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八雲町

漁業振興と地域活性を狙う八雲町、北海道二海サーモンの種苗生産20240422

漁業振興と地域活性を狙う八雲町、北海道二海サーモンの種苗生産

「北海道二海(ふたみ)サーモン」は、八雲町で生産されている養殖トラウトサーモンのブランド。脂がのっていてトロッとした味わいが特徴の魚です。2019年12月に北海道内で初めて海面養殖の試験が始まり、翌2020年に商品化されました。水揚げされたサーモンは町内の飲食店や道内の一部回転寿司店などでも販売されたほか、八雲町のふるさと納税の返礼品にも活用され、地域の名産品として近年注目の逸品です。

トラウトサーモンの海面養殖事業を主導したのは民間企業ではなく八雲町役場。ちなみに、北海道二海サーモンという名称は、八雲町が太平洋と日本海の2つの海に面しているから、2つの海にちなみ命名されたそうです。

なぜ役場が主導して取り組み始めたのでしょう。背景や経緯、具体的にどのようなことをしているのかなど、気になることが多々あります。八雲町の熊石地区にある種苗の生産現場、「熊石サーモン種苗生産施設」へ訪れてキーマンのお2人に詳しくお話を聞いてみました。

八雲町のサーモン推進室に所属するキーマン

キーマンのお2人は、八雲町サーモン推進室の次長、多田玲央奈(ただ れおな)さんと、同じく八雲町サーモン推進室で会計年度任用職員の青山智哉(あおやま ともや)さん。

kumaishi_salmon03.jpg左:多田玲央奈(ただ れおな)さん、右:青山智哉(あおやま ともや)さん

多田さんは2002年に八雲町に一般事務職として入職し、観光、都市計画、障がい者福祉などさまざまな部署を渡り歩き、政策推進課でふるさと納税などに携わったのちに2022年10月にサーモン推進室へ配属となりました。異動当初は「水産関連業務の経験の無い私に務まるだろうか?って思いましたけどね」と戸惑いもあったそうですが、今はこの事業の企画自体を取り仕切る立場です。

いっぽう青山さんは、現場で種苗生産の実務を取り仕切る立場です。1989年に北海道立水産孵化場(現・北海道立総合研究機構さけます・内水面水産試験場)に入職し、道総研さけます・内水面水産試験場道南支場場長を務めたのち2022年に定年退職。その後、八雲町会計年度任用職員として熊石サーモン種苗生産施設に勤務をしているという、サケやマスなどをふ化させるプロフェッショナルです。

まずは多田さんから、北海道二海サーモンの事業を取り組むようになった背景や経緯など、全体像について教えてもらいました。

町の基幹産業、漁業の危機からの脱却を目指してスタート

単刀直入にこの事業を始めた理由を伺うと、「始めた目的は、地域の活性化と産業の振興です」と多田さん。人口減少が続き歯止めがきかない状況で、なおかつ八雲町の基幹産業の水産業も危機を迎えたため、活性化を図るための一つの取り組みとして始めたそうです。

八雲町は太平洋側に面する旧八雲町と日本海側に面する旧熊石町が合併して誕生した町。旧八雲町はホタテ貝の養殖が盛んな地域ですが、2010年代後半にホタテが大量にへい死する問題が起き、原因もわからず水産業に暗雲が立ち込めました。いっぽう旧熊石町はイカやスケソウダラ漁が盛んな地域ですが、年々今まで獲れていた魚が獲れなくなり、将来のこの地区の漁業自体に危機を感じていました。町の基幹産業の問題を受け、八雲町が新たに活性化につながることをしようと注目したのがトラウトサーモンの養殖事業です。

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水産王国の北海道では「天然魚を獲ってナンボ」という意識が強いのか、八雲町が取り組むまでトラウトサーモンの海面養殖をしていた地域はありませんでした。ただ、国内各地を見渡すと北海道は割と後発の地域だそうです。トラウトサーモンの海面養殖で先進する国内各地の中の一つ、青森県の成功事例を参考に、現地の事業者にレクチャーを仰ぎつつ事業を進めていきました。

「最初の言い出しっぺは役場からだったんですよね。町から『トラウトサーモンやらないかい』って漁協に声をかけて。で、やるっていうことで最初の3年間ぐらいは全部町が補助金を出して賄ってきたんですけど、だんだん生産も増えてきて、いつまでも補助金出し続けるわけもいかないので途中から徐々に手を離していった流れです」

多田さんは内情をこう教えてくれました。役場が手を離したとはいえ、熊石サーモン種苗生産施設は町が管理している施設。熊石地区を流れる見市(けんいち)川の水を引っ張ってきて、淡水でトラウトサーモンの卵をふ化させて育てています。漁業者との役割分担はどのようになっているのでしょう。

