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まちおこしレポート
新ひだか町

全ての子どもたちの笑顔のために。20211129

全ての子どもたちの笑顔のために。

コロナ禍で見えない不安や外出もできないイライラなどが溢れる世の中ですが、優しい気持ちを思い出させてくれる、そんなお話しに耳を傾けて下さい。

近年、SDGs(Sustainable Development Goals)という言葉が世の中に浸透しだしてきており、「誰ひとり取り残さない」という原則のもと、全ての人々が幸せに暮らしていけるように、世界規模で考えていくという行動を求められる時代になってきました。

こんな現代の話からさかのぼること40年以上も前。1977年12月。同じ事を考えたひとつの組織が、北海道の小さな町に誕生しました。それが社会福祉法人 静内ペテカリさん(以下ペテカリ)。静内地域にある山の「ペテカリ岳」が名前の由来となっています。若い方には想像もつかないでしょうが、テレビがモノクロ(白黒)放送から、ようやくカラーテレビに移行した年です。もちろんスマートフォンもインターネット環境もなく、情報を得るのも大変な時代。

そんな時代に「障がいを持った子どもたちを支援していきたい」という想いのもと、ペテカリさんの活動は始まりました。今のように法制度も整っておらず、偏見や差別、間違った認識に溢れた時代から戦い続け、その活動の領域を広げてきた法人です。障がいのある方に対しての知識は、今ではかなり一般にも広がってきているかと思いますが、障がいをもった方々を支援している人々のことをどれだけ知っていますでしょうか。そんな現場からの最前線の情報をお届けするとともに「障がいのある子どもたちを『支援している人』を支援していく」という優しい気持ちの輪が広がったら...、この業界で働いてみたいと思う人が増えたらと心から願います。

※撮影にあたっては細心の注意を払い、撮影時のみマスクを外して対応いただいております。また、ペテカリさんのこれまでの活動の様子がわかるご提供写真も複数使用しております。

新ひだか町におじゃまして

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北海道のなかでは町として比較的人口の多い新ひだか町。2021年現在、約21,000人の人々が住む海に面した町。競走馬の産地として牧場が多く、あちこちで馬がのどかに過ごしている様子をみられる自然に恵まれた環境です。それでいて大きなチェーン店や飲食店、ホテル、金融機関や医療機関などが集まったマチナカがあり、都市部から移住を考えている人にもちょうどいい感じの市町村です。とはいえ、1965年には35,000人が住むエリアでしたので、ゆっくりと人口が減少しており、北海道の大多数の市町村と同じく人口減少問題・少子高齢化・担い手対策について、いろいろと考えていかなければいけない状況でもあります。

1B2A4462.JPGこどもサポート ほっぷ

その新ひだか町の中心部から山側に車で走ること数分。学校や住宅が建ち並ぶ閑静な場所の一画にある「こどもサポート ほっぷ」におじゃましました。同じ敷地には、障がいを持ったお子さんからお年寄りと暮らす家庭の方や、子育て中の方などが地域で共に支え合って暮らしていくための交流施設「多機能共生型地域生活支援施設 オープンコミュニティ みんくる」や重症心身障がいの方の生活介助を行う「デイセンター虹」など、多くの機能をもった施設が並んでおり、近隣にも町の委託を受けて運営しているお子さんについての相談を受ける「新ひだか児童養育相談センター」など様々な施設があり、それらを含めて現在10施設ほどペテカリさんが運営しています。

「いろいろ施設が並んでて、わかりずらいですよね? スミマセン」と笑顔で迎え入れてくれたのは、作業療法士(OT)でもあり、地域コーディネーターの肩書きも持つ佐藤 知哉係長。スタッフみなさんからも「ともやさん、ともやさん」と慕われる理由がすぐわかるくらい、笑顔を絶やさない優しそうなお兄さんというのがマスク越しでもわかる第一印象でした。

静内ペテカリとは? 知哉さんはなぜここに?

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まずは法人の概要や御自身のことについていろいろと聞いてみます。

「社会福祉法人 ペテカリは、障がいを持った子どもたちの支援を行うというミッションのもと、昭和52年に設立されまして、道内でもかなり古くから地域に根差して活動している法人です。私自身がここへ入社した理由も、地域で様々な苦労を感じながらも生活している方々や、ご家庭を支援する取り組みをしているというのを知りまして、ぜひ一緒にやっていきたい!と思ったからなんです。...まぁ20年も前の話ですけどね笑」

知哉さんは、札幌生まれ、札幌育ちだそう。作業療法士の資格を取得するための知識を学ぶ医療系の専門学校時代に、大きな病院の様子も見てきたと言います。作業療法士としての就職を考えると、大きな病院に勤務して安心安定を得ることを目指すべきとも言われがちですが、縁もゆかりもなく、人口200万人弱の札幌に比べると小さな町の新ひだか町で就職、そして福祉業界に従事することに抵抗感や不安はなかったのでしょうか。

