人と人との心が通う温泉宿
北海道は道東エリア。中標津空港から車で30分程のところにある、養老牛温泉。知っている人は知っているその温泉街に佇む「湯宿だいいち」。ここはお風呂の数の多さもさることながら、「うちにはマニュアルがないんです。その人それぞれの『地』で接客してもらうサービスが特徴」と社長が語る通り、スタッフの方々の接客の良さも評判です。
宿に一歩足を踏み入れると、そこにはあたたかな木の温もりが溢れていました。取材は4月頭だというのに、細かな雪がちらつく空模様。しかしここは、そんな寒さを忘れさせてくれるような、なんだかホッとする場所です。
玄関を入るとすぐ目の前に大きな囲炉裏が迎えてくれます。床下に温泉熱が循環されており、とっても温かい!
今回のくらしごとではこの宿の魅力、そしてここに移住してきて働く一人の女性に密着しました。まずは社長より、この温泉の宿が誕生したお話をしていただきましょう。
温泉の歴史と魅力
笑顔がとても素敵で、気さくな社長の長谷川松美さん。スタッフの皆さん、そしてお客さまからも愛されている社長です。
湯宿だいいちの前身は1929年から始まります。この界隈で温泉旅館を2番目に始めた坂本与平さんという方が「第一旅館」という名で営業していたものの、戦争激化により廃業。その後長谷川さんの祖父がこの場所を受け継ぎ、そして1972年に長谷川さんが「大一旅館」(現・湯宿だいいち)と改めて開業したのでした。
今日を迎えるまでに、戦争を始め、度重なる災害にも見舞われながら人気の宿として確立。
実はもともと教師を目指し、大学へと通っていた長谷川さん。この宿を継ぐべくしてこの地に戻って来たのですが、長谷川さんが受け継いでからは、どんどん宿の姿は変わっていきます。
当時まだ全国的にも珍しかった露天風呂は、ここ「湯宿だいいち」がいち早く手がけ、これが大当たり。それだけではなく、温泉の数も非常に多いのが特徴なんです。
自然が溢れたこの場所での露天風呂は開放感が溢れます。
ここではまだまだ載せ切れないほどの温泉があり、その数計7カ所ほど。他に岩盤浴やミストサウナなども兼ね揃えています。さらには取材した時も新たなお風呂を絶賛建設中。実はお風呂だけではなく、お部屋の数もどんどん増やしていきました。それも、場所によってお部屋の種類、雰囲気も全て違うのです。
こうしてどんどん増築されていった館内はまるで迷路のよう。
遊び心満載のこの宿。一度泊まってみたら、今度は違う部屋に泊まってみたくなる...リピーターの方が増えることも、分かる気がします。
楽しませてくれるのはそれだけではありません。廊下の壁に広がるギャラリー。長谷川さんが趣味でこれまで集めてきたものを飾っているそうですが、もはや美術館にいるような、それくらいの数々に驚いてしまいます。
大きな窓がある客室は、窓から広がる景色そのものが絵のよう
農業地帯であるこのまちは、実は少し車を走らせれば海もあるため山の幸と海の幸に恵まれた立地です。だからこそ、食材にこだわったものをお客さまに提供できるのもこの宿の魅力のひとつ。
この宿にやって来る旅行者の皆さんは、この自然溢れた場所に心癒やされる方が多い様子です。
「ここに来て、ボーッとしているのがいいんですよね。ゆっくりするために来る人が多く、第二の家だと親しみを持ってくれています」と長谷川さん。
団体客は受け入れていないということもあってか静かな館内。最近でこそ海外の旅行者も増えてきていますが、ヨーロッパ系や、台湾香港から来る方が多いとのこと。スタッフの中には英語が堪能なスタッフもいますが、何より大事にしているのは『心』でのおもてなし。
冒頭でもお伝えした通り、この宿にはマニュアルがありません。それは、スタッフそれぞれが自分の言葉で、地元の言葉でお客さまと会話して欲しいから。
「かしこまった言葉を使うよりも、そうした方がより相手の心に届くんですよね」。
ひとつひとつに魅力がある湯宿だいいち。
ここの魅力はもはや、この記事だけでは語り尽くせそうにありません。
知らない土地、経験したことのない仕事を求めて
ここでひとりの女性のスタッフにお話を聞くことができました。北海道、道央エリアにある岩見沢市出身の澤田さくらさん。現在28歳。学校を卒業後一度札幌で就職し、販売接客のお仕事をされていました。淡々と過ごしていた毎日。そんな日々に一度区切りをつけようと、25歳の時に新たな挑戦を自分に課すことを決意しました。
そう、澤田さんが立てかけた挑戦とは
「知らない土地へ行き、経験したことのない仕事に就く」ということ。
溢れんばかりの笑顔がとってもキュートな澤田さんです。
澤田さんは、まず派遣会社に登録。そこの会社の方に抱いている想いを伝えて相談してみたところ、紹介してくれたのが、「湯宿だいいち」でした。
そして派遣社員として中標津、それも養老牛と呼ばれるこのエリアににやって来た澤田さん。
「これまで道東には一回も来たことはなかったんです」と、まさに願っていた場所でした。
じゃあ今も派遣社員として?と聞くと、今は正社員として働いているとのこと。
「最初は3カ月間だけってことだったんですが、来てみたら思った以上に楽しくて」
もともと販売接客のお仕事はしていたものの、宿での仕事は自分には程遠い業種だと思っていたそう。自分には縁の無い仕事だと思っていたら、こんなにも旅館業は楽しい...気づけばそんな想いが胸をいっぱいにさせていました。
「ここでの仕事は毎日が同じことの繰り返しではありません。お客さまと共有できるものがここにはあるんです。お客さまもアットホームで、人との会話というものがとにかく楽しかったんです」
フロントにてお客さまにご案内。笑顔は忘れません!
