2023年の冬、北海道・十勝の新得町に、地元のバス会社が原木シイタケの観光農園をオープンさせるという情報を得ました。その名も、北海道拓殖バスが運営する「拓鉄キノコタン」です。
なぜバス会社がキノコ農園を?どんな施設なの?
ということで、北海道拓殖バス代表取締役社長の中木基博さんと、新得町の地域おこし協力隊の隊員として拓鉄キノコタンにやってきた上髙紗樹さんにインタビュー。拓鉄キノコタンの狙いや魅力についてレポートします!
拓鉄キノコタンってどんな施設?
新得町に新たにオープンする拓鉄キノコタンは、原木シイタケ栽培を中心とした観光農園。北海道拓殖バス新得営業所の敷地内にあり、JR新得駅前からバスに乗って8分程度で行くことができます。
2023年度はプレオープンとして昔の鉄道駅舎を模した形の農産物直売所の開業のみですが、2024年度には原木シイタケの収穫体験を楽しめる施設をはじめ、さまざまな企画が計画されています。
それにしても、なぜバス会社が異業種のキノコ農園を始めたのでしょう?じっくり取材を進めていくと、全く畑違いの業務というわけでもなさそうです。
拓鉄キノコタンを作った目的は、端的に言うと以下の3つです。
1:雇用の創出
2:地域の魅力を創出
3:既存のバス事業と相乗的に売上を上げる
まずは、それぞれの目的や背景について中木社長に詳しく教えていただきました。
運転士の定年後の働き口と、地元の方の働き口に
中木社長「当社のバスの運転士さんは75歳になったら引退してもらっているんです。運転技術や体力の衰えとかを考えて会社のルールにしています。ただ、75歳以上の方でも元気な方っていらっしゃるんですよね。長い間働いてくださった運転士さんが、ただ年齢が来たからサヨナラていうのはちょっと寂しいなっていうことを前々から思っていました。であれば、何らかの雇用の受け皿を作って、希望される方が心ゆくまで働けるような環境を作ることが企業に求められていることでないかと」
なるほど!運転士さんの第2の人生を後押しする狙いだったのですね。北海道拓殖バスはバスの運転士募集でも先進的で積極的な取り組みをしている会社。人を想うスタンスが強く感じられます。
※夢を叶え北海道に移住をした北海道拓殖バスのバスドライバーさんの記事はこちら!
中木社長「あと、新得町の地域おこし協力隊の方にも来てもらっているように、地元の雇用を創出するという目的もあります。まだ実現していないのですが、ハンデを持たれている方の就職口の一つとしても選んでもらえたらと考えています。町内にある新得支援学校のスクールバスを、当社が運行しているということもありますので」
1点目の目的は、バスの運転士の定年後の働き口と地元の方の働き口、双方の雇用を創出することです。
歴史と産業を伝える遊び場であり教育の場
2点目の地域の魅力を創出するという目的については、立地している場所に理由があります。北海道拓殖バスの前身は、1968(昭和43)年に廃線になった「北海道拓殖鉄道」という鉄道会社。沿線の開拓や材木輸送のために作られた鉄道会社で、新得町から隣町の鹿追(しかおい)町などの区間を走っていました。
拓鉄キノコタンがある北海道拓殖バスの新得営業所は、かつて北海道拓殖鉄道の南新得駅があった跡地なのです。ちなみに、拓鉄キノコタンの「拓鉄」は、地元でかつて北海道拓殖鉄道を略して呼ばれていた愛称に由来します。
中木社長「新得町は林業の街なんですよね。主に材木を運ぶ目的でここに鉄道ができたのですが、廃線から50年以上経って当時のことを知る方が少なくなっています。であれば、我々の手で昔こんな鉄道が走っていて、先人たちはどういった思いでこの地域を作り上げたんだっていうことを発信する必要があると思ったのも、この事業を始めるきっかけです」
半世紀上前は駅施設のほか鉄道員の宿舎などもある地域の交通の拠点で、現在は新得町周辺のバスの拠点。敷地内に昔の鉄道設備はあまり残っていませんが、当時の建物が1棟現存しています。さらに、施設の裏手には生い茂る林の中に草地が一筋に伸びていて、かつてここに列車が走っていたことを偲ばせる風景もあります。今は非公開ですが当時の鉄道備品なども保管されていて、いずれは鉄道資料館として展示することも計画しているそうです。
