「知識や技術以上に大切なのは、お年寄りを大切にする心」
約50年の歴史を積み重ねてきた社会福祉法人 幸清会の大久保幸積理事長は、自身の介護職経験を経てそう話してくれました。
(詳しくは前回の記事をご参照ください。「介護の世界で大切なのは、知識や技術より『お年寄り』を思いやる心」)
入居者だけでなく、スタッフも幸せな介護ができる施設づくりに努めてきた大久保理事長。ではそんな幸清会ではどんなスタッフが働いているのか聞いてみると、関西から移住して夫婦で働くスタッフがいる、と誇らしげに紹介してくださいました。
では今度はその働くスタッフに実際のところを話していただきましょう。
お年寄りの力になりたい、と介護職を目指したけれど、きちんと一人ひとりに向き合えないもどかしさ
2017年の春、転職を決めて幸清会の施設にやってきたのが、中嶌龍さん・ちひろさんご夫婦です。
龍さんは大学時代、福祉建築について学んでいました。研究の一環としてさまざまな介護施設を見学するうちに、介護の仕事に興味を持ち「自分にも力になれることがあるかもしれない」と、介護職を目指し始めたといいます。
一方ちひろさんは、子どものころからおばあちゃんっ子。高校時代から積極的に、高齢者福祉施設や保育所で行われるボランティアに参加するなど、福祉全般に興味を持っていたそうです。
「高校卒業後は福祉について学べる大学に進学したのですが、就職先を考えたときにやはり大好きな祖母のことが頭に浮かび、介護の世界に進むことにしたんです」とちひろさんは笑顔で答えてくれました。
そして二人は、就職先である大阪の介護施設で出会います。
二人が働いていた施設は従来型の大きな建物で、ちひろさん曰く「業務量が非常に多かった」と振り返ります。ワンフロアに50人の入居者がいて、4人部屋がいくつもあり、お年寄り一人ひとりに対応するというよりは一斉に目を配り対応していくというお仕事だったといいます。
「本当は入居者に対して、あれもこれもやってあげたい、と思うのですが、入所者の人数が多い分業務量が多くて。一人ひとりともっと寄り添いたいけれど、対応しきれない。そんなもやもやした気持ちが常にありました」とちひろさん。
ある種流れ作業のような介護に、自分のやりたかった介護との乖離を感じたお二人。うっすらと転職を考え始めたころ、龍さんの大学院時代の恩師である和歌山大学の足立先生の研究室に、博士課程の学生として大久保理事長が所属していることを知ります。理事長は、高齢者の生活環境や地域環境などの調査をしている足立先生のもとで学びを深めていたのです。
足立先生に大久保理事長を紹介された龍さんは「環境を変えてみたい」という気持ちに動かされたと言います。
そして大久保理事長の人柄に惹かれたことから転職を決意。前の施設にちひろさんが8年、龍さんが3年半ほど勤務したのち、幸清会の施設に就職するため北海道にやってきました。
入居者の「いま」だけでなく「過去」を知ることも大切
これまで大久保理事長は、全国に先駆けて個室・ユニット型施設の導入を進めてきました。そして認知症ケアの向上や現場環境の改善などに寄与したことが評価され、2011年に藍綬褒章を受章、2013年には日本認知症ケア学会・読売認知症ケア賞の奨励賞を受賞しています。
10名程度をひとつのグループ(ユニット)とし、ユニットごとに担当のスタッフがつくのがユニット型施設の特徴。少人数制で一人ひとりに寄り添った介護ができることと、全室個室のためプライバシーも守られるのがメリットです。
現在、龍さんは洞爺湖町にある特別養護老人ホーム『幸豊の杜・成香2021』でユニット主任を務め、ちひろさんは豊浦町にある特別養護老人ホーム『幸豊園』にてケアワーカーの仕事をしています。
「これまでとは違い、入居者さんそれぞれに時間をかけて対応できるのがうれしいです。また集団ケアではできなかった交流や関わりが持てるようになったことで、自分自身もより楽しんで仕事ができています」と龍さん。
「50人もいると、一日に全員と面と向かってお話しする時間が短く、例えば排泄などの介助以外で目を見て会話できる機会が限られます。なので入居されてからの様子だけを把握しているような状況でしたが、こちらの施設に移ってからは、入居者さんが今までご自宅でどのような生活をしてきたのかというところまで広げて知っておける余裕ができました」とちひろさんは話します。
入居者のご家族に連絡をとって「絵を描くのが好きな人だったのよ」と聞くと、一緒に絵を描く時間を取るなど、より深く広くケアしていけるようになったといいます。
「認知症でも昔のことを覚えていらっしゃる方もいるので、好きだったことついてお話ししたり一緒にやってみたりすることで、『いま』がすごく充実してくるんです。少しでも生活しやすく過ごしてもらえるように、こちらも配慮することができています」とひちろさん自身もとても仕事が充実しているようにお話してくれました。
ユニットごとにスタッフの個性があふれる楽しい施設
「もうひとつ、この法人では僕たちにいろいろな裁量を任せてくださっているのがうれしいですね。ユニットごとに毎年自由に使っていいお金が用意されているのですが、これはみんなと相談しながら使い道を決めていいことになっているんです。僕の担当するユニットでは、装飾品を購入して飾ったり、みんなでたこ焼きパーティーを開いたりして楽しんでいます」と龍さん。
「やりたいことは応援してくれるんですよね。たとえば花火がやりたいという入居者さんがいたら、そんなのは無理だと頭ごなしに言わず、どうやったらできるか考えてくれる先輩や同僚がいます」とちひろさん。
日常生活の大半を占める自由時間を、どう有意義に過ごしてもらうか。ここはスタッフの腕の見せ所でもあります。お菓子づくりが得意な人はクッキーを焼いたり、植物が好きな人は手入れをした観葉植物を飾ったりと、スタッフの個性を活かして入居者に楽しんでもらう工夫ができているそうです。
「僕たちの仕事は、入居者さんの生活そのもの。一緒に過ごす時間のなかで楽しみや不満、助けてほしいことなどにダイレクトにアプローチできるのは魅力的だなと思います」と話す龍さん。
ちひろさんは「みなさんと関わりながら、いまある時間を有意義に広げていける。楽しいことを一緒に見つけていけるのがこの仕事のやりがいですね」と話します。
1985年に、認知症高齢者専用の特別養護老人ホームを実現させた大久保理事長は「自分が関心を持ったことを現実化できたのは幸せだった」と当時を振り返ります。やってみたいことがあれば、自分なりに調べたり学んだりして、チャンスが訪れたときに逃さない。スタッフにもそういう経験をしてほしいと思っています。
大久保理事長(右)とベトナムからの技能実習生(右から2番目)。
より良い介護を実現させるためにはどうすればいいか、自分なりに考えることができるようになれば、自ずと新たな目標が生まれてくるはず。そしてそれを叶えるために邁進することが、仕事に対する価値や意味につながっていくのでしょう。
かつての大久保理事長のように、大きな夢を実現させるスタッフが現れる日も、そう遠くないかもしれません。
- 社会福祉法人 幸清会
- 住所
北海道虻田郡洞爺湖町成香109-18 幸豊の杜・成香2021内(本部)
- 電話
0142-89-2700
- URL