くらしごとで追いかけている、苫前町の漁師小笠原宏一さん。
2017年、地元の漁村を盛り上げようと頑張る漁師さんがいると聞いて、取材におとずれたのが最初でした。その後、彼がFIPと呼ばれる漁業改善プロジェクトに取り組み始めた、というところを取材したのが2019年、今回また新たな活動を始めたことと、プライベートでも大きな変化があったらしいとの噂を聞きつけ、彼の現在を知るためにみたびアポを取りました。
あいにくの天気で船が出せなかった日の午後、小笠原さんの作業小屋にお邪魔して話を聞くことに。
実は筆者、初めてお邪魔するのですが、この小屋の様子を見たことがあるのです。YouTubeで!
そう、彼は今やYouTuberとしても大活躍中。
その話も後でゆっくりお聞きするとして、まずは、FIPについてちょっとおさらいしましょう。
苫前でのミズダコ漁におけるFIP(漁業改善プロジェクト)とは?
詳細については、前回記事を参照して頂くとして、前回記事/FIP活動~ また漁村に子どもたちの笑い声が響く日を夢見て。
簡単に説明すると、FIPとは、「Fisheries(Aquaculture) Improvement Project」の略称で、日本語的には「漁業改善プロジェクト」と表現されます。
と、言っても良くわからないですね?(笑)
小笠原さんに、苫前でのミズダコ漁の場合について、改めてもう少しわかりやすく説明して頂きましょう。
「苫前では、昔からあるミズダコの樽流し漁において、MSCエコラベル(※)をとれる基準まで漁業を高度化するところをゴールに設定しました。それによってミズダコという資源とそれを獲る地域漁村が持続していくことが目的です」
※MSCエコラベルとは、水産資源や環境に配慮していると認証された漁業で獲られた水産物にのみつけることが許されたラベルです。
その具体的な取り組みの内容は、こうです。
まずは、今海の中にどのくらいのタコがいるのか、CPUEという指標をもとに資源状態を把握します。
把握するためには、その日獲れたタコのキロ数だけを記録していたのものを、何匹とれたのか、2,5㎏未満のタコは放流することになってるが何匹放流したのか、漁具を紛失した際には何個紛失したのか、そうした詳細なデータをとる必要が出て来ます。
そうしてより高度な資源評価をして現状が把握できたら、今度はCPUEが決められた数値を下回った場合に発動するルールを決めて、資源が一定水準以上減らないように資源管理をします。
苫前の場合は、CPUEの数値を60キロとしていますが、1日にとれるタコの量がこの数値を下回った場合には、1人1回15個まで使える樽を12個までしか使わない、ということを取り決めました。
5カ年計画の4年目である現在、このルールを決め、高度な資源管理をする段階まで来ました。
ちなみに、苫前で樽流し漁を行う漁師さんは約30名。
この全員の理解と協力が必要なのです。しかもほとんどの漁師さんは小笠原さんより大先輩。
この枠組みをつくるのが、いかに困難なことだったか、想像に難くありません。
樽流し部会の部会長もつとめる小笠原さんは、この取り組みを皆さんに説明するべく場を設けましたが、そもそも普段からそうした会議に出席しない人も少なくないそうで、結局、全員の家を1件1件まわって、理解と承諾をとりつけたのだそう!
