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まちおこしレポート
釧路市

他人事ではなく『自分事』として地域をデザインするクリエイター20190509

他人事ではなく『自分事』として地域をデザインするクリエイター

札幌をはじめ、東京、大阪へも繋がる玄関口を持つ釧路市。春は「花粉ゼロのまち」と謳い、夏は避暑地として様変わり。住んでみたら分かる、実はとっても住みやすいと定評のまちなんです。

取材は3月下旬のこと。少しずつ春に近づいている日差しを背に感じながら釧路駅から歩いてすぐのところにある「くしろフィス」というコワーキングスペースへお邪魔しました。部屋の奥で待っていてくださったのが、小野寺千穂さん。現在フリーランスデザイナーとして活躍中です。

最近では田舎地方のことを「ローカル」と呼ぶことも多くなってきていますが、そんなローカルでもあるこの地で、小野寺さんは地域に見合ったデザインを制作し、そのデザインで多くの人の心を動かそうとしています。

デザインを仕事に。上京し、さらなる飛躍を目指す

札幌出身の小野寺さんは、物心ついた頃から絵を描くのが大好きでした。その想いがあったからこそ「デザイナー」という道を視野に入れ始め、札幌市立高等専門学校(現札幌市立大学)に入学し、デザインを学びます。その後は札幌のコンピューター会社に入社。


この時1997年頃。
まだまだインターネットが駆け出しの時です。

入社した会社では、自社独自のアプリのパッケージデザインや、Webで情報を発信する業務を担っていました。仕事をこなす中で、インターネット技術の先端をいく東京という場所に憧れを抱き、東京でのデザイナー募集の求人を目にするや否やすぐさま航空券を取って面接へ。

見事採用となり、1999年に上京。
「あの時はとにかく勢いでした」と自身を振り返ります。

この年と言えば、インターネットバブルの時。
皆がインターネットの世界に夢見ていた時代です。
Web技術はまだまだ確立されておらず、誰もがのし上がれる業界。小野寺さんはその環境に身を置き、日々仕事と向き合ってきました。

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当時は勢いで北海道を飛び出したわけですが、東京で過ごした歳月は気づけば12年と経っていました。
「これからもずっと東京で生きていこう」そう思っていた矢先の2011年3月11日。


東日本大震災が起きました。

小野寺さんが所属していた渋谷のオフィスも大きく揺れ、電車はストップ。帰宅困難となり、食糧を買いに行こうとコンビニへ行くも時すでに遅し...コンビニの陳列棚はガランと虚しく空っぽになっていました。

「もはや東京中がカオスだったんです。豊かだと思っていた東京だけど、こんなにも脆いものの上に成り立っていたのか、ということにショックを受けました」

地震発生後も一週間程自宅待機が続きました。これまで無我夢中で働き続けていた中での、突然の一時停止。自宅で過ごす時間の中で、東京に来てからはじめて自分の人生を省みたと言います。

「これまで自分の人生なんて考える余裕がなかったんですよね。きっと忙しさを言い訳にして、思考が停止していたんだと思います」と当時を振り返ります。

震災を経験し、改めて自分の人生を見直した時に出た答えは「北海道に戻ること」。小野寺さんは、その年の12月に地元札幌へと戻ります。

「当時の会社に『札幌に戻りたい』と退職の意思を伝えたところ、ありがたいことに『辞めなくていいよ』って言ってもらえたんです。まだ当時では比較的珍しいリモートワークをさせてもらうことになりました」

こうして札幌でも職に困ることなく過ごしていましたが、またふと立ち止まります。

「札幌も私にとっては都会だったんです。また都会で同じように暮らし、同じ仕事をしている。物質的な豊かさではなく、精神的に豊かになりたいと思ったから北海道へ戻ってきたのに、何も変わっていないと気づきました」

そんなモヤモヤを抱えていたある日、札幌から南へ、サラブレッドの生産地としても有名な浦河町で地域おこし協力隊をしている友人へ会いに行くことに。それが小野寺さんの人生をまた変えた1つのきっかけになるとは、この時誰が想像したでしょうか。

