作付面積日本一を誇るハスカップをはじめ、水稲や小麦、大豆などの農業、そのほか畜産業、漁業、林業も盛んな厚真町。2018年の胆振東部地震で大きな被害を受けましたが、着実に復興が進み、新たなまちづくりが行われています。これまでたびたび取材で取り上げさせてもらっている厚真町ですが、知れば知るほどあらゆる側面において興味深いまちだと実感。今回は、新たな地域おこし協力隊募集に関連する分野について、注目してみたいと思います。
首からけん玉をぶらさげて。ユニークな担当者が語る高校魅力化プロジェクト
厚真町で新たに地域おこし協力隊を募集するにあたり、教育委員会の管轄する2つの事業で募集があるということで、まずは厚真町の教育委員会へおじゃましました。
ひとつめの事業は、「高校魅力化プロジェクト」。まちの高校・厚真高校は全校生徒が約70名という小規模な学校です。8割以上が苫小牧など町外から通っている子どもたちで、授業が終わると学校の前から出ているバスで真っすぐ帰っていくのが当たり前。厚真のまちのことは何も知らないまま3年間を終えてしまう生徒がほとんどでした。せっかく厚真に通っているのだから、厚真のまちの人とも交流するような機会を設け、学習サポートも行い、厚真高校の生徒が魅力的な高校生活が送れるようにと取り組んでいるプロジェクトです。
このプロジェクトを担当しているのが厚真町教育委員会の生涯学習課社会教育グループの主任であり、社会教育主事の斉藤烈さん。けん玉を首からぶら下げて現れ、最初は冗談かと思いきや、「いつもこのスタイルです」と満面の笑み。けん玉2段の腕前も披露してくれました。元教員で、海外暮らしの経験もあるという斉藤さんの話だけでも記事が1本書けそうですが、今回は「高校魅力化プロジェクト」に携わってくれる地域おこし協力隊募集に関しての取材なので、斉藤さんの話はまたいつかということで...。早速、プロジェクトについて伺うことにしましょう。
厚真町教育委員会の斉藤烈さん。けん玉がトレードマーク、個性と熱意があふれる方です
「魅力化プロジェクトは、4月から自分の所属する社会教育グループが主となって担当をしています。当初は高校とは別の動きをしていた部分もあったのですが、今年から学校の総合的学習の時間にプロジェクトメンバーを加わらせてもらうなど、高校との連携も取りながら進めています」
プロジェクトの軸となるのが公営塾「よりみち学舎」。地域おこし協力隊のメンバーがその運営を任されています。プロジェクト自体は2021年の夏からはじまり、同年の年末に「よりみち学舎」が仮オープン。翌年1月から正式に「よりみち学舎」がスタートしました。
「僕やプロジェクトの地域おこし協力隊メンバーは、高校を魅力化というより、高校生活を魅力化したいと考えています。厚真高校に通っている生徒たちが、どうやったら地域と繋がり、ワクワクした高校生活を送れるかを考えています。それには、『よりみち』って大事じゃないですか」
学校とも家とも違う第3の居場所がよりみちの場所。高校生活に「よりみち」できる場所があるだけで、狭い世界が急に広がるように感じます。ましてそこに親でも先生でもない大人がいて、安全な環境の中でリアルに関わりを持てるのは、昨今貴重な体験かもしれません。
「僕は道東の出身でたまたま縁があって厚真に来ましたが、厚真の人って外から来た人に対して寛容だし、すぐに受け入れてくれる温かい人が多い。そして、ほどよく田舎なのに、空港やフェリーの港が近くて、高速道路もあって交通アクセスが良いし、札幌からも車で1時間半。おいしい農作物がそろっているし、すごくいいまちなんですよ。だから、町内の子はもちろん、町外から通っている高校生にも厚真の人やまちの良さを『よりみち学舎』を通じて知ってほしいと思っています。地域おこし協力隊として赴任してくれる人にも厚真の良さをぜひ知ってほしいですね」
協力隊メンバーが活躍。高校生たちが自由に挑戦できる場「よりみち学舎」
さて次に、「よりみち学舎」へ伺います。厚真高校の向かい側にある厚真町スポーツセンター内の1室が「よりみち学舎」の部屋。
扉を開けると、「よりみち学舎」スタッフの加藤千昇(ちしょう)さんと山中卓也さんが迎えてくれました。部屋の中を見た第一印象は、「まるで文化系部活動の部室みたい」。ギターやボードゲーム、野球道具、棚には本やフィギュアも並んでいて、壁には絵や文字が描かれ、ポラロイド写真が貼られているなど、なんだか楽しそうな雰囲気。公営塾というだけあり、奥には個別学習ができるスペースもあります。
ここのスタッフは加藤さん、山中さんのほかにもう1人、川嶋圭さん。所用があった川嶋さんは欠席ということで、加藤さんと山中さんにお話を聞くことに。3人とも地域おこし協力隊メンバーとして「よりみち学舎」の運営に携わっています。
埼玉県出身の加藤千昇さん。作品を生み出す小説家でもあります
