
北海道の南、道南エリアの江差町に、地元のお客さまでひときわ賑わうスーパーマーケットがありました。名前は、フードセンターブンテン江差店。「江差店」と名前はついていますが、本店のみで、支店はありません。
このスーパーを営む株式会社ブンテン代表の打越富香美さんは、隣まちの乙部町の出身。ひいおじいさんが佐渡ヶ島から乙部町に入植して呉服屋を始め、その分店としてひいおばあさんが始めた雑貨屋が、「分店=ブンテン」という店名の起源という店名の起源となっています。
やがてお父さんが店を継ぎ、3代目の社長となった打越さん。お店も何度か移転を繰り返し、売り場面積も徐々に拡大して、地域の人々に親しまれるスーパーに成長しました。ここに辿り着くまでに、どのような苦労があったのでしょうか。先祖代々受け継がれてきた、お店に対する思いなどについても伺います。
なんとなく「家業を継がなければ」と思っていた学生時代
打越さんは乙部町生まれ。中学まで乙部町で育ち、卒業後は函館の高校に進んで、さらに横浜の大学へと進学します。
そして、数多ある就職先のなかから打越さんが選んだのは、大手のスーパーマーケット。「いろんな就職先があって、選ぼうと思えば選べたんですけど、餅は餅屋なのか、両親がスーパーを営んでいたため、スーパーを中心に受けようと思って」と話します。
静岡県のスーパーで修行し、いずれは乙部町にその経験を持ち帰って家業を継ぐという熱い思いをお持ちだった...?と思いきや「いずれは戻らなきゃいけないな〜、というくらいの感じでしたね」とのお返事。
こちらが株式会社ブンテン代表の打越富香美さんです。
「祖父が商売を始めた時代は、黒砂糖は塊、米は俵で売っていたような頃で、父が継いだときにはイトーヨーカドーさんやダイエーさんなど、大手のスーパーが誕生し始めていました。父は勉強熱心だったので、いろいろな情報を仕入れながら『こんな田舎でも新しいことをやらなければいけない』とセルフサービス方式を導入するなどして、私が高校生の時には50坪だった店を120坪まで大きくしたんです。それが、乙部に戻ってきて家業を継がなければいけないな、と思うひとつのきっかけにはなったかな、と今になって思います」
しかし、そのための修行場所として首都圏の大手スーパーに就職したものの、ほどなくして「人の下で働くのは合わない」と感じたといいます。
「今思えば知識も経験もなく、恥ずかしい話なのですが、半年で辞めて、23歳の時に父に促されて地元に帰りました。そこから、ブンテンの社員として働き始めたんです」
普通じゃつまらない!個性的な売り場を展開したけれど...
ブンテンは徐々に業績を伸ばし、打越さんが戻ってきてからは280坪弱にまで売り場面積を広げました。小さな町のスーパーとしては、大きな飛躍です。
それが、2001年頃。店長に就任していた打越さんは、これまでのスーパーの常識を打ち破るような特徴を持った売り場を作ろうと奮闘しました。
「これは自制しなければいけない点でもあるのですが、スーパーの仕事をしていると、お客さまの喜びが自分の喜びになってしまうんです。たとえば、ちょっとこだわった商品を置いてみたときに『これとてもおいしかったよ』『他のお店じゃ買えないからやっぱりブンテンがいいね』などと言われると、変に気分が良くなってしまう。でも、そういったものを欲しがるお客さまはごく一部なので、マネジメントがとても大変なんです」
打越さんの売場づくりは、当時のスーパーの常識からするととても個性的なものでした。通常、入り口を入ると野菜、肉、魚、惣菜、ベーカリー...という並びで配置されているお店が多いですが、ブンテンの入り口付近には、当時はまだめずらしかったイートインコーナーを設置。右の入り口は魚から始まり、左の入り口は肉から始まり、みんなが使う野菜は真ん中に配置したといいます。
「さらに、こだわりの商品をラインナップするなどして、お客さまを飽きさせないように、面白い店づくりをしたんです。でも、私にはその売り場をマネジメントする能力がなかった。売り上げは、落ちたというより、なんだか伸び悩んでいるな...という感じでした」
打越さんが見せてくださった当時のチラシです。入口から入ってすぐにカフェがあるのが分かります。
さらに店舗の下には蓄熱式の床暖房を入れ、浄水設備が町になかったことからバイオトイレを設置。バイオトイレと同じ仕組みでゴミも分解するなど、ありとあらゆる新しいことにチャレンジしたのです。
「でも、トイレは使用量に分解が追いつかない。ゴミ処理も臭いが出ないと謳いつつ、臭ってしまって近隣から苦情が来る。床暖房も配線がおかしくなり、最終的にスイッチがONにならなくなりました。新しいことは、あまりやるものではないですね...」
そう肩を落とす打越さんですが、それもこれも、お客さまに楽しんで、快適に買い物をしていただきたかったからこそ。「普通じゃつまらない」という打越さんのアイデアが盛り込まれたお店ではありましたが、これを機に、より「お客さまから支持されて、地域に根ざしながらも、特徴のある店」を目指すようになります。
同じくチラシには、打越さんをはじめ、スタッフみなさんのコメントが!
