令和3年春にJR日高本線の鵡川(むかわ)~様似(さまに)間が廃線となりました。80年近く、日高エリアの地域の人たちの生活を支えてきた鉄路に代わり、現在はバスがその役割を果たしています。都市間高速バス、広域公共バス、路線バスと、バスが人々の足となっています。特に車の運転ができない学生や高齢者の人たちにとっては欠かせないものです。しかし、乗務員不足という課題が...。
今回、日高エリアに2つの営業所「静内(しずない)、平取(びらとり)」を持つ道南バスの静内営業所におじゃまし、現状を伺うとともに、これまで取り上げられることが少なかった乗務員の仕事内容や、同じ乗務員でも新ひだか町で暮らし、乗務員として働くことの魅力などを伺ってきました。また、移住担当の役場職員の方にも新ひだか町の暮らしや移住前の長期滞在について教えてもらいました。
日高エリアの暮らしに欠かせないバス。乗務員の仕事は接客業です!
日高エリアでバスを運行している民間のバス会社は、道南バスとジェイ・アール北海道バスの2社。今回は、新ひだか町にある道南バスの静内営業所におじゃましました。
道南バスは室蘭・苫小牧を中心に全道10営業所を有するバス会社。北海道の自然豊かな緑をイメージしたという深い緑色のバスで知られています。
「静内営業所は、新ひだか町内の路線バス、浦河(うらかわ)や門別(もんべつ)といった近郊地区までの路線バスの運行を管理しているほか、札幌や苫小牧までの都市間高速バスも運行しています」と説明してくれたのは、同営業所の所長を務める山田翔太さん。
道南バス(株)静内営業所 所長の山田翔太さん
「鉄路の廃止に伴い、バスは地域の高校生にとって欠かせないものとなっています。苫小牧の高校へ通う子もいれば、逆に静内にある高校へ通ってくるほかの町の子たちも多くいます。あとは、高齢者の方や自分で車の運転をするのが難しいといった一定数の方たちが病院や買い物の際に利用してくださっています」
町民や日高管内の人たちにとって重要な交通手段であるバス。「無事故無違反、安全に運行すること。そしておごることなく、お客さまに快適に乗っていただくことを常々大切にして仕事にあたっています」と話します。
さらに、「バスの乗務員の仕事は接客業でもあるんです」と山田所長。同じ車両ドライバーでも、重機やトラックのドライバーと違い、常にお客さまを乗せているバスの乗務員は、会社の一番の顔でもあると言います。「公共交通はサービス業。乗務員はドライバーとしてのテクニックも必要ですが、とにかく安全第一でお客さまを快適に目的地まで運ぶことを意識しています」と話します。つまり、運転技術はお客さまの安全のため、快適に乗っていただくためのものというわけです。「当社の中途採用の乗務員は接客やサービス業出身者が多数。全社で見ると美容師や介護士だったという人もいて、それぞれ活躍しています」と続けます。
また、バスの乗務員=男性と思われがちですが、室蘭や苫小牧では女性乗務員も少しずつ増えているそうで、静内営業所でも女性の乗務員希望者がいれば「ぜひ!」と話します。
「当社は男女問わず未経験の方も歓迎しています。普通免許しかないという方でも、乗務員に必要な大型二種の免許取得からサポートし、それぞれの成長に合わせ、乗務員として独り立ちできるまでをしっかり支えます」
道南バスでは独自の「養成制度」を設けています。大型二種の免許取得から基本的な運転技術を習得するまでを本社で行い、その後、各営業所の先輩乗務員のもとで段階を踏みながら実地訓練を行います。
「運転技術はもちろん、コースやバス停など覚えることもたくさんありますし、どうすればお客さまが安全かつ快適かも考えなければなりません。未経験者は、大型二種免許取得後、本社の専門指導係による研修で1ヶ月程度しっかり運転技術指導を行います。その後、各営業所で先輩乗務員から、1人で自信を持って運行できるように2~3ヶ月以上かけて指導していきます」
中には心温まるエピソードも。顔見知りが増える田舎町ならではの働く環境
接客・サービス業である公共交通。その中でも乗務員として、都会で働くのと新ひだか町で働くのにどういう違いがあるのでしょうか。