求めていたものが溢れていた浦河町

浦河町へ遊びに行き、小野寺さんはこのまちに住む人々に魅せられてしまいました。


onodera_04.jpg小野寺さんが撮影した浦河町のまちが一望できるお写真

「イオンもない、娯楽施設もない、そんなこの場所で人々が自立して生きている姿を目の当たりにしたんです。漁師や、農家、小商いを営む方々、それぞれが自分の役割を担い、与えられたものを享受するのではなく、自ら作り出し、生産的に生きている姿に感動しました。ここに住めば、自分も豊かに生きられるんじゃないか?と未来が拓けていくようなイメージが湧いたんです」

小野寺さんの決断はいつだって早い...この時、浦河町への移住を決意したのです。

さらには当時お付き合いしていた今の旦那様も巻き込んでの引っ越し。「旦那さんには札幌での仕事を卒業してもらい、一緒に浦河へ行くことにしたんです」と笑う小野寺さん。そして浦河へ行くにあたり、籍も入れて夫婦として引っ越しをしました。このまちに来てからもリモートワークは引き続き続けていましたが、1年程で見切りをつけました。

その理由を尋ねてみると...
「なんのために自分は浦河町に来たんだろうって考えた時に、与えられたものに寄りかからず、生産的に、豊かに生きるためだったんだと思い直したんです」
もっと地域に入って自ら仕事を作り出したい、そんな想いでついにフリーランスデザイナーとして独立。

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もちろん「そもそも仕事はあるのだろうか?」という不安がなかったわけではありません。しかしそんな不安を余所に、人との繋がりから浦河町役場からロゴのデザイン発注のチャンスをつかみ取ります。

小野寺さんのデザインが好評だったことはもちろんですが、それ以上に「自分のデザインがまちの役に立てた!」というなんとも言えない喜びが胸の中をいっぱいにさせました。

「それまでは、誰に向けてデザインをしているのかがよく分からなくなっていたんです。でも、このまちに来て、直接目の前で喜んでくれる人がいることを目の当たりにして、デザインってこういうことなんだ、自分にもまだまだできることがあるかもしれない、と感じることができました」と当時の興奮を語ります。

田舎は良い話も悪い話も、まわるのが早い。デザインに対する高評価な口コミは一気に広がり、あれよあれよと言ううちに様々な依頼が舞い込んでくるようになりました。

「地域のデザインって、可能性しかないんです。まだまだデザインする余地がたくさんありますから。だから、もし都会で疲弊しているデザイナーさんがいたら、地域に入ってみることも検討してみてほしい」と、願うはデザイナーさんたちが地域でイキイキ活躍し、そのまちをデザインでアップデートしていくこと。

しかし、田舎でひとりフリーランスデザイナーとして生きるということは、時に孤独を感じることも。
「私もそうですが、どうしても一人で頑張るしかなかった。相談できる人がまわりいなかったんです」

一人の限界を感じ始めていました。
きっと同じ悩みを抱えている人も多いはず。

小野寺さんはそういった人たちと何か連携を取りたい...「場づくり」をしたいと考えるようになりました。その拠点として小野寺さんが選んだ次なる場所が「釧路市」だったのです。

釧路へ移住し、人との繋がりを生み出そうと模索中

もともと釧路は旦那さんのご実家のあるところでもあり、以前からいつかは釧路へということも考えていたこともあってスムーズに決まった様子。

釧路に移住してきてからは「北海道僻地クリエイターサミット」と称して、「プレイヤーの総体=ローカルのパワー」をコンセプトにしたイベントを企画。北海道の地域で孤立しがちなクリエイターの互助の場を作り、ローカルのパワーを底上げすることを目的として、地域で頑張るデザイナーをはじめとするクリエイターたちが、札幌、帯広、南富良野、当別町、旭川と各地から集まりました。

onodera05.jpgこれがその時の様子

自分たちのこれまでについて互いに話し合い、ワークショップやバーベキューをしたりと交流も楽しみました。今後もこの会は開催していきたいと構想し、より多くの地域で活動するクリエイターに知ってもらい、参加してもらえるやり方を模索中です。

