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本当の豊かさとは?北海道の生産者を訪ね回った先にあったもの20230220

本当の豊かさとは?北海道の生産者を訪ね回った先にあったもの

「100マイル地元食」って知っていますか?カナダのあるカップルが、半径100マイル(160.9km)以内の地元で取れたものだけを使う食生活を実践した本をもとに、横浜から札幌に移住した鈴木俊介さんがアレンジして名付けたものです。鈴木さんファミリーは、この100マイル地元食に1年間チャレンジ。さまざまな食材や調味料を求めて、道内の農家さんや漁師さんに直接会いに出掛けていきました。

期間は1年間。食材はもちろん、調味料も地元の材料だけを使うことが条件です。食材が豊富な北海道では十分実現可能と思っていた鈴木さんご夫妻でしたが、いざ始めてみると、料理で必ず必要な塩ですら札幌の半径100マイル以内でなかなか見つからず、ようやく積丹で獲得。諦めかけていた酢も、ようやく十勝でナガイモを使ったものを見つけて感激。このように悪戦苦闘しながら創意工夫を重ねるうちに、『食』が家族にとって生活の一部から、日々の楽しみになっていきました。

活動を進めるなかで農作物や魚介類の生産者の方たちとの交流が生まれて行きます。
たとえば、鈴木家では近所の子どもたちやママ友を呼んで、自宅で活きたミズダコを触り、解体して料理する「タコパーティー」をしようと企画。生きた状態のミズダコを苫前町のタコ漁師、小笠原宏一

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さんから購入、4時間かけて運んできたところ、それを追いかけるように当日はご本人が現れて、近所の子どもたちも大喜び。漁具を片手にタコの取り方を教わり、解剖しながらタコの説明を見聞きし、タコのスミで吸盤スタンプをして遊ぶ。まさにリアルな学びができたのでした。
reasuzuki18.jpg生きたタコに子どもたちも興味津々
このように、生産者と主体的に関わることで、ただ何となく食べ物をスーパーで買っていた暮らしから「豊かな食生活」に行き着いたといいます。現在は、新居の一部をイベントのできるキッチンスタジオにして、生産者と消費者を結びつける活動を行っている鈴木さんの「これまで」と「これから」をインタビューしました。

自宅を兼ねたスペースで農家のファンミーティングを開催

札幌の中心に近く、ハイキングスポットでもある円山のふもと近くに、鈴木さんの自宅を兼ねた事務所があります。木の温かみが伝わってくる建物の2階は、キッチン付きのイベントスペースとして道内の生産者向けに開放、レンタルを行っています。

取材した12月には、留寿都(るすつ)村の農家「よしかわファーム」のお料理教室を兼ねたファンミーティングや、旭川市の花き農家「はせがわファーム」のクリスマスリースづくりのイベントが開催されたとか。生産者さんと直接交流ができるのは、札幌に住む人たちにとって貴重な機会。食材をよりおいしく活かすコツやレシピを教えてもらえたり、作り手には「常識」でも食べる側には驚きの知識を知ることができたりするなんて、ちょっと参加してみたくなりますよね。

イベントを通じて生産者と消費者の距離を近づけることで、「顔の見える」関係づくりを行っているのが、REA(株式会社リテイル・エンジニアリング・アソシエイツ)の代表、鈴木俊介さんです。鈴木さんは、生産者さんの6次産業化をサポートするコンサルタントで、道の運営する北海道6次産業化サポートセンターや自治体セミナーの講師も務めています。

reasuzuki7.JPGこちらが鈴木俊介さん
横浜から札幌に家族で移住して約6年になりますが、道内のユニークな農業・漁業生産者との交流は幅広く、何よりも、鈴木さん自身が彼らや、彼らがつくるものの熱烈なファンなのです。野菜にしても魚にしても「あのまちの農家の○○さんが...」と、語りはじめたら止まりません。生産者さんが、どのようにして環境に配慮しながら良い作物をつくっているかなど、熱を帯びながら語る表情は「推し」そのもの。100マイル地元食を実践するなかで、消費者として多くの生産者に直接お話を聞きながら、そこで取れたものを食べた時の感動がベースになっています。
それでは、100マイル地元食を楽しみながら実践してきた、鈴木さんの歩んできた道のりをたどってみましょう。

自然を守る仕事を志していた学生時代

横浜市鶴見区で育った鈴木さん、中学生の頃にはキャンプや釣りが趣味で、「片道30分、自転車を全力で漕いで」海釣りをしていたとか。釣ったカサゴやカレイ、アナゴは、自分でさばいて食べていたそうです。さばき方は誰かに教わったのかと思えば、「自分でやってみたかったので」と即答が。まずは自分でやってみるという鈴木さんの原点は、ここにありそうです。夏休みや冬休みには、お母様の実家、福島の会津地方に帰省して自然の豊かさに触れていたこともあり、「自然の中で、自然を守る仕事をしよう」と東京農工大学の農学部に進みました。 

