大地と海が作り上げた、世にも珍しいアーチ状の奇岩・なべつる岩。てっぺんには帽子のようにトゲトゲの葉っぱが個性的な「ヒロハヘビノボラズ」が茂る、奥尻島を代表するランドマークです。
この岩には、フェリーで奥尻島を訪れる旅人に「ああ、これから島時間が始まるんだな」と思わせる、不思議な力があります。
そしてもうひとつ、旅人を歓迎してくれるのが、奥尻島公式キャラクター「うにまるくん」。太陽のような笑顔と、先端が丸いマイルドなトゲをめいっぱい広げて、フェリーの到着を待っています。
そんなうにまるくんのモチーフは、皆さんお察しの通りウニ!奥尻島は言わずと知れた北海道屈指のウニの宝庫なのです。
そんなウニアイランド・奥尻で昨今、新しい目玉海産物の開発が行なわれているという情報を聞きつけたくらしごとチーム、さっそく現地調査に行ってきました!
奥尻島のランドマーク。なべつる岩
自生するイワガキを魚価低迷の切り札に!
今回お話を伺ったのは、ひやま漁業協同組合青年部長の川瀬美弘さん(37)と、おくしり成養部会代表の雁原幸正さん(35)。...むむ!
のっけから本筋から外れてしまい甚だ恐縮ですが、言わせてください。
事前情報ではお二人とも「いいお年頃」と伺いましたが、見た目年齢がなまら若い!我々が密かに提唱する、「漁師の実年齢と見た目年齢、10歳くらい離れてる説」の実証に、また一つ有力な証拠を手に入れてしまいました。ありがとうございます(?)。
すみませんでした、話を戻します。
左が川瀬美弘さん、右が雁原幸正さん
海産物王国北海道の中でも高品質な海産物の産地として名高い奥尻島ですが、他の港町と同様に、近年海に異変が起きています。
特に漁船で行なう船漁において、これまで主力であったイカ・ホッケ・メバルの漁獲量が減少傾向であることに加えて、その魚価も低下しているのです。
そこで漁協青年部が中心となって、減少分を補うための施策の検討を行ないました。
何か良いアイデアがないものかとヒントを探していたところ、メンバーから「奥尻には4種類のカキが自生しているらしい」という話が持ち上がります。
先輩漁師に聞くと、北海道では珍しいイワガキではないかとのことで、はっきりと他のカキとの差別化を図るため、DNA鑑定を行ないました。
結果は「イワガキ」。年配の漁師さん達はその存在をもちろん知っていましたが、売り物になるほど大きくはないので、たまに自分で食べるために獲る程度の扱いだったそうです。なにより、当時はその必要が無いほど魚が獲れていました。
北海道でカキと言えば冬~春に旬を迎えるイメージがありますが、これは主にマガキを指していることが多いようです。冷たい海で旨み成分グリコーゲンをたっぷりため込んだ「海のミルク」を心待ちにしている方も多いことでしょう。
生はもちろん、焼いて良し、蒸して良し、アヒージョにしてワインに合わせてもも良しと、思い出しただけで唾液腺がうずきます。
そんなマガキに対してイワガキの大きな特徴はその大きさ。
市場に流通しているイワガキは200gから、大きいものだと1kgというものもあります。1kgのイワガキの見た目は、もはや岩です。一般的に200gサイズで「特大」と言われるマガキと比べると、その差は歴然。もちろん食べ応えも抜群です。
しかし北海道ではマガキに比べると、知名度はそれほど高くないのではないでしょうか。
それもそのはず、イワガキは主に秋田県や石川県、そして島根県など東北以南の日本海側にあるまちの名産となっておりされ、旬も冬ではなく夏というマガキとはちょっと違った生態を持つカキなのです。
さらに漁業関係者が熱視線を送る理由はイワガキの市場価格。
「海のミルク」として名高いマガキに対して「海のチーズ」とも呼ばれるイワガキ。生育に時間がかかるイワガキはその分サイズも大きいため、マガキに比べ単価が倍増。しかも北海道内で手掛けている地域が少ないため競合が少ないことも魅力です。これをチャンスととらえ、漁師の若手グループで「おくしり成養部会」を組織し、元々自生していたイワガキを新たな主力商品として養殖するべく研究を始めました。
奥尻の海に会ったイワガキの育て方を模索する
「濃厚で味が濃く、マガキよりも大きい」というイワガキ。もともと島に自生はしていたものの、当時は青年部ですらイワガキについての知識はほぼ0(ゼロ)だったそう。
「始めた頃はカキはカキでしかなく、イワガキとマガキだって、ちょっと見ただけならその違いもわからなかった」と笑うお二人ですが、一歩一歩地道にイワガキについての情報を集めていきます。
基本的なイワガキの育て方は、水産試験場からのアドバイスやWeb上の情報を参考に実験を繰り返しましたが、なかなかうまくいかず、島根県や長崎県・福岡県などイワガキで有名なまちを視察し、イワガキの可能性を探ることにしました。
