オホーツク海から車で40分。四方を山に囲まれた滝上町は、広大な大自然に囲まれた町。
春は芝ざくらが鮮やかに咲き、緑いっぱいの山は野生生物の宝庫で山菜やきのこ狩りも楽しめるほか、ヤマベやニジマスが息づく清流では本格的なフライフィッシングも楽しめます。
滝上町は町面積の88%を森林が占め、林業・木材産業が盛んな町でもあります。
人口約2,000人の小さな町で、苗木を生産する育苗、山で木を伐る林業、木材を加工する製材、そして使われない木材をバイオマスとして利用するなど、豊かな森林資源を存分に活かすサイクルを回しているのです。
ゼロカーボンなどが注目されるずっと前から、滝上町では官民で連携し合いながら、長い時間をかけてこのサイクルを作りあげてきました。
森林資源を軸にした滝上町だけの特色あるまちづくりに迫ります。
20年かけて続けた、木質バイオマスへのチャレンジ。
「滝上町で木質バイオマスの取組みが始まったのは、平成11年に林野庁のバイオマス資源調査が行われたのがきっかけでした。林産業をしている町内企業の責任ある方々と集まって、町の資源量や林地残材(使われずに山に残された木材)の量などを調べ、『この林業の町で何ができるのか』を一生懸命議論したんです」
そう話してくれたのは、滝上町森林組合の参事 吉田哲治さん。
元々は林野庁の職員でしたが、平成7年から3年間滝上町役場に出向したのをきっかけに、そのまま滝上町役場職員へ転職。それから定年で退職するまで、滝上町の林政の中心人物として活躍しました。退職後の現在も滝上町森林組合の参事として、滝上町の森林資源を軸としたまちづくりに携わり続けています。
こちらが吉田哲治さんです
「当初は『木質バイオマスって何だ?』というところから始まりました。町内の企業さんたちと一緒に全国を回って勉強したり、著名な方のセミナーを開いたり。町と企業で情報共有・意見交換を散々やりましたね」
そうして議論を深めていく中で、木質ペレットの製造や破砕機の導入など、町内企業のチャレンジングな動きの後押しもあり、滝上町の木質バイオマスの取組みは少しずつ前進します。
そして平成20年、町の事業としてホテルに木質バイオマスボイラーを導入し、木質バイオマスによる熱供給がスタートしました。
木質バイオマスボイラーを導入した「たきのうえホテル渓谷」
「木質ボイラーを導入することで、燃料となる木質チップを安定供給するため、木質チップの製造と保管を行う木質バイオマス製造施設を整備しました」
この施設の運営は、町内の林産業関係企業で立ち上げた滝上林業協同組合に委託しています。ここでも町と企業で連携する姿勢は変わりません。
「ホテルの後も、認定こども園や老人ホームにも木質バイオマスボイラーを導入しました。今後も町内施設への木質バイオマス導入は進めていく予定です」
こうして20年以上の時間をかけて、町と企業で一体となって木質バイオマスの取組みを進めてきた滝上町。
「じわじわと進めてきて随分時間がかかってしまいましたが、今ようやく軌道に乗ってきたところです。ゼロカーボン社会の実現が急がれる昨今、滝上町の取組みも今まで以上に注目されるようになり、やっとこれまでの成果が出てきたかなあという気がします」
滝上林業協同組合で行っている木質チップ製造の様子です
これからも進化する、森林資源が循環する町。
「滝上町には、苗木の種をとる採種園、苗木を育てる苗畑、木を植えて育てる造林、山から木を伐り出して丸太にする造材、丸太を挽いて板に加工する製材、そして木質バイオマスが揃っている。この小さなまちに林業・木産業が全て詰まっているのがとても珍しい特徴だと思います」
吉田参事と共にお話を聞かせてくれたのは、滝上町役場農林建設課長の水上良一さん。
滝上町の出身で、高校卒業後は札幌経理専門学校で1年間学んだ後、滝上町役場の試験に受かったためそのまま地元に帰ってきたのだそう。
役場内でいろいろな部署を経験するも、今回で林政課は3回目。
こちらが水上良一さんです
「自分は林業や木材産業に携わる『人』に惹かれて、これまでやってきましたね。林業・木産業を中心とした滝上町の地盤を、町の人たちと共に作ってきた吉田参事のことは『レジェンド』と呼んでいます(笑)」
水上課長や町内で林業を営む江本木材産業(株)の江本課長たちは、吉田参事たちが築いてきた地盤を引き継いでいく世代です。
「当時から『置いていかない』『仲間はずれにしない』という方針で、官民一体となって進んできたのは滝上町の強みにもなっています。地域のために一緒にやろうという共通認識の元に築かれてきた関係性を、今後も繋いでいきたいですね」と水上さんは言います。