当時、世界では熱帯雨林が消えて砂漠化していくといった環境問題が叫ばれるようになったころ。鈴木さんは、持続的な森林の経営・管理の在り方を研究する森林経営学を専攻し大学院に進みます。この研究室を選んだ動機は「自分が過ごしてきた神奈川や会津の自然がなくなるのは寂しいから」、つまりご自身の体験に基づいたものでした。SDGs(持続可能な開発目標)という言葉が生まれる前から、環境の持続性を意識していたのです。

reasuzuki3.JPGイベントスペースでもあるキッチンには、調理道具も愛着のあるものが並びます
将来の職業として、木を伐採しながら森林を保全する「木こり」を目指しますが、当時は林業の経営が厳しく生計をたてるのが難しいことを知ります。一方、同級生たちが多く就職した林野庁など公務員のお仕事も、決められたことをするのが苦手な自分に向かないと思っていました。いずれは自然に関わる仕事で独立することを目標に、まずは世界を知ることで自らを成長させようと、大手商社に就職しました。

入社して初めに担当になったのは、日本中のスーパーに並ぶ大量の果物の輸入取引です。果物に触れながらの憧れの仕事かと思いきや、毎日のように膨大な量の輸入通関書類に埋もれる日々。パソコン画面との格闘が続き、少しずつ何かをすり減らしながら、耐える日々が続いていました。鈴木さんはこう話します。「確かに重要な仕事ではありましたが、私自身はその果物畑を一度も見ていないんです。生産者や港の物流業者といった、その果物に関わる人たちとも会えていない。私は『ひと』に興味があったので、決められた歯車の一部として動く仕事に、だんだんと疲れてしまいました」

「食べたいものがない...」コンビニで立ち尽くした日

ある日、鈴木さんは仕事で遅くなってしまったお昼を買おうと、いつものようにコンビニに入りました。定番は、鮭おにぎりとカレーパン、飲むヨーグルト。でも、その日はなぜか、売り場を見回しても食べたいものがない。何かが違うように感じて手が伸びず、店内で立ち尽くしてしまったのです。
ここに並んでいる食べ物はどこから、どのようにして、ここにやってきたのか。ましてや、生産者の顔さえも見えない食べ物に囲まれて、これは豊かな食生活といえるのだろうか...。

reasuzuki6.JPG
「豊かな食生活って、なんだろう」

これは、子どものころから鈴木さんが持っている思いでもありました。

その後は札幌支社に異動、青果物の輸入担当として幅広く活躍しますが、最初から10年で独立を目指していたこともあり、退職。札幌に住まいを定めて事業を始めました。

カナダで出あった本から「地元のものだけを食べてみよう」

鈴木さんはなぜ「100マイル地元食」の挑戦を始めたのでしょうか。それは、商社在職中に語学留学で滞在したカナダで、ホストファミリーから勧められた『The 100-Mile Diet: A Year of Local Eating』を読んだことがきっかけでした。バンクーバーのとあるカップルが、何気なく食べてきた食品たちがどこから来たのか疑問を持ったことをきっかけに、新しい食生活のルールを考え出して実践した記録をまとめた本です。

そのルールは、半径100マイル(160.9km)以内の地元で生産・捕獲・加工・調理されたものだけを使うこと。

この本を読んで、鈴木さんはものすごく衝撃を受けたといいます。「地元のものを食べる、食べないではなく『地元のものしか食べられない』となったときに、人間に何が起こるのか。『これはやりたい!』と思いました。私が調べた範囲では、日本ではまだ誰もやっていない。最初にチャレンジしたいと思ったんです」

reasuzuki8.JPG様々な生産者さんと、消費者が交流する場は、鈴木さんがずっとつくりたかったもの
大学院で同じ研究室だった奥さんも賛成して、この実験的な試みが始まりました。
ちなみに、鈴木家はもともとヘルシーな食生活を心掛けていたのかと思いきや、ファーストフードやカップラーメンも普通に食べていたとか(ちょっとホッとしました)。100マイル地元食を始める前日は、なんと奥さんが3人目のお子さんを出産後に退院した日で、自由に食べられる最後の食事はマクドナルドにしたそう。翌日から1年間のお別れですものね!
小1と3歳のお子さんにも、事前に100マイル食のことを詳しく説明して「いいんじゃない?」とOKをもらったそうですが、いざ始めてみると、しばらくは「なぜ今日はマックへ行けないの?」と泣かれてつらかったそうです...。

調味料探しに奔走、ゲーム感覚で食事をレベルアップ!

