「ささえあい」とは何でしょうか。
福祉の文脈で語られるとき、それは「若い世代が高齢者を支える」という構図になりがちです。でも、実際のところ、(少子高齢化が示すとおり)高齢者を支えられるほど若い世代の数は多くありません。高齢者だってささえられるばかりは嫌だろうし、自分の役割が欲しいはず。
「ささえあい」とは文字通り「お互いにささえあう」ことで、それがひいては個人の幸せに結びつくのではないか。そんな思いを抱き、更別村の社会福祉協議会は、高校生から高齢者まで、全世代30名の方が集まるワークショップを催し、冊子「村の暮らしの見本帖 村のおと」を完成させました。
ワークショップのはじまり 「つながり」は人の健康寿命に影響する
ワークショップの発起人は、更別村社会福祉協議会の大岡恵子(おおおかけいこ)さん。江別市の大学を卒業したのち、旭川市でアパレルの仕事を経て、結婚を機に出身地である更別村へ戻り、社会福祉協議会に就職しました。平成28(2016)年から「生活支援コーディネーター」として、地域の福祉事業をおこなっています。生活支援コーディネーターとは、厚生労働省によって各自治体に設置を義務付けられた比較的新しい役職です。大岡さんの言葉を借りれば「住民が自主的にささえあいながら地域を支え、介護などの負担を減らしていくという役割」があります。
真ん中が大岡恵子さん。くらしごとを読んでご連絡を頂き、取材が実現しました
具体的に何をするのかは各自治体に委ねられており、地域の実情に合わせて「戦略」を立てていきます。大岡さんが考える戦略のひとつがワークショップを開くことだったといえますが、どのような経緯があったのでしょうか。
「まずは国が提唱する『地域のささえを作る』ということがベースにありました。介護の担い手不足や自分がしたい暮らしのために今のサービスが当てにできない、という課題からのアプローチを地域を回ってしていました。でも、いわゆる『課題解決型アプローチ』は意識が高い人は協力しようとしてくれるのですが、そこに参画する人の母数は絶対的に限られてしまいます」
課題解決の方法に難しさを感じながら、なおかつ「ささえあい」を広げなければならないという役割もあり、どうしたらいいか悩んでいたといいます。
そんななか、平成30(2018)年に医学博士であり予防医学研究者の石川善樹さんを講演に招いたことがひとつの契機となります。石川博士は、「タバコを吸わない」「お酒を飲み過ぎない」といった身体に直接影響のある行為よりも、「つながりがある」という心の充足感が、健康寿命に大きく影響をしていることをデータとともに示してくれました。「人生百年時代と呼ばれているなかで、どうしたら健康で長生きできるか。それは人との繋がりなんだ」という大きな示唆を得たのです。
そこで、地域のなかで「つながり」を造りたいという考えに至った大岡さんは、高齢者だけではなく、これから高齢者になる下の世代をも巻き込んでのワークショップを構想します。しかし、当事者ではない世代には、どうしたら興味をもって参加してもらえるのかという部分が大きなポイントでした。
「高齢者同士のつながり方は、ある一定の年齢から求めるものが変わってきます。例えば、同じ時間に集まって折り紙のレクリエーションをする。今なら高齢者施設で見られる一般的な景色ですが、では『私自身はこれをやりたいか?』と考えたときにすごく違和感がありました。だから若い人たちも、全く興味を示さない。でも、これから長く生きていくうえで、健康でいられれば多くの可能性があるし、できることもたくさんある。「自分のため」にそれぞれがどんな老後を過ごしたいかを考えていこうという方向にもっていきました」
キーワードは「自分ごと」。私たちは、老いであれ病気であれ「そのとき」が来てやっと自分の生き方について考え始めますが、そのときが来てからでは遅い場合もある。もっと早くから準備をして、「自分のしたい暮らし」について考えること、そして若い人の考えを高齢者が知ることもこのワークショップの目的としました。
「自分のしたい暮らし」を考えるワークショップのしくみ
こうした経緯から生まれたワークショップ構想。結果的に6回に渡っておこなわれ、成果が冊子になってまとめられますが、そのパッケージができるまでには「広い世代に受け入れられるものにする」ための大岡さんのしかけがありました。
ワークショップを実施、と言葉で言うのは簡単ですが、それを実施するためには気の遠くなるような準備と作業がありました
