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まちおこしレポート
豊浦町

原動力は、地域のためにという想い。アクティブな町職員は元道職員20230724

原動力は、地域のためにという想い。アクティブな町職員は元道職員

道南の胆振管内にある豊浦町。風光明媚な噴火湾に面し、北海道の中でも比較的温暖な地域です。ホタテやイチゴといった特産品をはじめ、日本一の秘境駅「小幌駅」があることでも知られています。洞爺湖からも近く、海と山に囲まれた豊かな自然、過ごしやすい気候はもちろん、北海道縦貫道の豊浦ICは市街地に近く、交通の便も良いことから、近年、移住を検討したいと訪れる人が増えているそう。安心して定住してもらえるようにと、町の空き家対策も含め、移住・定住に関しての環境を整え、積極的に活動しているのが同町の建設課参事の佐藤一貴さんです。実は佐藤さん、元道職員という珍しい経歴の持ち主。佐藤さんが豊浦町の職員になった理由と、これからのことを伺ってきました。

今年誕生した住環境政策の部署で、移住・定住のワンストップ窓口の担当に

「もともとは観光や企画の部署にいたんです。建設課に配属になったのは令和3年度から。企画のときに、住宅の新築や中古住宅の購入支援を行う際、建築分野の知識が必要ではないか?などの意見を出していました。まさか翌年度の人事異動で自分が建設部署に異動するとは思いませんでした」


toyoura_satou28.JPGこちらが佐藤一貴さん

名刺を渡しながらそう笑う佐藤さん。担当する「住環境政策」の部署は、今年できたばかりだそう。これまでは、移住と定住に関する部署が分かれていました。「初めて暮らそうと思っている町に来て、それはこっち、これはあっちと、たらい回しにされると不安になるでしょ?」と話します。現在はこの部署の専任として、移住の相談をはじめ、豊浦町ちょっと暮らし移住体験事業、空き家相談、空き家対策も担当しています。

toyoura_satou41.JPG海を見下ろす、移住体験住宅

「空き家バンクに登録して空き家を待っている移住希望者は100組以上いるんです。空き家を手放す方から少しでもスムーズに移住希望者に渡せるようにしたいし、ほかの町村などで空き家に関することが問題になっているから、早めに対策は進めておいたほうがいいなと考えて動いています。我々だけでは見えない、足りない部分がありますので、道の研究機関や大学などと積極的に連携し、空き家予備軍に対する取組をすすめています」

toyoura_satou32.JPG移住に関するご相談は、こちらの建設課までお気軽にどうぞ

スラスラと考えていることを語る佐藤さん、町の職員になってまだ8年ほど。さらに、話を聞いているとそのフットワークの軽さにも驚かされます。一般的に多くの人が思い浮かべる公務員のイメージとはかけ離れ、随分とアクティブな印象です。

釧路時代のたくさんの出合いによって変わった道職員としての意識

てっきり豊浦町出身かと思っていたら、「後志管内の共和町出身です」と佐藤さん。高校を卒業後、道の職員として道庁で勤務の傍ら、夜間部がある北海学園大学へ通っていたそう。大学卒業後は、後志総合振興局へ。そのあと、当時小樽にあった病院に人事担当として異動します。

「後志では総務課、水産課を経て、小樽の病院へ。その次は、釧路総合振興局で観光担当に。分野の異なるところを渡り歩いていたんですが、公務員はそういうもんだと思って、言われるままに異動していました。でも、釧路で課長から『君の経歴を見てきたけど、君は何がやりたいの?』と言われて、初めて自分のキャリアや、やりたいことについて考えるようになりました」

そこから、佐藤さんは経済や商工観光に関する仕事を中心にキャリアを重ねていくことになります。

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「釧路にいたときに、道職員としての意識が変わったんですよね。当時の上司だった係長は、民間出身の人で、『地域の人が何に困っているかを見つけて、それを解決するのが自分たちの仕事だよ』と僕に教えてくれたんです。同じゴールを目指しているか、一致するまで徹底的に話し合ったことを思い出します。
最初は何をやればいいか分からないから、とにかくリサーチばかりの毎日でした。当時担当していたアウトドア事業者や宿泊事業者、レンタカー事業者などの皆さんにアンケートをとったり、ヒヤリングを重ねたりしました。その中から、『こんなことがあったらいいな』という意見や、『こういうことに困っている』という話を聞き、そのために何をすればいいかを考えて行動するようになりました」

