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洞爺湖町

大切なのは、知識や技術より『お年寄り』を思いやる心。幸清会20221031

大切なのは、知識や技術より『お年寄り』を思いやる心。幸清会

「ようこそ、いらっしゃいました」と優しげな表情で出迎えてくれたのは社会福祉法人 幸清会理事長の大久保幸積(おおくぼゆきつむ)さん。
北海道の認知症ケアの第一人者であり、2011年には藍綬褒章を受章され、業界では知らない人のいない権威ある御方に取材だ、と身を固くしていた取材陣でしたが、一目見てその柔和な物腰とお人柄に一気に引き込まれてしまいました。
取材場所は2021年に新しく新設された施設の最上階。理事長室とゲストルームなどがあり、目の前には洞爺湖ビューが眼下に広がります。

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さて、少子高齢化社会を迎えて久しい昨今、お年寄りにとって幸せな生活環境とはどのようなものでしょうか。大久保さんは、学生のころからお父さんが設立した養護老人ホームで働きながら、入居者が自分らしく穏やかに生活できる場所について考え続けてきました。
もちろん入居者だけでなく、そこで働くスタッフも幸せであってほしい。入居者もスタッフもお互いが幸せであることが、いい連鎖を生むからです。

最初の養護老人ホーム『幸生園』の設立から、約50年。以来、幸清会は特別養護老人ホームからデイサービスセンター、高齢者ケア研修の専門施設に至るまで、胆振エリアを中心に広く展開し続けています。
父から受け継いだこの法人を、どのような思いで大きくしてきたのか。大久保さんのこれまでと、今の想いを聞きました。

お世話になった人に恩返しをしたくて、施設を設立

社会福祉法人 幸清会の設立は、昭和48年にまでさかのぼります。

「父は明治45年生まれで、仙台から北海道にわたり、苦労しながらもたくさんの人たちに助けていただき、それなりに仕事ができるまでに成長しました。そして、自分が若いときに助けてくださった人たちが、年老いて生活が大変だということを耳にしたんですね。それがきっかけで『自分にできることで恩返しをしよう』と思い、養護老人ホームを作る計画が始まったんです」

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そう話す大久保さんは、当時高校3年生。最初にその話を聞いたときは「いいことだな」と思ったそうです。そして早い段階から、この仕事を継いでほしいという父の意志も伝わっていました。

「ちょうど大学受験の時期だったので、将来事業を受け継いだときに役に立ちそうな経済学部に進学し、大学入学後は大きな休みのたびに実家に帰ってお年寄りと関わる生活を続けていました」

誕生会などの行事に参加してお年寄りと一緒に歌ったり、給食の材料の手配といった事務的な仕事をこなしたりと、初めてのことながらも興味深く、楽しんで仕事をしていた大久保さん。
そのころは、実に『褒め上手』なお年寄りが多かったといいます。

「たとえば私の歌が下手でも、お年寄りはとても喜んでくれました。入居者のご家族も、手伝いをしている私のような学生に対しても『うちの母がお世話になっています』と、ねぎらいの言葉をたくさんかけてくださったんです。このような言葉がなかったら、いまの私はなかったかもしれません」

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やがて大学3年生で卒業単位をすべて取得した大久保さんは、残りの1年間は勤労学生として、より深く介護の現場に関わるようになりました。いまでも忘れられないのが、特別養護老人ホームで初めて女性の入居者の排泄介助をしたときのことです。

「排泄介助をさせてもらえないか、と寮母さんを通じて聞いてもらったら、女性の入居者さんが『私でよければ』と名乗り出てくれました。こちらは男なので、介助中はできるだけ顔を見ないようにしていたのですが、ふっと目をやると、入居者さんが私に向かって手を合わせていたんです。20数年の人生のなかで、こんな経験は初めてでした」

多少のミスには目をつむり、やってくれたことには心から感謝の気持ちを伝えてくれる。一日働いてクタクタに疲れても「あんた、明日もまた待ってるからね」という入居者さんの言葉で、一気に疲れが吹き飛ぶ。毎日がその繰り返しでした。そんな素敵なお年寄りたちのおかげで、大久保さんは介護という仕事の醍醐味を感じていったのです。

認知症の入居者が、より楽しく過ごせる施設とは?

