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まちおこしレポート
石狩市

通勤と生活の足を確保。石狩市のAIオンデマンド交通「いつモ」20241202

通勤と生活の足を確保。石狩市のAIオンデマンド交通「いつモ」

全国でバス路線の廃止や減便が相次ぐなかで、住民の足を確保するためにオンデマンド交通やライドシェア事業などを行う市町村が増えています。札幌のお隣にある石狩市では、AIオンデマンドの乗り合い式でバスやワゴン車を走らせる、「いつモ」の実証実験をこの3年間行ってきました。

石狩市の「いつモ」で特徴的なのは、通勤用と日中お出かけ用の2つのモードがあること。多種多様な産業が集まる石狩湾新港地区で働く人向けに朝と夕方運行する「通勤シャトル・乗継便」と、地域住民向けに日中運行する「市内オンデマンド」です。特に、前者の通勤用シャトルは全国でも珍しい取り組みとして、国内各地の自治体が視察に訪れています。

交通インフラは、地域の住民や企業にとっては欠かせないもの。そこで、「いつモ」の本格運用に向けて取り組む石狩市役所さんと、試験運行を担うタクシー会社のダイコク交通さんに、オンデマンド交通の導入に至った背景や、実証実験で出てきた課題、実用化に向けての展望についてお伺いしてきました。

まちを急成長させた石狩湾新港地域

石狩湾新港地域といえば、国内最大級の音楽フェス「ライジング・サン・ロックフェスティバル(RSR)」の開催地として、また、お買い物で人気のコストコ石狩倉庫店がある地域としてご存じの方が多いかもしれません。

ishikari_itsumo03.jpg石狩湾に面した石狩湾新港地域

札幌圏の海の玄関口である石狩湾新港を囲むように広がる巨大な工業団地で、その広大な敷地は3000haに及びます。札幌市中心部までは車で30分、新千歳空港までも60分という交通の利便性に加え、電気やガス、安価な工業用水などのインフラが整っていることから、多くの企業が進出しています。これまでは、物流関連や倉庫などが多くを占めてきましたが、近年ではデータセンターや再生可能エネルギー施設などの進出も目立ってきました。

石狩市役所の企画政策部企画課 交通担当課長の佐々木拓哉さんが、石狩湾新港地域の歴史について説明してくれました。現在はAIオンデマンド交通の実現化に取り組んでいる佐々木課長ですが、以前は企業誘致の担当だったそうです。

「約50年前に、国のプロジェクトとして石狩湾新港の整備がはじまりました。そして港の開発に併せて、石狩湾新港の周辺に工業団地が造成されました。ほぼ同時期に、近くの花川地区では宅地造成がされ、5千人程度だった石狩市の人口は、約20年間で人口が5倍以上になる急成長を遂げたんです」

ishikari_itsumo04.JPG石狩市役所企画政策部企画課交通担当課長の佐々木 拓哉さん

現在は約700社の企業が立地し、2万人以上が働く石狩新港地域は、石狩市を支える重要な産業エリアとなっています。

札幌圏最大の工業団地の悩みは公共交通

企業にとって、働く人材の確保は欠かせません。石狩湾新港地域では当初から、隣接する札幌市の通勤者を呼び込むために、鉄道の新設や地下鉄の延伸、モノレールなどで札幌市内とつなぐ公共交通が検討されてきました。しかし、いずれも膨大な資金が必要になるため実現には至っていません。現状の交通モードとしては路線バスが、札幌市営地下鉄の終点である麻生(あさぶ)駅、そしてJR手稲駅の2駅と、石狩湾新港の間を運行してきました。

現状では、石狩湾新港地区で働く約2万人のうち、6〜7割が札幌市からの通勤者で、マイカーや企業の送迎バスで通う人が100%近くを占めています。路線バスの利用が少ない原因として、運行本数や停留所の少なさが考えられますが、それでも通勤手段の選択肢があるのは事業者や雇用者にとって大切なことだと佐々木課長は話します。

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また、今後に公共交通のニーズの高まりが予想される3つの動きがあるそうです。ひとつは、高い雇用ニーズがある若い世代の車離れが起きていること。

「マイカーを持たない人や若い世代の車離れも増加しているなか、公共交通サービスがあることはとても重要なことだと考えています。特に、新港地域が出来た当初から立地していただいている企業さんは、次世代の人材を求めています。にもかかわらず、20代の人が就職を考えたときに、通勤手段がないことで新港地域が候補から外されてしまうのは、非常にもったいないことです」

もうひとつは、石狩湾新港地区において、企業誘致が加速していることです。

「石狩市では、脱炭素化と産業の成長・発展を目指すGXの推進を行っていますが、新港地域では洋上風力発電やバイオマス発電、太陽光発電などの再生可能エネルギー施設が次々とつくられています。この10月には、京セラグループの会社が再生可能エネルギー100%で稼働するデータセンターを開設しました。このように、再生可能エネルギーやデジタル分野の企業進出が今後も予想され、それに伴い、働く人が増加すると考えています」