例えば、告知チラシのデザインを見栄え良くすること。福祉はおしゃれなもの、スタイリッシュなものとは遠い場所にありがちですが、パステルカラーの配色に北欧デザインのような木々や小鳥のイラストが配されたデザインは、人目を引きます。しかも、原案は大岡さん自身でデザインされたというのですから驚きです。また、成果物として「冊子を作る」という明確なゴールを設定することで参加しやすくしたり、プロのクリエイターによる講座を組み込むことで、若い人にも興味をもってもらえるようにしました。
大岡さんの様々な仕掛けが功を奏し、ワークショップには高校生から70代の高齢者まで世代の異なる30名の方が集まりました。農家さんや行政職員、専業主婦に地域おこし協力隊、NPOやボランティア団体に所属する方など、立場もさまざま。コーディネーターには、ソーシャルデザイン事務所ORIGAMI Lab.代表の檀上祐樹(だんじょうゆうき)さんを招きました。ここで、全6回のワークショップについて詳しく見ていきます。
第1回 チームビルディング
まずは、チームビルディング。「地域の豊かな暮らし方」というテーマのレクチャーをもとに、自分が大切にしたい暮らしの要素を参加者自身が考え、書き出していきます。出し合った要素は「食」「文化」「地域」「働く」「趣味」の5つに分類され、これがそのままチームになりました。
第2回 スマホで撮れる写真のコツ
村在住のクリエイター、サムエル・ノゾミ・リーさん(EL-production)(以前くらしごとでも取材させて頂きました!記事はこちら)を講師に迎え、スマホで撮れる写真のコツをレクチャー。実際のインタビューを想定して練習をしました。また、このときに「取材に行って話を聞いてみたい人」をリストアップ。実際に固有名詞が上がればその人に声をかけ、「こんな人はいないか?」というリクエストがあれば、大岡さんや職員の方々でテーマに合いそうな人を探しました。
冊子内には、更別村で暮らす大人たちの素敵な笑顔が並びます
初心者とは思えない写真の出来映えです
帯広の印刷会社ソーゴー印刷が出版している雑誌「スロウ」の副編集長である家入明日美さんが「取材の作法」を伝授。取材のときに大切にしていることや、話を聞き出すコツなどを教わり、参加者はこの後、チームごとに村民へ取材を決行しました。
第4回 取材成果の共有と「村の幸せな暮らし方」の抽出
取材をしてみて対象者に共感したことや、発見したこと、真似をしたいと思ったことを共有し、「幸せな暮らし方」のヒントになるキーワードや要点を整理しました。
第5回 自分たちが展開したい豊かな暮らし方を考える
第4回でまとめたキーワードは、いわば更別村に住まう人々のリアルな暮らしの断片。第5回では更に国内外の様々な暮らし方の事例(44個も!)を紹介して、それらを掛け合わせ「幸せな暮らしをするために今からしたいこと」のアイデアを出してもらいました。
第6回 冊子と展開したい暮らし方のお披露目
コロナによって2回の延期と、開催形式の変更を余儀なくされましたが、ここで完成した冊子のお披露目と、参加者が「幸せな大人の暮らしのために今からしたいこと」を発表しました。そのなかには、コマやけん玉、メンコなどの昭和遊びを楽しむ「昔の遊び会」や、子どもが主役になってお店を運営してもらう「モノの譲渡会」、村にいる何かのオタクが先生になって授業をする「更別自由大学」など独創性豊かなアイデアが多数生まれました。
参加者の視点から―難しかったこと。見えてきたこと。
ここで実際に「食チーム」として参加した3名のお話を聞いてみましょう。
村瀬順子(むらせ じゅんこ)さん
茶道と編みものが趣味で、大岡さんの「ささえあい事業」に来ることが日課。過去の取り組みのひとつとして、村瀬さんが中心となってはじめたラジオ体操があります。「自分がしたいことをできたから、大岡さんのお手伝いをしたいと思った」。
高田琴子(たかだ ことね)さん
主に高齢者福祉を学ぶ更別農業高校生活福祉コースの3年生。卒業後は、福祉の専門学校に入学予定。
高田琴子さん(左)と村瀬順子さん(右)。まるで本当の家族のよう
鬼頭宏明(きとう ひろあき)さん
更別村役場 住民生活課 広報統計係兼住民活動係兼環境衛生係。主な仕事のひとつに村の広報誌「広報さらべつ」の制作があり、このワークショップにも、もともとは広報誌の取材のために訪れていました。
