北海道の道東、十勝地方にある十勝川温泉は、植物性の濁り湯「モール温泉」が有名な温泉地。温泉ホテルなどでの宿泊や入浴はもちろん、近くを流れる十勝川でのカヌー体験や熱気球などのアクティビティも楽しめ、近年は道の駅「ガーデンスパ十勝川温泉」の混浴温泉プールなども人気があります。
これらのさまざまな観光コンテンツが集客の相乗効果を生み、魅力が年々アップ。宿泊客がより訪れやすくなるとともに、ここで働きたいという方もやってきます。これらのコンテンツの核は、各温泉ホテルが加盟する「十勝川温泉旅館協同組合」です。十勝川温泉のさまざまな魅力の源泉を探るべく、お話を伺いました。
天然の化粧水のような泉質とアウトドアアクティビティが人気
本題に入る前に、十勝川温泉の概要について簡単に紹介します。十勝川温泉は、北海道十勝地方のほぼ中央、十勝平野を貫く十勝川の中流域の川辺にある温泉地。車なら道東自動車道の音更帯広ICから約15分、バスならJRの帯広駅から約30分と、アクセスしやすい立地です。温泉街の周囲には田園地帯が広がるほか、すぐ近くに十勝川が悠々と流れ、白鳥などの渡り鳥も無数に飛来する自然豊かなロケーション。温泉街の近くを流れる十勝川は絶好のアウトドアフィールドです。
十勝川温泉の泉質は温泉大国の日本でも珍しい「モール温泉」。植物性の有機物を多く含む茶褐色の湯で、一度入ればお肌がツルツルすべすべ、まるで天然の化粧水のような温泉です。かつてアイヌの人たちが薬の沼と言っていたという言い伝えもあります。温泉地として開かれたのは昭和時代初期からで、昭和時代中後期には北海道の代表的な温泉地の一つになり、国内外から観光客が多数訪れています。
温泉とともに、アウトドアアクティビティも長年好評です。十勝川をフィールドにしたSUPやカヌーなどの体験、冬はスノーモビルツアーやスノーラフティングなどを楽しめます。
これらの中でも熱気球は1990年代から続いている人気アクティビティ。連休時は30分以上など順番待ちの時間が長くなることもよくあるそうです。風が安定する早朝しか実施できないうえ、催行可否の判断はその日・その時の気象状況次第。アクティビティに参加をするなら十勝川温泉に泊まるのがベストです。
自然体験プログラムを提供するアウトドア事業の先駆け
十勝川温泉旅館協同組合は、十勝川温泉にある旅館やホテル数社が集まり、十勝川温泉エリアを盛り上げるために作った組織。1955年に設立され、2024年現在では笹井ホテル、観月苑、ホテル大平原、第一ホテルが加盟しています。主な業務は、十勝川温泉の要である源泉の集中管理と、アウトドア事業を展開する「十勝ネイチャーセンター」の運営、道の駅「ガーデンスパ十勝川温泉」の運営という3本柱です。
十勝ネイチャーセンターはもともと十勝川温泉旅館協同組合と別法人で、1990年代から十勝川温泉を拠点にアウトドアガイドなどのアウトドアアクティビティーの体験を提供してきました。関係する組織やメンバーが組合と密接なことから、2010年代に合併して今に至ります。
ちなみに、1990年代はアウトドアガイドというもの自体が日本ではまだ馴染みが少なかった時代です。十勝地方で当時アウトドア事業を営んでいたところは2、3社しかなかったそうで、そのうちの1社が十勝ネイチャーセンター。アウトドア事業の先駆けです。
アウトドアガイドとして必要なのはコミュニケーションスキル
十勝ネイチャーセンターのマネージャー・市川 淳さん市川 淳さんは、十勝ネイチャーセンターが設立されて間もない頃から携わるベテランガイド。東京都内での飲食業の仕事ののち、縁あって十勝川温泉へ来ることになり、アウトドア事業に携わるようになりました。さまざまな体験アクティビティを担いますが、主に十勝川での川遊び、中流域でのSUPやカヌーと上流域でのラフティングなどが得意です。
「僕が来た時代はぶっつけ本番でしたね。練習して技術を習得して、あとはやりながら覚えていく感じでしたが、今はきちんと指導していますよ」と市川さん。飲食業での接客経験はあったもののアウトドアガイドなどの経験はなかったそうです。
アウトドアガイドの仕事は技術や知識が必要ですが、それ以上に大事なことはコミュニケーションスキル。技術や知識は後からでもマスターすればよいので、技術がなくてもコミュニケーションスキルの高い人がこの仕事に向いているといいます。