また、「場づくり」という部分ではさらに考えを進め、コワーキングスペースなのかシェアスペースなのかはまだまだ検討中ですが、「ここに行けば面白い人に出会えるよ」と、年齢も属性も問わず、色んな人がざっくばらんに交流できる場所をつくりたいと夢を描いているところです。

GO!北海道。震災後の北海道を支えるために

小野寺さんが釧路に来てから携わったひとつとして、2018年9月6日に起きた北海道胆振東部地震の後に小野寺さんが取った行動が挙げられます。

ニュースでも何度も報道されていましたが、この震災により北海道への旅行キャンセルが相次ぎ、生活が落ち着いてからも旅行者の減少が話題となりました。そんな時に小野寺さんが始めたひとつの取り組みが「GO!北海道」。

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美しい北海道の景色と、GO!北海道の文字。北海道は元気です、だから旅行にも来れます、安心してくださいという想いを込めて作られたものです。これを始めたのは、先に起きた熊本の地震がきっかけだったそう。

「熊本で地震が起きた1カ月後に、もともと九州旅行に行く予定だったんです。どうする?行く?行って大丈夫かな?と旦那さんと話している中で、大分県の別府が『Go!Beppu おおいたへ行こう!キャンペーン』という、別府への来訪を呼びかけるキャンペーンを始めたんです」

その言葉が、小野寺さんご夫婦の心を揺らし、予定通り九州へと向かいました。行ってみると地元の人々から「来てくれてありがとう」とたくさんの感謝を受けました。

そんな経験があったからこそ、今度はまさに自分たちが住む北海道の大地が揺れた時には、「自分にできることは何か」そう考え思い出したのが「GO!Beppu」だったのです。

より多くの人に拡散されるように、「GO!北海道」のロゴを作成し、各自が手持ちの写真と組み合わせて使えるよ うに背景透過素材としてロゴとフォトフレームを配布、北海道のキレイな風景とあわせて発信していこう。そしてより多くの人に届け、北海道への旅行者が少しでも増えればいい...そんな願いを込めて制作した「GO!北海道」は瞬く間にTwitterで拡散されました。

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北海道の大地が揺れたあの日から「自分ができることはなんだろう」と考えた小野寺さん。

「東京には、私の代わりはたくさんいるんです。でも、地域...ローカルでは、『自分がやる意味』が存在している。『他人事』ではなく『自分事』としてローカルでは動ける気がします」

かつて会社員として働いていた時は、忙しさに忙殺され、ただ「やらされてる」状態だったのが、今や自分が主体的に動けるようになったと話します。

onodera_09.jpg今回小野寺さんのお話を聞かせていただいた場所は釧路駅前すぐ近くのコワーキングスペース「くしろフィス」。小野寺さんもたまにここに訪れては仕事をしたり、釧路のまちについて語り合ったりとしています。この日も、くしろフィス代表の相座さんと「このまちでこんなことがしたい!」と盛り上がっている様子

そしてもうひとつ、働き方も変わりました。

「デザインの仕事はこれからもずっとやっていきたいと思える仕事です。長く続けるためには、常に全力疾走では走り続けられない。ここぞという時に力を出すためにも、心身ともに健康でいたい。そう思ってからは、意識的にペースダウンして仕事をしています」

onodera_10.jpg大好き、と語る場所...浦河町の桜並木。

これは北海道にいるからこそ出来る働き方なのでしょう。
かつて思考を停止し、ただ淡々と忙しない日々を過ごしていた過去が嘘のよう。
今では自分の心や体調に耳を傾けながら、ゆっくりと自分の好きな仕事と向き合っている小野寺さんです。

Uターンしてきて感じる北海道の素晴らしさ。そして、今後のライフワークバランスについてもこう語ります。「遠別町で活躍中のデザイナー原田さんも言っていましたが、地域貢献したいという想いが先にあると、どうしてもどこかですり減ってしまう。順序としては、まずは自分が幸せになること。自分が幸せに生きて、ようやく地域に貢献することができる。ここはブレないようにしていきたいと思っています」

小野寺千穂デザイン事務所 小野寺千穂さん
URL

http://onoderachiho.com

◎お問合せ
chihosh@gmail.com


他人事ではなく『自分事』として地域をデザインするクリエイター

この記事は2019年3月25日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。