「確かに、名の知れた大きな病院に勤務すること...みたいなのが、学生にとって最大のゴールのような風潮もあるかもしれないんですけど、僕の場合はちょっと違ったんですよね。大きな病院って、しっかりと分業化がされていて、自分の役割も明確。それって一見するととても働きやすいのかもしれないんですけど、患者さんが来て対応して、すぐに次の患者さんがくるっていう感じのパターンみたいなのが、自分にはどうにも合わなかったんです。効率的ですから、そういうところで働きたい!という人がもちろんたくさんいるのもわかりますし、患者さん側にもそういう医療機関を必要としている人が多いこともわかるんですけどね」

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さらに学生時代の印象的な体験も教えてくれます。

「僕が学生のころ、月に1回程度ではありましたけど、障がいを持った子どもたちと遊ぶというボランティア活動に参加していて、その影響が大きかったかな。障がいを持った子どものなかでも、いわゆる発達障がいを持つお子さんたちと遊ぶボランティアでした。当時はまだ、発達障がいという言葉もない時代だったんですが。そこでは、いろんな立場のスタッフが相談しながらチームでケアしていくっていう感じでしょうか。すごく楽しかったんですよね。就職を考える際に、専門学校の先生に、ペテカリの地域で実践している取り組みを教えてもらって、ボランティアをしていたときに感じた感覚を実現できるんじゃないかって考えたのがここにきた理由です。札幌を離れるというのにもあんまり抵抗なかったですね。当時は新ひだか町として合併・誕生する前で静内町という町だったのですが、もっと田舎を想像してたからか、割と大きい町じゃん!イオン(の前身)もあるし!ミスドもあるじゃん!って(笑)」

他にもたくさんのことを教えていただきました。考えれば当たり前の話なんですが、障がいを持ったお子さんも、いずれ大人になり高齢者になる。最初は子どもたちを支援する事業であったはずが、放課後等デイサービス(お子さんの育ちを支援する場)や生活介護事業(通所で食事や入浴などを支援するサービス)、共同生活援助事業(生活に必要な支援を受けながら暮らしていく家)などなど、地域や親御さんから必要とされるたびにその事業領域が拡大していきました。ペテカリさんのみなさんが持っている名刺は、牛乳パックをリサイクルした紙でできているのですが、障がいを持った方も働ける場所を...ということで、このリサイクル紙のようなモノづくり事業やクリーニング事業などを行う就労場所もつくっていました。

知哉さんとしては「支援者応援センター からふる」の担当として、障がいをもったみなさんを現場で支援する人たちを支援する取り組み...つまりは同業者さんへのアドバイスやケアを行う担当として、新ひだか町だけでなく近隣の新冠町・平取町・浦河町・様似町・日高町・むかわ町などに赴き、広域市町村にまでその業務を広げているところです。

人口減少社会において、福祉事業の未来

20200718 判官館_210812_9.jpgペテカリさん提供写真。ひだかブルーと子どもたち。

お子さんの障がいはさまざま。ウチは24時間、目ばなしできないような苦労を持っているお子さんもいらっしゃいますよと、さらりと説明される知哉さん。報道などで見聞きする、責任の重さや、やり場のない不安、施設に漂う悲壮感や仕事での疲弊感などもあるんじゃないかな?と想像していた取材陣にとって、知哉さんの口調は、いい意味で意外でした。そこで、ある疑問もなげかけてみます。これだけ人口が減ってきている世の中で、比例して障がいをもった方も減っていくのではないですか?そうなると地域から必要とされなくなっていくのではないですか?就職先として考えてもらいたい学生にとっても将来性という意味では不安になるのではないですか?と。そんな矢継ぎ早な質問にもさわやかな笑顔で知哉さんは丁寧に説明してくれます。

「実は人口が減っているなかでも、利用を希望される方々は増えているのが現状です。診断名としては、ASDと呼称される自閉スペクトラム症を持った子どもたちが割合として多い印象です」

自閉スペクトラム症とは、重症度はさまざまではあるものの、発達早期の段階で、対人コミュニケーションをとることが難しい症状などが主で、原因は未だはっきりしていませんが、家庭の子育てが原因ではなく、遺伝的な要因が複雑に関与して起こっている機能障害ではないかと言われています。2013年に定義されたまだまだ最近の話でもあります。増えているという事象は、そういった医療の進化や診療方針の変革などにも一因がありそうですね。さらに知哉さんは説明を続けてくれます。

5D3A3326.JPG驚くほどアーティスティックな子どもたちの作品。オールモービルという、陸海空、地中、宇宙、どこでも行ける夢の乗り物で三菱製をイメージして製作したそうです。

