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せたな町で出会った!狩猟に魅せられた女性たちの奮闘記20250822

せたな町で出会った!狩猟に魅せられた女性たちの奮闘記

北海道には、エゾシカ、ヒグマ、アライグマといった「有害鳥獣」といわれる野生動物がたくさん住んでいます。農林水産業への被害が拡大する昨今、その防止策として、猟友会などが狩猟や捕獲などを行ない、駆除に力を入れている状況です。

北海道南に位置するせたな町にも、40数名もの狩猟免許を持つハンターがいます。最近では、女性のハンターも増えてきました。狩猟免許を取得する動機はさまざまですが、志を同じくする同世代の女性がいるのは心強いものです。

今回は、ハンターの女性二人と、新たに狩猟の道にチャレンジしようとしている女性、「せたなハンター三人組」にお話を伺いました。

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自衛と自給自足のために、狩猟免許を取得

イェドゥ・りんさんは東京出身。中学時代に農業体験で牧場に行き、牛の乳搾りやブラッシングなどの体験をして、酪農に興味を持ったといいます。

「将来は牛に携わる仕事をしよう、とそのときに決めたんです。それで、北海道に行けば牛と触れ合えるだろうと思い、高校卒業後に本別町の農業大学校へと進学しました」

しかし、そこで北海道の牧場の実情を知り、衝撃を受けたというりんさん。牛乳パックに描かれている牛はみんな放牧されているのに「実際に放牧されている頭数は、こんなに少ないんだ」という事実に打ちのめされます。

hunter_5.JPGこちらがイェドゥ・りんさん。

「そこで改めて、自分がやりたいことを突き詰めたんです。それで、山で牛を飼うというところに行き着いたんですね。牛を放牧しながら山を守り、そこでできた副産物を地域に還元する『山地酪農』という手法です」

牛は偶蹄目(ぐうていもく)という種類で、蹄を使って歩くことで地を耕すことができます。これは『蹄耕法(ていこうほう)』と呼ばれ、排泄物を肥料として土に還元し、地をしっかり踏みしめて歩き山を耕す手法です。牛が自然に、健康的に生きることで生まれた農産物や畜産物を販売して、地元に還元する。そんな山地酪農をやりたい、という思いが、りんさんのなかで強くなりました。

「同時に、北海道は土地も広いのに、耕作放棄地が多いことにも驚いたんです。それを農地としてどうにか活用できないか、という思いもありました」

そして、ご主人と一緒にどこで山地酪農をしようかと、道内の土地を探し回ります。

hunter_23.JPEGこちらは同じくせたな町で放牧酪農を営む「ひらかわ牧場」さん。

「せたな町は、就農するにも間口が広く、形にとらわれないんです。地域によっては牛を飼う頭数や、開業のためのリース事業に乗らなければならないなど、制約が多いんですね。でもせたな町は、飼わなければならない頭数や規模も決まっていないし、経営形態にも縛りがなく、私たちの理想である山での放牧を叶えられると思いました」

加えて気温が著しく下がらない、雪が少ないなどの気候もポイントになりました。できる限り外で牛を飼うために、少しでも長く外に出しておける環境が重要だったのです。「理想の場所を見つけるのに、6年かかりました。牛と一緒に土地を開拓していくのが、私たちの夢だったので」と、りんさんは話します。

そしてようやく家と農地を取得し、新規就農するためにせたな町へと引っ越し。ご主人は、せたな町の地域おこし協力隊、りんさんは主に乳牛の乳質検査を行う酪農ヘルパーの仕事をしながら、いまもなお、古い家を修繕しているところです。

「ようやくひと部屋完成したので、そこで寝起きしながら、リノベーションを続けています。先日、ようやく電気が通りました(笑)。管も錆びてしまっているので水道も使えず、いまは、井戸水を汲んで使っています。お風呂は、近くの温泉に入りに行きますね」と、まだまだ道のりは長いですが、楽しそうです。

そんなりんさんが、狩猟免許を取得したのは2025年2月のこと。なぜ、狩猟を始めようと思ったのでしょうか?

