北海道の十勝エリアといえば、広い大地に無限に広がる田園風景。空港もあって東京からのアクセスがよく、移住者を受け入れる制度や想いに溢れた市町村も多いことから、北海道に住みたいと考えている人たちには憧れのエリアのひとつです。
十勝の中心となる都市は帯広市。その帯広の隣に位置する人口約17,000人ほどのマチ、芽室町(めむろちょう)に、大学を卒業してすぐに移住してきた人物がいました。芳野 都馬(よしの とま)くんです。耳慣れない名前は、なんでも、京都府生まれのお母さんと群馬県生まれのお父さんであることから名付けられたそうですが、京都でも群馬でもなく、北海道で生活することになりました。
その都馬くんですが、ゲストハウス&バーを開業したばかり。どのような経緯でそんなことになったのか、実際に北海道に暮らしてみてどうなのかを聞きに行きました。
今、大学を卒業してすぐに地域おこし協力隊(※)になる人もかなり増えてきており、ちょっと違った就職をしたいという学生さんにも参考になるのでは?と思います。ぜひお読みください。
(※)地域おこし協力隊...人口減少地域に、地域外から人材を呼び込み、地域活性化活動をしてもらいながら定住を目指すための総務省が推進する制度。
芽室駅前通りの様子。キレイでかわいらしい街並みです。
都馬くんに聞いていた住所を追いかけてやってきました芽室町。JR芽室駅からも徒歩で2〜3分ほどの場所にありました。「ゲストハウス&バー モコロ」。商店街と住宅街の両方が混在するような地域で、建物の外観は知らなければ普通の戸建てのようにみえます。
「こんにちは〜!」とドアを開けると、「わざわざ来て下さってありがとうございます〜!」と爽やかで優しそうな好青年がいました。それが都馬くんです。
古い戸建て住宅を改築したとのことでしたが、さっそく靴を脱いでゲストハウスのなかにお邪魔すると、清潔感のある白を基調にキレイにリフォームされていました。
中に入ってすぐに目がとまったのが、バーカウンターと壁にずらりとならんだ酒瓶の数々。1Fが宿に泊まった方だけでなく、地域のみなさんがバーとして利用できるつくりとなっており、2Fがドミトリーと個室を揃えた宿泊スペースとなるつくりになっていました。
早速、取材スタートです。
北海道にやってくることになったキッカケ
ゲストハウス&バー モコロの外観
「実は『十勝』っていうエリアが北海道にあることも『芽室』っていうマチがあることも、全く知らなかったんですよね」と笑う都馬くん。じゃあどうしてここにくることになったの?と尋ねると「北海道移住ドラフト会議というイベントに出て、そこで芽室町に『ウチのマチに移住しないか?』と声をかけてくれたことがキッカケだったんです」と。
北海道移住ドラフト会議とは、2018年から始まった北海道へ移住者を呼び込むためのイベント。当サイト「くらしごと」も初期の頃はかなり関わらせていただきました。野球のドラフト会議のように、移住者を受け入れるマチや企業・団体が、参加したみなさんに対して「アナタが欲しい!」と指名をするというかつてない移住イベントです。そのイベントで、参加していた芽室町から優先交渉権を得て指名されたのが都馬くんだった...という理由です。
北海道移住ドラフト会議の様子
「それで、実際に芽室にやってきたのですが、帯広に近くて便利そうだなぁ、地域おこし協力隊として採用していただける方法があるというのも聞いて、じゃあ! って感じでした(笑)」
意外とあっさりな人生の選択に、イマドキのワカモノの価値観を感じます。そもそも、なぜ「北海道移住ドラフト会議」に出ようと思ったのか?も聞いてみます。
「実は、大学3年のまわりが就職活動を始める時期に、小さなころに両親にいろんなところに連れて行ってもらった経験が沸き起こって、そうだ!今しかない!って感じに日本1周の旅に出たんです。でもお金もないので、ヒッチハイクとJRの運賃が安くなる『青春18きっぷ』を活用して日本をぐるりと回ってきました。そのとき北海道にももちろん来たんですが、札幌方面だけだったんですよね。そのときは移住先を探して歩いたわけでもなく、まさか自分が道民になるとも考えてもいませんでした(笑)」
芳野都馬くんFacebookより 京都清水寺の様子
ゲストハウスを巡っていたこともあり、北海道移住ドラフト会議の運営メンバーから声がかかり、実際にイベントに参加したのは京都で大学生活を送っていた4年生の9月。
「僕は花粉症がひどかったんです。杉と檜のアレルギーで、夜もなかなか寝られないし、生活がままならなかったんです。で、なんとなく沖縄か北海道か...という両極端のことを考えていて、どちらかを選ぶなら、北海道の美味しいものを食べたい!っていう感じで、移住ドラフト会議にもわりと気楽な感じで参加させてもらったんですよね(笑)」
大学では教育分野を学んでいた都馬くん。大学に通っているのに就活もせずに日本1周。そして北海道に移住するっていう選択を親御さんは咎めなかったのでしょうか?
