木工が初めてという人も、少し経験があってオリジナル作品をつくってみたい人も、ぜひ訪れてみたいウッドクラフト体験施設が2023年4月、道南の森町にオープンしました。場所は北海道駒ヶ岳のふもと、名前は「iroMori(イロモリ)」です。専用の工具はもちろん、自動で木材のカットなどを行うデジタル切削機「CNCルーター」やレーザー加工機を備えているため、初心者向けのコースターなどの小物づくりから、本格的な家具づくりまで幅広く挑戦できます。
運営するのは、森町の地域おこし協力隊の木村一夢(かずむ)さんと、小川航輝さん。道南スギの産地でもある森町で、地場の木材を使った商品開発や木工体験スタジオの運営を行うお二人へインタビューさせていただきました。
改装作業もDIYで。地場材に親しむ木工体験施設をオープン
「iroMori(イロモリ)」は、まちの林業の活性化を目的として、道南スギや、トドマツ、カラマツといった町産材の利用を広めていく役割を担う木工施設として2023年春にオープンしました。町民はもちろん、そのほかの地域の方も木工制作の体験ができます。
この施設は以前、駒ヶ岳大沼家畜診療所として使われていましたが、事業の統廃合のため閉鎖。町へ無償譲渡された施設を、木村さんが自ら改装したといいます。
「この木工室は、元は事務室のようなスペースだったんです。道南スギの床材に張り替えて、新たに作業台もつくりました。基本はひとりでの作業でしたけれど、人手が必要な場合にはほかの隊員さんに手伝ってもらったりしていました」と木村さん。
完成した木工室は明るい光と木の香りで満たされています
手作業でを張り替えた床材。道南スギの木目が美しい!
森町は、木村さんが非常勤講師を務めていた札幌の専門学校や、武蔵野美術大学の学生など、デザインを志す若い人たちの交流が多い地域です。iroMoriという名称は、卒業研究でまちに1年滞在していた美大生たちが考えたもので、施設前にある看板も学生がデザインしたそう。ちなみに「M」は大文字になっていますが、道南のシンボルでもある北海道駒ヶ岳の稜線を見立てたものだとか。森町で過ごした学生さんたちの愛着が伝わってきます。
最新のデジタル木工機械を導入、初心者からプロまでものづくりの幅が広がる
iroMoriには電動のこぎりやかんな等、作業に必要な基本的な道具はもちろん、木材に焼き印を入れられるレーザー加工機もあります。さらに便利なのが、コンピューター制御で木材をカットできるCNCルーター。データを入力すれば、複雑な形状や曲線でも自動的に切り出してくれるので、初心者でも複雑なパーツの作成が簡単にできます。慣れた人やプロにとっては作業時間を大幅に短縮できるため、木村さんもスツールなどの製作でこの機械を利用しているそうです。そして、このCNCルーターの使い方を教えてくれるのが、設計とデジタル関係に強い小川航輝さん。初心者でも手軽にウッドクラフトに取り組めるような取り組みを行っています。
道南に住んだことがなかったという木村さんと小川さんの2人が、なぜ森町の地域おこし協力隊になったのでしょうか。「木」という素材に興味を持ったいきさつも含めて、お話を伺いました。
木に惹かれて作品をつくり続け、教える立場に~木村一夢さん
木村一夢さんは道東の根室市出身。地元の高校を卒業後、札幌市の専門学校に入学してクラフトデザインを専攻しました。
木村さんは、木材に惹かれた理由をこう話します。
「学校では、金属工芸や陶芸などいろいろな素材を使っていたんですけれど、そのなかでもっとも自分にしっくりきたのが木材でした。思い返せば、子どものころから夏休みなどの自由研究で木を使っていたこともあるかもしれません」
卒業後は文房具専門店の会社で働く傍ら、休日には母校で道具を使わせてもらいながらオリジナル作品づくりを行っていました。そのうちに、学校側から体験入学の手伝いや単発の講師などを頼まれるようになり、5年後には非常勤講師に。現在も木工作家として家具や小物雑貨を製作・販売しています。スタイリッシュで木の温かみを感じさせるアクセサリーは人気ですが、ご本人はこう話します。
「たまたま、木にレジンや金属を組み合わせてみたら結構楽しくて、意外と周りの受けも良かったので。何か手を動かしていたらそのままカタチになって続けていたという感じですね」
静かな語り口に、作品に対する実直さもにじみます。そんな札幌での暮らしから、なぜ道南の森町へ移住することになったのでしょうか。
「うちの専門学校が、森町と連携していたんです。僕も森町に出入りして参加するうちに、木育マイスターの(株)ハルキ 鈴木さん(くらしごと記事はこちら)や、役場職員の方、地域おこし協力隊の先輩など、木で活躍する方々とのつながりができていきました」
