「冬も住める」。ワーホリで北海道好きに
北海道で自然を楽しむといえば、登山、キャンプ、スキー・スノーボードといったアクティビティーが思い浮かびます。その全てを堪能できるほど豊かな上川町へ、ヨガインストラクターという道を切り開くべく移住してきた男性がいます。東京都出身の地域おこし協力隊、大角武さん。上川町の「コミュニティプロデューサー」として、親子連れに人気の施設で働く傍ら、ヨガや趣味のサッカーで、文字通りコミュニティをつくっています。
大角さんは大学在学中、夢だった留学をアメリカで経験しましたが、半年でホームシックになりました。その時にキャンパス内で行われていたヨガをふらっと体験してみたところ、肩の荷が下りたように身が軽くなったといいます。大角さんは「『動く瞑想』と言われるだけのことはありました。精神的にも肉体的にもほどよい疲れがあって、気持ちが楽になりました」と当時を振り返ります。
こちらが大角武さん。撮影場所は、交流&コワーキングスペース「PORTO」
帰国してすぐにヨガスクールで資格を取り、友人らにヨガを教えるなどしていました。ヨガへの熱は高まるばかりでしたが、決まった客がいるわけではなく、インストラクターとして独り立ちするほどの自信はありませんでした。
やがて就職を見据え、外資系の人材紹介会社にインターンで飛び込みましたが、厳しいノルマのもと、思うように成果は上がらず。周囲からは「考えた方がいいよ」「一度、日系企業で揉まれた方がいいよ」と言われました。「3ピースのスーツを着て粋がっていましたが、鼻をへし折られました」と大角さん。あらためて「第二新卒」の枠で就職先を探し、日系の印刷会社での採用が決まりました。
すぐ動きたくなるアクティブな大角さん。入社まで時間があったため、地域で仕事をしながら1か月滞在する総務省の「ふるさとワーキングホリデー」に応募しました。長野県、高知県と渡り、12月に北海道は東川町にやってきました。それまで旅行で札幌や釧路を訪れたことがありましたが、初めて道内で暮らすことになりました。日本語学校で教員の補助をしていましたが、この時驚いたのは「意外にも冬の北海道って住めるな...」と感じたこと。日本離れした雰囲気も気に入り、北海道をどんどん好きになっていきました。
町のどこからでも大雪山系を臨めます
大組織は苦手。上川町の協力隊に惹かれて
ふるさとワーホリ終了後、内定していた印刷会社で1年働きました。営業先にデザインなどを提案して回る仕事でしたが、上司には臆せず自分の信じたことを伝えるタイプで、どうにも馬が合いませんでした。「正しいと思ったことはポジション関係なく言ってしまいます。インターンの時もそうでしたが、大きな組織で働くのは苦手だと気付きました」。将来は独立して働くことをイメージするようになりました。
そんな時、グラフィックデザイナーの大学時代の友人から掛けられた一言が転機になりました。地域おこし協力隊という働き方も魅力に感じていた矢先、「上川町が面白そうだよ。行ってみたら?」と提案されました。
調べてみると、上川町の協力隊は「フード」「アウトドア」「クラフト」といった分野ごとに活躍するプロデューサーを募集していました。「立ち位置が明確に定められていて想像しやすく、面白そう。行ってみよう!」と直感しました。
ふるさとワーホリで暮らした東川町は移住者が集まり、おしゃれでどこか都会的なまちの空気や、協力隊の活用方法もすでに確立しているように大角さんの目には映りました。それに比べると上川町は、「まさにこれから」という雰囲気があったといいます。
「クラフトプロデューサーの地域おこし協力隊員さんとの1枚。彼女は、上川町のゆるキャラ「かみっきー」のマスコットをつくっています」
2021年2月、初めて上川町に降り立ちました。旭川からJRの特急で1本で、「意外に近いな」と感じました。弾丸日程でしたが、町役場職員と別の協力隊員(当時)に町内を案内してもらいました。厳冬期の2月。「この時期を知っておけば大丈夫。自分が住めるかどうか、判断して」と言われましたが、大角さんはむしろ感激していました。「もう圧倒されて...。すごい自然だなと。日本にいながら異世界を味わえる。僕からしたら、もうここは外国でした」。冬の寒さは東川町で体験済みですし、昔から海外に憧れがある分、上川町はど真ん中でした。
