北海道には「しべつ」と呼ばれる地名が2つ(士別、標津)あります。今回取材させていただいたのは、北海道の真ん中、旭川市から車で1時間ほど北上したところにあるまち、士別市のゲストハウス「エストアール」です。かつて旅館だった建物を改装し、週末にはランチを提供するカフェもオープンしています。ここを運営しているのは、石川陽介さんと奥さまの麻由香さん。陽介さんは士別市の市議でもあり、さらに今年「合同会社しべつデザイン」も立ち上げました。陽介さんのこれまでの歩み、そしてこれから目指していきたいもの、士別への想いなどを伺いました。
地元・士別のために地域おこし協力隊としてUターン
石川陽介さんは士別市出身。高校まで士別で過ごしました。札幌の大学に進学しますが、自分のやりたいと思っていたことと方向性が違うと、大学を辞め、1年ほどアルバイト生活を送ります。
こちらが石川陽介さんです
「本当はスポーツ関連のことがやりたかったんですが、なぜか違う方向の大学に行ってしまい...(苦笑)。僕はずっとサッカーをやっていて、大学に入ったときからスポーツ少年団のリーダー会活動に関わっていました。当時22歳まで、リーダー会に参加ができたので、大学を辞めたあとも、そのまま22歳まで活動に携わり、サッカーやフットサルも続けていました」
少年団の活動がきっかけで、その後、北海道体育協会(現在の北海道スポーツ協会)へ就職。雇用期間の決まった採用だったため、次に何をやるか、何をやりたいかを考えたとき、「いつか地元・士別の役に立つようなことをしたいと考えていたので、広報の仕事なら、何か関われるかなと思い、広告の制作や印刷などを行う会社へ転職しました」と石川さん。
デザインやWEB制作などの営業をしていたとき、たまたま士別市で地域おこし協力隊の募集をしているのを知ります。観光に関する情報発信等のミッションでの募集と知り、「これしかない」と応募。実はこのころ、中学の同級生だった麻由香さんと札幌で再会し、結婚も考えていた時期だったそうです。そして2020年に士別へUターンします。
ちょうど道の駅「羊のまち 侍・しべつ」が2021年にオープンすることが決まっており、道の駅にも半年ほど関わったほか、前職の経験を生かし、桜の名所を集めた情報をWEB上で整理したり、4月29日の「羊肉の日」に合わせて羊の情報を集めた1冊のフリーペーパーを作ったりもしました。
夢だった「地元の人と旅人が交流できる温かな場所」をオープン
地域おこし協力隊として活動しながら、周囲に「ゲストハウスをやってみたい」と話していた石川さん。札幌にいたころ、近所にあったwaya(以前くらしごとでご紹介したゲストハウスwayaの記事はこちらから)というゲストハウスで行われていたイベントに参加し、「すごく楽しくて、ゲストハウスっていいなぁって思ったんです。自分も士別でやってみたい」と思っていたのだそう。
海外からの住み込みヘルパーさんも滞在していました
「旅人だけでなく、近所の人も集まって、みんなが気軽に交流できる場所。ゲストハウス特有の温かさや、そこに集まっている人たちみんなが前を向いているような空気感も良くて、士別でもこんな場所を作りたいなと思っていたんです」
そんなとき、駅近くにあった「旭旅館」の建物を壊すらしいという情報を耳にします。士別は昔からスポーツ合宿が盛んで、夏にはたくさんのアスリートが市内に滞在します。冬は自動車メーカー各社による寒冷地試験が市内の試験場で行われるため、関係者が多く滞在。受け入れを行うホテルや旅館など、宿泊施設がもともと多い町でした。しかし、旅館やホテルの働き手の高齢化に伴い、廃業を余儀なくされる宿泊施設も...。さらには、旅人や観光客が泊まれる宿泊施設が実質ないといった状況も近年の観光業の課題のひとつでもありました。
国道から少し入った所にある、ゲストハウス&カフェバー「エストアール」
ゲストハウスをやってみたいと考えていた石川さんは、これ以上宿泊施設もなくしたくないと思い、旅館を壊すなら自分に売ってもらえないかと持ち主の方に直接交渉します。
「持ち主だったおかあさんに自分の想いを伝えたところ、士別のためにゲストハウスをやりたいならと譲ってもらえることになりました」
築50年以上という古い旅館の建物。2021年の1月に購入し、協力隊の仕事をする傍ら、できる限り自分たちでリフォームを行いました。協力してくれた地元の人も多く、とても嬉しかったそう。
子どもから大人まで、地元のみんなでリフォーム!
