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令和3年度から総務省がはじめた「地域プロジェクトマネージャー(地域PM)」制度。くらしごとでもおなじみの「地域おこし協力隊」と同様に、地域を活性化させる施策のひとつであります。しかし、地域おこし協力隊と異なるのは、各自治体で取り組む地域課題に必要なプロジェクトを推進するため、立場の異なる関係各所をつなぎ、プロジェクトをマネジメントするという任務であるという点。今回、取材させてもらったのは、2024年の夏から北海道音威子府村の地域プロジェクトマネージャー(地域PM)に就任した加藤瑛瑠(える)さんです。音威子府村といえば、人口600人ほどの小さな村ですが、アートを学べる村立の「北海道おといねっぷ美術工芸高等学校」(おと高)があるほか、現代彫刻家の故・砂澤ビッキ氏の作品が展示されている「エコミュージアムおさしまセンター」、今も現役で作家活動をしている高橋昭五郎氏の「高橋昭五郎彫刻の館」などを有するアートな村。地域PMにもアートにまつわるプロジェクト推進を依頼しています。おと高卒業生でもあり、さまざまな分野でマルチに活躍している加藤さんに、地域PMとしての活動や音威子府村への思いなどを伺いました。
地域PMには村の芸術文化施設を活用し、おと高卒業生との交流も促進してほしい
取材場所は、音威子府村にある木工体験施設の「山村・都市交流センター木遊館」。中に入ると、ホールのようなスペースに作業台が並び、奥のほうには木工に使う機械が見えます。寄木細工のアクセサリー作りなども行っている加藤さんはここで自身の作品作りをしているほか、ワークショップも行っているそう。
こちらが、音威子府村の地域プロジェクトマネージャーに就任した加藤瑛瑠(える)さんです
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こちらが、今回訪れた「山村・都市交流センター木遊館」
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施設の中には、作業台と様々な道具や機械が並びます
さて、8月から音威子府村の地域プロジェクトマネージャー(地域PM)として村に移住した加藤さん。12月に23歳になったばかり、日本最年少の地域PMなのだそう。
「加藤くんは村で初めての地域PM。若いですが、彼はおと高出身で、村の人たちとも、おと高卒業生たちともつながりがあるし、彼自身、クリエイターとしても幅広く活躍していて、村が求めていたコーディネーター役としてはぴったりの人材なんです」
そう語るのは、今回の取材に同席してくれた、地域PMを管轄する音威子府村総務課地域振興室の室長・平川直人さん。
こちらが、音威子府村総務課地域振興室の室長・平川直人さんです
今回、音威子府村が募集した地域PMのミッションは、村にある芸術文化施設の持続的な活用、これらの施設を生かした地域資源の掘り起こしや、おと高卒業生をはじめとする村内外の人たちとの継続的な交流促進など。コロナ禍で、交流がいったん途絶えてしまった部分もあったと言います。また、行政や学校、企業、地域などをつなぎ、課題解決をしていくための企画立案や体制構築、関係各所との橋渡しなども期待しているそう。
「加藤くんは、高校時代に村で暮らしていたから、村のこともよく理解しているし、卒業後に外に出たから見える村の課題も分かっている。着任してまだ半年も経っていないけれど、アイデアを出して、どんどん動いてくれるので本当に助かっています。いい人に来てもらえたと思っています」
平川さんがそう絶賛する加藤さん。さて、一体どのような人物なのでしょうか。
自分のギターを作りたいとおと高へ。寄木細工の作品で高校日本一にも輝く
にこやかに現れた加藤さんは、華奢でやさしそうな好青年という言葉がぴったりです。ここからは加藤さんにいろいろ伺っていこうと思います。
加藤さんは旭川市の隣にある鷹栖町出身。男子3人兄弟の長男で、音楽好きな両親の影響で子供のころから音楽に触れて暮らしていたそう。
「父は自動車メーカーの研究員だったんですが、とにかく多趣味な人で、音楽もそのひとつ。家には10本近くのギターが置いてありました。僕自身は野球少年だったんですが、小学校6年生のとき、父に自分のギターを買ってもらってから音楽に傾倒していきました。家族みんな音楽が好きで、僕と父がギター、母と弟がピアノ、もう1人の弟がドラムを担当。誰かが楽器を演奏しはじめると、自然とみんなでセッションするのが日常でした」
家族で「ドマノマド旅楽団」というバンドを組み、子供たちが長期休みに入ると道内各地のイベントに出るなど演奏活動もしていたそう。
ミュージシャンになりたいと思った加藤さんは、自分で作ったギターで演奏すれば、たくさんの人に注目されるのでは?と考えます。そこで、ギターを作るため、木工を学べる学校を探し始めます。