3名はともに「食チーム」として複数の村民に取材をおこないました。そのときの印象を聞くと、「どうやったら一番聞きたいことを相手から聞き出せるのか」が一番大変だったと高田さん。しかし、取材対象の方はどなたも優しく、様々な話を聞かせてくれたといいます。人は、誰しも自分に興味を持ってもらえたら嬉しいもの。普段だったら家族にだって聞いてもらえない自分の歴史や、信念、幸せな暮らしについて。ときに美味しい食事を提供してもらうこともあったという取材の現場には、暖かな空気が流れていたに違いありません。(※取材当時は2019年でコロナ禍前)
鬼頭さんは、普段から広報として取材をしているものの、一対一でインタビューをする機会は滅多にないそう。取材の際には主にカメラワークを担当し、第2回のワークショップで教わった具体的なテクニックが役に立ったといいます。「『撮る』というのは、一瞬を切り取るということで、それはとても難しい。でも『村のおと』は充実した暮らしを紹介することを目的とした冊子だから、笑顔の表情がたくさんあればというのはありました。実際に完成した冊子を見ると、良いなぁと思えますね」と、出来栄えに胸を張ります。「普段から話を引き出す、というのは広報担当になってからずっとプレッシャーに思っていたことでしたが、肩の荷が少し軽くなりました」と、今回の経験が広く鬼頭さんの仕事にも活かされていきそうな予感です。鬼頭さんのおっしゃるとおり、完成した『村のおと』には村民の笑顔がいっぱいにあふれています。
鬼頭宏明さん。ワークショップに参加して本当に良かったと話してくれました
村瀬さんは生まれてからずっと更別に住んできた生粋の更別村民です。「六十数年、更別に住んでいて、自分が(高田さんのような)子どもたちに発揮できるものはあるかな、という思いがありワークショップに参加した」とのこと。今回のワークショップよりも前から社協の支え合い事業に関わっており、村瀬さんが中心となってはじめた朝のラジオ体操は、かんぽ生命が実施している「ラジオ体操優良団体」に表彰されました。
村瀬さんは、「チームの連帯感」について話してくれました。「このワークショップには色々な人が関わっているけれど、バランスよくつっこんだり、ひとりがこれを聞いたら、もうひとりはこれを聞いて、という段取りが自然にできた」と取材時の体験を振り返ります。
「この2人(鬼頭さんと高田さん)は、しょっちゅう会うことなんてないのに、今日も会った途端に仲良くしているから良いな、と思った。一瞬でできたお友達、という感じ」そういう村瀬さんも、高田さんが来た途端に表情が綻んだことを私たちは見逃しませんでした。写真を撮らせていただく際もまるで本当の家族のような、和やかな空気が場を包んでいました。
この企画に参加するのが日課と微笑む村瀬さん。この場に来なければ皆さんとの出会いもなかった、と
ゴールテープを切って見えた景色
最後に、大岡さんにこのワークショップについて振り返っていただきました。
「最初の段階では、参加者が継続して来てくれるのか心配していましたが、うまく機能して思った以上に脱落する人が出ないままゴールまで来ることができました。細かい仕掛けはたくさんしましたが、ひとつひとつのプロセスに関わってもらうということを手を抜かずにやってこれたのが良かったのだと思います。更に言えば、それぞれの参加者が『自分自身でこんなことをやってみたい』というアイデアを出すことも達成できたので大満足です」。
参加者の「楽しい」という気持ちを維持するために、大岡さんをはじめとする職員の方々が、様々なしかけを施しながら、丁寧に参加者をフォローしたことが、思い描いていたゴールを実現することに繋がったのでしょう。
さらに、ワークショップの成功は更別村内で完結することなく、社会全体に広がってきています。北海道立図書館から『村のおと』の寄贈を打診する連絡が、札幌市立大学ではキャリア支援の事例として登壇依頼が、また宮城県内の情報誌からも取材があったりと、この取り組みは確実に全国へ広がっているのです。
今後も、更別村の取り組みが様々な媒体を通して周知され「更別モデル」となっていく日は近いのではないでしょうか。異なる世代が緩やかにつながり、「自分ごと」として「幸せに暮らす」ことを考え、それを実行していく。「社会が良い意味で変わっていくのかも」と大岡さんは締めくくりました。
「暮らしのささえあい研究室」でヴィネガーを商品化!