さらには、建築関係者や出張で訪れるビジネスマンのためにも、公共交通の足は必要だと佐々木課長は話します。

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「5年ほど前、石狩湾新港に全国チェーンのビジネスホテルができました。新港という場所柄で需要が一定数あるのか、と思っていましたが、高い稼働率だと聞いています。来年には、花川地区にもビジネスホテルが建つ予定があります。ですから、通勤用に加えて、新港地域に出張で訪れる人たちの需要にこたえるためにも、公共交通を確保することは急務の課題だと考えています」

実験運行で起こる各種課題に取り組む

石狩市は、2022年度と2023年度の各半年間、AIを使ったオンデマンド交通「いつモ」の実証実験を行いました。「いつモ」は、利用したい人がアプリや電話で予約を行って、バスやワゴン車に乗り合い方式で移動するシステム。ドライバーはタブレットを使いながら、AIが計算した最短ルートとスケジュールに沿って効率的に運転を行います。

「いつモ」には2つのモードがあり、「市内オンデマンド」はバスが少ない、または公共交通がない地域の日中お出かけ用として、主に市街地を中心に運行します。「通勤シャトル・乗継便」は、石狩湾新港地域の通勤者向けで、札幌からの2ルートのほか、市内の路線バスの結節点から発着するルートもあります。通勤用は個人、あるいは企業単位でも申込みができ、現在は約30社が登録しています。

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実証実験がスタートしましたが、通勤用のオンデマンド便で課題が発生します。通勤用の流れとしては事前予約が必要で、利用者全員の予約が確定した後、「いつモ」アプリに個々の「乗車時間、降車予定時間、乗降スポット」が表示されます。しかし、乗る人数が多かったり、乗車スポットの距離が離れていたりすると、到着時間が遅れることがたびたびありました。

「システム的には、到着時間と出発時間のどちらを優先するかを設定することができるんです」と佐々木課長。

「でも、到着時間を優先した場合、乗る人が多ければ、それだけ経由地が増えますので、今日は7時発だったのが、明日は6時40分発と、日によって出発時間がバラバラになってしまう。日中の市内オンデマンドの場合には遅れによる苦情はありませんでしたが、通勤の場合は朝の出発が5分、10分違ってしまうことは、大きな影響が出てしまうんですよね」

オンデマンドの利点が裏目に出てしまったわけですが、かといって、路線バスのように決められた時間や停留所で乗り降りする方式では、路線が長くなり、求められている時間に到着することは難しくなるおそれがあります。そこで、登録企業にどれぐらいの時間に到着すれば大丈夫かとヒアリングを行いながら、出発時間を確定することにしました。

「企業さんに融通を利かせてもらった形ですが、通勤用シャトルのルート選定や時間調整は本当に難しいところで、これからも課題だと思っています」と佐々木課長は話します。

2年目、新港地区のバス路線が廃止に

2回目の実証実験中には、石狩市が予想もしていなかったことが起こりました。

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「実は、今年の3月で、北海道中央バスさんが石狩湾新港地域を走る3路線を廃止されたんです。とても頑張っていただいたんですが...」と佐々木課長。慢性的なドライバー不足による影響だといいます。

札幌と石狩湾新港地域を結ぶ、唯一の公共交通がなくなったことで、「いつモ」への期待がより高まっています。石狩市では、運行をより確かなものにするために、3回目の今年度は実証実験を通年で実施することにしました。現在、稼働しているのは28人乗りの通勤用マイクロバス2台と、市内オンデマンド用のワゴン車2台です。これらの車両を2つのタクシー会社に委託して運行を行っています。

「オンデマンド交通実現のために必要なことのひとつは、車のサイズを下げることによって、運転する人のハードルを下げることです」と、佐々木課長は言い切ります。

「現在の実証ではバスも使っておりますが、大型免許が必要なため、運転できる人を確保することが難しくなってきています。一方ワゴン車であれば、普通自動車免許で運転できる。ドライバーになれる人の間口が広がります。また、国の規制緩和によって、公共交通がない『交通空白地』であれば、白ナンバーでデマンド事業を行うことができます。石狩市北部の浜益地区は、まさにそのような形でオンデマンド交通を運営していますが、石狩新港地域も路線バスが撤退したことで、同じような仕組みが使えるのではと考えています」

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いずれにせよ、スピーディーに事業化を進めるには、石狩市役所という自治体では限界があると佐々木課長は指摘します。この秋には石狩市とタクシー会社、バス会社などによる推進協議会が設立され、官民連携してデマンド事業を行っていくことになりました。今年度中には、次期デマンド事業の詳細が公表される予定です。

「理想をいえば、札幌から石狩湾新港地域までの路線は別の交通手段が必要です。ロープウェイ案もありますが、現状地域にある交通モードを組み合わせてバスなどを使い、その先から小回りがきくオンデマンド交通を走らせるようにしたいと思っています」と佐々木課長は話します。