介護の世界に足を踏み入れて約10年が過ぎたころ、大久保さんはより質の高い認知症ケアの実現に取り組み始めます。そのきっかけはなんだったのでしょうか。

「30数年前は、認知症の入居者さんがうっかりほかの部屋に入ってしまうと『出ていけ!』と罵られることも多かった。でも言われた方は『なんで怒ってるんだろう?』と寂しくなるわけです。一般的に認知症についての知識が浸透していない時代ですから、会話をしていても『さっきから同じことばかり言ってどうしたの?』という言葉をかけられてしまう。そうすると、認知症のお年寄りはどんどん閉じこもってしまいます」

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そんなときに大久保さんは、認知症の入居者が複数人集まって、楽しそうにお話をしているところに出くわします。なんだろう、と思って近づいて聞いてみると、お話の内容はてんでバラバラ。でも、みんな大きな声で笑っていたのだそうです。

「これはどういうことだろう?と思ったのが、昭和58年ごろのこと。調べてみると、認知症の人だけが同じ部屋で生活をする取り組みがあるということを知りました。それで、私も認知症専用の特養を作ろうと計画したんです」

認知症のお年寄りが、楽しく過ごせる施設を作りたい。当時まだ20代だった大久保さんですが、法人に説明すると理解し、背中を押してくれました。建設予定地であった豊浦町の町長も「それはよい取り組みだ」と賛同してくれたといいます。

こうして昭和60年に、認知症高齢者専用型施設として『幸豊ハイツ』が誕生。約900坪の中庭をぐるっと囲む、ロの字型の回廊式施設です。

「廊下は一周240m。中庭を広くしたのは、認知症の徘徊があったときに施設の外に出てしまうと、戻ってこれなくなるからです。それをなくすために、広くて自由に出られる場所を作ろうと、約900坪の全面芝生にしました」

さらに大きな壁4面に北海道の春夏秋冬の風景を描くことで、お年寄りがそれを見ながら昔を思い出し、お互いに会話が弾むような工夫もされました。そのおかげで「あんたそっちに行ったら危ないよ、海があるから」「馬に近づくと蹴られるよ」と、お年寄りの間で会話に花が咲くようになったそうです。

kouseikai_toyako10.jpg幸豊ハイツは、幸豊の杜・成香2021として新築移転オープン。個室ユニット型特養として生まれ変わりました。

資格やライセンスより、もっと大事なことがある

「質の高い介護は大切。そのためには知識や技術が必要で、私は実践を通じて寮母さんにいろいろなことを教えられました。しかしそのときに言われたのは『一番大事なのは、お年寄りを大切にする心だよ』ということ。資格やライセンスは大事ですが、知識や技術がどんなに優れていても、相手を思いやる心がなければなんの役にも立たない」

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大久保さんは、介護経験のない新人スタッフが認知症のお年寄りと接し、彼らの表情をみるみる明るくしていく場面を何度も見てきました。相手に喜んでもらいたいという気持ちが根底にあって、お互いの良好な関係を維持していくために必要なのが知識と技術であると捉えています。

日常のなかで起こる小さな気づきを大事にしたり、先輩スタッフの仕事の仕方を観察したり、勉強して資格を取ったりしながら、徐々にスキルアップしていけばいい。大久保さんは、そう考えています。

そして自分に足りないものは、現場以外のところから学ぶケースもあります。大久保さん自身、旅行好きだったこともあり、国内外を問わず施設の視察や研修などに積極的に出かけていました。さらに、プライベートの旅行の時間やお金も確保したいという理由で、副業をすることも。ようやく公務員の副業禁止を解禁しはじめてきた令和の時代ですが、なんと昭和の時代から幸清会では副業を認めていたとは!
そして大久保さんが理事長になった今でも、スタッフの副業はOKです。絵を描くことが好きな人は絵を習ったり、食べ歩きが好きな人はおいしいものを食べたりして、見聞を広めてほしいと考えています。年に一度、日帰り5000円、一泊一万円の自己啓発資金も支給されるのだとか。これは、スタッフにとってもうれしい制度ではないでしょうか。

kouseikai_toyako18.jpg実際に働くスタッフとのワンシーン。ベトナムからの技能実習生も受け入れています(右から二番目)

「施設の外で経験したことが、介護の仕事にも還元されますからね。たとえば絵を描いて入居者のみなさんを楽しませたり、飲食店で目配りのできるスタッフを観察して自分のふるまいを正すことができたりもします。外に出て大いに学び、いろいろなことに興味を持って自分を高めてほしいです」

大久保さんのお話を聞いていると、ここでの人間関係は「介護する人」と「される人」ではないように思えてきます。人と人とが触れ合って成長し合い、豊かな人生を送るための場所。施設がそのような位置づけになれば、高齢化社会もより楽しいものになるのではないでしょうか。
大久保さんの「入居者だけでなく、スタッフも幸せな介護を」という想いは、これからも脈々と受け継がれていきます。

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<実際に施設で働く夫婦の記事はコチラ https://kurashigoto.hokkaido.jp/life/20221110094247.php

社会福祉法人 幸清会
社会福祉法人 幸清会
住所

北海道虻田郡洞爺湖町成香109-18

電話

0142-89-2700

URL

http://www.koseikai-wel.or.jp/


大切なのは、知識や技術より『お年寄り』を思いやる心。幸清会

この記事は2022年8月23日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。