こうして目標としていたゴールを達成した「これからの大人の暮らし方を考えるワークショップ」は、2020年度にさらなる発展を遂げ「暮らしのささえあい研究室」として継承されていきます。
今年度は、更別農業高校の生徒たちが開発したヴィネガー(食酢)を製品化するために、知恵と経験をもった大人の力が集結しました。ヴィネガーの原料は、更別村が生産量1位を誇る金時豆。生産過程で色流れしてしまう大量の豆を加工して利用できないかという問題提起からスタートしたこの取り組みですが、高田さんの同級生らが開発し、高すぎた酸度を改良するなどして「暮らしのささえあい研究室」の研究対象となりました。
ヴィネガーは「村のしずく」と名付けられ、パッケージのデザインには「北海道 更別村」という文字周りに、すももやどんぐり、トラクターなど、更別村を象徴するアイテムが配されています。地域の人たちと高校生が一緒になってアイデアを出しました。また、製品には村の大人たちが考案するレシピを載せた小さなリーフレットも付属します。これも、高校生と大人たちが一緒に調理実習をして、写真撮影までをおこないました。
村のしずくと、その商品リーフレット。村の大人と高校生とのコラボレーション
実は、更別農業高校の生徒は村外から通っている生徒がほとんどで、地元と学校の往復ばかりで3年通っても村のことをあまり良く知ることができないというのが実情でした。それが、ワークショップを通じて村の大人と関わるようになると、自然と挨拶を交わせるようになり、何か迷ったことや困りごとがあっても相談できる相手ができたといいます。高田さんは、その関係性を「神秘的!」と独特(!?)の言葉で表現し、「更別に住みたいと思った」「更別が特別な場所になった」と笑顔で答えてくれました。
また、同じくワークショップに参加した生徒のなかには、もともとは人見知りだったのに自分から積極的に声をかけられるようになり、どんどんフレンドリーになっていった子もいたそうです。「今まで(家庭や学校など)特定のエリアでしか大人と関係性を育むことがなかったけれど、いろいろな世代の方が気にかけて声をかけたり、フォローしてくれたことが自信になったのでは」と大岡さんは推測。もともと生徒のなかにあった潜在的な能力を引き出したともいえるでしょう。
ちなみに、このヴィネガーは早ければ3月にも村内の事業所で販売予定です。
小さくても、ちょっとずつ、広がり、つながっていく
こうして1時間半に渡った取材は終了。取材班が特に感じたのは、発起人の大岡さんと3名の参加者がワークショップの成果に心から自信をもち満足している様子と、皆さんの仲むつまじさでした。
コロナもあって、みんなが顔を合わせるのは久々とのことでしたが、すぐに打ち解け話に花が咲きます
これっきりでは終わらない、続けていくための仕組みを作り続けた大岡さんがいる更別村では、これからも村民が「自分のしたい暮らし」を追求する場が開かれていくのでしょう。実際に、現在は「村のおとの描き方」と題して、冊子に掲載されている「幸せなくらしのために今からしたいこと」のなかから、それぞれのチームで企画が動いています。新たな取り組みが始まると、また新しい人とのつながりができて、その輪が広がっていきます。
ここで見聞きしたことや経験したこと、そして考えたことが、それぞれの暮らしや仕事に活かされ、これからもそこで得た関係性が保たれていく。
「小さくても良いから、あまり期待しないで、ちょっとずつ」という村瀬さんの言葉に「それが広がっていきますよね」と大岡さんの相づち。
それこそが「つながり」であり、おおよそ全ての人が求める「幸せ」のかたちなのではないでしょうか。
- 更別村社会福祉協議会
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