「僕がしたいろんな選択も、北海道に移住するって決めたときも、『そうなんだ、頑張って!』っていう感じで送り出してくれました。教員免許さえあれば、どこに行ったってなんとかなるでしょうって感じで。昔から決めたことはやっちゃうタイプだってことをわかってるからなんでしょうかね(笑)」
そんなこんなで群馬県出身、大学時代は京都在住の都馬くん、北海道芽室町に地域おこし協力隊として移住してきました。世の中はコロナのまっただ中の2020年4月のことでした。
新卒で地域おこし協力隊になって
芳野都馬くんFacebookより
「就職活動もしておらず、スーツを着かたすらよくわからない、名刺交換なんかしたこともない若造でしたけど、芽室町役場のみなさんには本当に温かく迎えていただきました。卒業するまでの3年間に社会人としてのマナーとか立ち振る舞いも学ばせてもらいました」と都馬くん。
協力隊時代は何を担当していたのかも聞いてみます。
「もともと大学時代は先生になろうと思っていたんです。それで、社会教育や生涯学習についても学び、教員免許も取得しました。そのころからもなんとなくローカルエリアに教育の答えがあるような気がしていて、その分野を仕事にしていただけました。具体的には『芽室ジモト大学』っていう、主に高校生や中学生に対して、地域の大人たちを先生に見立て、芽室という地域を学ぶコーディネーターの仕事というのがミッションでした」
教育方面での仕事を精力的に取り組み、2023年3月で任期の3年間を勤め上げて卒業。その期間中には多くの地域内外の人との出会い、さまざまな活動が生まれたそうです。
「実は卒業した今も、芽室町役場には会計年度職員という立場で、週3日で1日4時間程度の勤務で働かせていただいています。これまで芽室町の協力隊を卒業したみなさんは、地域にそのまま残り、それぞれが活動された内容で起業されているのですが、僕が受け持っているジャンルは『教育分野』なので、完全に独立するよりも今のスタイルのほうが動きやすいからなんです。協力隊としての受け入れだけでなく、卒業後のことも親身に考えてくれるのが芽室町の良さのひとつなんだと実感しています」
もともと協力隊になる前から「教育」を活動にすることはもちろん、「ゲストハウス&バー」を開業してみたいという2つのジャンルを考えていた都馬くん。その両方ともの夢を叶えましたが、そこもうかがってみます。
「協力隊時代から準備していたゲストハウス&バーは2023年4月のゴールデンウイーク直前にオープンできました。これまでは『教育』が本業で『ゲストハウス&バー』が副業という感じでしたが、その本業と副業が入れ替わった感じです。ただ、本業はまだまだこれからの状態。そいういう意味でも役場でアルバイト的に収入をいただけるのはありがたいことでもあります。そうそう、それだけじゃなくて新聞社の記者の仕事もやっていて、今はまだいろいろな収入を組み合わせて自分の生活を支えている感じなんです」
いろいろな仕事をまるでアルバイトのシフト表を自分で組むように忙しく働いている都馬くんですが、さまざまな仕事で出会う人々とのつながりも大事にしていました。それがオープンをする前に実施したクラウドファンディングにも現れていました。ゲストハウスを立ち上げるクラウドファンディングは、世の中にたくさんありますが、大抵は「宿がオープンした際の利用権」などが中心。都馬くんが仕掛けたのは、地域のみなさんの生産品をプレゼントする内容でした。
「先輩協力隊で、サイクルツーリズムの活動をする一般社団法人 十勝プラスの及川さんをはじめ、地域で商売をやっているみなさん、農家のみなさんなど、多くの方々に支援していただきましたので、そのみなさんの顔が見えるリターンにしたくって。結果、協力いただけるみなさんが増えすぎて、リターン品は泣く泣く絞らせていただいたんですが...」
そんな想いが世の中のみなさんに届いたのか、クラウドファンディングの目標は楽々とクリア。宿を開く準備につながりました。
「とはいえ、この物件のリフォームなど、かなりの費用が掛かってしまいまして、たくさんの方にご利用いただけるように運営を頑張っていかないといけないんです」と、ようやく20代半ばに差し掛かった都馬くん、経営者としての大変さとも向き合っているようでした。
少し話題を変えて、大学を卒業後、いわゆる一般的な就職ではなくて、地域おこし協力隊という基本最大3年間という期間が決まっている働き方を選んだことに後悔はなかったのかも気になるところなので、ぶっちゃけたところを聞いてみると。
「僕はやってみて本当に良かったと思っています。そもそも新卒はどこに就職しても未経験で即戦力じゃないので、どこに行ってもが学ぶ姿勢が大切なんだと思うんです。先生になりたいと思っていましたから、地域で学ぶ3年も絶対無駄にならないとも思っていました。もし普通に就職しちゃうと、会社の業務についていくってことが大変で、やりたいことがあってもズルズルしちゃってた気がするんですよね。協力隊の制度は最大3年っていう有限だったからこそ、その3年間でやれることを頑張ろうとしてたのも良かったのかもしれません。協力隊の卒業後は『バーが併設されたゲストハウスをやってみたい...でも本当に実現できるものなのかはわからないです』というのも、芽室町のみなさんには伝えていましたが、その不安も込みで受け止めてくれまして、芽室町というすごくいいマチを選べたから今があるとも思っています」
なるほど、都馬くんの話を聞くと、大学院に進んだと思って、地域で3年間と決めて活動してみるという選択肢、新卒で地域おこし協力隊になるという道を選ぶのもあり......というか、むしろ賢い選択に思えてきました。
「お酒」にこだわる理由
ここまで読んだ方であれば、なんとなく気になってきていると思いますが、ゲストハウスの横に「バー」とついています。そう『BAR』です。まだ20代そこそこの若者が「お酒」にこだわっているのはなぜなんでしょう?