そんな「木に熱い」森町の人々と活動を続けるうちに、木村さんはまちの課題も耳にするようになりました。森町には木の資源が豊富にあるのに、残念ながらあまり使われていない。役場でも、林業の活性化のために力を入れようという動きがありました。
そんなときに、地域おこし協力隊に誘われた木村さんは「自分自身にも良い機会になると思って、手を挙げました」と話します。
森町に移住したタイミングで木育体験施設をつくることが決まり、木村さんは空いていた建物の改装に取りかかりました。また、木育マイスターの資格も取得して、函館市など各地で木育イベントも実施。
「大きな会場から児童館まで、子どもや親子さんと一緒にコースターや鉛筆、イスなどをつくっています」
学校でも、イベントでも、教える立場として常に気をつけているのは「程よい距離を持って、初心者でも自分でできる部分は見守るようにしていること」。木に親しんでもらいながら、自分の手で作品をつくり上げたという達成感も持てるようにと、個人に応じた配慮をしています。
また、道南スギの端材を使ったボールペンを新たに製作し、イベント会場などで販売するようになりました。
「スギ材は軟らかく傷つきやすいので、特殊な樹脂に染み込ませて硬く加工しました」と木村さんが説明してくれました。
木のぬくもりを指に感じられる美しい曲線を帯びたペンは、代表作のひとつになっています。
建築設計からデジタル工作機械の可能性に惹かれる~小川航輝さん
今年2月、地域おこし協力隊に入ったばかりという小川航輝さん。名刺に「フランソワ」とありますが、もしや国籍は...?と聞いてみれば、生粋の日本人で国籍も日本とのこと。
「両親が仕事でフランスに滞在していたときに私が生まれたので、ミドルネームがあるんです。『フランソワ』で覚えてもらえるので、自己紹介ではよく使っています」と笑います。
子ども時代は国内・海外の各地で暮らし、東京の芝浦工業大学に進んでからは6年間建築デザインを学びました。大学院時代に「空き家改修プロジェクト」という、空き家などを学生たちで設計・改修を行う地域づくりの団体に所属したことからリノベーションに興味を持った小川さんは、縁あって札幌のリノベーション会社に就職します。
大学OBの縁で、学生時代からCNCルーターに興味を持っていたという小川さん。会社でも設計業務のほかに、導入していたCNCルーターの運用管理を任されるようになり、扱うほどに面白さを感じるようになったといいます。
そこで、「ほかのところでは、このCNCルーターをどのように活用しているのだろう?」と、道内でいち早く取り入れていた森町の(株)ハルキの鈴木さんにコンタクトを取ったことから、森町との縁が生まれました。
「私は住む場所にこだわらないタイプですし、木という材料が豊富なこの森町で、ウッドクラフトをしっかりとやっていきたいと思ったことが、移住したきっかけです」
カヌーづくりで滞在型観光の可能性を広げたい
木工のプロフェッショナルである木村さんと、設計やデジタルを専門とする小川さん。お互いの強みを生かしながら、まずはオープンしたばかりのこの施設を「もっとみなさんに知っていただきたい」と話します。そして、将来的には、iroMoriを活用して森町を滞在観光型のまちにできれば...という構想もあるそう。
「ものづくり体験を観光と結び付けられたらと思うんです。森町へ観光に来る人も、泊まるのはやはり函館だったりしますから、町内に滞在しながら木工体験もできるようにしたいですね」と小川さん。今年はCNCルーターを使ってカヌーづくりに挑戦するといいます。
「体験観光として、森町に滞在しながらカヌーの製作に取り組んでもらい、完成後は水辺に浮かべて遊ぶというプログラムができたらといいなと思うんです。その第1号として、自分のカヌーをつくってみようと思います。名前はもちろん、フランソワ号です!」
森町をアメリカのシリコンバレーのように、木の技術を持った人たちが集まる最先端のまち「ウッドバレー」にしていけたらとも。「町の名前が最高のキャッチコピーだと思うんですよ。なんといっても『森町』ですから」と楽しそうに笑うおふたり。
木工作家として地場産材を使った作品づくりをしながら、iroMoriや道内外のワークショップで木の良さや地場産材の魅力を伝えていきたいと意気込みを見せる木村さん。そして、デザインとデジタル木工技術の2つを掛け合わせて、より多くの人がいろいろなものを自作できるように、新たなキットや加工マシンの使い方を開発していきたいとアイデアを巡らせる小川さん。
爽やかな森に囲まれたこの新しい木工施設から、たくさんの魅力的な作品が生まれていきそうです。
- 木工体験施設iroMori(イロモリ)
- 住所
北海道茅部郡森町駒ヶ岳350
- 電話
森町役場 農林課 01374-7-1086