加藤さんは埼玉県出身。東京でサラリーマンを経験したのち、2021年の夏に厚真町へ。「会社を辞めたあと、教育や子どもに携わることに挑戦してみたいなと思っていました。そんなとき、厚真町の高校魅力化プロジェクトでの地域おこし協力隊を募集しているのを知り、応募しました」と振り返ります。
着任したとき、プロジェクトはゼロベースでのスタート。同じときに協力隊として入った川嶋さんと一緒に手探りではじめ、「よりみち学舎」という名前も公営塾スタートのときに考えたそう。「最初は『塾』と付いているからか、遠ざけられているような感じもあって...。とにかく高校生の声を聞こうと2人でバス停の前で声をかけたりしていました」と言います。
「この部屋も最初は空っぽで、パイプ椅子と机だけ。壁も汚くて、川嶋と一緒に塗ると黒板になるというペンキを塗りました。子どもたちも手伝ってくれて、一時期は壁のあちこちに絵を描いて遊んでいました」と加藤さん。取材班が行った時は、壁に大きく帰りのバスの時間がチョークで書かれていました。
壁面の黒板に書かれた「バスの時刻」。ここによりみちして帰って行く高校生の姿が目に浮かびます
旭川出身の山中卓也さん。教員や海外での経験を活かして活躍中
さて、山中さんは加藤さん、川嶋さんより少し遅れて2022年4月に着任。旭川出身で、中学・高校の英語の先生だったそう。「11年教員生活を送ったあと、青年海外協力隊でウズベキスタンへ。ところが、4カ月経ったときにコロナの感染拡大がひどくなり、一斉帰国に。そのあと、JICAで働いて、次に何をしようかなと思っていたとき、ちょうど厚真町の地域おこし協力隊で公営塾に携われると知り、締め切り前日に慌てて応募しました」と話します。
料理が得意な山中さん。時に外国風の料理をふるまうことも
山中さんはここに来てから、「教員時代に自分がやりたかったことをここで実践させてもらっている」と言います。学校という場所はどうしても生徒全員に対して公平、平等に対応しなければならない部分があるため、中間に合わせなければならず、そこにモヤモヤしたものを感じていたそう。「でも、よりみち学舎はここに来る子供たち一人ひとりに寄り添えるのがいい」とニッコリ。
高校生活を楽しくするための魅力化。スタッフは子どもと一緒に楽しめる人がいい
「よりみち学舎」には、毎日10~20人の高校生がやって来て、それぞれ好きな時間を過ごしています。文化祭でバンドをやりたいからギターを教えてほしいという子、卓球に興じる子、外で体を動かしたい子、テスト前に勉強を教えてほしいと言ってくる子、絵が描きたい子、本当にさまざま。加藤さんは、「僕たちも子どもたちが何に興味を示すかはまったく分からないので、とにかくまずは僕たちがやりたいことを楽しんでいる背中を見せています。そうしているうちに、それぞれが好きなことや興味のあることを見つけていくんです。子どもたちが何かに熱中している姿を見られるのが嬉しい」と話します。
ここのコンセプトは「いつでも誰でも来ていいよ」。山中さんは「基本は厚真高校の子たちの居場所ですが、小さい子がやってきて、高校生に『遊んでよー』ってねだっていることもあります」と笑います。町民との交流も目的としているので、これも立派な町民との交流です。交流に関していえば、まちのお祭りなどに「よりみち学舎」として子どもたちと一緒に出店したり、高校生VSまちの大人で本気のソフトボール大会を開催したり、まちの人との交流の機会も設けているそうです。
加藤さんは、文章を書くのが好きで自身の書き溜めたものを冊子にするほど。さらに映像制作やパステルアートなども得意。一方、山中さんは料理好きでウズベキスタン料理でイベントなどに出店するほか、パーソナルトレーナーの資格も持っているそう。さらに、この日欠席だった川嶋さんは、町内で一番中距離が速いらしく、地域の陸上チームのコーチもやっているとか(しかも今は腰まで髪があり、かなり個性的とのこと。お会いできず残念)。それぞれが得意や好きを生かし、子どもたちの視野を自然と広げているのがよく分かります。
今回、高校魅力化プロジェクトに携わってもらう人材を地域おこし協力隊で募集するわけですが、どんな人が向いているかを尋ねると、「僕たちはこの場所で教育をするという考えは持っていなくて、あくまで高校生活を楽しくするための場所という認識で活動しているので、同じ考えで子どもたちと楽しめる人かな」と山中さん。加藤さんは、「これをやらなければならないとか、かっちり決まっているものがない自由な中で、高校生と本気で楽しめるような人がいいと思います」と教えてくれました。
縄文土器をはじめ、文化財が数多く発掘されるまち
左が主幹の奈良智法さん、右が参事の乾哲也さん。二人とも学芸員です。
「よりみち学舎」でたっぷり話を伺ったあとは、教育委員会が所管している「軽舞遺跡調査整理事務所」へ移動します。ここはもともと小学校だった建物で、2018年に完成し厚幌ダムの建設に伴う大規模な遺跡発掘調査で出土した埋蔵文化財を保存・展示している場所。中に入ると、旧石器時代から近世アイヌ文化期に至るまでの埋蔵文化財をはじめ、厚真町の開拓期からの歴史民俗資料なども展示されています。
