こだわりや特徴のある農家が多い長沼町。新規就農の研修先として長沼を選ぶ人も多いそうです。今回の主人公は、長沼の農家に勤務したのち、独立している先輩農家の皆さんがイキイキしているのに憧れ、自らも独立したという村井 拓成(たくなり)さんです。まだ独立して1年ということもあり、計画通りに進まないことも多々あるようですが、村井さんの考える未来はこれからの時代、とても大切になってくることだなと思う内容でした。
野生動物の仕事に携わるものの、かつての家業が頭から離れず...
村井さんは北海道北部西海岸にある羽幌町の出身。ご両親は農業を営んでいましたが、村井さんが小学生のころにお父さんが亡くなり、農地も機械も手放してしまったそうです。
「大人になってからも、両親が農業をやっていたこと、自分の実家は農家だったということが、ずっと頭の片隅に残っていたんです」
羽幌の高校を卒業後、札幌市の隣町・江別市にある酪農学園大学へ進学します。てっきり、農業の勉強をするのかと思いきや、「いや、それがまた農業とは異なる方面でして」と笑う村井さん。
大学では野生動物や環境保全について学んでいました。その後、大学院に進学し、エゾシカの研究に没頭します。卒業後はNPO法人にて野生動物に関する仕事に携わり、主にエゾシカの調査や解析を担当していました。
「4年ほど勤務したのですが、自分の能力に限界を感じるようになり、野生動物や環境保全の課題に対して異なる視点からも考えたいという心境の変化がありました。まず農業の現場に入りたいという思いと家族の事情もあり、農業の就職先を探し始めました」
転職先として見つけたのが、長沼町の農園
社会人になってからも江別に住み続けていた村井さんは、近隣で農業に従事できる職場を探し、長沼町の農園にたどり着きます。農園の代表である江崎佑さんはもともと洋菓子店の社員で、自社農園の責任者として農場を切り盛りした後に独立。さまざまな野菜を栽培しているほか、ハスカップやブルーベリーなども育て、ブルーベリー狩りの体験ができる観光農園も運営しています。
「江崎さんは、想いを大切にしながら、農業でやりたいことを実現させているエネルギッシュな人。自分とは違うタイプで、こういう人のところで働いてみたいなと思いました」
村井さんは農園に就職。江崎さんの元で農業に携わる中、江崎さんの周りに集まる農家の人たちとも交流を深めていきます。
「最初は作業を覚えるのに必死でしたが、徐々に仕事も覚えはじめ、面白いなと思えるように。そうしたら、自分でもやってみたいなと思うようになりました。また、江崎さんをはじめ、周りで独立して農業をやっている人たちはみんなイキイキしていて、自分もそんな風に仕事がしたいなと」
農園に3年勤め、独立することを決意。退職し、新規就農のための農業研修を2年間受けます。
もともと長沼町の北端のエリアの一軒家を借りて住んでいましたが、研修期間中に現在の住まいに引っ越し。広い農地のある家を探していましたがなかなか見つからず、小さいながらも農地がついている今の家に移り住みました。
「研修先の農家さんには就農に向けた様々なことを手助けしていただき、現在の住宅や農地も紹介してもらいました。これがなければ就農できなかったと思います」と感謝する村井さん。移住する際には地域の方々との関わりが大切なのですね。
2年の研修期間を経て、農業者として独立。ところが...