「音威子府村に木工が学べる高校(おと高)があると知り、12歳の時点で音威子府に行こうと決めていました」
加藤さんが進学先に決めた、「北海道おといねっぷ美術工芸高等学校」(おと高)
中学生になった加藤さんは、自身で作曲を行うなど音楽とものづくりに没頭。絵を描くのも得意だったと言います。音威子府で木工を学ぶという考えは変わっておらず、実際におと高の体験入学にも訪れ、「ここなら3年間過ごせそう」と思ったそう。
おと高は、工芸科専科で1学年40人ほどの生徒が通っています。村外からの入学者がほとんどであるため、大半が高校のそばにある寮に入っています。2年生になると工芸コースと美術コースに分かれ、より専門的に学びを深めていきますが、加藤さんは工芸コースに進んで木工制作に打ち込み、「部活も工芸部でした」と笑います。
自分でギターを作りたいという思いを貫き、高校在学中に寄木細工でギターを2本制作。そのうち1本は卒業制作で、もう1本は高文連(全国高等学校文化連盟)の総合文化祭に出したそう。実際に写真を見せてもらいましたが、寄木細工の技術を使った独創的なデザインが美しいギターでした。
写真元:加藤瑛瑠さんのXアカウントより
加藤さんが寄木細工でギター作りをはじめたのは高校の先輩の影響。「ギターを作るにしても、オリジナリティを出したいと思っていたので、先輩たちの寄木細工の作品を見て、これだと思いました」と話します。
この寄木細工の技術を使って、高校2年生のときからオリジナルのアクセサリー作りをはじめ、「工房そなも」という名前でネット販売もスタート。さらに、高校3年生のときには寄木細工で作った作品が「工芸甲子園」で日本一に選ばれます。
また、高校時代、自作の寄木細工ギター持参で、音楽レーベルのオーディションを受けたこともあるそう。「音楽よりもギターにばかり注目が集まってしまって...」と苦笑します。ちなみに加藤さんは、今もソロや、おと高在学中に後輩と組んだ4人組のバンド「ulmulm」のメンバーとして音楽活動を続けています。
「いつかバンドのメンバーと会社を作りたいなと思っています。1つ下の子もギターを作っているので、一緒にギターを作りたいですね。もう1人の子がピアノを作っているので、みんなで楽器ブランドを作るのもありかもと構想しています。ちなみにもう1人は僕の実弟で、今は学校の先生を目指して大学に通っています」
寄木細工の作品づくり、ミュージシャン、古民家リフォーム、米農家...と多彩
2020年におと高を卒業した加藤さんは、「とにかく独立しようと思って...」と鷹栖に戻ります。築65年近くの古民家を借りてDIYでリフォームし、その様子を動画撮影してYouTubeにアップ。床下をはがして断熱材を入れて床を貼ったり、和室を洋室に変えたり、岩風呂を作ったり...となかなか見ごたえがあります。「タイル貼りの職人だった祖父が元気なうちに一緒にDIYしたいなという思いもあって」と当時のことを話します。
2年間の個人事業主を経て、2022年には「合同会社そなも」を立ち上げます。寄木細工のアクセサリーなどの販売のほか、2023年からは鷹栖で米の栽培もはじめ(!)、特別栽培米のゆめぴりかを「お米暮らし」というブランドで販売。
「鷹栖町の(株)たかすタロファームの平林さんが米作りの師匠で、タロファームの協力のもと、こだわりの米づくりをしています。ちょうど地域PMに就任して少し経ったとき、全国で米不足の騒動が起き、音威子府村の村民全員に1人3合ずつ新米を無料で配布させてもらいました。北海道の米栽培の北限は美深町で、音威子府村で米を栽培している農家はいないので、もろに打撃を受けているなと思ったので」
加藤さんはにこやかに淡々と話していますが、「え?お米農家?秋にはお米を無料配布?」と取材班は驚くばかり。さらに、2024年12月には旭川市内に「そなも」のショールームをオープンし、しかも犬のトリミングサロンを併設しているとのこと。あまりにも活動が多彩で、「え?地域PMの就任は8月でしたよね?」と思わず聞き返してしまいます。
「空いている時間を有効に使って、単純に興味あることをやっているだけなんですけど」とほほ笑む加藤さん。なんでもできてしまうその器用さと行動力に驚きと感心が隠せません。
お世話になった村の役に立ちたい。地域PMとしてますます積極的に活動
加藤さんが地域PMに応募するきっかけは、音威子府でクラファンの企画運営事業や地域づくり事業を行っている「KITAICHI」の代表・佐近航さんから声がかかったからでした。佐近さんはおと高の卒業生で加藤さんの先輩にあたる人物。加藤さんは地域PMの話を聞き、「楽しそうだなと思ったのと、高校時代にお世話になった村に恩返しできることがあるかもしれないと思ったから」と話します。
地域PMに応募し、村の担当者の人たちと面接をする際、5つほどのアイデアがあったという加藤さん。
「工房そなも」のオンラインショップでも加藤さん制作の商品は購入可能です!
