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学校と学生の取り組み
白糠町

日本のエネルギーを支える技術者来たれ!掘削技術専門学校20221128

日本のエネルギーを支える技術者来たれ!掘削技術専門学校

道東の釧路空港から海岸線に向かって10分ほど車を走らせると、空き地の中心に真新しい校舎と、ひときわ目立つ地上43メートルの大きな塔のような機械が現れます。ここが、2022年4月に開校した学校法人ジオパワー学園掘削技術専門学校。日本で唯一の「掘削」、地面を深く掘って作業をする技術者を養成するための専門学校です。

掘削の技術が学べる、日本唯一の専門学校

出迎えてくれたのは、井上政史校長先生です。
「『掘削』とは、人力で地面を掘る作業から大型の機械を使う大規模な工事まで幅広くありますが、掘削技術専門学校で学ぶのは大型機械での掘削技術、特に地熱等の地下資源を開発する技術です。地面に小さな穴を掘って地下を深く掘り進み、そこから採取される土の性質を手掛かりに作業を進めるとても難しい仕事であり、日本では技術者が著しく減少。現在は、240名ほどしかおらず、しかもほとんどが60歳から70歳代で、後継者がいないという危機的な状況なのです。そこで、当学園の理事長が私財を投じ、専門学校を作ることになりました」


xiopower2.jpgこちらが井上政史校長先生

そう話してくれる井上校長は、掘削に関しては「全くの素人です」といいます。60歳まで道立高校の生物の教諭を務め、地元の白糠高校など校長も2校経験したのち、定年退職後は私立高校の校長や、白糠高校の支援のために白糠町で行う高校魅力化プロジェクトの事業に携わっていました。
教育分野を一筋に歩み、地元にも貢献してきた井上校長。掘削技術専門学校の校長として白羽の矢が立ったのは、もともと校長として予定していた方が病気により就任を断念し、学校経営の経験がある人を求めていた学園側から声が掛かったという経緯でした。

「学校法人として認可され、開校に向けて準備が始まる2021年7月1日に着任しました。周りは専門家の先生ばかりで、先生同士の会話で掘削の話をすると全く何を言っているのかわかりません。まるで、宇宙人に拉致されたような状態でした(笑)これではいけないと思い、とにかく質問を重ねる毎日。幸い、先生方はゼロから優しく説明してくれて、最近は『良い質問をするようになったね』と言われるようになりました(笑)」

このままでは、日本に掘削技術者がいなくなってしまう

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学園の講師陣は、常勤講師2名と、非常勤講師16名。常勤講師は重機の操作などに必要な資格を取るための技能講習担当と、安全教育担当の先生。非常勤講師は道内や全国で掘削の現場を経験している技術者で、授業のために遠方から足を運んでいます。
先生方もまた、掘削の後継者不足に危機感を持ち、熱心に学生の指導をしています。
学園は1年制で、授業と実習を通して掘削の基本的な知識や機械を動かすのに必要な技術、資格が得られるカリキュラムになっています。

このような珍しい学園を創設したのは、「業務スーパー」で有名な株式会社神戸物産の創業者である沼田昭二さん。経営を息子さんに譲った後、問題意識を持っていた日本の「食」と「エネルギー」を通して地方を豊かに元気にするため株式会社町おこしエネルギーを設立。全国の自治体と連携し、地域の資源を生かした事業に取り組んでいました。
「沼田は、エネルギー分野では原子力に代わる資源として、他の分野と比べても環境負荷が少ない地熱に着目しました。ところが、地熱開発のための掘削をなかなか引き受けてもらえないという壁に当たったのです。その理由は人材不足、そして現役技術者はほとんど60歳を超え、後継者もいないという現実を知ったのです。そこで自分たちが力になれることとして、若い後継者を育てるための学校を作るに至ったのです」と井上校長が説明してくれます。

設立の地に白糠町が選ばれたのも、それまでの自治体との関係性にあります。町も再生可能エネルギーに関心があり、バイオマス発電や太陽光発電に取り組み、神戸物産白糠バイオマス発電所も誘致しました。降雪が少なく太陽光発電に適し、火山帯もあるため地熱発電にも適した道東はエネルギー関連事業で伸び代が大きいと期待が持たれています。
そこで、日本唯一の学校が白糠町に誕生することになったのです。