そして、2021年11月にオープン。ゲストハウスの名前は、「旭旅館」の旭(日の出)を英語で表記した際の「SUNRISE」の「SとR」を組み合わせて「エストアール」にしました。
「旭旅館は3代も続いた旅館だと聞いていました。何か少しでもその歴史、ここが旭旅館であったということを残しておきたくて、この名前にしました」
地元の課題解決に向けて動くのは協力隊も市議も同じ
ところがオープンして約2カ月、2022年に入ると緊急事態宣言が発令されます。休業するか、頑張って続けるか。そんなとき、4月の士別市の市議選挙に向けて石川さんに立候補しないかと声がかかります。
「実はその半年前にも補欠選挙があって、出てみないかと声をかけてもらっていたのですが、ちょうどゲストハウスを直していた最中だったこともあり、妻からまずはきちんとゲストハウスを形にしてからやるべきだと言われ、確かにそうだなと思ってお断りしたんです。でも、ぜひ出てみないかとまた声をかけていただき...」
士別に戻ってきて、地域おこし協力隊として活動する中、いろいろな町の課題が見えていた石川さんは、周りからの強い後押しもあり、思い切って立候補することを決心します。
「地域おこし協力隊も市議会議員も町の課題を解決していくために活動をするという点では同じ。協力隊の任期はまだ残っていましたが、退職して立候補する準備を大急ぎで進めました」
「社会教育」「観光」「経済」の3つに関して、現状の課題とそれを解決するために自分が考える市の未来について熱い想いをぶつけた石川さん。見事トップ当選を果たします。
10名以上の候補者のなかトップで当選!
「士別は、民間レベルでの社会教育の場や機会が少ないんです。つまり学校以外のカリキュラムがない状況でいろいろなことを経験したり、遊んだり、学ぶ場や機会が少ないんです。札幌のwayaでイベントの主催者側を経験させてもらったとき、みんなで企画を立て、準備をして、実施するという一連の流れがすごくおもしろくて、今となってはこういうのも社会教育だったんだなって思ったんです。イベントの企画をすることはもちろんですが、それに参加した人たちが新たな学びや発見を得ることも含めて社会教育だし、士別を面白くするためには市民に対して、いつの間にか学びにつながる新しい趣味や余暇の過ごし方の提案、仕掛けがもっと必要なんじゃないかなと思って...。自ら何かをすることを楽しもう、チャレンジしようという風土を士別に作っていきたいと思っています」
石川さんは、地域のさまざまな課題解決のため、学びの機会を作り、新たな出会いや繋がりを作る地域コーディネーター的な役割を果たす社会教育士という資格も取得したそうです。
エストアールにインターン生を迎え入れるにあたっての研修会の様子
「観光に関しては、遊びはもちろん、仕事や暮らし方などを含む体験に力を入れていければと考えています。市に滞在してもらう時間が長くなれば、それが市の経済効果にも繋がるので。そのためにはどれだけ観光客に対して市民も事業者もウェルカムな雰囲気を育み、表現できるかが課題かなと思って見ています。経済は、仕事の生産性をあげたり、商品・サービスの価値を高めたりするために、いかにレバレッジの効くところに投資できるかなどが課題。そのためにも、余分な支出を減らさなくてはいけません。たとえば補助金など頼りきっている分野は、そこに頼らずとも回していけるようにするため、どうすればいいかを考えなければなりません。観光も経済も自分1人ではできないことなので、地域の皆さんと一緒に力を合わせて課題に取り組んでいきたいと考えています」
市議として大忙しの日々、「課題はまだまだいっぱいあります」と笑いますが、それでも生まれ育った士別を活性化させ、「おもしろい町だね」とみんなが思えるような市にしたいと話します。議員というと堅苦しい印象がありますが、石川さんは親しみやすく、飄々と軽やかな雰囲気。ゴリゴリ引っ張るというより、ふわっと周囲を巻き込みながら、課題解決をしていくのだろうなという印象です。
改装時、壁を壊すとこの味わいあるレンガの煙突が顔を出したそう。カフェバースペースのシンボルになってます
元気いっぱい、しっかり者のボス(妻)が、ゲストハウスとカフェを切り盛り
雰囲気が軽やかであっても、市議として多忙なのは事実。それだけ忙しいとエストアールのほうは?という疑問が...。石川さんは、「もちろんエストアールの仕事もしていますが、実際のところ、ほとんど妻が仕切ってくれています...」と苦笑。
それならば、奥さまの麻由香さんにもぜひインタビューをさせていただこうとなり、麻由香さんにも登場していただきました。実は石川さんと札幌で再会して交際を始めたとき、士別に帰るとは思ってもみなかったそう。