「漁師さんたちも今までしなくても良かったことをする必要が出るので、めんどくさい、というのが正直なところだと思います。でもそれをすることのメリットを最大限伝えたらわかってもらえました。少なくとも、ずっとタコをとり続けたいというのはみんな同じですから」
聞けば、32歳という若さで、樽流し部会の部会長や、漁協青年部部長を勤めているのにも理由がありました。
「今日のように、メデイアに何かを発するときは若さはインパクトになるけど、実際に他の漁師さんたちに発言するときは、やはりデメリットの方が大きいです、どう見たって"若造"ですもん(笑)」
だからこそ、部会長などの役割も積極的に引き受けてきたそう。
「こうゆことをやりたくて、着々と準備はしてきました。色んな役割を引き受けたのは、その一つ。やはりみんなに信頼されないとだめですからね」
そう、小笠原さんは、実はかなり早い段階から、いずれ自分が主体として地域や漁業の課題に取り組むことを想定していたのです。そうして準備してきたことが、今着々と具体的なカタチになってきています。
資源評価、資源管理、と進んできて、次に小笠原さんが見据えるのが、いよいよ、流通の改革です。
流通の改革、キーワードは「ReTAKOーリタコー」
リニューアルしたという名刺には、「inaka BLUE」と、「ReTAKOーリタコー」という何やら気になるワードがありますが、これらがもしかして、流通改革のキーワードなのでしょうか!?リタコの由来は、未来にまた食べられるタコ。
「『ReTAKOーリタコー』とは、、端的に言えば、僕がタコを6次化した!ということですね。でも生産者が消費者に商品を直接届けるという、すでに世の中にある仕組みをただなぞるだけでは面白みがないし、FIPに取り組んでいる強みも活かしたいと思いました。そこで考えたのが、消費者(購入者)が、直接海(資源)に対して何かアクションを起こせるしくみはないだろうか??ということでした」
この、「消費者が、直接海(資源)に対してアクションを起こせるしくみ」にこだわったのは、こんな想いもありました。
「例えばMSCのようなエコラベルのついた商品を、消費者がスーパーで買うとします。すると少しは、海や環境に貢献した!とか、海を守った!と意識できますよね?でも、残念ながらそこまでなんです。実際に漁をする漁師の顔も見えないし、そもそも、海や環境に貢献した!と意識できる人自体もごくわずかだと思うんです。
だから、広まらない。人の善意は、良くも悪くも変化しますし、意識し続けることも難しいです。
だからこそ、もっと直接的なことが必要だと思いました」
確かに。自分も環境に良いものならと、選んで買うことがありますが、そうした行動の結果がどうなったか?にまで思いをはせることはまずないかもしれません。ちょっと反省。。。
ではいよいよその、消費者が、直接海(資源)に対してアクションを起こせるという「ReTAKOーリタコー」の仕組みについて見ていきましょう。
小笠原さんおすすめの食べ方は、天ぷら!子供向けにはタコ焼き!とのこと。ミズダコは火を通しても固くなりにくいので、タコを大きく切って入れるのがおすすめだそう
例えば、様々なサイズのミズダコを2トン獲って、生のまま漁協におさめ流通過程にのせて販売した場合と、決められたサイズのタコを1トン獲って加工したものを直接消費者に販売した場合。
計算では、どちらも同じだけの利益を得ることができるのだそう。
つまり、今までの半分の水揚げですむので、より多くの資源を海に残すことができるのです。
もちろん、これは買ってくれる人がいないと成り立ちません。
「ReTAKOーリタコー」では、漁獲したタコのうち、10㎏程度の大きさのものだけを加工して販売します。
そうして、10㎏未満のタコは、売れた重量と同じだけ海にリリースします。
購入者に対して、このような約束をするのです。
すると、そこに価値を感じて購入した人のその行為は、直接海にタコをもどすことにつながります。
買うことで、10㎏未満のタコを海に戻すことができるのです。
なるほど。私たち消費者がタコを買えば、逆に海にタコが残るシステム!
素晴らしい!
「今のところ、漁協が6次化に対応するのは難しいと感じるので、誰かがそれをしなければならない。だとしたら自分かな、と。将来的には、自分だけでなくこの『ReTAKOーリタコー』に賛同してくれる苫前の漁師のタコ全体を、『ReTAKOーリタコー』として販売したいです。まずはそれがゴールかな」と小笠原さん。
こちらが商品サンプル。ミズダコをゆでて皮をむいたもので、足か頭で選べる。1つ1キロ(皮を剝いたボイル後は700g程度)。10キロのタコ1匹で10個の商品ができる。
そうなると、会社を立ち上げる必要が出てくると思うのですが、、、あ!それが「inaka BLUE」か!
「はい、『inaka BLUE』という屋号で、今は個人事業主としてのスタートですが、今後の法人化を前提にしています。5年くらいが目処です」
まずは、この夏の「ReTAKOーリタコー」発売開始に向けて、急ピッチで準備をすすめている小笠原さんですが、その目はすでにその先の先を見つめているのでした。
プライベートでは、ご結婚&息子を島流し??