こうして始まった鈴木家の100マイル地元食。間もなく分かったのは、わがままを言わなければスーパーにも地元産の食材が多く売っていることでした。しかし・・・。「我が家で『塩問題』というのがありましてね」と真顔になる鈴木さん。そう、例えば魚の干物は100マイル内で生産されたものでも、使った塩が範囲外のものであればNGなんです!塩は味付けに使うだけでなく、身体にとってなくてはならない調味料。困った鈴木さん一家は、以前キャンプで行った記憶を頼りに、積丹の神恵内(かもえない)村にある道の駅で、岩内の漁師さんが海洋深層水を煮詰めて作った「星の塩」を手に入れます。距離は53マイル(85㎞)でセーフ!

reasuzuki21.jpg生きるのに必要な塩は、最重要アイテムでした ※写真は100マイル地元食より

手に入れるのに、とにかく苦労したのは「調味料」だったそうで、「最初のうちは、すべてが塩味の『白い』料理でしたね...」と、遠い目をして語ります。ある日、3歳の娘さんに「うどんが食べたい!」と言われて、小麦粉から麺を作り、日高昆布と冷凍してあったサケの頭とカマでダシを取って計4時間。出来上がったうどんは大人には好評だったけれど、娘さんには「...いつもと違う」と残されてしまいました。夏には十勝ヒルズで、ナガイモから作られた酢を見つけて狂喜、数ヵ月ぶりに味わう酸味に「酸っぱいっておいしいんだね!」と感動するなど、これはもう鈴木家のロールプレイングゲーム。みりん代わりの十勝産ビートで作られたリキュールなど、調味料をゲットするたびに食生活を充実させていきました。
鈴木さんのブログには、こういったエピソードがふんだんに掲載されているので、ぜひ読んでみてください(もっと興味があれば実践してみてください!)。

100マイル地元食

おいしい食材を求めて道内の生産者と「友だち」に

100マイル地元食を通じて、鈴木さんファミリーは農家さんや漁師さんといった生産者の人たちに積極的に会いに行くようになります。なぜなら、「移動すれば、その地点から半径100マイル以内のものを食べられる、また、お土産に1品持ち帰れる」というルールがあるからです。

reasuzuki17.jpgいちから全て手づくりのうどん。※写真は100マイル地元食より
最初に会ってくれたのは、冒頭のファンミーティングでも登場した、留寿都村の「よしかわファーム」。若いご夫妻が営む農園で、奥さんは野菜ソムリエ。ジャガイモやアスパラ、豆類など、さまざまな作物を栽培しています。吉川ご夫妻と親しく交流するうちに、鈴木さんに心境の変化がありました。「実は、生産者を訪ねるのに遠慮する気持ちがあったんですけれど、それをなくそうと思いました」
えっ、アクティブ派の鈴木さんでも、遠慮をしていたんですか?と思わずつっこむ取材陣。

「遠慮してましたよ、だって変な人と思われるし、警戒されるじゃないですか」と笑う鈴木さん。
「でも、会いに行くとお二人とも、めちゃくちゃ楽しそうだったんですよね。その時に、生産者と消費者が直接会うことって、なかなか機会が無いんだと気付いたんです。初めのうちは警戒されますけれど、100マイル地元食をやっている我が家は、目の前になっているトマトを見て『うおーっ、トマトがある!』と感激しちゃう。そして、トマトを食べさせてもらって、また感激して、それを見ている農家さんも私たちを受けて入れて、リピートするうちに、だんだん打ち解けていって友だちのようになるんです」

生産者さんは、自分の作ったもの、とったものを食べてくれる消費者と直接つながると、うれしい気持ちになる。もちろん、食べるほうもおいしくて幸せ。このように、生産者と消費者が顔の見える関係になって、思いを伝え合えるようになる場、その循環があれば、双方がよりハッピーになれるのではないか...。ここに、鈴木さんの仕事の『タネ』となる気付きがあったのでした。

reasuzuki20.jpgやっと見つけた、酸味!!※写真は100マイル地元食より

環境資源を守りながら目指す、本当の豊かな生活

「100マイル地元食」チャレンジの期間に、たくさんの生産者の「友だち」ができたという鈴木さん。
記念すべき最終日に備えて、「会ったことがある友だち」の食材だけで、家族のディナーをつくることにしました。
食卓に欠かせなかった「星の塩」をつくっている岩内の生産者さんには、何度も電話をかけてお願いをした結果、ついに直接会うことができ、塩を煮る釜まで見せてもらったそうです。寿都町では漁船に乗せてもらい、水揚げ直後の魚をその場で購入、むかわ町の女性ハンターさんにも会いに行って、エゾシカの脚を1本分買わせてもらいました。