「かつては家庭に何人も子どもがいるのが普通でしたが、核家族化・少子化の影響で、家族で障がいを持ったお子さんのお世話をするような環境が難しくなっていること、教育制度や社会の風潮の変化で、これまで障がい児とはされなかった子どもたちも支援の対象となり、結果として人数が増えていること、親御さんが共働きして収入を得ないと生活がなりたたないご家庭が増えていることなど多くの社会変化により、実は地域のみなさんからのニーズの全てに応えられないほどの状況にもなってきていまして、地域の子育て力を高めていくことといいますか、子どもの育ちを応援してほしいと感じているご家族は、これからもさらに増えていくのではないかと思っています。僕としてはだから施設をもっと増やして!ということではなく、むしろ一般環境のなかで支援していける仕組みづくりをもっとしていかなければと思っています。福祉業界を就職先として考える方が、少子化や人口減少で必要なくなるのでは?という問いにはそういう意味ではむしろもっと地域に必要とされる存在になる気がしています」

医療モデルでは、障がいを特定して健常者に近づけることを目的としているそうですが、福祉モデルでの考え方でいくと「私たちは支援を通じて、社会的な控除がなくても子どもたちがその子らしく暮らしていける地域づくりを目指している」そうで、障がいをもった子ども=地域で生きにくさを感じる子ども・育てにくさを感じる保護者が増えている社会になってきてしまっているのかもしれない。ということも教えてくれました。

障がいを持った子どもたちが増えることは誰も望むことではありませんが、現実がわかるものすごく納得できるご説明でした。そんな知哉さん「ですが...」という言葉がつながります。

「親御さんや地域からのニーズは高まっているんですが、それを支える人材不足という問題に直面しています。一般的な学校や保育園の先生と生徒数の割合と違い、お子さんの障がいに合わせたケアをしていくためには、どうしても人手...特に、保育士や児童指導員、社会福祉士、看護師、作業療法士...などの有資格者の力が必要で、一緒に施設を運営していくためのマンパワーが絶対的に足りていないんです。福祉の仕事自体もそうですし、ペテカリのこと、ペテカリで働くスタッフの想いなどももっと知ってもらって、働いてみたいと思ってもらえるようになったらいいなと心から願っています」

これまでずっと笑顔で爽やかな知哉さんですが、初めて表情が少し曇りました。これは勝手な想像ですが、人手不足そのもので困っているというのはもちろんですが、対応できる人員がいないために、親御さんから助けて欲しいという声に応えられない歯がゆさや悔しさのようなものがあるような気がしました。

20200718 判官館_210812_0.jpgペテカリさん提供写真。高台の公園から。

実際に知哉さんが体験したエピソードも教えてもらいます。

「彼との出会いは小学校5年生のころでした。家からなかなか出られなくなっていて、さらには不登校になっていたので、家庭におじゃまするところからでした。家でもお母さんがとても頑張っていたのですが、暴れてしまったりもしていて、さらには体調を崩したりもして、入院も繰り返したりしている状態でした。何度も何度も接していくなかで、自分の存在を彼のなかで認識してくれるようになってきて、一緒にカードゲームをしたり、他の子どもたちとも遊べるようになってきました。ここの施設にも通ってくれるようになったので、お母さんにとってもその苦労や心労の一部を受け止めて差し上げられるようになったことも良かったと思っています。私たちの仕事は利用される子どもたちだけのためじゃないんですよね。そして時は流れて、彼が高校3年生になったとき。ここの施設の利用は高校卒業までとなっていたのを彼もわかっていたんですね。とても不安そうな様子が日常から見てとれました。卒業したらもうここに来られなくなると。そんな心情なのに彼が最後にしてくれたこと。自ら陶芸でつくったマグカップを僕にプレゼントしてくれたんです。これまでのいろいろなことがよぎって、本当に嬉しかったですね...。卒業したって遊びにきていいんだよ!と伝えてるのですが、なかなか遊びに来てくれないんですけどね(笑)」

お話しを聞いているとこちらもいろいろなことを想像して涙がでてきそうになります。できるだけ子どもたちと同じ目線になるように、あくまでも人として対等な立場で話し合っていくということを大事にしているそうで、ここでは職員同士や保護者や子どもたちまでも「先生」と呼ぶのはやめていることも教えてくれました。きっと、その「彼」にとって、知哉さんは自分のことをよくわかってくれている「アニキ」だったんでしょう。

なんとなくペテカリさんの全体像や知哉さんのことがわかったところで、インタビューはバトンタッチ。3人のスタッフさんを紹介いただきましたので、それぞれのお話しにも耳を傾けてみます。

