デザインから、ものづくりへ
よく耳にする、「人生100年時代」「自分らしく」といった言葉。現実には、まだ答えを急かされる場面が多いですが、じっくり居場所を探し当てた人の表情は、生き生きしています。中川町の地域おこし協力隊で「木材流通コーディネーター」の福田隼人さんも、その1人。息を吐いて森の生命力を吸い込み、多くの笑顔を誘う家具をゼロから作ります。国内外を渡り歩き、さまざまな仕事を経験。「遠回り」と本人が呼ぶ足跡はまるで、中川の豊かな森が導いているかのようでした。
取材にお邪魔したのは2021年10月。くらしごと編集部が根城にした町内の温泉ホテルでは、期間限定の「星屑BAR」が開かれていました。屋外の空きスペースに、シラカバやトドマツで本物そっくりに仕上げられたフクロウ像、木の温もりを感じるローテーブルなどがあり、アウトドア感が満載。これらは福田さんが手がけたといいます。
月夜に浮かび上がる木のふくろう。福田さんが材を調達し町の有志3人で作りあげました
「いったい、何者...?」と驚かずにはいられませんが、福田さんの現在地を紹介するために、これまでの歩みを振り返ってもらいました。
出身は山口県。海釣りが好きな少年として育ち、19歳まで宇部市の港町で暮らしました。小さいころからものづくりが好きで、京都の大学で家具デザインや建築、ランドスケープ(景観)デザインを学びました。卒業するころには、「毎日触れ合う、人に近いところでものづくりを」と狙いを定め、家具デザインのコンペに応募していました。
さらなる成長を目指して海外を旅し、「学び直そう」と2009年からイギリスに留学。大学院ではデザインや芸術を研究しました。卒業後はフリーランスでドイツに渡り、アルバイトを重ねながら、ガラスやアクリル、石などいろいろな素材に挑み、家具デザインの分野で経験を積みました。
そのうちに、素材としての木に魅力を感じ、ものづくりを本格的に学ぼうと、岐阜県の飛騨高山へ。家具材として、加工のしやすさや樹種・木目の豊かさがある広葉樹に惹かれ、その一大産地である北海道へと、目を向けるようになりました。
デザインと、ものづくり。2つの道具を手に入れた福田さんは、愛車のSUVに乗り込んで、北海道への長い旅を始めました。
北海道の旅。林業が根付いたまちを
愛車に布団や生活道具を詰め込んで、フェリーでまず函館へ。さまざまな市役所や役場を訪ねては、地域おこし協力隊や仕事、移住制度などを聞いて回りました。常に頭にあったのは、「林業が根付いているまちを見つけたい」という軸でした。
「飛騨高山にいた時に、木材の本質を知ってデザインとものづくりに還元したいという欲望がありました。林業に携わりながらものづくりができる仕事が、理想だと思いました」
福田さんは20代前半から30歳前後まで、6年ほどヨーロッパでがむしゃらに過ごしました。北海道はヨーロッパと似た雰囲気や道があり、空も広い。そして本州のように人口密度が高くないため、自然とリラックスできたといいます。
また、飛騨高山と同じく日本の「五大家具産地」である旭川がある点も、北海道に根を下ろす福田さんの背中を押しました。
旭川家具は、北欧の雰囲気がなじむ洗練されたデザイン性や、高い技術力のあるものづくりの拠点として知られ、中川町をはじめ道産材を多く活用しています。福田さんが、3年に1度の「国際家具デザインコンペティション旭川(IFDA)」へ学生時代に応募していたという縁もあり、素材に近いところでものづくりをする上で、旭川の存在感は大きかったといいます。
初めて上陸した北海道に、福田さんは強く魅せられていきます。
旅で知った「中川クオリティー」
各地で人に会い、情報を仕入れる中で、アンテナに引っ掛かったのが中川町でした。旅の途中で知ったのは、スツールや盆栽といった町産材プロダクトを販売する「KIKORIプロジェクト」。すぐに目を奪われ、デザインによる町のブランディングのクオリティーにも驚かされたといいます。
また、森に携わりながらものづくりをする上で、町内の手工業組合「森と手と」に代表される、移住・定住した作家がいることも魅力でした。「飛騨高山での2年間の修行を還元したかったので、『先輩』がいるのはすごく心強かったです」と振り返ります。
そして2020年、中川に飛び込みました。任期が最長3年の地域おこし協力隊となり、与えられた肩書は「木材流通コーディネーター」。家具職人やメーカー、木工作家、彫刻家をはじめ良質な木材を求める人と森の現場をつないだり、活用したりする任務です。町域の87%が森林。原則的に皆伐(※1)をせず、私有林であっても皆伐可能面積を6haに制限する。環境への負担を抑え、造林しやすい独自の作業道をつけるなど、中川では豊かで多様な森を維持・活用するスタイルが根付いていました。
町内にある造林・造材の会社にも協力してもらい、まちぐるみでユーザーへ材を供給
その背景を生かし、福田さんは素材と供給先に丁寧に向き合ってきました。彫刻家のオーダーに応え、滑らかに表面を整えるよう製材して納品。「旭川では確保できにくい」と言われた厚めの材を探したり、食べ物のようにトレーサビリティ(追跡可能性)を重視する家具メーカーの商品開発に協力したり。北海道大学が町内にもつ「中川研究林」と連携した造材(※2)も手掛け、協力者や仲間を増やしていきました。
移り住んで2年たっての、中川の印象を聞きました。