別記事でご紹介させていただいている江本木材産業の江本課長(右)
官民一体でチャレンジを積み重ねてきた結果、最近ではこんな思わぬ変化も見られるようになってきたそう。
「町でチップを生産するようになってから、チップの一部を町内の家畜敷料に使用し、家畜の糞尿は敷料と混ぜて100%堆肥として利用できるようになりました。その影響で、以前は液肥で汚染されていた川の水質が改善され、『水質が最も良好な河川』に選定されるまでになったんです。滝上町で林業・木産業に真面目に取り組むことは、滝上町だけでなく、周辺地域の川から海、漁業も支えているといえるのではないでしょうか」
滝上町は国から「バイオマス産業都市」にも選定され、「滝上町バイオマス産業都市構想」に基づいて、今後もより一層、木質バイオマスを軸としたまちづくりを進めていく予定です。
その構想のプロジェクトの一つは、町内の苗畑で木質バイオマスの熱を活用すること。
「このプロジェクトは令和2年で完成していて、老人ホームに設置したボイラーの余剰熱を、苗畑のハウスの加温に利用しています。令和3年にこのハウスで育苗した結果、通常は2年かかるところを、1年で出荷できる体制が整いました」
このプロジェクトを通して、なんと滝上町内の民有林で使用する苗木の89%は、滝上町内の苗畑で育った苗木でまかなえるようになったのだそう。
地域の林地残材で発生させた熱を、次世代の苗木生産に役立てるという滝上町ならではの森林資源のサイクルが、また新しく動き始めているのです。
この他にも、熱だけではなく電気も供給する木質バイオマスCHP(熱電併給)の導入を計画していて、滝上町はこれからもより一層、森林資源が循環できる町として進化を続けていくようです。
町の将来の担い手を求めて、未来への種まき。
このように長期スパンで森林資源を循環させる仕組みを作り上げてきた滝上町では、これまで多くの林業の担い手も育ててきました。
最近では、北海道移住セミナーなどに参加した人が、滝上町に移住して来るというパターンもあるのだそう。
「道外で開催された移住セミナーを通して滝上町に興味を持ってくれて、最近では2名が移住して来られて、町内の林業会社に勤めていますね」
林業・木材産業の業界では、高齢化と担い手不足が慢性的な課題となっています。しかし滝上町は平成7年頃と比較しても、町内の林業従事者数は落ちることなく、平均年齢に至っては低くなっているのだそう。これはなかなか珍しいことで驚きです!
江本木材産業にも若い人材が集まってきています
「移住対策の一環として、町営住宅を大量に増やしたのは効果的だったと思います。町内の企業も社宅として町営住宅を借り上げて、社員を住まわせているパターンが多いです」と吉田参事。
ここでも、企業を後方支援する役場の姿勢が垣間見えます。
江本木材産業の若手社員さんも町営住宅で暮らしており、滝上町への移住者、ひいては林業・木材産業の担い手の受け皿という役目を果たしているようです。
「それでもまだまだ担い手不足は大きな課題です」と水上課長は続けます。
「林業に限らず農業や商工業も含めて町全体が担い手不足に悩んでいます。移住イベントもそうですが、何かしらのきっかけで滝上町を知ってもらって、その結果林業や木材産業にも興味をもってもらえたらうれしいなと思います」
そんな課題をもつ滝上町では、町、町内企業、そして国有林などの林業・木材産業の関係者が参画する「滝上みどりの森林(もり)推進協議会」を立ち上げ、滝上町の子どもたちに向けた森林環境教育を実施しています。
滝上町の将来を担う子どもたちに、滝上町の森林、そして林業や木材に関する仕事を知ってもらうことが目的です。
「この活動は完全にそれぞれの組織がボランティアでやっているんです。『滝上町の子どもたちに』という共通の目的を持った者同士が、『この授業を受けた子どもたちが、将来林業を仕事の選択肢にしてくれたら』という夢を持って取り組んでいます」
町にとって一番の資源である森林を活かすため、官民一体となって取り組んできた滝上町。
長い時間をかけて続けてきたまちづくりが、確実に実を結んでいる今。
さらなる種まきを続けている滝上町が、これからどんな魅力を増していくのか、楽しみで仕方ありません。
- 滝上町農林建設課・滝上町森林組合
- 住所
北海道紋別郡滝上町字滝ノ上市街地4条通2丁目1番地
- 電話
0158-29-2111
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