苦い経験もバネに。どうすればみんなの役に立てるかを考えた商談会

佐藤さんが釧路時代に手がけた大きな仕事がアウトドアのビジネス商談会。20年近く前は道内で開催された事例はほとんどありませんでした。

「アウトドアって今はたくさん種類も増え、一年中楽しめますけれど、当時は、冬季に出稼ぎに行く人も多かったと記憶しています。リサーチからアウトドア事業者と宿泊事業者などは交流が進んでいない、しかも双方が交流を希望していることがわかりましたので、マッチングする場を設けようと当初は交流会からスタートし、のちに商談会に発展しました」

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初めての開催、反響はとても大きなもので、たくさんの人に喜ばれました。ところが、2回目を実施した際、自分ではうまくいったと思ったのですが、お世話になっていた方のヒアリングや事後アンケートで1回目の満足度を下回ります。

「自分では必死に取り組んでいたので悔しかったですね。どこがダメだったのかをとにかく探ろうと思って。ちょうど東京で旅行博をやるというときで、そのとき担当していた国の職員に電話して、一方的に自分のことをしゃべり倒したら、『とりあえず見においで』って言われて(笑)。上司もOKしてくれて、東京まで見に行きました。そのときに、ただイベントをやればいいというわけではなく、参加した人たちのこと、売り手、買い手、両方のことをもっと考えなきゃダメだなと学びましたね」

釧路管内だけで行っていた商談会は、振興局の壁を超えて、根室、十勝、オホーツクとエリアを広げ、合同で開催するようにまでなります。

職員派遣でやってきた豊浦町。町の人とダイレクトにやり取りできる町職員を経験

35歳になる頃、道庁へ異動の辞令が出て、経済部の雇用労政課へ。さらにその後、檜山振興局へ異動します。

「檜山の地域政策課で企画を担当することになって、ここから企画の仕事に携わるようになりました」

釧路で身に着いた徹底したリサーチ力とフットワークの軽さを存分に発揮し、地域の活性化のため、道の駅の振興にも取り組んでいきます。道の駅は国が所管しているのになぜ道がという人もいたそうですが、各道の駅の担当者、農漁業者、役場職員など多くの方に助けられたそうです。「地域で困っている声を聞いていましたので、当時は管轄の垣根はあまり気にせずに動いてましたね」と振り返ります。

toyoura_satou4.JPG実はこの日、土砂降りの悪天候。。しかし、この一瞬だけ晴れ間が!!

それから3年ほどして、職員派遣で豊浦町へ。観光振興を担当する職員に来てほしいということで2年間という期限で市町村に派遣されます。

「豊浦で町の仕事に携わって、道職員と町職員では役割が違うと感じました。地域の人たちと密にやり取りし、コミュニケーションするのは町の職員。ダイレクトに、地元の人から『ありがとう』と言ってもらえるのは町の職員だけだなと思いましたね」

tpyoura_satou43.jpg豊浦町本来の色。海の青と山の緑と太陽の光 ※写真は豊浦町HPより

「地域で困っている人がいたら何とかしたい」。豊浦町へ戻ることを決意

2年の期限が終わり、道庁の経済部経済企画室へ異動となります。豊浦へ行く前の佐藤さんであれば、手放しで喜んだ希望部署の一つだったはずですが、佐藤さんの中である葛藤が生まれていました。

「豊浦でやり残したものがあるという感覚が自分の中にあったんですよね。あれも、これもやりたかったな、してあげたかったなという思いがね...。困ったことがあれば連絡ちょうだいって豊浦の町の人には言っていたから、道庁に異動になったあとも、豊浦の人から『相談したいことがある』って、ちょくちょく電話をもらったりしていたんですよ」

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「困っている人を見たら、何とかしてあげたい」という思いが強い佐藤さん。
豊浦町に戻りたい。その想いはどんどん強くなっていきましたが、なかなか上司に言えずにいました。思い切って覚悟を決めて、上司にそのことを伝えると、「君は地域のほうが向いていると思っていたよ」と言われます。そして、道職員から正式に豊浦町の職員に。ちょうど45歳のときでした。