中木社長「新得町が林業の町で、昔から間伐材で栽培した原木シイタケが町の特産品の1つなんですよね。最近新得町はソバが有名ですけど、シイタケも特産品なんです。だから、この事業の第一弾として原木シイタケの収穫体験を始めたんです。大人も子どもも楽しめる遊び場であるとともに、地域の歴史と産業を伝える教育の場にしたいんです」
これで合点がいきました!だから、かつての鉄道拠点で原木シイタケの観光農園なのですね。
路線バスも貸切バスも収入増へ
3点目の目的、既存のバス事業と相乗的に売上を上げてくという点については、バスの乗客増はもちろん、そのほかの展開も含めて考えているようです。
中木社長「拓鉄キノコタンがある新得営業所は、帯広駅前から音更(おとふけ)町や鹿追町を通って新得駅前に来るバスの終点なんです。人が集まる観光拠点ができてバスに乗ってきてくださる方が増えれば新たな増収になります。あとは、ここが小学校や幼稚園の郊外学習の場になれば、うちの貸切バスでご案内することもできるのでこれも収入になります」
既存の路線バスの乗客増とともに、貸切バスの新たな需要開拓も見据えた事業で、さらには貨客混載も視野に入れているそうです。
取材に訪れた際は、直売所の建設の真っ最中でした。
中木社長「例えば、ここで作ったキノコを既存の路線バスを使って鹿追町とかに運ぶとか、そういったサービスも提供できるかもしれません。観光拠点だけで売上を上げてくのではなくて、バスも絡めて相乗的に売上を上げていきたいっていうのが3点目の目的なんです」
だからこそ、新得町のこの場所で地元のバス会社がキノコの観光農園を作ったのですね。3つの目的を伺うと、とても理にかなった社会的意義のある展開だと思いませんか?
2年前の仕込みが今につながる
地の利や既存事業とシナジーがあるとはいえ、バス事業とキノコ農園ではやはり畑違いだと思われます。ノウハウもないと思われる中、実際どうやって立ち上げてスタートしたのか、この先はどうしていくのかなど、現地で中木社長と上高さんにお話を伺ってみました。
中木社長「今ここに4,000本くらいの原木があります。地元の森林組合さんからいただいたミズナラの木です。原木シイタケって、木にシイタケの菌を入れてから収穫できるようになるまで夏を2回越す必要があるんですよ」
2023年の秋に収穫ができるようになった原木は、2022年の春に菌を仕込んだもの。プレオープンは2023年ですが、仕込みなど準備はもっと前から行われていたということです。
「原木はどんな木でもいいってわけではなくて、水分が少ない厳冬期とか冬に切ったものが必要なんです。夏の木は水分を吸うので、夏に切った木だと皮がはがれちゃうんですよね。この木は地元の森林組合さんからいただいたミズナラの木なのですけど、将来は自分たちで山に入って切るかもしれないです」
「えっ(私も山に行くのかな)」と一瞬苦笑いした上高さん。
2023年3月からここに参加した上高さんは、もともと札幌市で栄養士の仕事をしていました。十勝に住んでみたいと思い隣町の清水町に体験移住をしていた時、新得町で食に関する地域おこし協力隊の募集があることを知り、応募をして採用になったそうです。
上高さん「はじめ2カ月位は町内にある『カルシの森』っていう原木シイタケの農園さんで一連の作業を教えてもらいました。そこで覚えてここに来て、キノコを育てる準備作業をしてきました」
中木社長「カルシの森さんと提携させてもらっていて、同じ品種のキノコを育てています。カルシってアイヌ語でキノコの意味なんですよ」
町内のキノコのプロと提携をしているとはいえ、ゼロからのスタート。敷地内の野原を開拓し、原木シイタケを育てるハウスを建て、シイタケを育てる大量の原木を運び、シイタケの菌を着床させるために木をひっくり返したり移動させたりと、体力勝負の仕事が続いたそうです。