静内農業高校を卒業してさまざまな経験を積んでからペテカリへ

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知哉さんのお話しを近くでニコニコと聞いていた女性。半田 紗椰さんです。現在はこちらでパートタイム職員として働いているそうで、退勤しなければいけない少しの時間でしたがお話しをうかがうことができました。

「私は新ひだか町静内出身で、静内農業高校の食品科学科の卒業です」と元気に教えてくれた半田さん。生粋の地元っ子です。高校時代のころから卒業後のことも教えてくれました。

「高校時代は、普通の高校生としての勉強はもちろん、食品科学科でしたので、バイオテクノロジー関連...主に牛に関わることなんかを学んでいました。でも就職活動ではいろいろ調べていくうちに宿泊業界にものすごく興味がでちゃって、人と関わる仕事にも就いてみたいっていうのもありましたから、ホテル関係に就職しました。新ひだか町を飛び出して、ものすごく田舎の町で働きはじめたんです」

接客やマナーなど、ホテルでの初めての社会人生活で多くのことを学んだという半田さん。ただ、自分が想像していた仕事とのギャップなどが重なってきたことや、新ひだか町を出てみて、静内ってなんでも揃っていて便利な町だったんだ!と気がつき、それでいて静かな環境もあり気候も落ち着いてる。やっぱり地元でしょう!ということで新ひだか町に戻ってきます。生まれ故郷を1度出たからこそわかる視点です。戻ってきてからも、牧場関係の仕事、トマト農園での仕事、プールの仕事、飲食店の仕事など短期契約ではありますが、さまざまな地元の仕事に従事したそうです。さまざまな経験も得て、ついにこちらで働くことに。

「高校生のころからペテカリのことは知っていたんです。学校でボランティア活動をする係にも所属していて、率先していろんな活動をしていたなかに、ペテカリもありました。そのころはボランティアをしすぎてボランティアクイーンなんて呼ばれてました(笑)」

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高校生でボランティア活動に精を出すなんてえらすぎます。でもそれがこちらで働くキッカケにもなっているそうなので、ボランティア活動は困っているみなさんをお手伝いするという行為だけでなく、地域を知り、人とつながれるという価値もあるのかもしれないですね。ただ、ボランティアという雇用関係のない立場から、職員として働くことに違いはなかったのか、その点についても半田さん。

「ボランティアで関わらせてもらっていた時と、今はあまり違いはないですね。ゆっくりとしたペースで働かせてもらってます(笑)。簡単に説明しちゃうと子どもたちと遊ぶのが仕事ですから、一緒にゲームしたりお話ししたりって感じの毎日です。でも責任もある仕事ですから、どんな時でも目を離さないように気をつけて、その日の出来事や気がついたことなどを記録してご家族に報告するというのも重要なお仕事としてやっています。でもここは小規模型での支援なので、たくさんの子どもたちを一人で支援するのではなく、マンツーマンでの対応が多いので働く側としても安心です。べったりしすぎず、時にはちょっと離れて、でも視界には入っているようにして、なんて感じに子どもの気持ちを尊重しながら寄り添っています」

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まだまだここで働き始めてそう長くない半田さん。成人された方がお住まいになるグループホームでの宿直の仕事も担当しているそうですが、そこも全然不安はない!と笑います。困ることがあれば他の職員みなさんが助けてくれるからと。今はまだ一生懸命やっているので、仕事を覚えていくことで精一杯。もう少し余裕ができたら次のステップに進む夢を見つけていきたいと話されました。最後に、半田さんから就職を考えている高校生に向けてのアドバイスもいただきました。

「何かに興味を持ったのであれば、絶対にやってみたらいいです!やってみないとわからないことって世の中にたくさんありますから。良いことだけじゃないかもしれないけれど、そこで得られる経験とか知識って必ず人生で役に立ちます。そしてもしダメだったとしても何度でもやり直しをする自由が全ての人にありますからね。でもチャレンジしようにも知らない業界は選択肢に入らない。まずはペテカリにボランティアに来て欲しいなぁ。どんな人たちが働いていて、どんな子たちが利用しているのかを知ってもらうだけでも」

静内高校卒業後、4年間の大学生活を終えて地元に戻ったイマドキ男子

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23歳と聞いて驚愕。驚くほどしっかりしていて落ち着いた印象の吉田 啓介さん。でも服装や雰囲気にイマドキオシャレ男子を感じさせる風貌の持ち主。目を輝かせながらいろいろなことを教えてくれました。

「僕も半田さんと同じく、地元の人間です。静内高校の普通科を卒業後、新千歳空港のすぐそばにある恵庭市の北海道文教大学に進学しました。4年間は恵庭市民でしたので、僕も出戻り組ですね(笑)」

知哉さんと同じく、吉田さんも作業療法士(OT)の資格を取得。なぜ新ひだか町に戻ってこようと思ったのでしょうか?