さて、プライベートでは、昨年結婚されたそうですが、そのなれそめにくらしごとも関わっているというではないですか!それは、詳しく聞かないわけにはいきません。
「最初のきっかけは、苫前の漁港ツアーでした。妻(奥さん?)には小学生の息子がいたのですが、その子が大の海好きで、このツアーに行きたいと希望し、くらしごとの記事で僕のことを知っていた妻が、直接僕に連絡をくれたのです。息子と一緒に行ってもいいですか?と。
そうして、実際にここに来て苫前の人たちとふれあったり、僕からはFIPの話をしたり、タコをさわってもらったり、港を案内したりしました。それをきっかけに、苫前のことを大好きになってくれて、ついでに僕のことも好きになってくれた感じです (笑)」
「ついでに僕のことも好きになってくれた」なんて、小笠原さんらしい表現ですが、この結婚の最大の貢献者は息子さんなのだとか。
「息子がつなげてくれた縁。彼が釣り好き、海好きで無ければ出会えなかったですね」
その息子さんは、なんと現在長崎に1年間の島留学中だそうで、小笠原さんは「今、島流し中(笑)」と冗談を飛ばしますが、「でも、もうすぐ帰ってくるんです」と嬉しそうな顔は完全に父親のそれでした。
そして、くらしごとを読んで、小笠原さんに会いに来てくれたという奥さんは、今や、小笠原さんの強力なサポーターに。
「『ReTAKOーリタコー』も、僕1人ではできなかったです。彼女の努力もあってここまで来れました」
と語るように、網外しや丘まわりなど漁に関わる作業はもちろん、独学でSNSや、デザインや、書類申請についてなどを勉強して小笠原さんの広い活動をサポートしているのだそう。
人とのつながりを大切にしてきた小笠原さんは、仲間の他に、これ以上ない心強い味方も2人得ていたのでした。
YouTuberとしての活動、その意外なファン層!?
活動と言えば、、「忙しくて、本当はやめたい(笑)」と、語るYouTubeについても聞かなければなりません。「そもそもYouTubeを始めた理由は、この地域に来てもらったり、興味を持ってもらいたかったからです。それと、『ReTAKOーリタコー』が具体的になる前から、いつか何かを商品化した時に発信するツールとして持っておきたかったし、消費者や一般の人に見えない漁の様子を知ってもらうツールとしても便利です。まあ、時間無いし赤字だし、YouTubeだけ見たら大変ですけどね!(笑)。でもそのおかげで、買い物行っても、全然知らない人に声かけてもらったり、自分の自己紹介がその場限りじゃなくなったり、継続的なつながりができたりとか、良いことがたくさんあります」
最近では、小笠原さんだけでなく、漁の様子や船上の様子を発信してくれる漁師YouTuberさんも増えています。
おかげで、私たち消費者は、今まで見ることのできなかった漁の現場や、漁師さんたちの思いを見ることができるようになってきました。
ちなみに、こんな衝撃的な事実も教えてくれました。
「自分のチャンネルは、毎回朝早い船上ライブとかにも来てくれるコアなファンが多くて、ありがたいんですけど、、視聴者の男女比率はなんと、驚異の男性95%です!!!」
女性のみなさん、良かったら是非チャンネル登録を。。。
筆者のおすすめは、"漁師の目線シリーズ"です! 未見の皆さま、是非一度ご覧下さい。
生まれたこの場所が好きだから
最後に、漁師としての仕事だけでもハードなのに、ビジネスマンとして、YouTuberとして、地域の発信者として、活動し続ける熱量はどこから来るのか?その原動力を改めて聞いてみると、「ここに生まれたからです」という実にシンプルな答えが返ってきました。「漁師をやる以上、生まれて育ったここから離れることはできません。だとしたらこの苫前という場所が豊かで楽しい方が良いに決まってます。少なくとも自分が生きている間や、子どもや孫の代までは。
決して僕が特別なのではないと思います。ここで生まれて楽しく育ったからここが好きだし、もし東京に生まれていたらきっと東京が好きだし。みんなそうでしょ?
そして、この地域を楽しくするのは、今ここに住んでいる自分たちにしかできないです。苫前を巣立った子どもたちや、いずれここに帰って来たいと思う人のためにも、もちろん自分のためにも、この漁村、地域、漁業がずっと続いていくようにできることをやっていきます」
自分の生まれ育った場所を良くしたい。楽しくしたい。持続させたい。
小笠原さんは、それを漁師の立場で実行中です。
職業や立場は違えど、その姿勢には、これからの地方に生きる上でのたくさんの学ぶべきことやヒントがつまっていました!
- inakaBLUE(イナカブルー) 代表 小笠原宏一
- 住所
北海道苫前郡苫前町字苫前
- URL
https://m.facebook.com/100122359243091/posts/100133909241936/
◎inakaBLUE HP・・・https://inakablue.jp/
◎inakaBLUE Twitter・・・https://twitter.com/inakaBLUE