上高さん「木を運ぶとか草刈りするとか、重機を動かすとか、ぜんぶ初めてです。一から教えてもらいながらやっているのですけど、けっこうバスの運転士の方とかよくしてくださるし、慣れてきましたよ。札幌にいた頃は虫が嫌いだったのですけど、ここに来たら蛇以外は大丈夫になりました(笑)」
頼もしい一言。蛇にはかなわなくても、仕事はご本人の努力と周囲の協力が勝っていたようです。それにしても、4,000本もの木材を運ぶって、けっこう大変なのでは......。
上高さん「持ってみますか?」
編集部「はい!え......⁉うぎゃ~!!」
ためしに原木1本を手にさせてもらいましたが、ズシリとくる重量感にビックリ。これを4,000本も運んだのですね......、もはや筋トレです。でも、単に体力勝負というわけでもなく、頭も使うお仕事なようです。
上高さん「運んで屋外にただ並べればいいというわけもないんです。極力地面につけないような並べ方とか、空気の通りをよくする組み方があるんですよ。秋になる前に木をぜんぶひっくり返して組み方を変えたり動かしたりするんです」
2回目の夏を越して秋を迎えた原木に水をかけ、シイタケが生えてくる環境を整えるとやっと収穫の時期を迎えます。1本の原木から36本から40本くらい収穫できて、それを5、6回繰り返せるそうです。
上高さん「水をかけて早ければ1週間くらいで収穫できるようになります。そうしたら、収穫体験用のビニールハウスに並べて、お客様に収穫を楽しんでもらう予定です。ちなみに、ビニールハウス内のストーブの燃料はバスの廃油なんですよ」
さすがバス会社のキノコ農園。本格オープンとなる2024年にはシイタケの山がどっさりできるのでしょう。とっても楽しみです!
拓鉄キノコタンの未来はキノコの声を聞いてみよう
2023年度は直売所のオープンのみですが、この先の展望はどうなのでしょう。
中木社長「本格オープンは2024年の4月を予定しているのですけど、直売所でシイタケを販売するほかに、拓殖バスのグッズを置いて販売したり飲食できる場所を作ったりしようかと考えています。将来的には、拓鉄時代の備品とか鉄道資料を展示する施設やキャンプ場とかもできたら面白いなと想像しています。何か正解かわからないので、こうしていきたいってことをやりながら模索して進めていきます」
来春になったら、上高さんはキノコの栽培とともに直売所や飲食スペースでも活躍するかも!?そうなったら、前職の栄養士の資格もここで活きそうですね。
上高さん「あくまで想像でいろいろ考えていたのですけど、もしもピザ窯があったらシイタケピザとかいいなって。新得町ってソバが特産品なので、ソバ粉を使ったピザ生地でここのシイタケと地元のチーズを使って、ガレットみたいなピザとか。まだ社長に話していないんですけど......」
ここでスタッフから社長へピザ窯のリクエスト!
中木社長「正解はないと思うので、やってみたいってことはどんどんチャレンジしてもらいたいなと思います」
とても前向きで柔軟性のある社長。2023年現在ではプレオープンで直売所ができるということ以外は確定していないので、この先の展開は状況次第で変わるかもしれませんが、半年後、一年後の拓鉄キノコタンの姿がどうなっているのかとても楽しみです。
上高さん「シイタケ自体も正解がないんです。農家さんによってもやり方が違いますし。湿度とか温度によっても変わってくるので、多分教科書通りにはいかないと思います。まだまだ勉強中ですし、ほんとキノコの声を聞きながら、探り探りやっていく感じですね」
地元の雇用と地域の魅力を創出し、バス事業の底上げも図る目的でスタートした拓鉄キノコタンは、長い月日の始業準備を経てやっと始発駅にやってきました。未来の行先はわかりませんが、地元の方にも観光客にも従業員にも喜ばれる施設を目指し、走りながら開拓していくのです。キノコの声を聞きながら。
- 拓鉄キノコタン
- 住所
北海道上川郡新得町拓鉄
- 電話
0155-31-8811<北海道拓殖バス株式会社>
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