「住んでいるところがかなり山奥で、シカやクマが多いので、狩猟免許を持っているだけで安心感があるのと、もともと自給自足の生活に憧れがあったという理由からですね」

いまは、ご主人も免許取得に向けて奔走中。夫婦で狩猟から解体まで行えるよう、準備をしているところです。

hunter_22.JPEG(写真:りんさん提供)

ゆくゆくは自分で獲ってきた食肉で加工品を製造したい

りんさんの背中を追うように、狩猟免許の獲得に向けて準備中の女性がいます。ご主人と一緒に洋菓子店&食肉加工の工房兼店舗を営む「サッカムセタナイ」の髙橋友里菜さんです。

髙橋さんは静岡県のご出身。専門学校時代にせたな町出身のご主人と出会い、卒業後は二人で洞爺湖町のホテルに長くお勤めでした。ご主人はそのころからシャルキュトリ(食肉加工品)について興味を持っており、京都で料理人として腕を上げるなど転々としたのち、また北海道に戻ってきたそうです。

hunter_1.JPGこちらが髙橋友里菜さん。

「最終的には北海道に戻りたかったので、やりたいことができる場所として、地元であるせたな町にいいと思える場所を見つけて『サッカムセタナイ』をオープンさせました」

お店は海の見える高台で、せたなの自然が一望できるとても気持ちのいい場所。1階に食肉加工場、2階にお菓子の製造室と店舗、イートインスペースを作りました。イートインスペースを設けたのには、やはり「せたな町の景色を味わってもらいたい」という強い思いがあったから。いまは、金土のみオープンしています。

シャルキュトリーは、パテ・ド・カンパーニュやテリーヌ、ソーセージなど、バラエティ豊かなセットをウェブショップで購入することが可能です。一部に自家製ハーブや、近隣で採れた山菜などを用いており、余すところなくせたなの味を楽しめます。

hunter_16.JPG商品は公式HPからも購入可能です!

髙橋さんはパティシエですが、狩猟に興味を持ち、これから資格の取得に向けて勉強中です。きっかけは、お友達が狩猟に興味を持っていたこと。「男性のイメージが強かったけど、女性でも資格が取れるんだ」と思ったことから、初心者講習を受けてみたのだそうです。

「近年、シカの被害だけでなくクマの恐ろしい事件も起きている中、人間の生活、命を守ることも大事。だけど、人が原因を作っていることも沢山あると思います。山に入るとそういったことを考えさせられます。そうした中に狩猟という行為があり、私の場合は、夫が食肉加工をしているので、そこに命を活かすことができればと思っています」

現実的にはまだ町内に解体処理施設がなく、それらとの兼ね合いで容易にいかない部分もあるのですが、将来的に髙橋さんが獲ってきたお肉で自家製の加工品が実現すれば、せたな町の特産品としてもより注目されるものになるはずです。

hunter_17.JPGこの日はあいにく曇り模様でしたが、晴れた日には眼下にせなたの海が綺麗に見渡せます!

同じ町で狩猟に興味を持つ女性のコミュニティが誕生

そしてもうひとりの女性ハンターが、ひらかわ牧場勤務の坂本寿々子さん(ひらかわ牧場の記事はこちら)。休みの日や仕事の合間にシカ撃ちをしたり、先輩ハンターが仕留めた猟獣を引っ張りに駆り出されたりしています。

「日高管内の役場職員だった時代、最初は畜産の専門職として働いていたのですが、異動先が有害鳥獣駆除の担当部署だったんです。そこでハンターさんとの繋がりができて、捕獲現場に行く機会が増えたんですね。だんだんと狩猟に興味を持つようになり、ジビエもきちんと処理したらすごくおいしいということも知って、自分で獲ったお肉もおいしく食べられたらいいな...と思って、免許を取得しました」

hunter_18.JPGこちらが坂本寿々子さん。

免許を取得して4年目になる坂本さんですが「まだひとりで狩猟に行くのはちょっと怖いですね」と話します。先輩ハンターについて山に入り、経験を積む日々です。

坂本さんがりんさんと髙橋さんに初めて出会ったのは、先輩ハンターと一緒に動いていたシカ撃ちの現場。先輩が仕留めたシカを運ぶため、二人が手伝いに来て、知り合いになったといいます。坂本さんがひらかわ牧場に就職した、2025年の春のことでした。

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一方で、髙橋さんとりんさんの出会いはお店。

「りんちゃんが、お店に来てくれたんです。そのときはあまり話さなかったんですけど、新規就農者として広報誌にりんちゃんが載っているのを見て『あ、前に来てくれた子だ』と思って」(髙橋さん)