研修期間が終了し、新規就農者としてスタートを切った村井さん。「実は、最初に立てた計画からは大きく変更していて、自分のやってみたいことと現実を照らし合わせながら、今は修正をかけているという感じです」と話します。
研修期間中に中古のハウスなどを手に入れるなど、コツコツ準備を進めていましたが、農地の問題がクリアできずにいました。
「とても悩んだのですが、この家から車で片道30分程かかる農地を1町借りました。とにかく就農して農業を始めたいという気持ちが強かったんだと思います」と村井さんは当時の心境を語ります。
家族みんなで。奥さまの由香里さんとお子さんの草太くん、拓成さんとねこきちちゃん
大学時代からお付き合いをしていた奥さまとは4年前に結婚。2人の間にはかわいい盛りの3歳の男の子がいます。「就農したてで自分の余裕もなく、家族に大変な思いをさせた事もありました」と、村井さん。
2023年の畑。手前が長ネギ、奥にはブロッコリー。どちらも農地の面積が必要なのだそう
「最初はブロッコリーや長ネギの作付面積を増やしていく計画でしたが、自分の理想とする暮らしや仕事を改めて考え直しました。まず家から遠い農地はやめて、面積は少ないのですが家の周辺の農地だけを使うことにしました。今は露地野菜に加えてハウスで栽培できる野菜にも挑戦することを決めて動き出しています」
自分が学んだ環境保全と農業をつなぐ仕組みを考えたい
家の敷地内にハウスも設置
当初の予定とは異なるスタートとなりましたが、新規就農者としてはまだはじまったばかり。ここで立ち止まっているわけにはいきません。冬の間に計画を立て直し、次のシーズンに向けて準備を進めていかなければなりません。冬の過ごし方は農家によってさまざまですが、村井さんは12~3月は除雪の仕事を行うそう。その合間を縫って、計画の見直しを行っていきます。村井さんには長いスパンで叶えたいと考えている大きなビジョンがあるのです。
「僕の両親は農業を営み、僕は大学で野生動物や環境保全について学んできました。僕にとっては、環境保全も農業もどちらも大切な存在です。この両方をつなぐような考え方や仕組みを作っていきたいと思っています」
3年ほどかけて農業の基盤が整ったら、次は農業体験などのイベントを行ったり、直売所を設けたりして、訪れてくれた人と交流をしながら、自身が学んできたことや経験してきたことを伝えたり、環境や農業について考えてもらうきっかけを提供したいと考えているそうです。
くらしごとでも以前取材させていただいた、苫前町のタコ漁師・小笠原宏一さんは村井さんの高校の同級生。
「小笠原くんをはじめ、僕の周りには漁業や林業に携わっている人も多く、一次産業と環境保全について皆さんに知ってもらえるような機会を設けられたらなとも思っています」と話します。
仲間たちの多くが子どもを持つ親となり、「子どもたちの未来のために自分たちにできることは何だろうって考えるようになりました。具体的にはまだ決まっていませんが、みんなで一緒にできることを何かやりたいねと話しています」と続けます。
快適な長沼での暮らし。子育てがしやすい環境も整っている
「隣町の江別に10年近く住んでいたので、長沼は自分にとって身近な町でしたし」と笑う村井さん。それでも、「江別から札幌に通勤で通っていたときは、電車や街の中の人混みが苦手で嫌だったんですが、長沼に移住して長沼で働くようになってからは快適ですね」と話します。
住む前の長沼は、「畑とカフェが多いという印象の町」だったそう。実際、暮らすようになってからもその印象は変わらないと話しますが、「この5年ほどで、長沼の町自体が変化しているような気がします。新しい店ができてきたり、移住してくる人も着実に増えてきていると思います」と続けます。
移住者同士の交流や新規就農者の集まりなども行われているそうで、村井さんも新規就農の集まりには顔を出したことがあるとのこと。
休みの過ごし方や趣味について伺うと、お子さんが生まれる前は奥さまと喫茶店に行ったりしてまったりとした時間を過ごすこともあったそう。
「子どもが生まれてからは子どもが中心になるので、カフェもなかなか行かなくなってしまったのですが、家の前でコーヒーを飲むのもなかなか良いですよ。僕は和太鼓のグループに入って、以前は太鼓を叩いていましたが、忙しくなってきたのでいまは辞めてしまいました。いまも続けている趣味といえば、たまに参加させてもらうそば打ちでしょうかね。最近は休みになると子どもと公園に行ったり、外で遊んだりすることが多いですね。冬場も家の前で雪遊びをしたり、公園の築山でソリをしたり、外遊びを満喫しています」
長沼町の子育て環境については、「広くて設備の整った公園もあって、遊ぶ場所にも困らないのがいいですね。子育ての支援も手厚いですし」と話します。出生届を出しに行くと、「役場の窓口の方が、チャイルドシートの補助金のことや医療補助のことなどを丁寧に教えてくれたので、自分でわざわざ調べなくてもフルに活用できました」と振り返ります。
暮らしていて不便は一切感じていないと、村井さんはいいます。
「基本的に生活に車は必須ですから、車の運転が苦手な人でなければ、長沼での暮らしは快適だと思います。都会に近い田舎なので、買い物も病院なども近郊の町にそろっていて不安もないですね。もし、移住を考えている方がいるなら、あまり重く考えないで、まずは町に足を運んでみたらいいと思います。遊びに来るとか、移住体験をしてみるとか、気軽な感じで」と話します。また、役場の人たちが親切なので、移住者に関する補助金制度(家賃補助など)についてもいろいろ教えてくれると思いますよとのこと。
村井さんの農業者としての暮らしは、まだはじまったばかり。最後に、こんな風に話してくれました。
「私達の暮らしに欠かせない第一次産業とそれを取り巻く環境をどちらも大切にしていくために、知る機会を作り、行動を起こすステップを小規模ながらも提供したいと思っています。それは、これから先、子どもが暮らしていく未来のために私達はどうすれば良いか考えるきっかけになると思っています」
- 村井拓成さん
- 住所
北海道夕張郡長沼町