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企業の熱い期待と裏腹に、厳しい学生募集状況

開校が決まり着任早々、井上校長のもとには掘削に携わる企業から、「卒業生を採用させてほしい」「新入社員が入社したら入学させてほしい」という問い合わせが多数寄せられました。「これはえらいところに来てしまった」と思ったという井上校長。
企業の経営者などが視察にも相次いで訪れ、21社の企業から授業や実習に必要な機械などが無償で提供されました。金額にすると数億円単位になるといいます。
校舎の脇にある大型の機械も、ロータリー掘削機で企業から提供されたものです。
「普通の専門学校なら、学生の出口をどう作るか悩むところですが、ここは出口を催促されるという真逆の状況。機械の提供も大変ありがたく、また期待の大きさが感じられます」

これだけ期待が大きくなると、気になるのが学生の募集状況です。80名定員のところ、1年目に入学したのは4名。やはり、業界として人材を集める厳しさがここにも反映されています。
2名が釧路近郊、1名は道内、1名は道外からの入学。うち1名は高校卒業後すぐの入学、3名は大学や就職を経験した後に入学した学生でした。
「札幌や十勝なども含め道内の高校に広報に回っていますが、まだまだ認知度は足りません。そんな中でも、保護者の方が情報を見てくれる場合もあり、地道に広報を続けているところです。2年目の来年は2022年11月時点で9名、そのうち2名が高校3年生からの出願、他の7名は全員が高校既卒者です」

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当初、オープンキャンパスも通常の学校のように日程を決めてイベント的に開催しようとしましたが、参加者はゼロ。そこで、それまでも受け入れていた企業の視察と同じノウハウで、問い合わせがあれば随時開催する「おひとりさまオープンキャンパス」に切り替えたところ、空港や駅への送迎も含め手厚い対応が喜ばれています。高校生は交通費の補助があるので、中には格安航空会社と夜間バスを乗り継いで訪れる高校生もいるそう。

現場で早く活躍できる、内容の濃いカリキュラム

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授業は専門的な知識を学ぶための座学と、機械を活用した実技。物理や化学の幅広い知識が必要になり、専門用語も多いため、いわゆる技術職のイメージとは違い座学も多くなっているそう。実技は企業から提供された充実した機械に加え、最新の掘削シミュレーターを導入。経験豊富な講師から、現場でのリアルな話を聞きながら学べることも、この学園の大きな魅力です。

掘削の実務を3年以上経験することが条件で取得できる「さく井技能士」という資格があり、実際の企業では入社から5年以上かかる人がほとんどだそうですが、カリキュラムを作った先生によると「5年間の2年分学習できる内容」になっているとのこと。
「掘削の技術者は、地下数千メートルの深さという見えない場所の作業を、採取した掘りカスをもとに分析・推測してトラブルを回避していき、解決した時もそこまで取ったどの方法で解決できたのかわからない場合もある、という難しい技術の世界。経験20年以上の人でも悩むといいます。そういった難しさを、面白いと思うのかストレスに感じるのかが、掘削の仕事に向くか向かないかの分かれ道かもしれませんね」

学園の教室の壁には、企業からの期待を表す全国からの求人票が多数貼られており、引く手数多な状況がわかります。1年制なので、現在通学している4名の学生も2022年11月時点で全員内定しました。

「専門的な技術者なので企業の待遇も良く、地方でも首都圏の本社基準の給与が得られるところが多いようです。若い人材がいないため、当学園で必要な知識や技術を身に付けて卒業すれば、早く活躍できることは間違いないでしょう」

多くの人に支えられ、充実した学生生活を

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初年度の入学式は、町の社会福祉センターを借り、学校関係者だけでなく町の関係者や来賓など80名もの人が出席して、開校と4名の入学を祝いました。
自宅通学の学生以外は、校舎に隣接する寮で生活しています。学園がある場所は周囲に店などがなくちょっと不便ですが、近隣のスーパーマーケットからは「学生さんの送迎をしますよ」と申し出があったそう。
「町の方々が自分たちにできることをと、優しく手厚い対応をしてくださることが本当にありがたいです」と井上校長はしみじみ語ります。