「京都時代に、サントリーウイスキーの山崎蒸留所が近くにあって、工場見学によく行っていたっていうのが原点なんですよね。工場見学、大好きなんです(笑)。そこでウイスキーって美味しいんだ!ってことに気がついちゃったんですよ。それで日本1周するときも全国各地のお酒を知って、集めたりしてたら、気がついたらめちゃくちゃボトルだらけになっちゃったんです。これは店をやれるなって(笑)。なので、今、バーにあるお酒の大半は趣味で集めたものなんですよね。シェイカーを振るのもYouTubeを見ながら学んでます(笑)」
なるほど趣味が仕事に近づいてきたのがひとつの理由のようです。今も工場見学は大好きだそうで、きっと、そこの地で醸造家の想いや雰囲気なんかも持ち帰って、それを芽室町で伝えながらお酒を飲んでもらうことが都馬くんには宿命と考えているのではないでしょうか。...いや、むしろそれを理由にたくさん工場見学にこれからも行くつもりなのかも(笑)。
もちろん芽室のお酒も取り揃えており、いろんな地域のお酒を飲み比べできます。こんなに種類を揃えているのは十勝全域をみてもそうそうないかもしれません。
めむろワイナリーのシードルやワイン、クラフトビールなども揃えています
「もちろんお酒が好きだからっていうのもありましたけど、経営していく上で、『宿』だけでは収入が難しいかもしれないって思ったのもありました。そして地域のみなさんとの交流という意味でも最初からバーが併設されたゲストハウスにしたいと思っていたんです」
外からの人だけでなく、地域の人にも使ってもらいたい。外と中の人との交流を生み出したいとも考えた都馬くんの想いはみなさんにも伝わっているようで、オープンして間もないのですが、いろいろな方々の会合の場であったり、時には近くの飲食店で飲んだ後の2次会利用であったりなど、さまざまな使われ方をしているようでした。
移住者がローカル地域で商売を始めること
昨今の報道では、移住者に対しての排除感であったり、地域おこし協力隊に対する扱い方などで、ネガティブな報道もちらほらあるなか、地域外からきた人が新たに商売を始めることについて、実際のところどうなのかもつっこんで質問してみました。
「ゲストハウスをやりたい! お酒を出すお店をやりたい! という経験もない若造の僕の話を、町のみなさんは『それはありがたい!』とおっしゃっていただけているんです。飲食店のみなさんも言ってみればライバルが増えることにもなるんですけど、『新しい仲間』という感じで受け入れてくれてるんです」
あれ? もしかしたら、自分が悪いこと言われているのを知らないだけなのかな?なんて笑う都馬くんでしたが、きっとこれまでの協力隊としての活動や、人なつっこい性格もあってこそ、町のみなさんに「仲間」として認めてもらえたんだろうことは容易に想像できました。
そんな都馬くんも「芽室にもっとゲストハウスができて、ゲストハウスがたくさん集まるマチになったらいいのに!」と、商売をする人であれば独占できることでプライスリーダーにもなれるはずが、その逆の発想を語ります。もしかしたら個よりも面で見るのが芽室町が培った気質なのかもしれません。
北海道に移住してみて
ゲストハウス&バー モコロから歩いて数分で行ける緑豊かな芽室公園
仕事の話しや現在についてはわかってきました。でもこれまで暮らしたことのなかった北海道の生活ついても本当のところを聞いてみます。つらいことや大変なことは?
