道東・中標津町といえば、生乳生産量が全国第2位という酪農の町。市街地から車で10分ほど行くと空港があり、飛行機に乗ってしまえば札幌へは約50分、東京へも約1時間40分というアクセスの良さ。
今回は、この中標津町に令和3年に開校した「岩谷学園ひがし北海道日本語学校」、令和6年春に開校の「岩谷学園ひがし北海道IT専門学校」へおじゃましてきました。完成したばかりのIT専門学校の校舎で、日本語学校の校長であり、IT専門学校の開設準備にあたっている岩谷学園本部本部長の折笠初雄さんに学校について話を伺うことができました。また、日本語学校に通うミャンマー出身のココ ナインさんにも中標津での暮らしなどについてお話を聞きました。
中標津町に新しく誕生した日本語学校と来春開校を目指すIT専門学校
まずは完成したばかりの「岩谷学園ひがし北海道IT専門学校」の中を折笠本部長に案内していただき、ここでお話を伺うことに。中標津の市街地に建つ木造の建物は、広々ゆったりとした造り。教室は白を基調とした明るい雰囲気。実習室の廊下側はすべてガラス張りの扉になっていて、全体的にオープンな印象ですが、広めの廊下はまっすぐではなく、少しずつずらしてあり、オープン性とプライベート性の両方を確保した造りにしているそう。
「学園が考えたプランを地元の建築会社さんが建ててくれたんですよ。床は教室も廊下も床暖が入っていて、冬も暖かく快適に学べるように設計してあります」
実習室の前側は壁一面がホワイトボードになっており、生徒たちがグループごとに課題を協議する際にも使えるそう。
「これまでは教師が黒板の前に立って一方的に教えるやり方でしたが、これからはグループワークが主流に。グループで課題解決し、学びを深めていく時代なので、ホワイトボードもそのようなときに使いやすいようにとこのように設置しました」
各教室の大きな窓からはのどかな風景が広がり、すぐ目と鼻の先には地元の小学校があります。折笠本部長は
「そこの小学校とプログラミングに関する授業などを一緒にやりましょうねと話してはあるんですよ」とニッコリ。実習室もガラスの扉を開けて廊下と繋げると100人近くが入れるそうで、「講演会など、町の人にも利用してもらえるような場所にできたらと考えています」と話します。
縁があって始まった学校設立の話。官民一体で本格誘致をスタート
「ひがし北海道日本語学校」を運営し、来春には「ひがし北海道IT専門学校」を開校させる岩谷学園とはどのような学校法人なのでしょうか。折笠本部長に詳しくお話を伺いました。
「横浜に拠点を置き、専門学校や高等専修学校、認定こども園などを運営している学校法人になります。20年ほど前から日本語学校の運営も行っていて、毎年、アジア各国から岩谷学園で日本語を学びたいという留学生がたくさんやってきます。そんな学園が中標津で学校を建てることになったのは、現在の岩谷学園の理事長を務める岩谷大介と、中標津町の湯宿だいいちの後継ぎとして経営に携わっている長谷川周栄社長が、学生時代にアメリカの留学先で偶然一緒だったこと、お互い大人になってからも青年会議所での活動で繋がりや親交があったことがきっかけです」
もともと根室管内には高校から上の学校がありませんでした。若い人たちに地元に残ってもらうためにも、高校卒業後に進学できる学校を作りたいと考えていた地元の人たちは、学校誘致を行ってきましたが、なかなかうまくいかずにいたそう。そんなとき、地元の養老牛温泉「湯宿だいいち」の代表となった長谷川氏が、岩谷学園を誘致しようと町内有志の「岩谷学園誘致の会」を立ち上げます。最初は町も無理じゃないかと後ろ向きだったそうですが、長谷川氏や青年会議所関係者らの熱い想いに少しずつ動かされ、町や教育委員会、商工会らもオブザーバーとして誘致の会に加わり、官民一体となって本格誘致のための環境整備などを進めていきました。
「私は2年ほど前から携わるようになったのですが、学校設立に関しては6年くらい前から動き出していたようです。町としては、すぐに専門学校を建ててほしいようだったと聞いていますが、岩谷学園は日本語学校運営の実績があったので、まずは日本語学校からとなりました」