「新ひだかには田舎ならではの温かな交流がありますね。都会のように人が多いと、お客さまと顔見知りになることもそうそうないと思いますが、ここでは自然とお互いに顔を覚えるので、降車時にひと言、ふた言、会話を交わすこともよくあります」
中には、見知ったお客さまが降車時に、「今日もありがとう」と乗務員に缶コーヒーを渡してくれたこともあったそうです。こうした心が温まるエピソードも田舎の町ならではですし、町の人たちの役に立っていると実感も湧きます。
「もし、北海道や日高エリアでの移住を考えている方で仕事を探しているなら、ぜひバスの乗務員を検討してほしいですね。町の人たちを乗せるので顔見知りも増えますし、バスを運転することで町のことも早く知ることができると思うので」
また、道外移住者の多くが気にする冬道運転も、雪が圧倒的に少ない新ひだか町なら心配はありません。さらに、現在静内営業所に勤務しているスタッフは地元出身者ばかり。みんな面倒見がよく、フレンドリーなのだそう。
山田所長は、「バス業界も働き方改革が進んでいます。静内営業所も乗務員の働きやすさを考え、柔軟に対応するよう努めています。乗務員の仕事は大変なこともありますが、大きなバスを動かし、お客さまを安全に目的地まで運ぶというやりがいのあるものです。お客さまとのやり取りを通じて得られる喜びもあると思うので、仕事探しをしている人は気軽に相談してください」とメッセージをくれました。
会社はアットホームな雰囲気。風光明媚な景色が見られる乗務員ならではの役得も
次に実際、バス乗務員として静内営業所に勤務している田澤嘉男さんに話を伺いました。田澤さんは地元出身で、5年前に乗務員になったそう。
「道外の電機工場や自動車の部品工場で働き、北海道に戻ってからも工場で働いていました。もともと車の運転が好きで、モノを動かす機械操作なども好きだったので、たまたまやっていたバスの運転体験会に参加して、バスの運転をさせてもらったら想像以上におもしろいなと思って...」
静内営業所でバス乗務員として勤務する田澤嘉男さん
自動車学校の教習場内ではじめて運転した大きなバスに魅力を感じた田澤さん。道南バスの担当者から採用試験を受けてみませんかと声をかけてもらい、そのあと試験を受けて入社。出身地である静内営業所に配属されます。
「大型免許がなかったので、それを取るところから会社がサポートしてくれました。約2週間かけて免許を取得し、そのあと研修を受けて静内へ。先輩たちの運転するバスに乗せてもらってバス停や道を覚え、どういうところに気を付けて運転しているのかを教えてもらいました」
そのあとは回送車を運転しながら練習を重ね、先輩に後ろに乗ってもらって「もう大丈夫だね」と言ってもらえるまで練習を続けたそうです。「静内営業所はみんな親切でアットホームな雰囲気。実地訓練のときも先輩たちがやさしくて、安心して練習できました」と振り返ります。
無事乗務員として独り立ちした田澤さん。日ごろから営業所の皆さんとコミュニケーションを取り、「今日はここの辺りで工事をしている」とか「こんな行事があるから人の流れが多いようだ」とマメに情報共有をしていると話します。
添乗指導でバスに乗る山田所長は、「彼はお客さまへの目配りと気づかいがよくできていて、声がけも丁寧。安全な運転技術はもちろん、接客もきちんとしています」と高評価。田澤さんは、「とにかく安全第一で、無事にお客さまを目的地に運ぶことができるとホッとします。そして、お客さまに喜んでもらえるのが仕事のやりがいですね」と話します。
このエリアでハンドルを握ることについて田澤さんは、「時間帯とその日の配車によりますが、海側の美しい景色を眺めながら運転できる日は気持ちがいいですよ。都市間バスで高速に乗るときは秋の紅葉も楽しめます」と魅力を教えてくれました。また、「田舎でのんびりしているし、乗客の皆さんも顔なじみになるといろいろ声をかけてくださったりして楽しいですよ」と話してくれました。
長期の移住体験のほか、専任移住コンシェルジュなどソフト面のサポートが充実
最後に新ひだか町での暮らしについて、新ひだか町の総務部企画課主事・田中朋寧さんに伺いました。
「新ひだか町は、桜の名所があったり、乗馬体験ができたり、観光的な側面での魅力もありますが、暮らしやすさが最大のポイント。四季を通じて暮らしてみて、初めてその良さを実感してもらえる町なんです」