「突然、協力隊として士別に戻りますって言われて、え?戻るの?って(笑)。そして、なんだかよく分からない間に、両家顔合わせがセッティングされ、あれよあれよと士別に戻ることになり...。結婚したら、反対する間もなく、ゲストハウスをやることになり...、さらに市議にもなってしまい...」
こちらが奥さまの麻由香さんです
麻由香さんはゲストハウスに泊まった経験もなく、ゲストハウスって何?というところからのスタートだったそう。最初は抵抗もあったそうですが、長く飲食業に携わっていた麻由香さんは、「接客も好きだし、もともと人と話すのが好きだったので、経験を生かせるかなと思って」と気持ちを切り替え、ゲストハウスの運営に携わるように。
体育会系出身という麻由香さん。笑顔がステキで、話しているだけで元気がもらえるような明るさです。ゲストハウスの仕事をする傍ら、1階で金、土、日曜にオープンしているランチカフェも担当。エストアールの中のコミュニティスペースの活用にも力を入れ、最近ではスタッフが「表ボス」「参謀」と麻由香さんを紹介することもあるそう。確かにしっかりしていて、頼りたくなる気持ちも分からなくはないかも...と感じます。
木の温もりを感じられるカフェバー
「士別は子ども連れで行けるお店が少ないので、うちのスペースを活用してもらって、ママがゆっくり集まって食事しておしゃべりできるような機会を増やせたらと思っています。実際、清掃のパートに入ってくれているスタッフが今度ママ会をうちでやってくれるんですよ」
ほかにも町の人同士も交流できるような機会を作れたらと話し、「駐車場のスペースを使って、ご近所さんと一緒に親子で楽しめるような小さいお祭りをやろうかなとも考えています」とニッコリ。
これまでもハロウィンやお正月に子どもたちが気軽に参加できるようなイベントを実施。日常的に子どもが訪れることができるような場所にしたいとも考えているそう。ママ会のように、コミュニティスペースも地域の人たちにどんどん活用してもらいたいと考え、「今は月に1回、英語サークルのメンバーに貸し出していますが、こんなふうにそれぞれがやりたいことを自由にやってもらいたい」と麻由香さん。エストアールが、石川さんの目指す社会教育の実践の場の一つでもあるのが分かります。
まちづくりや地域の課題解決に向けた事業を展開する「しべつデザイン」を設立
エストアールがオープンして2年経ち、イベントなどを通じてやっと地元の人にも浸透してきた感じがあるという石川さん。
「これからも旅人と町の人が交流できる場としてここは運営していきたいです。地元の人たちも少しずつですが、旅人に対してウェルカムな雰囲気を出していると思います。閉塞感のある部分に風穴を空けていけたらと思います」
2024年、「しべつデザイン」という会社を立ち上げた石川夫婦。エストアールは宿泊業とカフェ運営に特化し、これまでやってきたイベント関連やまちづくりにつながる仕事、地域の課題を解決するためのアクションを、少しずつ「しべつデザイン」へシフトさせる予定なのだそう。
「農業、建設、飲食など、あらゆる業種の地元の人たちともしっかりコミュニケーションを取りながら、まちづくりを展開できればと考えています。地元の人手不足解消を目的のひとつとし、旅で訪れた人がしばらく士別に滞在して働けるような機会も設けたいと考えています。あと、空き店舗対策と地域の人がやってみたいことをチャレンジできる場の提供を目標に、空き店舗をシェアオフィスやシェアキッチンにする計画も立てています。また、暮らしの楽しみをさらに作ったり、移住定住促進につながる事業もやっていく予定です」
石川さんから見た士別の魅力について尋ねると、「都市機能を持ちながら、すぐそばに自然があり、とても安心できる暮らしやすい町だと思います。そして、顕在化されていませんが、いろいろおもしろいことをやっている人が士別にはたくさんいるんです。実際、移住体験ツアーでいらした方から、『意外とおもしろいことやっている人が多いんだね』とよく言われます」と笑います。
「僕たちと一緒に士別の魅力を発信していってくれる仲間を増やしたいと考えています。少しでも興味を持って、チャレンジしてみたいという方がいたら、一度とにかく士別へ遊びに来てもらいたいですね。まずは士別と士別の人を好きなってもらいたいから」
確かに課題はたくさんあるかもしれませんが、それを楽しみながら解決していこうという石川さんやそれを同じく楽しみながらサポートしている明るい麻由香さん。きっと2人の人柄と地元への想いに惹かれて、エストアールにやってくる人も少なくはないのでしょう。少しずつかもしれませんが、これから士別がどのように変わっていくのかが楽しみです。
- ゲストハウス&カフェバー エストアール
- 住所
北海道士別市西2条7丁目709-1
- 電話
050-6882-2097
- URL