十勝川温泉旅館協同組合の山岡さんも「隣で市川さんがガイドしているのを何度か聞いたことがあるんですけど、すごいお客様に対する会話が上手なんですよ。物腰がすごく柔らかいですし、本当にお客さんが楽しそうに会話して帰っている姿とかよく見るんですよ。この仕事ってお客様との会話がすごく大事だなって」
市川さんは「第一印象が怖そうって言われますけどね」と少々照れくさそうに応えます。まず何よりもいらした方の安全が第一で、そのうえで楽しんで笑顔で帰ってもらうかが大事なことだそうです。
お客様が楽しむために語るよりやってもらう
では、お客様を楽しませるためにコミュニケーションが大事だとしても、具体的にどんなことを心がけているのでしょうか。市川さんは、お客様に喜んでもらえるアウトドアガイドの極意をこう教えてくれました。
「あんまり深くまで教えるよりは、こんな感じですって、喋るよりは実際にやってもらう時間 を多くした方がいいような気がします。必要最小限だけお伝えして、あとは実際やってもらう部分を多くした方が、お客様は楽しいんじゃないかなって思います。そのうえで、ガイドに求められる安全管理と技術スキルが大きなウェイトになります」
確かに、参加する側の視点に立つと、アウトドアの体験プログラムに参加をする動機は、ガイドの講義を聞くためではなく、アウトドアの体験プログラムで遊んでみたいため。ウエアの着かたや用具の使いかたなどは教えてもらわないといけませんが、下手でもうんちくを知らなくても、やってみる時間や回数が多いほうが充実感も満足感もアップすることは間違いありません。
目下の課題は後継者育成
十勝ネイチャーセンターに2024年5月時点で在籍するインストラクターは、市川さんをはじめ合計3名。そのうちの1名は約5年前に十勝の別地域にある同業他社から転職してきた男性です。大学院生の時に同業他社のラフティングにお客さんとして参加したところ魅了され、そのままその会社で働くことに。同業者として市川さんとも面識があり、十勝ネイチャーセンターでスタッフ増員する際に声をかけて来てもらいました。
もう1名は2024年に新卒で入社した女性スタッフ。自然ガイドをしたいという気持ちが強く、自然環境の調査会社などよりもアウトドアガイドなどに携わりたいという想いから応募したそうです。
「僕からは、体力的にもきつい時があるよとか、現実的な問題をいろいろ伝えたんですが、その上で応募してくれました。今はガイドデビューを目指してトレーニング中です」
市川さんにとっての近年のミッションは後継者育成。市川さんが長年築いてきた十勝川温泉をフィールドにしたアウトドア体験のプログラムとアウトドアガイドの知識や経験について、この地域で 引き継いでいきたいと語ります。これからも新しいスタッフを募集していくそうです。
十勝川温泉でアウトドアガイドに就く醍醐味
「お客様が満足している顔とか、『やったー!』みたいな感じの楽しい気持ちを一緒に共有できるのが醍醐味ですね。それと、ここの立地です」と市川さん。
十勝川温泉から川を遡るように車で1時間も走れば源流付近の綺麗な川に触れられて釣りもできますし、川を下るように走ればジュエリーアイスが有名な十勝川の雄大な河口の風景に出会えます。また、同じく1時間くらいで日高山脈などの山にも行け、冬はバックカントリーも楽しめる環境です。
いっぽう帯広の市街地も車で30分もかからず行けるので、自然も都会も身近にあるロケーションは魅力的です。そして何よりも、お肌に嬉しいモール温泉を身近で楽しめるのは他の地にはない大きなアドバンテージです。
十勝ネイチャーセンターのメインフィールドは十勝川温泉近隣ですが、川の上流や山間地などに行くこともあり、各地のさまざまなアウトドアフィールドが職場です。お客さんと一緒に川遊びや雪遊びをして、温泉も楽しめるなんて、とても贅沢で羨ましいお仕事です。こんな方がいたらぜひ来てほしいという一言もいただきました。
「明るくて何にでも興味を持ってくれる方がいいですね。自分だけ楽しければいいというのではなくみんなで楽しめるとか、お客様と楽しさを共有できる方が理想です」
やはり求められるのは人柄。アウトドアでの知識や技術、経験はあるに越したことはありませんが、それよりもコミュニケーションスキルやホスピタリティ感のあるマインドが大事なようです。
地域の課題へみんなで向き合う風土
十勝川温泉旅館協同組合は2010年代以降、組織が拡大してきています。十勝ネイチャーセンターと合併し、2016年にガーデンスパ十勝川温泉がオープンして2020年に道の駅に指定されました。年々事業が拡大している狙いは何なのでしょう?