地域貢献の思いから参加、ダイコク交通

初年度から「いつモ」の運行に当たっている、タクシー会社のダイコク交通株式会社さんにもお話をお聞きしました。ダイコク交通さんは石狩湾新港エリア内にあり、社員は100名ほど、女性ドライバーも4名活躍しています。以前は170名ぐらいのドライバーがいたそうですが、コロナ渦によるタクシーの乗り控えやドライバーの高齢化で減少。コロナ時はお客さんが1時間にひとりいるかどうかといった状態だったそうですが、いまではお客さんも戻っているそうで、ドライバーの皆さんは忙しそうに動いていました。

取材にこたえてくれたのは、営業業務部長の竹内努さん。さまざまな職業を経験した後、6年前にダイコク交通に入社しました。「風通しが良い会社ですよね。社長も気さくで話をしやすいし、社内の人間関係も良いですよ」と話す竹内部長。ダイコク交通では環境にやさしいハイブリット車を100%近く導入していること、ある女性ドライバーの車は「幸せになるピンクタクシー」と呼ばれていることなども教えてくれました。

ishikari_itsumo10.jpgダイコク交通株式会社 営業業務部長の竹内努さん

ダイコク交通が今回のオンデマンド事業に参加した理由は、30年以上お世話になったこの地域に、公共交通として貢献したいという思いがあったからといいます。ちなみに、秋に設立した協議会の会長は、ダイコク交通の紫藤(しどう)会長が務めているとのこと。

オンデマンド交通で苦労した点を聞いてみました。

「当初はシステム的な不備や、アプリ操作の関係でトラブルが起こることがありました。その都度、担当者に伝えながらブラッシュアップしていき、いまは安定しています。また、お客さんがいなくても、7時から19時までの間は車を待機させる必要があります。これには最低でも交代制による2名のドライバーが必要で、お休みを考えれば、やはり3、4名は必要になるんですね。当社も人員に余裕があるわけではないので、誰かが体調を崩して休んだときなどは調整に多少苦労するところがあります」

それでも地域に公共交通である「いつモ」を実現することは必要だと竹内部長も考えています。そのためには、石狩市役所の佐々木課長と同じく、札幌市から石狩市までの『幹線』をバスなどに担ってもらい、そこから「いつモ」の本数を増やして、目的地を細かく回る形ができればと語ってくれました。

運行実施に欠かせない利用者の理解

「いつモ」のドライバー、ダイコク交通の小澤義孝(よしたか)さんにも話を聞いてみましょう。ダイコク交通に入って約30年、今年で71歳になる小澤さんは、タクシーはもちろんテレビ局の中継車、会長付きの運転手など、いろいろな車両の運転を経験してきました。

ishikari_itsumo11.jpgドライバーとして活躍する小澤義孝さん

「再雇用だけれど、働けるうちは働きたいと思っています」と意欲を見せる小澤さん。タクシー運転手の魅力については「休憩や食事も自由なときに取れるし、お金を稼ぎたいと思ったらそれだけの分を稼ぐこともできる、良い仕事ですよ」と話します。奥さんとの旅行が趣味で、次回はタイに1ヵ月ゴルフ滞在をする予定なのだとか。

現在、小澤さんは「いつモ」のドライバーとしてワゴン車を運転しています。運航にはタブレットの操作が必要となりますが、「普段からモバイルの操作は得意だったのですか?」と尋ねてみました。

「いや、全然ダメでしたね」と朗らかに笑う小澤さん。「いつモ」のドライバーに任命されてから、研修を受けてタブレットを扱うようになったそうです。分からないことがあれば電話をして聞きながら、操作方法を身につけていったのだそう。「いつモ」の車内では、タクシーと同じようにお客さんの話を聞いてあげたり、あまり話したくなさそうなら静かに運転したりと気を配っているそうです。

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ただし「いつモ」は、タクシーと同じではないことも理解していただきたい、と小澤さんは話します。

「いつモは、あらかじめ乗降スポットが指定されているんですね。それでも、お客さんによっては『自宅の前まで止めてほしい』という方が往々にしていらっしゃいます。タクシー感覚になってしまうことは分かりますが、どうかご理解いただきたい」

小澤さんにとって最も気を使うのは冬の季節。雪で道幅が狭くなるため、ワゴン車での通行は大変だといいます。さらに、積雪や路面状況によって、普段は5分で行けたところが、10分、20分とかかってしまうこともあります。冬場は乗車時間に遅れが生じてしまうことも、理解を周知してもらいたいところだそうです。

路線や時間の問題、ドライバーのやりくりなど、課題はまだまだありますが、「まずは通勤や交通の空白地帯のセーフティネットとしてAIオンデマンド交通『いつモ』を実現したい」と佐々木課長は話します。それには、利用する人たちや会社の理解と連携が、さらに必要になってくるのかもしれません。

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石狩市役所 企画政策部企画課
石狩市役所 企画政策部企画課
住所

北海道石狩市花川北6条1丁目30番地2

電話

0133-72-3193

URL

https://itsumo-ishikaricity.jp/

ダイコク交通株式会社

北海道石狩市新港西1丁目769番3

011-741-6000

https://daikoku-web.com/content/koutsu/

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通勤と生活の足を確保。石狩市のAIオンデマンド交通「いつモ」

この記事は2024年9月26日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。