「コースとまではいかないけれど、一汁三菜、デザートまで揃って、私たちにとってはものすごく感動的なディナーでした。生産者さんとつながりができていくと、食事中に『これは○○さんの○○だね』と言えるようになるんですよ。どういう出会いをして、どういうふうに生産されているのかを知っていて、それを食卓でいま食べている。生産者との交流によって、料理のおいしさが何倍にも増しているんです。サラリーマン時代には決して味わえなかった『豊かな食生活』に行き着いて、これはすごく幸せなことではないかと気付きました」
resuzuki22.jpg鈴木さん一家。100マイル地元食を始めた当時0歳だった末っ子もすっかり大きくなりました
鈴木さんは100マイル地元食で得た感動を原動力に、生産者と消費者が思いを通じ合うことを目指した食のコンサルタントとして活動をしています。人気YouTuberでありタコ漁師である、苫前町のたこーいちさんとつくり上げた通販商品「ReTAKO(リタコ)」もその1つ。浜ゆでした柔らかなミズダコをおしゃれなデザインのボックスに入れて販売。ミズタコの資源を守りながら持続的な漁業を目指すというコンセプトで生まれた商品です。
また、よしかわファームとは、農園に行けば定額で月4回まで野菜の詰め合わせをもらえる(行けなくても月1回送ってもらえる)「農家サブスク」を企画・実施して話題になりました。
環境資源を守り、余ることなく農作物を食べてもらうことは、自然を守ることにもつながります。中学生の頃からの思いが、現在の仕事に生きている。鈴木さんにとってはこよなく幸せなことなのです。
reasuzuki16.jpgじもとでとれた、タコときゅうりと酢で。※写真は100マイル地元食より

北海道の生産者さんはもっと自信を持ってほしい

「生産者の方には、どんどんうちのキッチンスタジオを使ってもらいたい」と話す鈴木さん。遠方から来る人のために、ベッドスペースも確保しています。夏には広いテラスも使うことができ、今後は敷地を整備してキャンプができるようにする予定だとか。
「我が家で経験した、生産者と直接触れ合うことで起こる感動を、みなさんにもぜひ味わってほしいと思うんですよ。そのための拠点として自宅兼スタジオの建物をつくりました」

プライベートと仕事がつながっていることが、すごく楽しいのだと話します。

「北海道は素晴らしいですよね。車で少し走れば、星空の下で釣りができるし、キャンプ場やスキー場もある。私たちにとってこれ以上の楽園はありません」100マイル地元食チャレンジも、食材の宝庫である北海道だからできたこと。それも飛び切りおいしいものばかり。ですが...、」と鈴木さんは続けます。

reasuzuki13.JPG窓から見える敷地では、キャンプやバーベキューなどもできるように整備予定
「生産者さんは、自信があまりないというのか、つくったものの価値を自分で認めていないように感じています。例えば、たくさん取れたら積極的に買い手を探すのではなく、まとめて安く売ってしまう。これもひとつのやり方ではありますが、私はその価値を分かってもらえるような、面白い売り方ができるんじゃないかと思うんですよ。例えば「ReTAKO」のように加工販売することで、北海道の資源や自然を守っていくこともできると思います」

地球環境のためにも資源を大切にしながら、道内の生産者が消費者と思いを共有し合い、価値を認める良い循環をつくっていく。そのために、自分が商社時代で得たスキルを存分に生かして役に立ちたい。

牧草だけで育ったグラスフェッド牛の生乳を使ったバターや、ユニークな3人組が醸造・販売する札幌のクラフトビール、中川町の作家がつくる樹皮やササを使った手編みかごなど、鈴木さんの口からは次から次へと魅力的な生産者の話が続きます。北海道のこだわりのモノに対して誰よりも熱烈なファンなのです。
これからもその情熱で、生産者のココロも、消費者のココロも揺さぶり続け、素敵な循環を生み出していくことでしょう。

株式会社REA(リテイル・エンジニアリング・アソシエイツ) 鈴木 俊介さん
株式会社REA(リテイル・エンジニアリング・アソシエイツ) 鈴木 俊介さん
住所

北海道札幌市中央区界川2丁目2番14

電話

011-252-9140

URL

https://rediscovereating.co.jp/


本当の豊かさとは?北海道の生産者を訪ね回った先にあったもの

この記事は2022年12月20日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。