そうして3カ月後、若女将に正社員への道を進められた澤田さん。しかし、すぐに即決できるものではありませんでした。
「正直すっごく悩みました...。もともと3カ月間だけっていう頭で来ていたのもあるし、実家に帰りたいって思ってもなかなか帰れる場所ではなかったり...でも、好きな仕事ができる今のこの環境って幸せなことなんじゃないかなと思って」
こうして晴れて澤田さんは正社員となりました。
この宿にマニュアルなどは存在していないからこそ、それに戸惑うことも最初はあったはず。澤田さんも最初の頃は余裕がなく、メモを取る暇もない、ただただ先輩の姿を真似て必死に過ごしていました。
大変なことも多くあったそうですが、それでも嬉しい出来事とたくさん出会えるのは、お客さまと接するからこそ。
「ここの宿はリピーターさんが多いのですが、顔と名前を覚えてくれるのが嬉しいですね。初めてお客さまに、『さくらちゃん』と名前で呼んでもらった日のことは忘れられません」と嬉しかった思い出をひとつひとつ噛みしめながら話してくれるその姿は、こちらまで幸せな気持ちに。
「ここには1年に1回の記念旅行として来てくださる方が多いです。きれい事ではないですけど、そんなお客さまのお手伝いが出来ると思うとやりがいがありますね」と仕事に関しての想いも話してくださいました。
田舎、温泉街での生活について思うこと
いざこの場所に住み始めての生活についても聞いてみました。
「私は車がないので、それが唯一の不便ですね。免許も持っていないので、どこか買い物へ行く時などは他のスタッフに乗せてもらっているんです。家は、ここから歩いて5分ほどのところにある寮に住んでいます。もともとは旅館だったところを社長が買ったので、部屋は客室なんです。狭くはなく、快適ですが...その時期になるとこれだけの自然があるから仕方ないことなのですが、虫が出ます(笑)」と笑います。
嬉しい特典で言うと、温泉には毎日入れるということ。「心なしか、肌が白くなった気がするような...」と自分の肌を見つめてにっこり。
また、こんな質問も投げかけてみました。
「澤田さんにとって社長はどんな存在なのでしょうか」
本当に普段から仲の良さそうなお二人
「私のまわりでは見たことのないタイプでした(笑)。明るくて、元気で...私は石橋を叩いて渡るタイプですが、社長はどんどん挑戦していくタイプ。そして、良い意味で社長という感じがしないんです。二人で野付半島や厚岸の方まで連れて行ってもらったこともあります」と語るように、社長は澤田さんを始め、スタッフに対して家族のように接してくれている様子。お風呂の数や部屋の種類をどんどん増やしていく社長ですから、石橋は叩いて渡らないタイプの社長なのだろうなぁという想像もできます(笑)。
こうして毎日色んな経験をしながら、毎日を過ごしている澤田さん。「新しい世界に飛び込むということは、得ることしかないですね。日々楽しいことばかりじゃなく、苦しいことだってあります。でも、ここに来たという選択は後悔していません!」と満面の笑みを見せてくれました。
進化をやめない湯宿だいいちのこれからは?
ちょうど取材時にいたスタッフの皆さんと集合写真!
現在スタッフは45名程。これからの繁忙期に向けてまだまだスタッフも募集はしたいと語ります。取材していて感じましたが、皆さんの仲の良さも目立ちます。それがチームワークの良さにも繋がっているのかも。
どんどん進化を遂げていく「湯宿だいいち」
きっとこれからも進化し続けていくことでしょう。
「これからもここは変わっていくと思いますよ」とニヒルな笑みを浮かべた長谷川さんは、かつては教師になることも考えていましたが、今では「この仕事が天職だ」と笑顔で宙を見上げます。
- 養老牛温泉湯宿だいいち
- 住所
北海道標津郡中標津町養老牛518
- 電話
0153-78-2131
- URL
中標津空港より車で約30分、釧路より車で約90分。
中標津空港または、中標津バスターミナルより送迎あり(事前連絡必須)