学生の一人、髙村丞(たかむら じょう)さんにも話を伺いました。髙村さんは釧路市出身、釧路湖陵高校理数科を卒業し大学で化学を学んでいましたが、体調を崩し中退。地元に戻り体調が回復して次の進路を考えていたところ、掘削技術専門学校の話を聞いて興味を持ったといいます。
「地下というよくわからない場所を、いろいろなことを想定して掘っていくという仕事にやりがいがあるのでは、と思いました」との言葉。先ほど井上校長が話していた掘削に向いているタイプの人と見て取れます。

xiopower4.jpgこちらが髙村丞さん

「最初は専門用語もわからず戸惑いましたが、先生方が真摯に教えてくださり、また現場を担当していたからこその内容の濃い授業で、分かるようになってくると楽しくなりました。実際の機材に触れて学べることも魅力だと思います」
卒業後の進路は、大規模なロータリー掘削機を使って石油の掘削を行い全国で事業展開する企業に決まっており、今後が楽しみだといいます。入社後の目標を聞くと、「勉強を重ねて、トラブルにも対応できるようになり、エネルギー開発に役立てる人材になっていきたいです」と、頼もしい言葉が返ってきました。

また、現在2名の学生が生活する寮で、食事の提供を行っているのは、保育園や養護学校で調理を経験してきた露口恵子さん。「私は学生を息子だと思っているけれど、彼らはおばあちゃんだと言います」と笑う露口さん。寮の入口には2人をイメージして好きなものを身に付けたぬいぐるみを飾ったり、体調の悪い時には我が子のように心配する、まさにお母さん的な存在です。

xiopower9.jpgこちらがみんなのお母さん露口恵子さん

「夏には学生とバーベキューをしたり、楽しく過ごしています。『カレーが出てくる日が少ない』などと文句を言う時もありますが、井上校長曰く、『何だかんだ言いながら露口さんには甘えているよね』と。かわいい息子たちです」と目を細めます。
露口さんが東京にいる娘さんを訪ねる時に交通機関の心配をしていたところ、九州出身の学生が帰省のついでに羽田空港から目的地の駅まで同伴してくれたというエピソードからも、学生との絆が伺えます。

エネルギー問題、掘削の必要性をもっと知ってほしい

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現在、学生募集に奔走する井上校長。地元の白糠高校は高校魅力化の一環として、次年度から「町全体をフィールドにして再生可能エネルギーや環境、防災、SDGsについて学ぶ先進的な高校」として全国から生徒募集を行い、掘削技術専門学校とも連携することになっています。さらには小学生向けの授業で掘削の魅力を伝えるなど、早いうちから興味を持ってもらう取り組みも。
JICAで、海外から掘削技術者の研修員を迎え掘削技術専門学校を会場に研修会を行う計画もあり、そういった企画や企業視察が入る時は新聞などで報道してくれるので、学生や保護者に情報が伝わるよう手を尽くしてくれます。

「私はこの学園に携わる前は掘削について何も知らなかった人間です。だからこそ、同じようにわからない人に伝わるように話せると思います。日本のエネルギー問題を考えると、掘削はなくてはならない仕事です。そのことを社会でもっと認知してもらい、その仕事に就きたいと思う子どもや若者が増えてほしいですね。波が来るまでが大変ですが、波に乗れば多くの学生が集まってくれるのではないかと思います」と井上校長。1年少し前まで門外漢だったとは思えないほど、熱心に語ってくださいました。

xiopower11.jpg井上校長を囲んで、職員のみなさんとの一枚

学校法人ジオパワー学園掘削技術専門学校
住所

北海道白糠郡白糠町大楽毛34-4

電話

01547-6-0086

URL

https://www.geopower-academy.ac.jp


日本のエネルギーを支える技術者来たれ!掘削技術専門学校

この記事は2022年10月19日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。