「根っから地域が好きなんだと思う」

仕事を通じて「ありがとう」と言ってもらえることが、次への大きな原動力になり、やりがいになっていると佐藤さんは話します。

「地域の人たちの困りごとの解決、そして地域の人たちが困らないように対策を練るのが自分の仕事だからね」

町民のため、町のため、時には民間や大学、管轄の垣根を超えた連携も必要

豊浦に戻ってからは、企画や観光で手腕を発揮します。胆振管内最西端の豊浦町、後志管内最南端の黒松内町、渡島管内最北端の長万部町の3町を結び付け、「はしっこ同盟」を結成。共に町を盛り上げていこうと、相互交流を進めるきっかけを作りました。

toyoura_satou35.jpgはしっこ同盟! ネーミングもさることながら、このキャッチコピーが最高

「隣同士なのに、道の管轄が異なるから活発な交流がなかったんですよね。長万部町や黒松内町の職員の中にも同じことを考えている人たちがいて、こんなことができたらおもしろいねと話していたのが形になりました」

移住・定住を担当する建設課に部署が変わってからも、新しいアイデアが次々浮かぶひらめきやフットワークの軽さは健在。必要があると思えば、すぐにいろいろなところへヒヤリングに行ったり、相談に行ったりします。

「気になることがあれば、民間企業でも、ほかの町役場でも、町民のところでも、どこでもヒヤリングに行きます」

移住・定住に関しては、ワンストップの窓口ではあるものの、専門的なことになるとプロの力を借りなければならないため、司法書士や弁護士、建築士、土地家屋調査士などからなる「NPO法人住まいの相談西いぶり」に協力をお願いし、昨年の6月に協定を結びました。また、住みやすいまちづくりを進めていくことが定住にも関わってくるため、大学などの学術機関や企業などの力も借りながらまちづくりを進めていくそう。

toyoura_satou30.JPG町の地図には、空き家の状況や周辺の様子など、現地に足を運んで得た情報がびっしりです。相談者へのきめ細かい対応はこうした努力があってこそ

「民間や大学など、産官学の連携は大事だと思っています。上下関係ではなく、必要なのはパートナーです。困難な課題をそれぞれが持つ強みを生かして、解決していきたいと考えています」

温かい人がたくさんいる豊浦の町。いろいろな可能性やチャンスが待っている

豊浦の魅力はどこにあるかを尋ねると、「僕みたいな人を受け入れてくれる素地がある」と笑います。

「町の人がみんないい人なんですよね。すぐに声をかけてきてくれるし、コミュニケーションが取りやすいです。空き家のチェックをするのに歩き回っていても、『どうした?』って声をかけてくれて、僕の知らないいろいろなことを教えて協力もしてくれるんです」

さらに、立地という側面からもいろいろな可能性がたくさん眠っている町だと話します。洞爺湖温泉までは車で15分足らず、世界的なリゾート地・ニセコには1時間ほどで着きます。最近はニセコや倶知安で働いている人が、こちらへ移住を検討しているケースもあるそうです。

toyoura_satou34.jpg空き家バンクに登録中の家のうちの1件。空き家を希望者につなぐためには、今の所有者を把握することが先決。年数を経るほどそれは難しくなるので、「今のうちに古い家のストーリーを聞き取っておかないと」と佐藤さんは語ります
toyoura_satou37.JPGこの数年で40組超の空き家への申し込みや、築50年の家のリノベの実績も生み出しました。こちらの家はすでに購入済み

「まだまだより良い町を作っていくためにやれることはたくさんあります。次の時代の新しい町づくりにプレイヤーとして参加してみたいという人が増えてくれたらうれしいですね。人材不足はどこも一緒かもしれませんが、豊浦町に来ればすぐにスタメンで活躍できますよ(笑)」

これから移住・定住者がどんどん増え、豊浦の町にどんな変化が起きていくのか、秘めた可能性がどう開いていくのか楽しみです。

豊浦町 建設課  佐藤一貴さん
豊浦町 建設課 佐藤一貴さん
住所

北海道虻田郡豊浦町字船見町10番地

電話

0142-83-2121(代表)

URL

https://www.town.toyoura.hokkaido.jp/


原動力は、地域のためにという想い。アクティブな町職員は元道職員

この記事は2023年6月9日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。