令和元年に、岩谷学園、誘致の会、中標津町、中標津町商工会が日本語学校の開校と留学生の受け入れを円滑に進めるとともに、地域に根差した日本語学校の運営を進めることを目的とした連携協定を結びます。
日本語学校は令和3年4月からの開校となりましたが、コロナ感染拡大により生徒が入国できず、1年目は生徒の数がゼロ。翌年4月にようやく9名の留学生がやってきました。
「どうなることかと思いましたが、無事スタートを切ることができ、今年は32名の留学生が入学しました」
スマート農業の推進に役立つ学び。中標津だからこそできるITの専門学校を
日本語学校の運営がやっと軌道に乗り、次は待望の専門学校開校に向けて本格的に動き始めます。
「ITの学校という話は決まっていましたが、何をコンセプトにするかを話し合いました。ITの学校は道内にはたくさんありますし、この辺りの子どもたちは札幌や東京などへ進学してしまいます。町の人たちは子どもたちに残ってほしいと考えているわけですから、地域に繋がりのあるITを学べるとしたら...と考えた結果、酪農や農業に関連あるITにたどり着きました」
中標津町やその近隣町村の酪農家、農家では、作業の機械化、IT化が進み、スマート農業を実践しているところも増えています。それらはすべてあらかじめプログラムされたシステムで動いています。とはいえ、コンサルの言うままに導入している酪農家や農家が多く、「地元の人でシステムのことが分かる人がいてくれたら...」という要望も出ていました。
「スマート農業が進んでいくと、大規模に展開している町の酪農家や農家にとって、プラスになることがもっと増えていきます。そのシステムのプログラムができ、数字を読める人材が地元で育ってくれれば、町にとってもプラスになると考えました」
そして、農業酪農ITコースを設立することになりましたが、「横浜の系列校の中にもIT系の学校はありますが、農業と酪農に関するITではないから教えられる人材がいない、それから農業、酪農を学ぶための施設を準備するのが資金的に難しいという問題がありました」と折笠本部長。
そこで、地元のJAや、次の担い手育成や研修も行っているRARA Farmなど、すでにスマート農業を進めているところに協力を要請すると、町のため、町の子どものためならと、快諾。酪農家や農場経営者の中には、講師をしてもいいと手を挙げてくれた人も。こうして地域の人たちの協力によって、生徒たちがリアルなスマート農業の現場に触れることが可能となりました。
農業関連の学校は、農地の確保、機械設備など、膨大な資金が必要となるため、私立でなかなか簡単には始められないのだそう。それでも今回、地域の人たちの全面協力があって実現が可能となりました。すでに、農機具の機械メーカーやスマート農業を進めているメーカーからは、こうしたことを学んだ人材が地域に増えることに期待しているという声も寄せられているそうです。
学園のモットーは「楽しい教育」。地元の子どもたちの「学びたい」を支えたい
専門学校にはもうひとつ、商工業観光ITコースも開設。こちらは基本はITビジネスを学びますが、地域観光産業を行うためのPR部門で活躍できる人材を育成します。
「留学生の中には、日本語学校で学んだあとにITを学びたいという学生が多いので、その進学先になれればとも考えています」
道東エリアは知床のような世界遺産もあれば、湖や湿原など豊かな自然による観光資源が豊富にあり、国内外問わずたくさんの方たちが訪れる場所です。SNS、WEB、VRなど、PRに役立つものを学べるよう、その道のプロも講師として招きながら進めていきたいと考えているそうです。
「町と共に発展していける学校でありたい」と折笠本部長。町の人たちも学校ができることで若い人が残り、さらに町も発展していくことに期待をしています。
「岩谷学園のモットーは『楽しい教育』。地元の子どもたちが、学びたいけれど費用のことで学ぶことを諦めてしまった場合、授業料免除などの支援も行いたいと考えています。町の学校として、町の子どもたちの学びたい気持ちを担保できる存在でありたい。こうした学生支援に関しては、町や誘致の会でもサポートしていこうという話でまとまっています」
ゆくゆくは大学との連携も考えているそう。折笠本部長は、横浜と中標津を定期的に行き来しながら、町の人たちとの交流も深め、春の開校を目指して最終調整に奔走しています。