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「淡水で卵から稚魚を育て、1尾700gまで成長させて、海に持っていくまでが八雲町が直接関わる部分です」と多田さん。この施設で育てた幼魚を買い、海の生け簀で大きくなるまで育てて出荷して販売するのは漁業者の役割です。つまり、漁業者の仕事の確保につながるのです。

漁獲量は5年で10倍、北海道の重要な生産拠点に成長

「出荷した魚は、11月から12月頃に海に入れて5月から6月にかけて水揚げするので、漁業者さんにとっての仕事は半年間しかないのですけどね」

やや謙遜気味に多田さんは語りましたが、漁業者にとって仕事の一つになっていることは確かです。熊石地区の海で育てられた養殖トラウトサーモンの漁獲量は、初水揚げとなった2020年は約2.5トンでしたが、2024年の目標は10倍以上の約40トン。ちなみに2.5トンで約720尾だったそうです。5年間でかなり順調に漁獲量が伸びているので、危機感を抱いていた町の水産業にとって救世主の一つになっていることは間違いありません。

さらに、熊石サーモン種苗生産施設で育てた幼魚を買って育てているのは熊石地区の漁業者だけではありません。2023年の実績では、この施設から約9万3800尾出荷したうち熊石地区に出荷したのは約1万5000尾。残りは江差町や奥尻町、知内町、岩内町と八雲町外の漁業者にも出荷。八雲町のみならず道南のトラウトサーモン種苗の生産拠点という立場に成長をしつつあります。

「各地に出荷していますけど、熊石の海で育てたサーモンだけ『北海道二海サーモン』っていう名前なんですよ」と多田さん。同じ場所、同じ時期に出荷した魚でも他の地域の海で育ったトラウトサーモンは北海道二海サーモンではなく、それぞれ地域ごとに異なる名前の商品になっているそうです。
地域ごとに海の特徴や育て方にも違いがあるでしょうから、多少なりとも味わいにも差異があるかもしれません。とはいえ名前や味わいが違ったとしても生まれは一緒。この先はもっともっと、この施設で生まれた兄弟が北海道各地に巣立っていくのでしょう。

八雲町での種苗生産は2024年で3年目

北海道二海サーモンの水揚げは2024年に5年目を迎えますが、熊石サーモン種苗生産施設でのふ化事業は2024年が3年目です。2020年〜2022年に関しては、海面養殖のトラウトサーモンに関して教えを受けた青森県の事業者から種苗を購入し、海に入れて育てていました。2022年からは熊石サーモン種苗生産施設で、卵をふ化させ、海で育てられるくらいの大きさまで育てるようになりました。

「この施設はもともと道総研(北海道立総合研究機構)のサクラマスのふ化場でした。町でトラウトサーモンのふ化から行っていくため、2022年の4月に八雲町が施設を購入しましたけど、施設だけあっても『じゃあやってみろ』って言われても全然できないんですよね。青山さんみたいなプロがいないと」と、多田さんから青山さんを紹介されました。

青山さんのお仕事は、卵をふ化させ、稚魚を育て、漁業者が海で扱えるようになる大きさにまで育て上げること。デリケートな卵の取り扱いや稚魚の体調管理や衛生管理のため、水温や水質、光の明るさなど繊細な管理が求められるようです。今度は青山さんに日々のお仕事について伺いました。

卵をふ化させる作業はかなりセンシティブ

ふ化させる卵は八雲町自体で作っているのではなく、米国ワシントン州にあるトラウトロッジ社にて受精させた卵。「非常に成長が早くて優秀なんです。卵から3kgくらいの大きさに育つまで、ほかの成長の早いと言われている卵だと2、3年かかるところ、トラウトロッジ社の卵は1年半くらいなんです」と青山さん。低温の2度ぴったりに管理された状態の発眼卵(卵膜から魚の目が見える状態の卵)を、日本の総代理店を通じて仕入れているそうです。

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発眼卵からふ化するまでの期間はおおよそ1週間から10日程度。ただ、単純に時間が経過すればふ化するのではなく、この施設に発眼卵を受け入れたのち日々体感している毎日の平均水温を足していった積算水温が概ね100度になると、ふ化するタイミングが訪れるようです。桜の木が日々の平均気温を足していき一定の数に達すると開花すると言われていることと似ている感覚です。

ベストな状態で積算水温が100度になるのを迎えさせるため、センシティブな作業と管理が続きます。施設に届いた発眼卵は、暗所で雑菌が少ない水温10〜12度の地下水の水槽で管理。日々卵の様子を伺い、ふ化直前に地下水を引き込んだ池に卵を蒔くそうです。その後も卵に刺激を与えないために暗くしてじっくりふ化を待ちます。

