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まちおこしレポート
様似町

移住者のいちご農家が続々誕生、様似町の農業をつなげる取り組み20230209

移住者のいちご農家が続々誕生、様似町の農業をつなげる取り組み

「最初からお金をかけずに、憧れの北海道で農業を始めてみたい」 
そういった希望を持った移住者の方は少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。
日高管内の様似(さまに)町では、新規就農を目指す移住者を呼び込む取り組みが成功しています。
栽培する作物は、初夏から晩秋まで収穫できるスイーツ用のいちご「すずあかね」。
大手菓子メーカーのケーキにも使われ、事業を始めてからの10年足らずで様似町の大きな特産品に成長しました。

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新規就農者用向けに町でレンタルしているビニールハウスは60棟で、いまは空き待ちの状態という人気ぶり。
農業研修を受けた後は、このハウスでいちごを作りながら独立資金を貯めていけるのが魅力です。
このシステムが生まれた背景には、高齢化による離農者が続くなか、新たな特産品をつくってまちの農業を維持していきたいという様似町の思いがありました。
くらしごと編集部では、産業課農務係の木村将大(きむら・まさひろ)係長に、これまでの経緯とまちの目指す農業の未来についてお話を伺います。

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北海道でいちご農家に!60棟のレンタルビニールハウス

日高管内の様似町は日高昆布や馬の生産で知られていますが、今や「いちご」はまちに欠かせない特産品になっています。
以前から生食用のいちごは作られてきましたが、現在の主力品種はスイーツ用の「すずあかね」。
このいちごを生産する農家のほとんどが移住者で、前職は旅行代理店、空港関係者、警察官、公務員、企業勤務とさまざま。
出身は関東、関西の各県からで「憧れの北海道で農業にチャレンジしたい」と様似町に来た人が多いそうです。

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道内では新規就農者の確保に苦労しているまちも多いなか、様似町ではどのような取り組みが人々を引き付けたのでしょうか。
農務係の木村さんが教えてくれました。
「就農イベントで、参加者の方がまず希望されることは『農業を始める時の費用負担が少ないこと』なんですよね。それに、トラクターのような農業機械が必要になる畑作よりは、ビニールハウスで作業をする施設園芸を希望される方が多いのも特徴です。さらに、見た目が映えるいちごは、みなさん良いイメージを持たれるということもあります」

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経済面、技術面をバックアップ、栽培ハウスはまちが貸し出し

新しい土地で農業を始めるのは、やはり不安がつきもの。そこで様似町は「JAひだか東」の主導のもと、経済的な負担を極力軽くして独立できるシステムをつくり上げてきました。

まずは、空いていた農地にレンタル用のビニールハウス棟を建てて、新規就農者が資金を貯めて独立できるまで、まちが貸し出すようにしました。
このハウスは多くの部分が機械化されていて、肥料や水の供給、暖房の調節が自動で行われています。夏に温度が高くなれば、外気を取り込むためにハウスの一部が自動で開閉するようにもなっていて、働き手の省力化にもつながっています。
また、いちごの栽培プランターは高設型で、人間の背の高さに合わせて設置されているので、立ったままスムーズに作業や移動ができます。さらに、栽培に使う土や肥料も指定されたものを使うので、長年な経験や勘がなくても、一定の品質を保ったいちごを収穫できるのです。

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木村さんは、こう説明します。
「新規就農者を募集する前から、JAひだか東さんは試験栽培を重ねて、最適ないちごの品種、肥料を、土を決めてきました。そのマニュアルを、様似町とお隣の浦河町で導入しているのです」

収穫したいちごは町の共同選果場へ集められ、ひと粒ずつ、ぶつからないように丁寧に並べられて、空輸で東京方面に運ばれます。このようにして、品質が均一に整った「粒ぞろい」のいちごが、大手スイーツメーカーのケーキを彩ることになるのです。

未経験でも安心、2年間研修を受けながら栽培技術を獲得

様似町は、新規就農者への経済的・技術的なサポートも行っています。
「就農に至るまでは、主に2つの方法があります」と木村さん。
「ひとつは、地域おこし協力隊として2年間研修を受けることです。1年目は、町内の農家さんを回ってお手伝いをしながら基本的な作業を覚えます。2年目は町の研修ハウスか、指導していただいている農家さんで実際に1年間いちご栽培を行って、一通りの流れを覚えてもらいます。もうひとつの方法としては、国の就農準備資金を受給しながら1〜2年間の研修を受ける方法ですね」
どちらも、申請すれば家賃などの補助金も受けられます。
その後は、町が整備したレンタルのビニールハウスで栽培を行いながら、資金を貯めて独立を目指します。農地の取得やハウスを建てるための助成金もあります。

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ちなみに、木村さんは農業全般の事務担当として、農家さんの補助金申請のお手伝いをしているとか。特に、独立のための補助金を受けるにはシビアな基準があるそうで、この後に取材した「ませき苺農園」さんも「あのときは、木村さんにサポートしてもらって本当に助かりました!」と振り返っていました。
そのほかにも、農協が行うビニールハウス巡回に同行したり、農家さんの悩みに耳を傾けたりして、解決できることは専門機関につなげる業務も担っています。

samaniyakuba17.jpgまちの制度を使って移住した柵木(ませき)さん夫婦との3ショット。柵木さん夫婦の記事は下にリンク!

