという井筒さん。やはり木材の極度乾燥が重要らしいですよ!面白い取材をありがとうございました!
- 株式会社sonraku
- 住所
北海道士別市朝日町中央4527-89
厚真町での拠点
北海道勇払郡厚真町新町105