「特に有名な島根県は、やはり同じ島でも奥尻とは海の特徴も島の特徴(入江の有無や地形)も違いますし、イワガキの養殖施設もとても大きいものでした。正直当時ぼくたちが探り探りやっていた養殖とはかなりの開きがありましたが、多くの発見や参考になるお話も聞けて、とても良い刺激になりました」と川瀬さん。
ところで、カキの育て方には、主に『カルチ式』というやり方と、『シングルシード方式』というやり方の2つがあるそうです。
『カルチ式』では、ホタテの殻にカキの赤ちゃんを着底させて、ある程度密集した状態のものをロープに連ねて海中に沈めます。
ひとかたまりにして吊し育てるため、波の影響を受けにくく、カキがエサを食べやすいそうです。
しかし、その反面、同じ場所で育てている中で、強いカキだけがどんどん大きくなり、弱いカキには全然実が入らないということがおきてしまうデメリットもあります。
一方『シングルシード方式』とは、その名のとおりカキの赤ちゃんをひとつぶずつばらして大きくしていく方法で、細かく粉砕したカキ殻に着底させることが多いそうです。稚貝がある程度の大きさになったら、専用のカゴに入れて海の中で育てていきます。
成長速度が少し遅いことや斃死が若干多いなどのデメリットもあるそうですが、個体差を平準化できるのが大きなメリットです。
「しかし、カルチ式もシングルシード式も技術がある程度確立されているマガキに比べ、イワガキの、特にシングルシード方式はまだ道半ばという感じです。自分たちも、カキ殻の粉末にカキの赤ちゃんを着底させることに苦労し、カキ殻のかわりにプラスチック板で応用するという方法にたどり着きました」
雁原さんの言葉から、ここに至るまでの試行錯誤が想像できます。しかしその努力に見合う価値はあるそうで、
「シングルシード方式だと、それぞれのカキがカゴの中でバラバラに暮らすため、どのカキも平均的にエサを食べられます。そのため大きさも身の入り方も均等になりやすいのです。さらに、波に振られてカゴの中でカキ同士がぶつかり合うため、殻がきれいなカップ型に形成されるんです!あと振られるおかげで雑物がつきにくいためエグみなどがなくさっぱりした味になります」
とそのメリットについて、熱心に教えてくれました。
商品として継続的に品質を担保し、常においしいカキを消費者に届けるために、これはとても重要な事なのです。
そう、おいしい海産物は消費者の口に入って初めてその本懐を遂げます。
丹精込めて育てたイワガキですから、できるだけおいしい状態で届けたい。そのための手段も今並行して模索しています。
厚さ0.5㎜のプラスチック板に着底した稚貝は海の中でこのような状態で育ちます。1㎝ほどの大きさになったらペリッとはがし、専用のカゴに移すのです
「なかなか北海道外を視察する機会が無いので、イワガキのノウハウの調査とともに、CAS(キャス)冷凍技術の視察も行ないました」
「Cells Alive System」の頭文字がとられた「CAS冷凍技術」とは、その名の通り食材の細胞を新鮮なまま保管する21世紀が産んだ冷凍技術。これにより魚介類や生クリームなど鮮度が命の食材を、限りなく元の状態に保ったまま冷凍し解凍できるのだそうです。
つまり、CAS冷凍で保管されていれば、どんなに離れていても奥尻のウニやカキ本来のおいしさを味わうことができる、ということなのです。
スゴイぞCAS冷凍!奥尻のイワガキを、現地で食べるのと変わらない品質で、自宅でも楽しめる日が来るかもしれませんね。
様々な情報が瞬時に飛び交う現代において、品質が良いものをただ生産するだけでは、数ある同業者から頭一つ抜き出ることはできません。
どうやって消費者の目に触れ選んでもらうか?成養部会では、レストランなどのシェフとのイワガキを活かしたレシピ開発や、ホテル内で開催されるマルシェへの出店。また札幌や函館の鮮魚店への地道な販路開拓など、対外的なPR活動も積極的に行なってきました。
そのかいあってホテル関係との直接契約も進んでいたのですが、残念ながら新型コロナウイルスの影響による人流の停滞により、一旦は保留に。。今は1日も早くコロナが終息することを願うばかりです。
港にある養殖施設の中で、成長するイワガキ。カゴの中で育てるシングルシード方式を採用しています
ずっと続けられる漁業をめざして
現在奥尻島の人口は約2500人、その内漁師は約120人と思ったより少ない印象です。さらに青年部に所属する漁師となると、その数は約15名程度に留まります。年代で見ると、2021年現在30代と60代以上の割合が多く、若い世代は20代が1名、10代が2名(最若手10代のお二人については、別の記事でご紹介しているのでこちらもご覧ください)。働き盛り世代の40・50代がそもそも少ない人口ピラミッドになっているため、近い将来、川瀬さんや雁原さんの世代が、一足飛びに奥尻島の漁業を引っ張っていく出番が訪れます。