「やっぱり寒さはつらいですね(笑)。3年過ごしてもやっぱり寒いのは寒いんです(笑)。まだまだ甘いなんて言われますけど、マイナス10度以下になったら外に出たくないです(笑)。この物件も古かったので、サッシを全部やりなおして断熱性能を高めました。それがコスト増にもなっちゃってるんですけど...。どのくらい暖房費がかかるのか...は冬になってみないとわからないので、そこも怖さですね(笑)」
芳野都馬くんFacebookより 北海道の冬の洗礼を受けた時の様子。車です。
一方で、それでも北海道に定着したのにはその良さも体感したはず。そこはどんなところなんでしょうか。
「群馬県で生まれて高校まで生活していて、それなりに自然はいっぱいあったんですけど、あんまり意識していなかったんです。北海道にきて、農家さんとのつながりも増えて、自然の大切さっていうのはより強く感じるようになりました。それと同時に、食べ物の美味しさだけではなくて安心なことというのも考えるようになりましたね。そして安全で美味しいのに北海道の食材の安さに驚きました。北海道も夏は暑いんですけど、夜は過ごしやすいのもいいところですね。あ、そうそう、花粉の悩みから解放されたのが一番です!...白樺花粉が今、怪しくなってるんですけど(笑)」
京都時代は駐車場代だけで月4〜5万円は一般的という感じで自家用車とは無縁の生活をしていたそう。どこへ行くにも交通機関や自転車でことたりていたそうですが、北海道に移住するとなかなかそれだけでは大変だろう...ということで、大学卒業間際に免許を取得したそう。北海道にきてクルマも購入。車のある暮らしというのが生活で大きく変わったところ。が、取材陣も、な、なぜ、このクルマ? というのがコチラ。
「スバルのインプレッサというクルマです。実は僕と同い年なんです(笑)」
WRC(ワールドラリーチャンピオンシップ)というラリーの世界選手権などで活躍したクルマで、北海道でも競技が十勝で行われたこともあったので、まさかそんな理由? そのラリーに出ていた派手なレプリカデカールも貼ってあるし...。
「いえいえ、全然それは関係なかったんです。最初はクルマは動けばどんなのでもいいかな? なんて思ってたんですけど、カッコイイ!!と思って買っちゃいました。群馬時代に、近くにスバルの工場があって、その影響もあってスバル車がいい!と直感しちゃったんですよね」と都馬くん。イマドキのZ世代はクルマに興味のない人も多いなか、一昔前のクルマ大好き世代のみなさまとも話が合いそうです。芽室でこの派手なクルマを見かけたら都馬くんです(笑)。
これからの目標
なんとなく都馬くんがまっすぐで面白い人だなというのがわかってきたのではないでしょうか。きっと会ったらさらに応援したくなるのは間違いないので、ぜひ足を運んで下さい。
そんな都馬くんにこれからのことを聞いてみました。
「ここを拠点にいろんな人が集まる場になればいいなというのが、当たり前かもしれませんが目標です。今やっている『芽室ジモト大学』としても、例えば外国の方がここに集まれば、芽室にいながら留学のような経験を地域の子どもたちに提供できるかもしれない、さまざまな大人とのつながりもつくってあげることができるかもしれないというのも考えています。帯広がすぐ近くなので、観光のみなさんはそちらに宿泊をされがちなんですが、芽室に泊まっていただいて、ここでの滞在時間が延びたら、マチの経済効果につながるかもしれないと思って頑張っていきたいです。そして自分も芽室というマチを楽しみながら、遊びながら暮らしていきたいって思っています」
取材中に宿泊や飲食をやろうと決めたのはコロナ禍のなか。さらに社会人経験も少ないなか借金を抱えて起業するという不安はなかったの?という問いもしました。
「もちろんありましたし、今もありますよ!」という都馬くんの返答にも、これまでの半生から何か自分のなかでルールがあるようにも感じました。
「動いたからこそ、得られるものがある、見える世界がある」と。
だから不安だからやらないとか、失敗するかもということでやめてしまうことこそが、都馬くんのなかではむしろリスクだと感じているのかもしれません。年を重ねるごとに経験がじゃまをするという言葉の反対の、「考え過ぎない力」みたいなことを教えられた気がします。
若者が北海道に移住してきてくれることは嬉しいことですし、そんな若者たちを受け入れて応援できる北海道民でありたいと強く感じた取材となりました。都馬くんをみなさんで応援したいですね!
6名まで泊まれるドミトリー。木の香りがほんのりするキレイなベッドです。車できて、お酒を飲んで泊まって、シャワーを浴びてから朝に家に帰る地元の方もいらっしゃるのだとか。
- ゲストハウス&バー モコロ
- 住所
北海道河西郡芽室町西1条2丁目13-1
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