ふ化した直後はまだ魚の体を成しておらずあまり動けないため、引き続き刺激を与えないよう暗くして成長を待ち、ふ化してからの積算水温が280度に達する頃、魚の体を成してきたら光をあて、エサをやり始めて大きくしていきます。

魚のお医者さんのごとく、魚の健康管理に向き合う

卵を仕入れるのは概ね11月から12月。その後ふ化をし、稚魚から日々大きくなり、1尾700gほど、長さにして約35㎝前後まで成長したら漁業者へ出荷されます。ここまでちょうど約1年。青山さんの仕事は、初冬に始まり翌初冬に終わるのです。ちなみに、漁業者へ出荷された魚は海で約半年間育てられ、翌5月から6月にかけて水揚げとなります。

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「時期とか魚が大きくなったらってこともあるのですけど、海水温が15度を下回ったら海に移す、15度を超えたら水揚げをするんです。15度を超えるといきなり全部死んでしまうわけではないのですけど、トラウトサーモンにとってよくない環境なんですよ」

なかなか神経を使うお仕事です。淡水飼育1年目は幼魚が高水温に弱かったり、サクラマスとの違いなのかなと感じていたようですが、原因は分からずじまい。ただ、海中へ移す時に鰓が鮮やかな赤色の魚に混じって鰓がやや退色気味でぼさぼさに見える魚がいるのが気になっていたそうです。そして2年目、高水温と低酸素状態に弱いのは1年目と同様でした。200gに成長した7月。昨年気になっていた鰓を顕微鏡を使って観察したところ、細菌性鰓病の原因菌とキロドネラという寄生虫が見られ、鰓の状態がかなり悪化していることが分かりました。幸い、細菌性鰓病とキロドネラ寄生症は濃度3%の食塩水に魚を15分間浸すことで完治が見込まれ、約20トンの飼育魚全数を塩水浴したところ病気は完治したそうです。

青山さんはもはや魚のお医者さんのよう。日々魚と接し、さまざまな解決法を試してベストな結果を導き出した成果が、現在の北海道二海サーモンです。

さらに驚いたことは、町内外の漁業者の仕事に直結する重責なふ化事業で繊細な業務をしつつ、なんと還暦を迎えてから漁師としてデビュー。漁協の准組合員として冬から春はサクラマス、春から冬はヒラメの一本釣り漁をしています。

「もともと魚釣りが好きだったということもあるのですけど、定年後は身体を動かす仕事をしたいって思って。もちろんベテランの漁師さんに釣果は敵いませんけどね、80歳くらいまで漁に出たいと思っています」

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なかなかアグレッシブな青山さん。漁業者に納得しもらえる成績のいい魚たちを安定的に出荷していくのとともに、漁師としては大物を安定的に釣り上げていくことが今後の目標なようです。

熊石サーモン種苗生産施設の今後の展望

最後に、熊石サーモン種苗生産施設の今後の展望や目標について、再び多田さんに伺ってみました。

「この施設の将来の展望としては、安価で良質な種苗を供給していくっていう目標です。海水温の上昇とかで水揚げが減ったとか、北海道内に困っている漁師さんたくさんいると思います。ここで育てた種苗がいろんなところで使っていただければいいなと思っています」

供給先が増えるということは生産能力のアップも必要。コストダウンするにも大量生産が必須です。施設を拡張する構想はあるようですが、川の水を利用しているため許認可など手続きにかなり時間がかかってしまう見込みです。
日本各地のやり方を参考にすると、海面を使わず陸上のみで効率よく生産する方法もあるそうですが、八雲町ではそれはやらないそうです。

「コストがかかるというのもありますし、海でやらなかったら漁業者さんの収入にはならないですし」と多田さん。この事業自体、漁業の危機を救うことから始まったことなので、漁業者の支えになること、つまり地域の産業を支えることが大事な目的であり、町役場が主導する意味がここにあります。

熊石サーモン種苗生産施設から生まれた魚は、八雲町内外の漁業を支え、北海道二海サーモンをはじめ地域の特産品として旅立っていきます。この事業自体はまだ実績年数は少ないので、種苗に例えるなら卵がふ化してやっと稚魚になって泳ぎ出し始めたくらいかもしれません。

いつしか施設が拡張できれば生産量のアップとコストダウンも目指せます。その暁には、身近な飲食店で目にする機会が増えるかもしれませんし、北海道二海サーモンの兄弟ブランドが北海道各地に続々と誕生しているかもしれません。この先の熊石サーモン種苗生産施設の進化と、北海道二海サーモンの深化に期待しましょう。

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八雲町熊石サーモン種苗生産施設
八雲町熊石サーモン種苗生産施設
住所

北海道二海郡八雲町熊石鮎川町189-43

電話

01398-2-2370


漁業振興と地域活性を狙う八雲町、北海道二海サーモンの種苗生産

この記事は2024年2月8日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。