「僕の親が子どものころから、世の中にあるいろんな職業を教えてくれました。そのなかに作業療法士という仕事があるんだということを知り、すぐに将来の夢になりました。ただ、その仕事をするためには地元を1度離れて学ばないといけないということもわかっていました。でも、中学校時代から、大人になってもこの町に住み続けたいと強く思っていたので、戻ってくるというのも決めていたことでした。自分が育った町ですし、結構好きなんですよね。親も住んでいますし。だから就職活動でもペテカリしか応募していません(笑)」

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高校時代の同級生の多くは都会に出てしまって帰ってこないという吉田さん。でも生まれ親しんだ町がやっぱり大好き。都会はたまに行ければよくて、暮らすことに魅力は感じないと言い切ります。知哉さんにした質問と同じことを聞いてみます。日高エリアで働くことにしたとしても、医療機関や高齢者介護施設など、さまざまな選択肢があるなか、なぜペテカリさんに就職したのか?と。

「知哉さんと同じく、僕も大学の実習などで、大手の施設もたくさん見てきました。実際に働いていたわけではないので、その感覚だけでの比較にはなっちゃうのですが、自分には利用者さんに寄り添った生活支援ベースの仕事が合っているなと。『規模と領域の違い』と言うんでしょうか、大きなところでは脳梗塞の後遺症を始めとした身体障がいの方のリハビリが中心で、特に急性期ですと、患者さんとの関わりが短期間で終わってしまうことに、僕はうっすらと寂しさを覚えました。病院としても次々に舞い込んでくる患者さんを治療して大きな施設を運営していかなければいけない側面上、仕方ないことでもあると思っています。でもだからこそ対応できる領域があって社会もまわっていますので、そのやり方自体を否定するものではないのですが、自分にはもっと利用者さんとの横のつながりがある仕事に就きたかった。と言うのが率直な気持ちです。ペテカリの存在は、地元ですので小学生くらいから知っていました。特別支援学級の子ともつながりがありましたから。そんなこともあって、大学が夏休み中に帰省した際に、年に1回施設を拝見させていただいていました。大学3年生の時にはもうここで働きたいと心に決めていました」

ドキドキ夏 2021_210812_5.jpgペテカリさん提供写真。みんなをボートに乗せる吉田さん。

なるほど。例えはおかしいかもしれませんが、大手飲食チェーン店と地元の定食屋さん、どちらも食事をする行為は一緒ですが、コンセプトは違う。でもどちらが素晴らしくてどちらがダメというものでもなく、それぞれの法人や地域にあった考え方...吉田さんが言いたい「規模と領域の違い」はそういう感覚なのかもしれません。ここには学生さんや転職希望者が、大手だから、都会にあるから、というだけで就職先を決めてしまうことに大きなリスクがあるという真理が隠されているようです。ペテカリさんの施設を見学して、すぐに魅了されたことも聞いてみます。

「『こどもサポートほっぷ』は、障がいや悩みを持ったお子さんたちが、学校終わりやご家族が一緒にいられない時間に来てもらう、第2の家のような居場所です。だから病院やリハビリセンターの先生でもトレーナーでもなく、一緒に過ごすお兄さんとお姉さん。いい意味で働いている職員が仕事って感じじゃない雰囲気で自然体のままそこにいるっていうのが、見た瞬間にわかりました。そういうのを求めていたんですよね。ここにきた子どもたちがその子らしく育ってもらうために全力で働いているっていう雰囲気に自分も加わってみたいって本当に思いました」

実際に働いてみて、その気持ちはどう変化があったのか、今はどんな感じなのかも説明してくれました。

「実際に働いてみたら今まで学んできた作業療法士らしい仕事はほとんどやってません(笑)。なので大学4年間学んでいたこととのギャップは確かにありました。なんていうんでしょうか、治療行為を行うという医療機関チックな考え方と、どうやって落ち着いた生活を送ってもらえるかという考え方が頭の中でごちゃついて、治すことを主目的とした仕事ではないという考え方にチェンジしていく葛藤みたいなのがありましたね。でも専門的な頭も捨てるわけではなく、自分のなかで両方の視点も持ちながら子どもたちに接していきたいと思っています。でも現場は本当に楽しいんですよ。働き方も時間の融通がきくところもありがたいです。たくさん働いた週は次の週は減らせるといった裁量もいただいているので、自分が好きなことをするために時間を調整させてもらっています」

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今年4月に結婚したという吉田さん。公私ともに幸せな生活を送っているようです。取材陣もこれまでの多くの医療介護福祉施設のみなさんのお話しを聞いてきましたが、こちらでお会いした職員のみなさん全員が目を輝かせていたのは見逃せません。冒頭にも紹介したように、何か切迫したような雰囲気や、重圧に耐えるような空気感は一切ありませんでした。人手不足に陥ると、人が足りない分、在籍している職員に無理がかかってきたりするものですが、吉田さんが説明してくれたように、子どもたちが過ごしやすい環境にするためには、スタッフもイキイキして仕事ができなければいけないという考えが、働き方のフレキシブルさにもあらわれていました。