十勝川温泉旅館協同組合の専務理事・山岡 しのぶさん
答えは、宿泊者数を増やすとともに、連泊数を増やすこと。そのため、十勝川温泉に連泊したくなる魅力を一つでも増やしていこうと動いてきたそうです。十勝川温泉旅館協同組合で専務理事を務める山岡 しのぶさんは、地元の方々がみんな一緒に地域の課題に向き合ってきたと語ります。
「小さな温泉街ですごくメジャーでもないので、通過型の温泉街になっていると、地元のみなさんが課題に感じていたのですよね。そこで組合は音更町と連携し、新たな街づくりにむけて課題共有などたくさんの話し合いをしてきました」
現在、道の駅がある場所は、廃業したホテルが建っていました。いかに通過型の温泉街から脱却するか、廃業したホテルで温泉街のイメージはより悪くなる。宿泊者が滞在したくなる、温泉街に人が集まる施設を作ろうという構想がはじまり、音更町との話し合いはもちろん、地元金融機関やJA、町内の学校の方々やメディアなどいろんな方とワークショップを何度も行い、新しい施設をどうするかを練ってきたそうです。その結果、組合が土地と建物を取得して解体し、新たに作られたのがガーデンスパ十勝川温泉です。
「建物を取得して借金を抱える覚悟をしつつ、国の補助事業も活用しできあがったのですが、音更町の支援や関わり方がとても大きいと思います。音更町の方々の支援なしには、民間が建てた建物を後から道の駅に指定してもらうことも難しかったと思います」と山岡さん。温泉ホテルや旅館のオーナーさんたちの課題認識が同じ方向性を向いていたということとともに、音更町を含め地域の方々の協力や後押しがあった結果が今に至るようです。
ガーデンスパ十勝川温泉のキャッチコピーは「癒しと食の道の駅」。水着を着用して十勝川温泉のモール温泉に入れる日帰り入浴施設を核に、カフェやベーカリーなどのレストラン、十勝の特産品や農産物などを取り揃えたマルシェ、アイスクリームやチーズ作りなどの体験メニューやホットヨガなどのスパイベントも。幅広いコンテンツがあるのが特徴です。
温泉地にも関わらず、ここの温浴施設には一般的な大浴場はなく、水着必須の混浴の温泉プールのみ。なぜこのような施設にしたのか背景を教えてくれました。
「まわりの温泉ホテルが日帰り入浴をやっているので、新たなお客様を地域に呼び込むため、温泉プールにしました。お子さま連れとか三世代家族で楽しめますし。あと、外国から来られた方々から『裸で大浴場に入るのは抵抗がある』という声を各ホテルでけっこういただいていたそうです」
情報共有やニーズの把握など、地域内での連携がしっかりできる証です。一般的に、人が集まれば意見の相違や感情の対立などのため物事が停滞してしまうということはありがちですが、地域の方々が一致団結して課題を解決できる十勝川温泉の風土は素敵ですね。
地域内の連携とお客様を楽しませるマインドが魅力を創出
十勝川温泉の3つの柱、モール温泉とアウトドア体験と道の駅はどれも魅力的に映ります。お話を伺ってみると、魅力の源泉は地域に暮らし働いている人なのだと感じられました。課題を共有して一緒に解決していく地域内の連携や意思統一ができていることと、お客様がいかに楽しんでもらえるかというマインドが醸成されているから、どの事業も魅力的に磨き上げられたのでしょう。長年地域の方々が一致団結して盛り上げて発展してきただけあり、十勝川温泉には滞在したくなるコンテンツや遊んでみたくなるアクティビティがいくつもあります。1泊だけではもったいない。連泊して十勝川の大自然の魅力を全身で体感するとともに、ここを拠点に道東観光してみるのもおすすめです。
- 十勝ネイチャーセンター
- 住所
北海道河東郡音更町十勝川温泉南12丁目1‐12
- 電話
0155-32-6116
- URL
十勝川温泉旅館協同組合/道の駅ガーデンスパ十勝川温泉
北海道河東郡音更町十勝川温泉北14丁目1
Tel 0155-46-2447
http://www.tokachigawa.jp/