そのうち3人は、同じ先輩ハンターと現場を回る機会が増え、狩猟現場以外でも一緒に山菜取りに行くなど、すっかり仲良くなりました。

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見つけて仕留めるだけじゃない。守るべきマナーがたくさんある

主にシカを狙うりんさんは、まだ免許を取って間もないですが、月の半分くらいは狩猟に出かけるそうです。

「難しいですね。やはり撃つまでの間に初動作というか、決まりがちゃんとあるんです。たとえば、道路上では銃を袋から出さない、弾を込めないなど。猟獣を見つけてから撃つまでの流れを的確に守りつつ、猟獣にバレないように近くまで行かなければならないので、結構頭を使います」

安全面への配慮や、猟獣までの目測なども大事ですが、意外と必要なのが土地勘や人との繋がり。たとえばシカが牧草地に立っていた場合、その土地が誰のものなのか、そこでシカを倒した場合、車を近くまで乗り入れていいかなど、確認を取らなければなりません。

hunter_8.JPGせたな町猟友会の大先輩たちも、3人のことを気にかけて、いろいろとアドバイスをしてくれるそうです。

「土地の持ち主に前もって聞いておくこともあります」と坂本さん。りんさんも「牧草地だと、牛の餌になるので、車を乗り入れるのはタブーなんです。獲る前に土地の持ち主と話をつけておかなければいけない場合もあるので、大変ですね」と話します。撃った後に必ず薬莢を回収するなど、守らなければならないマナーがたくさんあるのです。

それでも、仕留めたあとはうれしいことが待っています。先日は、先輩ハンターが仕留めたクマに、トドメの一発を撃ったりんさんが、肉を髙橋さんの加工場に持っていってソーセージを作ってもらったそうです。「とってもおいしかったです!昨日もクマ肉で焼肉をしましたが、意外と臭みがないんですよね」と話します。やはり、獲ってから食せるのが狩猟の醍醐味です。

しかし、ともすれば命の危険が伴う狩猟。恐怖心はない?と聞くと「もちろんあります。怖いって言ったらダメだって言われるんですけどね」と、りんさん。まだ免許を取って1年以内ですが、先輩に言われてひとりで狩猟に行くこともあるそうです。「まだ緊張します」と話してくれました。

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坂本さんの当面の目標も「一人前になって、誰の力も借りずにひとりでシカの狩猟ができるようになること」。免許取得はあくまでも第一段階で、ふたりとも、独り立ちを目指しています。

髙橋さんは狩猟免許取得に向けてがんばる日々ですが、取得したらシャルキュトリーだけでなく、「食育にも力を入れたい」と話します。

「きれいなパックに包まれた、スーパーに並んでいるものだけがお肉だと思っている子どもが、いまとても多いですよね。狩猟をして、解体処理をして、食肉として加工されているものが自分の口に入るんだということ、奪った命をありがたくいただけるようにしていきたいと考えています」

髙橋さんは三児の母。狩猟の目的や動機は、三者三様です。

hunter_7.JPGデザインやマーケティングを学びながら、サッカムセタナイの菓子部門を担当する髙橋さん。

「せたなは海も山も近いので、たとえば獲れたシカ肉を知り合いに譲ると、お魚になって返ってくることもあるんです。食材が豊かで、人との距離も近い。いろいろな仕事をしている人がいますし、そういうところが楽しいなと思える町です」(りんさん)

それぞれ目的を持ち、真剣に命と向き合う「狩猟」という共通点。そして、町の魅力を感じながら、仲間とともに好きなことを追求する。せたな町で暮らすそんな3人の奮闘はこれからもつづいていきます。

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イェドゥ・りんさん、髙橋友里菜さん、坂本寿々子さん

<サッカムセタナイ>
住所:北海道久遠郡せたな町北檜山区太櫓416-19
電話:050-1467-4793
公式HP:https://satkamseta-nay.stores.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/satkamsetanay/

<ひらかわ牧場>
住所:北海道久遠郡せたな町北檜山区松岡164-10
電話:0137-83-8958
公式HP:https://hirakawa-farm.net/


せたな町で出会った!狩猟に魅せられた女性たちの奮闘記

この記事は2025年6月26日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。