バンドを2つもかけもちして活動している吉田さん。最後にその吉田さんらしい目標と、半田さんと同じように高校生や大学生、若い人たちにも働く上でのアドバイスをもらいました。

「そうですね、まず就職活動でも働き始めてからでもそうですが『頑張りすぎないこと』というのをお伝えしたいです。そして、好きかどうかは別として、どんなことでもいいので、自分の自信があることをみつけて、やり続けていくという考え方も大事だと思います。好きなことは仕事じゃなくても趣味としてでもできますからね。今は知哉さんにくっついて歩いて、たくさんのことを学ばせてもらっていますので、もっともっと経験を積んでいきたいと思っています。そしてゆくゆくは音楽療法なんかも取り入れていきたいなって考えています」


尊い仕事

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せっかくだから!と知哉さんが連れてきたのは、また笑顔がキュートな齊藤 彩乃さん。どうしてこんなにみんな笑顔なんでしょう?と不思議な気持ちになってきます。齊藤さんは、就職を機に新ひだか町に居を構えた移住組です。いろいろと気になることをうかがってみます。まずはこれまでの経緯を。

「福祉の仕事に興味を持ったのは中学生の頃。児童虐待の報道を見たことがキッカケでした。それで福祉の仕事にもいろいろと資格があるんだということを知って、社会福祉士の資格を取得できて、専門的に福祉の勉強ができるということで、札幌にある北星学園大学 社会福祉学部 福祉臨床学科へと進んだんです」

社会福祉士とは、合格率が約30%(令和元年度は29.3%)という非常に難関な国家資格。ソーシャルワーカーとも呼ばれ、身体的・精神的・経済的なハンディキャップのある方の相談を受け、支援するのが主な仕事。中学生の時に感じた「困っている子どもたちを助けたい」と思ったことを、ちゃんと自らの仕事にすべく努力をし続けたのはとても素晴らしいことです。齊藤さんにもみなさんに聞いたことと同じ事をきいてみます。なぜペテカリさんに就職したのかを。

「大学時代の就活にさかのぼりますが、実習やボランティア活動を通して、障がい児通所支援事業で働きたいと思っていました。そこで、当時通っていたボランティア先の職員さんに、就職について相談したところ、ペテカリさんを紹介いただいたのが、応募したきっかけです。実際に職場見学をさせていただいた際にも、従来の型にはめる方針ではなく、お子さんや保護者の方のニーズに沿って支援を行っており、とても魅力的に感じたのをよく覚えています。また、小さい町だからこそ、お子さんだけではなく、ご家族の生活を支えようとする方針に惹かれました。そして、管理者をはじめとした職員のみなさんの考え方がステキで、雰囲気もとても良かったので『ここでなら私の個性もゆるしてもらいながら働けるかも!』と図々しく思ったのも選んだ理由のひとつですね(笑)」

就職活動では「自分自身が関心を持って働き続けられる業種であること」を絶対条件にしていたという齊藤さん。そして気になった法人は、説明会だけでなく、職場見学を通して、実際の業務や職場の雰囲気を感じ取ることで、自分がそこにいるイメージを持てるかどうかという点も大事にしていたそうです。これから何年も何十年も働くことになるかもしれない職場を探す上では、本当に大事なことですよね。

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働き始めてみて、さらにいろんなことに視野が広がったそうです。

「最初は子どもたちと個別に関われることを魅力に感じていましたが、徐々に子どもたち同士の接点や支え合いのほうが重要なのではないかと考えが変わってきました。点で考えるのではなくて、線や面で考えるという感じでしょうか。子どもたち同士が関わって『みんなと遊べて楽しかった』って思えるような活動内容を考えたり、子どもたちも一緒になって計画を立てたりもしています。また保護者の方がチャレンジして欲しいと思うことなども組み合わせたり、普段通う学校や利用する児童館などとも良い連携を組んでサポートを模索しているっていうのが今の仕事です」

齊藤さんの笑顔と元気な雰囲気に、充実した毎日を過ごされている感じがヒシヒシと伝わってきますが、それだけだとなんだかウソっぽくも感じる読者の方もでてきそうなので、大変なことやつらいことも教えてください!とつっこんでみます。

「まず、アイディアとひらめきが必要なことに悩まされてます(笑)。いろいろなタイプのお子さんがいらっしゃるので、皆さんが楽しいと思ってもらえるプランを考えるのってホント苦しいですね。それと、反抗期や思春期のお子さんの中には、気持ちの整理がつかず、いろんなことに不安を強く感じてしまう時があるのですが、そんなときも上手くサポートしてあげることができないこともあり、自分の力量不足を実感することがあるのはつらいですね」