短期・長期で一つずつ課題のクリアを目指す

様似町がこの事業を始めたきっかけは、地元農家の高齢化で離農が進み、町内の農地が余ってきたという事情がありました。そこで、JAひだか東が、この土地の気候を生かした新たな特産物をと試験栽培をして、たどり着いたのがスイーツ用の夏秋(かしゅう)取りいちご「すずあかね」だったのです。
初の新規就農者が入ったのは約10年前、そこから年々農家は増えていき、まちはレンタルのビニールハウスを60棟までに増設しました。この数年、様似町と浦河町を合わせたJAひだか東の夏いちご生産量は、全国で連続ナンバーワンを誇っています。

samaniyakuba4.jpg様似町は海岸線に面しているため、水産業も農畜産業と同じように盛んなまちです。

しかし、近年は課題も抱えるようになりました。
「選果場で扱える量が限界になってきたんです。これ以上生産を増やしても、選果場で処理しきれなければ元も子もないので、今はビニールハウスを増やしたりは出来ていないんです」

さらに、様似町と同じように端境期のいちごを栽培する競合の地域が増えてきて、すずあかねの単価は下がってきているといいます。
「一方で肥料などの値段は上がってきていますし、今年は夏に天気の悪い日が続いたので『いつもより栽培がうまく行かなかった』という農家さんの声も多く聞きます」
独立をするにも、ハウス資材の値段が高騰してレンタルハウスから出られない農家が多く、60棟の空きがなかなか出ない状態。
新規就農の募集も現在は中止しているとか。

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独立が難しくなってきた現在、「いま貸しているハウスを譲渡するか、それともリースにするかといったことも役場で検討しています」と木村さん。
しかし、そこには頭を悩ませる問題が。
「リースにする場合はどの部分まで回収するか、期間は何年にするか。複数からの補助金で建てたビニールハウスなので、決めるのが難しいんです...」
それでも、まちや農協では、日々頑張っている農家さんたちの負担をなんとか減らしてあげたいと奮闘中です。例えば、様似町では名物の日高昆布とすずあかねの収穫期が重なるため、いちご農家は実がたわわに成る多忙時に人手を確保できないという悩みがありました。
そのため、今年から公務員の副業を認めていちご農家で収穫バイトができるようにしています。また、農協とすずあかねを開発した会社がタッグを組んで、よりニーズに合った後継種に当たるいちごを開発中です。

「自分の代で終わり」ではなく、様似の農業をつなげてほしい

木村さんは29歳、役場で10年以上のキャリアを持つ若手の係長です。
「彼はとにかく真面目で親切、いつも丁寧に業務を行っています」と評するのは、かつて直属の上司だったという現・産業課の荒谷課長。

samaniyakuba12.jpg荒谷課長とのツーショット

木村さんはお隣の浦河町出身ですが、様似での暮らしを気に入っているといいます。
高校時代は野球部の内野手で、いまは役場の軟式野球チームで活躍しているとか。
まちの魅力について聞いてみると「個人的な意見ですが...」と前置きをして、語ってくれました。
「浦河の実家は海岸線沿いにあるんですけど、車で様似町のほうに来ると、とても景色がきれいだなと思うんですよね。
特に、ある牧場に行く途中の高台からの眺めが好きで、アポイ岳や海から突き出した親子岩など奇岩の数々がすべて見渡せるんです」
おすすめの飲食店について聞くと「弁慶ですね!名物の真ツブ刺し身や料理、お寿司も中華もありますし、食事に困ったらここへ行けば間違いないです」と教えてくれました。

そんな木村さんに、これから取り組んでいきたいことを尋ねてみると、一転、真剣な表情に。
「様似町の農業は、いちごのほかにも馬やお米などがあるんですが、高齢者の方が多くて『自分の代で終わりだ』と話す人が多いんですよ。誰かに継いでもらう、といった考えを持つ人がほとんどいないんです。そんな方々の意識を変えて、農地を未来につなげていくような場をつくれないかと思案しています」

なにか、良いアイデアはないのでしょうか......?
「様似町の畑や田んぼのひとつひとつは面積が小さくて、地権者の関係も複雑なので、ほかのまちと同じようにはいかないハードルがたくさんあるんですよね。でも、やはり耕作地がなくなってしまうのは、私にとっては抵抗があるというか『寂しい、嫌だな』と思うんですよ。ほかの町を訪れたときや、高速を運転していて青々とした田んぼや畑が見えるとき『様似町でも何かできないか』とよく考えている自分がいます」

近年は農家の事業承継を進める動きも出てきましたが、木村さんは「これまで長年頑張ってきた農業者の方に、こちらから一方的にそういった提案を押し付けることはしたくない」と話します。
「彼らのほうから、『誰か、自分の農地を継いでくれる人はいないか?』と聞かれるようになる地域づくり、きっかけづくりをしていきたいんですね」
そう話す木村さんには、役場の職員としてだけではなく、様似町の農業を愛する個人としての熱い思いが垣間見えました。

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※様似町の新規就農制度を利用して実際に農家となった移住者の「ませき苺農園」さんの記事はコチラ↓

憧れの北海道でいちご農家に、夫婦でつくる「ケーキの宝石」

様似町役場
住所

北海道様似郡様似町大通1丁目21

電話

0146-36-2113(産業課農務係)

URL

http://www.samani.jp/


移住者のいちご農家が続々誕生、様似町の農業をつなげる取り組み

この記事は2022年10月27日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。