この日のうちにあった面接をへて、翌々日には採用通知を受け取りました。この時は印刷会社を休職していましたが、3月末で退職。2か月間体調を整えて、6月にはコミュニティプロデューサーとして着任を果たしました。
顔の見える町民とヨガ。感謝され、鍛えられ
コミュニティプロデューサーの仕事の1つとして、廃校になった小学校をリノベーションした体験型複合施設「大雪かみかわ ヌクモ」での勤務があります。ヌクモの目玉は、アートとテクノロジーを組み合わせたデジタルコンテンツで知られる「チームラボ」によるプログラミング体験で、大角さんもそのファシリテーターなどを務めたり、館内でのイベントを企画運営したりしました。
「大雪かみかわ ヌクモ」ではいろいろなイベントも企画
ただ、他の仕事との組み合わせもしやすい立ち位置で、大角さんの場合は面接の段階から、ヨガインストラクターの事業を並行するつもりでした。「将来はヨガインストラクターとして独立したい」と町役場側にも伝えていて、次々とヨガの企画を形にしていきました。
上川町には北海道を代表する大雪山系の黒岳があり、広大な「北海道ガーデン」として人気の、「大雪 森のガーデン」やキャンプ場、風光明媚な高原もあります。黒岳の五合目では旅行商品の一部として「黒岳ヨガ」を、キャンプ場では宿泊者が対象の「朝ヨガ」を、「大雪 森のガーデン」ではピザや読書体験と合わせた「ヨガマルシェ」を開催。健康寿命を延ばそうと、地元の社会福祉協議会と一緒に、月に2回は「シニアヨガ」も開いています。
人口が少ない分、都会と違って毎回の参加者は多いとは言えません。ただ、特にお年寄りからは「こういう場を提供してくれてうれしい」「幸せです」と感謝されました。そしてヌクモでの勤務経験から、不安なく接客できるように自然と鍛えられたといいます。「上川町に来て、ヨガインストラクターとしてやっていけると自信を持てました。まちでも見かけるなじみの人と楽しめて、人前に立つのも心地よくなっていました」
上川町は、外ヨガをするには最適な自然環境です
移住先として北海道にこだわったのは、豊かな自然の中で「外ヨガ」ができるという点でした。東京だとスタジオなどの屋内が中心になるため、もっと心身をリラックスさせてコンディションを整えるには、北海道が理想的な場所でした。その上、人前に立ってレッスンをすることに慣れていなかった大角さんとしては、顔の見える相手と丁寧に向き合い、ヨガを一緒に楽しむ場所として、上川町の規模感はピッタリでした。
また上川町は、起業を軸に置いた移住定住促進施策「KAMIKAWORK」(カミカワーク)を推進していて、協力隊の力を借りながら新しい働き方がさまざまに実践されています。大角さんは「協力隊の卒業生が続々とお店を開いたり、町がアウトドアブランドなど多くの民間と協定を結んだりと、勢いのある流れの中に身を置けました。コミュニティプロデューサー自体も挑戦しやすい環境にあったので、ヨガでコミュニティをつくることができました」と満足そうです。
協力隊を卒業後も続く、上川町とのつながり
コミュニティづくりに関して言うと、大角さんにはヨガインストラクター以外の顔もあります。上川町では役場や森林組合の人たちを中心に「朝野球」がポピュラーになっていますが、「大人のレクリエーションに別の選択肢を」と考えた大角さんは、2022年のサッカーワールドカップをきっかけに、フットサルチーム「Kamikawa Futsal Club(K.F.C)」を立ち上げました。協力隊員や農家、町外の人も参加して2週間に1度楽しんでいます。「近隣の鷹栖町や愛別町のチームにも声をかけてゲームをしますが、異業種の人との交流は刺激になります。これも1つのコミュニティになっています」と言います。
ヨガの他に、サッカーも得意!まちの人たちに声をかけるとサッカー好きが結構いることが判明!