こうやったら絶対正解!というものや、マニュアル通りにすれば問題なし!という仕事ではないからこその悩みであり、そこを悩んできたからこそ、齊藤さんの強さや優しさがあるようにも感じます。それでもこの福祉の仕事を、ペテカリさんで仕事を続けてきているやりがいもこう説明されます。

「来てくれたお子さんが、小声でも「今日楽しかった」と言ってくれたり、笑顔で帰っていくだけで、働く原動力になるんです。この仕事をしていて良かったって思う瞬間ですね。保護者の方にも、色々とご協力いただいたり、ご迷惑をおかけすることもあるなかで、感謝や労いの言葉をいただくたびに、もっと頑張ろうという気持ちにさせていただけています。この仕事は、小学校1年生から最長で12年間。お子さんの成長を、保護者の方やさまざまな方と一緒に、間近でその瞬間を見ることができる『尊い仕事』だと思います。ご家族の喜びや苦労をリアルタイムで共有させていただける仕事は中々ないと思います。そして、私たちもまた、お子さんや保護者の方々から学ばせていただいたり、支えていただいているのだなと常に実感しています。子どもたちは感性が豊かなので、想定していた反応と違った返しが来ると『そう来たか!?』と、いつも驚かされますし、笑わせてもらっています。普段クールなタイプのお子さんが、一緒に活動している中で、面白いことや嬉しい出来事があったときに、大きなリアクションを取ってくれた時は、本当に本当に嬉しいです。お子さんや保護者の方から見ると、私たち職員は、家族でもない学校の先生でもない第三者の立場ではありますが、だからこそ支え合える関係が築けるのかなとも思います」

社会人の方であれば、自分が働いている会社や職種、業種を「尊い仕事」と心から言えるでしょうか。必要とされる仕事だからといって奢ることもなく、あくまでも主人公は子どもたちと親御さんであり、サポート・支援に徹するペテカリのみなさん。地域にとって「尊い会社」と言ってもいいような気がしました。

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少し話題を変えて、札幌にある大学に通い、都会生活を4年間続けたなかで、知らないまちで就職するということに不安はなかったのでしょうか?新ひだか町にきて、困ったことはなかったのでしょうか?

「そうですね、思っていたよりも暮らしやすくて、生活するには特に不自由を感じません。矛盾した表現ですけど、田舎の中では都会の方だと思っています(笑)。強いて言えば、娯楽施設(映画・ボウリング・ショッピングモール等)が、一番近くで苫小牧市になってしまうので、行きたいときに気軽にいける距離ではないので、そんなときに『あ、田舎に住んでたんだったな』と実感します(笑)」

最後に齊藤さんから、福祉の仕事についてや、ペテカリさんの魅力のアピールもお願いしました。

「私が所属する事業所は、お子さんと関わる仕事がメインですが、法人内には、成人の方を支援する事業所が多くあります。卒業したお子さんの、その後の人生を共に過ごしたり、見守ることができるのも、当法人の魅力かと思います。また、成人の利用者さんと関わることで、お子さんへの支援のヒントをいただくこともあります。お子さんと関わるのとはまた違った興味深さが増しますし、色んな人生を歩まれている方々なので、本当に勉強になることが多いです。町の資源やつながりを生かして様々な仕事ができることは、小さな町で行う福祉事業の魅力だと思います。若い世代のみなさんにもっと働いて欲しいなと思っていますので、気軽に職場見学に来てもらいたいな~って思っています。個人的な目標ですが、高校生や大学生の皆さんに福祉の仕事の魅力を知ってもらいたい気持ちが常にありますので、実習指導者の資格が取れたらと思っています。自分の仕事もまだまだですので、もっと勉強しながらですけど...」

どこまでも謙虚、そしてまだまだ学んでいく姿勢の齊藤さん。子どもたちが自然と齊藤さんの周りに集まってくる理由がわかった気がします。齊藤さんが歩んだように、中学生くらいから、齊藤さんからお話や仕事のことを聞いて、齊藤さんみたいになってみたい!福祉の仕事を地元でしたい!というような子どもたちが増えていったら、もっといい地域になるような気がしてきました。

福祉の仕事とは。向いている人とは。

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一番最後は、やっぱり知哉さんにこの記事を締めてもらいます。