「全国的に有名で数年前に閉店した駅蕎麦の復活に向けた企画や、音威子府村産の間伐材から乾燥材を作り、おと高や木遊館などで使用できるようにして、その材をおと高卒業生の作家さんにも使ってもらえる環境を整え、完成した作品をふるさと納税の返礼品として取り扱いたいという話もしました。このような木材の製材乾燥業から始まる一連の流れが、音威子府村の農業にも匹敵するような新たな産業になると思っていることも伝えました。それから、おと高の卒業生たちとの交流やつながりも整備する必要があると話し、たとえば、おと高のホームページから卒業生のサイトのリンクに飛べるようにするとか、卒業生の作品を委託販売するとか...。そういう話を面接のときにたくさんしましたね」
確かに村のことをよく理解しているからこそ、これだけたくさんのアイデアや課題が出てくるのでしょう。
着任してからは、エコミュージアムや木遊館をどうやって維持、活用していくかを村と話し合い、すぐに利用者を増やすためのワークショップやイベントを実施。エコミュージアムを使って、「夜ビッキ」という一夜限りのカフェバーを開いたときは、100人ほどの来場者が来たそう。
「エコミュージアムの来場者目標数を2000人と設定したのですが、約4カ月で達成できました。夜ビッキもまたやってほしいという声があり、手ごたえを感じています。これで満足することなく、いろいろ仕掛けていけたらと思っています」
冬の間はどこも来場者が減ってしまうため、足を運んでもらうきっかけづくりをしていかなければと考えており、「木遊館もこのホールをうまく使ってライブイベントをやったり、キッチンカーを呼んだりして、村の人にも楽しんでもらえることをしたいですね」と話します。ライブイベントには自身も出演を考えているそう。
「来年度の予定としては、アート・イン・レジデンスを企画しています。おと高卒業生を中心に声をかけ、村に滞在してもらって、その間に作品を作って、最後に発表してもらおうと考えています。アーティストにとって、音威子府の自然豊かな環境は創作のためのインプットにとてもいい場所だと思うんです」
アート・イン・レジデンスのほかにも、予算を含め計画をいろいろ立てている最中とのこと。もっといろいろなことができると加藤さん自身は考えており、「イベントなども僕が1人で動くのではなく、地域の方たちにも協力してもらいながら、広がりを持たせていきたい」と話します。地域PMはプロデューサーやトータルマネジメントをする役割なので、「もちろん僕も現場はできるのでやりますが、1人だと限界があるので、現場のことを積極的にやってくれるような地域おこし協力隊の方が来てくれたらいいなと思っています」と加藤さん。
加藤さんの話を聞いていると、平川さんが冒頭で、「アイデアを出して、どんどん動いてくれるので本当に助かっている」と話していたのも納得です。地域PMの任期は最長3年とのこと。音威子府村がより魅力的な村になっていくのが楽しみですね。
- 音威子府村 地域プロジェクトマネージャー 加藤瑛瑠さん
- 住所
北海道中川郡音威子府村音威子府444-1(音威子府村役場)