「SDGsという言葉が一般的になる前から、その精神を大切にしています。木や森が好きな人が集まり、官民の献身的な努力で、経済的にも環境的にも持続できる森をつくっています。大量に生産できないけれど、魅力的な森づくりなどの1つ1つの背景を大切にし、1人1人に伝えることを重視しています」
福田さんの目に映るまちの輪郭は、とても鮮明になっていました。
KIKORIブランドの商品は、ふるさと納税の返礼品にもなっていますものづくりの本格化で訪れた変化
一方で、協力隊になった当初は「何してるの?」という目も向けられたといいます。役場にこもって調べものをしたり、冬は造材現場に立ち会って木の勉強をしたり。「木材流通は本当に見えにくく、町民の皆さんの理解もなかなか難しかったですが、今の自分の礎になっています」と言います。
やがて作り手として工房を構えるため、役場から車で15分ほどの離農者の旧宅を借りることに。「KIKORIプロジェクト」の受注・制作や、個人での制作に打ち込んでいます。この工房でものづくりを本格的に始めてから、徐々に変化が訪れました。
きっかけの一つは中川町が打ち出している「アウトドア観光」でした。福田さんは「例えば丸太は一般的には流通していませんが、林業が根付いているまちだからこそ、作れるという強みがあります。商品群を増やすなど、まだまだ木材流通の可能性は広がっていくはずです」と誇らしそうに話します。
森の中で切り株に腰掛けるシーンを疑似体験できるスツール。持ち運べるように手綱を通す穴も。
2021年10月下旬には、東京・渋谷でアウトドアセレクトショップによる人気のショー(展示会)が開かれ、たき火セットや、コースターなどを出展しました。町の「KIKORI」プロダクトは東京・下高井戸のサテライトショップ「ナカガワのナカガワ」などに置かれ、CM撮影に使われるなど、引き合いが増えています。
「都会の人に、屋内でも中川の森を感じてもらい、興味をもってほしい。モノだけではなく、背景まで関心をもってもらうことで、コアなファンとの関係がより強くなります。木の良さや匂いという身近なものを入り口に、アウトドアを楽しみに中川に来てもらうなど、実際の動きにつなげるのがゴールです」
また同年には、中川町産材エレキギターの制作プロジェクトにも参加。恵庭市のギター作家・鹿川慎也さんが、中川町イメージソングを作ったシンガーソングライター・Chima(ちま)さんに9月に受け渡したギターの材として、「和製のブラック・ウオールナットのような」(福田さん)黒っぽい色が独特のオニグルミなどを提供しました。
ものづくりを通して、多くの人の目に触れる機会が増えていきました。
ネックにメジロカバ、ボディにシウリザクラ、裏にオニグルミを使用した中川町産材のギター森づくりまで、1本の線に
「デザイン」「ものづくり」に加えて、中川町で「森づくり」や地域とのコネクションも手に入れた福田さん。福田さんの協力隊の任期は2022年度までの予定ですが、その後も中川に根を下ろし、独立する考えです。
2020年には、原木や板材、トドマツの葉っぱといった多様な素材を供給したり、木製品を制作したりするプロジェクト「Rawwood(ロウウッド)」を立ち上げ。協力隊の卒業後は、事業として広げていくつもりです。
「木材を扱っているからこそのプロダクトを提案し、森という入り口に関わりながら、販売という出口まで持っていけるようにしたいです。そのルートの一部は『KIKORI』で整備されましたが、自分でも補いながら、どんどん開拓していきたいです」と意欲を見せます。
林業の繁忙期となる冬には地元の事業体の造材をサポートしつつ、キャンプ用品などアウトドア製品や、公共施設や店舗向けのオーダー家具などの制作にも挑戦したいといい、展望が膨らみます。「デザイン、ものづくり、森づくりが全部、1本の線でつながるようなことをさせてもらっているのが、本当にありがたいです。まだまだ今から、というところですが、遠回りしながら、点と点が線になり、形になってきた手応えがあります」
中川に来て2年目の2021年は、「これだけ自然豊かなところにいるので、もともと興味あることにトライしよう」と考え、北大研究林の知人とカヌー(シーカヤック)を初体験したという福田さん。かつて港町の海釣り少年でしたが、天塩川をはじめ雄大な河川と森に囲まれた中川になじんだ今、渓流釣りも楽しみの1つになりました。長い冬は林業の仕事で忙しくなりますが、「来春が楽しみです」と気持ちがはやります。
豊かな森と林業がまずあって、そこで育まれた素材で手しごとが営まれる。独自の森づくりに共感した家具職人や作家が、木材に命を吹き込んでくれる。アウトドアに光が当たり、フィールドを彩る木製品が活躍する―。中川町では少しずつ、森を起点にしたさまざまな取り組みが実を結びつつあります。
そのいずれにもつながるのが、福田さんが新しく形にしようとする仕事です。「自信をもって紹介やセールスできる魅力が中川町にありますから」。そう頼もしく話す凛々しい表情には、「コーディネーター」という言葉がピッタリでした。
工房内の壁には整然と並んだ道具一式が
シラカバの木は、室内でも森を感じられるコースターへと
離農した農家さんの家を活用し工房に
室内には、仕上げを待つ製品たちが所狭しと置かれていました
※2 造材 伐採した樹木を材木に加工すること
- 木材流通コーディネーター(中川町地域おこし協力隊員) 福田隼人さん
- 住所
〒098-2624 北海道中川郡中川町字豊里168 (工房/Rawwood)
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