コンサルタントの先生との出会いで、ブンテンが変わった
打越さんの転機は、ある日、飛び込みで訪れた食品包装資材の営業の方との出会い。資材の話のほかに「ちょっと提案があるのですが...」と声をかけられたそうです。
「当時北海道で発足していた『繁盛店を作る会』に、メンバーとして入らないか?ということだったんです。大手のチェーン店が席巻するなか、地方の個人店が疲弊しているところを、なんとか盛り上げていこうという会でした。スーパーだけでなく、店舗設計会社、冷凍設備関係、電気や照明、食品包装資材関係の会社などから、有志が集って結成されています。そこに、私も入れてもらうことになったんです」
月に1度開かれる勉強会では、さまざまな講師を招いて学びながら情報交換を行います。そのなかで知り合ったコンサルタントに状況を相談すると、幸運にも「一度、店を見に行きます」という流れに。
「店のレイアウトを見てもらうと、即『これじゃダメだよ』と。もっとオーソドックスにしないと、会社は大変なことになるよ、と言われたんです。当時は私の思いだけでモノを売っていましたが、果たしてこのままでいいのか、と考えるようになっていたので、その先生にはとても助けてもらいましたね」
お客さまとの会話も仕事のモチベーションに!
そこで、需要のなかったイートインコーナーは潰し、動線を整理して野菜、青果、魚、寿司、肉、惣菜...というオーソドックスな並びに戻すなど、お客さまがスムーズに買い物ができるようにリニューアル。同時に打越さんは「お客さまが欲しがるものを、欲しがる値段で」揃えることの大切さにも気づきます。
「たとえば1本の大根がいくらだったら、お客さまは納得するのか。コンサルタントの先生は、全国津々浦々、さまざまなスーパーを渡り歩いているので、どんな商品をどう売ったらいいのか、という情報をたくさん持っているんです。そういった基本的なことを、そのときになって私もようやく勉強し始めたという感じですね」
スーパーのスタッフも、年収1,000万円稼げる時代に
売り場を変えることで、徐々に、ブンテンの業績は伸びていきました。同時に、スタッフとのコミュニケーションや意識改革についても、目を向けるようになります。
「シビアな話なのですが、これまでは私の思いばかり強くて、それをスタッフにぶつけているだけでした。でも、先生に『数字を出しているスタッフをきちんと評価しなくてどうするんだ』と言われて、ハッとしたんですね」
そこから、打越さんの意識は変わりました。今の夢は、年収1,000万円のスタッフを誕生させること。そのためには店の利益を上げるなど、厳しくしなければならない部分もあり、経営者としてどうしたらいいのか、悩み、学ぶ日々です。
「人時利益高という言葉があります。働いている時間を分母、利益を分子とするのですが、人時利益高を最大化させるためには分母を減らすか、分子を増やすしかありません。売り上げを上げるには、単純にお客さまの買い物カゴの中にいっぱい入れてもらうことが大事です。この商品はこの価格だとどのくらい売れるか、この場所に置いたらどのくらい売れるか。今日はほうれん草が売れる予想が立つから、200パック売り切りましょう!と言えば、パートさんも張り切ってくれます。みんなにその意識をどのように伝えるべきか、各部門のチーフとも連携し、相談しながら進めているところです」
取材の時も、スタッフの皆さんの笑顔がとても印象的でした。
そうして、ブンテンの売り場面積は380坪にまで拡張し、12年の年月が経過しました。前の場所から移転して、厚沢部町、江差町、乙部町の中間地点になったことで、車で来店してたくさんお買い物をしてくださるお客さまも増えたといいます。週末には函館方面からはるばるやって来るお客さまもいて、売り上げもグッと上がったのだそうです。
「最初はローカルスーパーとして、地元の食材を中心にラインナップしたいと思っていましたが、たとえ安くても、おいしくなければニーズはありません。お客さまは、100円でも、欲しくないものは買わないんです。やみくもに値段を下げたり、高級食材を並べたりせず、ちゃんと旬のおいしいものを、1円でも安く提供したい」
最新の情報を収集しながら売り場作りに精を出し、お客さまにいいものを手に取ってもらうことが、巡り巡って、スーパーで働くスタッフたちに還元される。これまでの経験をもとに、ローカルスーパーとしての改革を行った打越さんは、常に時代の動きをつかみ取りながら、次のステージへと進み続けます。
- フードセンターブンテン江差店
- 住所
北海道檜山郡江差町伏木戸町560
- 電話
0139-52-3535
- URL