教育委員会 生涯学習課社会教育グループ 参事・乾哲也さんと主幹の奈良智法さんをたずねると、展示を案内いただけることになりました。2人とも遺跡発掘の調査も行う学芸員で、それぞれ2002年、2004年に厚真町へ移住してきたそう。
「発掘調査で、厚真町には独自の歴史文化が育まれてきたということが分かり、全国的にも注目される文化財がたくさん見つかっているんです」と奈良さん。800年ほど前のアイヌ民族のお墓が見つかり、そこからは京都で作られたと考えられる和鏡や、鎌倉時代の腰刀、ロシアや中国からもたらされたと思われる首飾りやガラス玉などが発掘されています。中でもこの和鏡に関しては、「ここまで状態のいい和鏡は神社などにしかなく、遺跡から見つかったものでこんなにキレイなのは全国的にも珍しいんです」。これらたくさんの文化財の発掘により、当時この地域に暮らしていたアイヌの人々がさまざまな交易を行っていたことが分かったそう。
また、気になったのは、入り口近くに展示してあった「キラキラ土器」というかわいらしいネーミングの土器。
「これは、土器に使用している土の中の鉱物の表面が光の加減で輝いて見える縄文土器です」と奈良さん。
キラキラするのは石英(せきえい)と呼ばれる鉱物で、これが採れるのは内陸部の富良野盆地の辺りだけと言われています。
「これによって、富良野のほうで作られた土器が山を越えて厚真のほうまで運ばれてきた交易ルートが浮かび上がってきました。内陸部を移動するルートは、今の高速道路などのルートとも重なるんですよ」
さらに日本ではここにだけしかない「シカ塚」のあとも発掘されており、シカを狩って食糧にしていたことも伺えます。「米を作らずとも狩猟で生きていけたというのは、ここが豊かな食に恵まれていたからとも考えられます」と奈良さん。
奈良さんは、「ほかにも厚真町には、北海道で見つかるはずがないとされてきた東海地方で焼かれた常滑壺も見つかっており、これは奥州藤原氏が栄えたころに平泉から持ち込まれたものではないかと推測しています」と続けます。思わず義経伝説を思い浮かべてしまいます。
展示してある縄文土器は実際に触れることができ、説明を受けると、中学生レベルの歴史しか分からない自分たちでも「ここにはスゴイものがたくさんある」ということはよく理解できます。むしろ、土器に触れるのが恐れ多い気も...。
博物館が入る文化交流施設の建設も計画中。跡を継ぐ学芸員を募っています
厚真町の開拓期からの歴史民俗資料なども多数展示。とても見応えがあり、時間を忘れてしまいそう
「せっかくこれだけの素晴らしいものが厚真で発掘されているのに、これらを地元の人をはじめ、道内外の一般の人たちに周知できていないという課題があるのです」と奈良さん。厚真町の地域活性に役立てるためにも一刻も早く情報発信をしていきたいと考えているそう。
そこで、学芸員の資格を持っている地域おこし協力隊を募集することになりました。
「埋蔵文化財の学芸員は私たち2人だけ。日々の調査のほか、体験もののイベントの実施などに追われ、なかなか発信に力を入れることができず...。SNSを使った発信などをサクサクできるような方に来てもらえるとありがたいです。また、ガイドができるように文化財の幅広い知識も身に着けてもらい、地元の観光協会や小・中学校とのネットワークも築いてもらえたらと思います。もちろん、現場で調査もあるので発掘調査の経験者だとなおうれしいです」
現在、厚真町では文化交流施設の建設計画が進められているそう。その施設内に厚真で見つかった埋蔵文化財などを展示する博物館もできる予定ということで、奈良さんは「文化交流施設ができるのはまだ先の話ですが、次世代にしっかり継承していくためにも新たな学芸員さんに来ていただければと思います。文化財の引き継ぎというのは時間がとてもかかるものですから」と話します。
奈良さんも「厚真は田舎だけど、周辺都市に買い物するところも病院もそろっているし、何より空港も近い。小さなまちですがとても暮らしやすい町なんです。厚真で発掘された埋蔵文化財がきっかけで、まちに訪れる観光客が増えてくれたらうれしいですね。そのためにも力を貸してくれる協力隊の方をお待ちしています」と最後に語ってくれました。
厚真町って奥が深くておもしろい!高校生がワクワクしながら学校生活を送れるように未来へ目を向けながら、一方で縄文時代からの文化財がたくさん眠っているロマンあふれるまちでもあるのです。
- 厚真町教育委員会 生涯学習課社会教育グループ
- 住所
北海道勇払郡厚真町京町165-1
- 電話
0145-27-2495
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