実は大角さんは2023年9月で協力隊を卒業することを決めていて、国境を越えた壮大な「ヨガの旅」に挑戦するといいます。10月にはオーストラリアへ渡り、大角さんいわくストイックで、筋力が必要な「アシュタンガヨガ」の正式指導者になるべく練習を積みます。その後、推薦状がなくては門を叩けないというインドのスタジオを目指します。
「初めて、ヨガで越えられない壁が現れました。それがアシュタンガヨガです。旭川で体験してから、どっぷりはまりましたね」とうれしそうに話します。
北海道を離れることになりますが、せっかくできたご縁です。上川町サイドとしても「関係人口として関わってもらえれば」という思いがあるといい、大角さんは関わりを持ち続けていくつもりです。「シニア向けのヨガはオンライン配信ができますし、夏には『黒岳ヨガ』をするために北海道に戻ってきたいですね」。定住せずとも、人とのつながりを作り、自分を成長させた地域との絆を深めていくのも、素敵な協力隊のあり方です。
見るからに難易度高めなポーズも楽々と
総務省によると、任期終了後に同じ地域に定住する協力隊員は約65%です(令和3年度調査)。3人に1人ほどが別の地域に移っていますが、その地域と関係を持ち続けることで、新たな化学反応が生まれるかもしれません。
大角さんは、協力隊を卒業した人たちの活躍をまぶしく見つめます。地元の精肉加工店と飲食店を継承してホットドック店を開いたり、「無店舗インディーズ焙煎士」として活動してきた人が町内でロースタリーカフェをオープンさせたり、近くの人たちが行き交うコミュニティスペースを運営したり。「人口3000人ちょっとの町で、そういった道を進んだ先輩たちの勇気に圧倒されます。僕にはできませんが、だからこそこれからも刺激をもらい、また応援していきたいと思っています」と語ります。
「上川に来てから健康になった」。その言葉の裏にあるもの
上川町の地域おこし協力隊は2023年1月末現在で13人です。大角さんの「コミュニティ」をはじめ、各分野のプロデューサーが活躍できる舞台が用意されているほか、驚くほど安心できる環境が整っています。
協力隊員が利用できるシェアハウスやコワーキング施設がJR上川駅近くにあり、家探しや家電の用意などの必要なく、身一つで移住できます。駅周辺に広がる市街地もコンパクトで、徒歩圏内にスーパーやコンビニがあるほか、飲食店も連なります。「ラーメン日本一」をうたう町らしく、ラーメン店のはしごも楽しめます。
そしてもちろん、雄大な自然も。大角さんは「夏は大雪山に登って、頂上からの景色やカルデラを見たときは『来てよかった!』と思えました。冬は、上川町に来て始めたスノーボードもできます」と楽しみ尽くしている様子。
「カミカワークラボ」は、コワーキングスペースや、居住スペースを備えた施設。協力隊員の拠点の1つでもあります
また、東京で食べていたものと味の違いに驚いたというアスパラガスをはじめ、よく新鮮な野菜をおすそ分けしてもらえるんだとか。「町の皆さんとの距離も近いので、お話するのが楽しいですね」と言います。
「自然へのアクセスも、都市へのアクセスも良く、どんなバックグラウンドの人でも過ごしやすい。ちょっと疲れたら旭川も層雲峡の温泉もすぐです」
最後に、この北海道の真ん中にまで大角さんを向かわせたヨガの魅力を聞きました。
「血流が良くなり、冷え性も改善すると言われています。集中でき、モヤモヤがスッキリします。息を吸い切り、吐き切ることで、頭の働きがよくなります。これまで意識しなかったことを意識するようにもなれます...」と、まさに立て板に水。
なんだかこれは、協力隊の役割のようにも思えてきます。プレイヤーの出入りがあることで町の空気の流れが良くなり、温かみや発見が生まれるというような。「上川町に来てから、精神的にも肉体的にも健康になりました」と大角さんに言わしめるのは、ヨガだけではなく、雄大な自然や温かな人、新鮮な野菜といった上川らしさもあるのでしょう。
- 上川町 地域おこし協力隊員 大角武さん
- 住所
北海道上川郡上川町南町180番地(上川町役場)
- 電話
01658-2-4063(上川町役場 地域魅力創造課)
- URL
・大雪かみかわヌクモHP:
https://www.daisetsuzantours.com/nukumo/