町と町の人の協力があって発展する学校。留学生の受け入れも全面協力
学校設立にあたっては「町や町の人たちの協力が大きい」と折笠本部長。それは、日本語学校も同じで、特に留学生たちのアルバイト先の確保に関しては町の商工会が全面的に動いてくれています。
「留学生たちは決して裕福な状況ではないので、誘致の際の条件として、アルバイト先の確保をお願いしました。今は、商工会の紹介で飲食業や介護施設など幅広いところで留学生がお世話になっています。先日、留学生たちの日本語スピーチ大会を開催したのですが、そこへアルバイト受け入れ先の方々もご来場くださったんです。スピーチの内容は中標津での暮らしに関するものが多く、お世話になった人たちに恩返しがしたいというものもあり、それを聞いて涙ぐむ方もいらっしゃいましたね」
留学生たちが、アルバイト先や町の人たちと心を通わせながら日本語を学んでいるのが伝わってくるエピソードです。
アットホームな町・中標津。学校設立でさらなる町の活性化を期待
留学生の話が出たところで、ここからは、この春ミャンマーからやってきた留学生ココさんに登場してもらいましょう。
ココさんは、毎日学校に通う傍ら、中標津町内のうどん店と居酒屋でアルバイトをしています。来日して約8カ月、少ししか日本語が話せなかったというのが嘘のように上手に日本語を使います。学校では、中級レベルのクラスに在籍しているのだそう。学校で文法、漢字、聴解などを体系的に学び、アルバイト先はこれらの実践の場にもなっています
「5月からうどん店でアルバイトをはじめたけど、最初はほとんど日本語が分からなかった。でも、だんだん話せるようになって、日本語と日本のマナーも店の人に教えてもらいました」
アルバイト先でのリアルな会話も日本語上達には大きく役立っているようです。ミャンマーではお店で働いている時は水を飲むときも立ったままだそうですが、日本では座って飲むなど、習慣や文化、マナーの違いもアルバイト先で覚えたと言います。うどん店でアルバイトをはじめて半年以上経ち、今では接客だけでなく、仕込みの手伝いもできるようになったそう。
さらに、居酒屋でのアルバイトをはじめてから、「とりあえず」という言葉を覚えたと笑います。
「とりあえずビール、ってみんな言うでしょ」
学校の授業だけでは得られないまさに生きた日本語です。
現在は寮で暮らし、自炊もしています。日本に来日してすぐのときは、クラスメイトたちとあちこちドライブすることもあったと言いますが、最近は学校の勉強とアルバイトで忙しいそう。多忙な日々ですが、アルバイト先で日本人の友達もでき、「日本語がどんどん分かるようになって楽しい」と中標津での暮らしを楽しんでいるようです。
アルバイト先の人たちや、店に来る町内の人たちは「みんな、やさしい」とココさん。
折笠本部長は
「横浜の日本語学校だと、学校側はアルバイト先の様子までは分かりません。でも、中標津は町ぐるみで留学生を受け入れてくれているので、留学生も地元の方たちとコミュニケーションを取りながら、アットホームな中で日本語を学ぶことができます。また、将来、留学生たちとの関わりが町の活性化にも繋がっていけばと思います」と話します。
これからやってくる雪のシーズンに向け、ココさんはアルバイト先の方たちから「雪が降り積もると滑るからね」と聞き、「まだ雪が積もったのを見たことがないので、ちょっとこわい」と苦笑い。とはいえ、「せっかく北海道にいるから、スキーに挑戦してみたい」と話します。
日本語学校を卒業したら、東京の大学へ行き経済を学びたいと考えているココさん。卒業までの間、中標津での学びと暮らしを存分に楽しんでほしいものです。また、新しいIT専門学校の開校も楽しみな中標津町。地元に残る若者たちが増え、町がより一層賑やかになる未来はそう遠くはないかもしれません。
- 岩谷学園ひがし北海道IT専門学校/岩谷学園ひがし北海道日本語学校
- 住所
岩谷学園ひがし北海道IT専門学校/北海道標津郡中標津町東7条南9-6
岩谷学園ひがし北海道日本語学校/北海道標津郡中標津町字西竹1285-3 - 電話
岩谷学園ひがし北海道IT専門学校/0153-72-3390
岩谷学園ひがし北海道日本語学校/0153-78-1022 - URL