町内に10戸ある移住体験住宅は、1週間から最大1年間の使用を可能にしています。1年間お試しで住み、春夏秋冬を経験することで、町の良さが分かってもらえると言います。
新ひだか町の総務部企画課主事・田中朋寧さん
「北海道に憧れて移住してくる方はたくさんいらっしゃいます。でも、北海道とひとくくりに言っても、とにかく広いですし、その地域によって気候も生活も異なります。特に冬場の差は大きく、移住したもののこんなはずでは...という話もよく耳にします。だからこそ、じっくり腰を据えてお試しをしてもらいたいと考えています。また、そのほうが新ひだか町の暮らしやすさを実感してもらえるので」
実際、移住体験住宅を1年間利用する人は多いそう。1年間住みながら、町で働いたり、子どもを地域の学校へ通わせたりすることも可能です。特に家族で移住する場合は、家族全員が納得した上での移住でなければ意味がありません。そう考えると、1年間のお試しは移住を検討している家族にとってはありがたい機会です。現在も子どもを学校へ通わせながらお試し暮らしをしている家族がいるそう。
「新ひだか町は移住施策に関して、金銭補助などのハードな支援制度より、ソフト面でのサポートに力を入れています。移住を決めていただいたあと、新築やリフォームの補助制度はありますが、これは全町民に対してのものなので、特に移住者を増やすためというものではありません。それより、まずは町の良さや魅力を感じてもらい、『ここに移住したい』と思っていただくことが先だと考えています」
これまでたくさんの移住相談を受け、移住者のサポートも行ってきている専任の移住コンシェルジュがいるので、日々の暮らしに関する相談に気軽に乗ってもらうことができます。また、移住者同士のコミュニティーもあります。月1回行われている移住者の情報交換の場所「午後カフェ」が、町の人や暮らしに溶け込む入り口となっているそうです。
■くらしごとでは「午後カフェ」についても取材しています。ぜひこちらもご覧ください。
気候の良さ、利便性、立地の良さなど、しっかり暮らすから見えてくる町の魅力
移住体験住宅では光熱費などの支払いは利用者の方にお願いしているそう。そのため、長期で移住体験をすることで、移住時に意外と見落としがちな光熱費や食費など、実際にかかる生活費のことが具体的に分かるのもポイント。長期で暮らすことで、町の教育や医療に関することなども分かりますし、買い物する場所、余暇の過ごし方など、憧れだけでは見えないリアルな暮らしを体感できます。
「暮らせば分かると思いますが、新ひだか町には総合病院も各クリニックもそろっていますし、大型スーパー、ドラッグストア、大手衣料品チェーン、ホームセンターなど買い物に関しても困ることはほぼありません。ファミレスやファストフード、家具・雑貨店もあり、しかもこれらがコンパクトに市街地にまとまっているので便利なんです」
その一方、海や山といった自然環境にも恵まれ、キャンプ場や温泉、そして乗馬体験ができる施設もあります。海の幸、山の幸がそろう豊かな食も魅力。これらは直売所や観光情報センターで手に入るそう。
「そして、夏は涼しくて冬は暖かく、雪が少ないので、北国暮らしの経験がない移住者の方には住みやすいと思います。あとは、新千歳空港まで車で1時間半というアクセスの良さも新ひだかで暮らす利点だと思いますね」
隣で話を聞いていた山田所長も、「本当に暮らしやすい町だと思います。ほどよく田舎で、でもひと通り必要なものはそろっているし。個人的には冬のキャンプがおすすめです」と笑います。「それから気候の良さは本当にいいと思いますね。特に冬はほかの豪雪地帯に比べると暖かく、雪も少ないですし。除雪も行き届いているので、道路に雪が積もって圧雪になることもなく、バスの運転もしやすいです。日高エリアへの移住を考えていて、仕事を探している方はバスドライバーもいいと思いますよ」と最後に締めくくってくれました。
- 道南バス株式会社 静内営業所
- 住所
北海道日高郡新ひだか町静内緑町7丁目6番37号
- 電話
0146-42-1231
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