「そうなった時に、どうしたら奥尻の子供達に地元の漁師ってすごいんだ、と思ってもらえるのか、最近考えています。若いころはそんなこと考えもしなかったんですが、自分も次を育てていく世代になったんだな、という感じですね(笑)」と川瀬さんは話してくれました。
次の世代へ伝える!地元の奧尻高校への出前授業の様子
漁師の人数が減り、魚の漁獲量と魚価は低迷している。
いつかは自分たちも年をとり、漁に出ることが難しくなる。
それでも奥尻の海産物は素晴らしいし、多くの人に食べてもらいたい。
だからこそ漁に出なくても成り立つ漁業を確立させることが、奥尻漁業の未来につながるはず。つまりは「高品質で高単価なブランド食材=イワガキの養殖」がカギを握っているのです。
そのためにいま最も必要なのは、「仲間」だといいます。
いま手掛けているイワガキをはじめ、すでに品質が認められているウニ・アワビなど、養殖の研究がどんどん進んでいますが、拡大しようにも人手が足りない状態だそう。
川瀬さんが期待しているのは奥尻高校に通う高校生たち。2021年度、奥尻高校に通う約100名の生徒の内、実に半数以上が島外から進学してきた「島留学生」です。
もと島留学生で漁師を目指す仲川さん(真ん中)のような若手が、島に増えてくれることを願ってます
「奥尻島で生まれた子供達だけでなく、島留学生にも漁業の楽しさややりがいを伝えたいんです。もしかしたらその中から、奥尻で漁師を目指す人が現れるかもしれません。あと100人は仲間がほしい!」
そんな思いで自分の時間を削りながら、高校のスクーバダイビングの授業のサポートスタッフとして参加したり、授業でロープワークを教えたりと、若い世代との交流を通じて、漁業に興味を持ってもらうためのきっかけづくりを行なっています。
また自分たちの仕事だけでなく、奥尻町や国土交通省北海道開発局などが取り組む「奥尻地区海藻生産・活用調査検討協議会」などの外部団体にも積極的に関わっています。今夏は小学生と一緒にウニのエサとなるホソメコンブを通じ、漁業や自然環境について学ぶ「奥尻島ホソメコンブ調査隊~海と日本プロジェクト~」の開催にも協力しました。
必食!奥尻産ブランドイワガキ「奥伎(おうぎ)」!
川瀬さんと雁原さんは、奥尻島の海産物=ウニ・アワビという常識に、イワガキという新たな柱を加えようとしています。
北海道内の関係者や視察を受け入れてくれた本州の協力者、そして食べて応援してくれる全ての消費者。多くの「人」に「支」えてもらい作り上げる「奥」尻のブランドガキという意味を込め、「奥伎」と名付けました。
常により良い生育方法を探しながら4年間大事に育てられた奥伎。時間がかかる分今はまだ年間2000個と多くはない流通量ですが、ゆくゆくは年間10万個の水揚げを目標に掲げています。
7月末頃の旬の時期には島内の飲食店や民宿でも数量限定で食べられるほか、フェリーターミナルそばにある青年部の直売店でも購入可能とのことなので、見かけたら即購入が正解です。
直売所では笑顔のスタッフが、その時期のおすすめ品を教えてくれますよ!
最後にお二人から今後の意気込みを伺いました。
「卵がみっちりと入った奥尻のイワガキ『奥伎』は、身が大きくクリーミーで味も濃いので、カキがお好きな方は是非一度ご賞味ください。食べ方は個人的には甘みがぎゅっと凝縮される酒蒸しがおすすめです!奥尻島には地酒や奥尻ワインもあるので、お好みの合わせ方を探してみるのも楽しいと思います!」(川瀬さん)
「3年目、4年目と段々成果は上がってきていますが、まだまだ分からないことだらけです。釣り下げる深度や海水温、場所など、奥尻のイワガキに適した生育環境を探して色々な条件下で養殖を行なっています。養殖による漁業は、成功するまで最低でも10年かかると言われていますので、これからも研究を進めていきます!」(雁原さん)
今回の取材ではイワガキもウニもシーズンが終わっており、訪問時に味わうことができませんでしたが、いつの日かお二人の研究の成果を口いっぱいに味わいたいものです...(涎)。
夏の観光シーズンは、大注目の北海道産イワガキ「奥伎」を食べに、奥尻島へ遊びに行きましょう!
そして漁師を志すアナタ!奥尻島が待っています!
- ひやま漁業協同組合青年部 奧尻支部 川瀬美弘さん おくしり成養部会 雁原幸正さん
- 住所
事務局/北海道奧尻郡奧尻町字球浦42番地
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