「先ほどご説明したように、今、地域からのニーズはものすごく増えてきている反面、人材不足が課題です。これからは、福祉業界の仕事の楽しさを知ってもらったり、障がいを持つ人の魅力を多くの人に知ってもらいたい、そして地元の中学生や高校生、転職を考えている人たちにも福祉の仕事の面白さを伝えていけるような取り組みが何かできないかなと思っています。半田さんが高校時代にしてくれていたように、少しの時間だけでも子どもたちと遊ぶボランティアという活動でもいいですし、施設見学ってだけでもいいです。私たちはそれだけでも充分ありがたいと思っていますし、子どもたちに知り合いが増えるってことも何より嬉しい。私たちが運営する『オープンコミュニティ みんくる』では、誰もが交流できて活躍できる場づくりを目的に運営していますので、そこでのイベントの参加などでもきっと多くのことを感じてもらえるのではないかと思っています。地元に住み続けるために雇用を守るという意味でも、地元の高校生や新ひだか町を出て進学した子どもたちが、『戻ってきて働いてもいいかな~』くらいに思ってもらえる選択肢の一つにでもなれたらよいなと思っています。地元高校を卒業して町外に進学したら、帰ってこない人が大半なので。僕のように新ひだか町に移住してきて働くというのもアリだと思いますので、興味を持ってもらえたら嬉しいです」

5D3A2977.JPGデイセンター虹の成人の利用者さん。バッティングフォームが決まっています!

どんな人にペテカリさんの仕事は向いているのかも尋ねてみました。

「これは僕の意見ってことですよ!と前置きしますが『変わった人』がいいと思ってます(笑)。ってなんか変な発言ですよね(笑)。なんていうんでしょうか、どんなことでも面白がれる人って言ったほうがいいのかな。大抵は、僕らの仕事の業界で働く人について「慈しみの心を大切にして障がいのある方をお世話する優しい人」みたいなイメージを抱いている人がが多い様に思うのですが...。もちろん、そうした考えは正しいと思いますし、否定する訳ではないのですが、なんかそういう考え方って古い気もしていて、障がいを持った人とも、そうでない人とも誰とでも関係なく楽しむことのできる「変わった人」って感じです。もうちょっと説明すると、人と人が関わる仕事ですから、こちらが思うようにいかないこともたくさん。でもそこを悩み過ぎても前には進めなくって、自分の気持ちも守っていく意味もあわせて、どこか客観的な視点で、全体も見ながら楽しんでいく姿勢をつくっていく感じですね。そして子どもたちがやりたいことをどうやったら実現させてあげられるかってことを一緒に考えてくれたら本当に嬉しいですね。子どもたちの笑顔を見るのが僕たちの仕事ですから」

みんくる祭 2019_210812_4.jpgペテカリさん提供写真。「みんくる祭」の様子。

ある人が言いました。どうしてうちの子は障がいを背負って産まれてきてしまったのか...。お医者さんに言われて目の前が真っ暗になった...と。運命を呪い、将来を悲観し、これからどうしていっていいのか不安に襲われたと。ペテカリさんは、そんな暗闇に一筋の光を照らし、子どもたちの笑顔を一緒に見ていきましょうと寄り添います。同じ障がいをもった子どもたちを支えるご両親同士の横のつながりもつくることで、自分たちだけじゃないんだという心の支えもつくり、障がいを持った方も参加できる地域の交流する場作りも行う。「自分は他の子たちとは違うのかも」と落胆する子どもたちの、言葉として発しない声を聞き、何ができないのかではなく、少しずつできることと将来を一緒に見つけていく。地道に、一歩ずつ。知哉さんが最後におっしゃったように「子どもたちの笑顔」が見られたら幸せという言葉。突き詰めると、そこにペテカリさんの、働く方々全員の想いの全てがあった気がします。

身近に障がいを持った方がいないと、なかなか考えが及ぶことは少ないかもしれません。ましてや障がい者施設で働く人のことなど想像したこともないかもしれません。でも、新ひだか町にあるペテカリさんのことはもちろん、みなさんの地域にある福祉施設で働いている方々のことも、もう少しだけ想いを馳せてくれたら嬉しいなと思います。施設のみなさんは、今日も障がいを持った方々のために、一生懸命頑張っています。労働という概念だけでは片づけられない、人としての想いを大事にしながら。

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社会福祉法人 静内ペテカリ「こどもサポートほっぷ」
住所

北海道日高郡新ひだか町静内こうせい町2丁目8-27

電話

0146-45-0341

URL

http://www.shizunaipetekari.com/

本部住所:北海道日高郡新ひだか町静内目名426-1

事業所数:10施設(令和3年4月現在)

職員数:173名(令和3年4月現在)

事業内容(児童発達支援、放課後等デイサービス、保育所等訪問支援、福祉型障がい児入所施設、生活介護、就労継続支援B型、共同生活援助、居宅介護、施設入所支援、短期入所、地域生活支援事業)

こどもサポートほっぷの紹介動画 ↓

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全ての子どもたちの笑顔のために。

この記事は2021年8月5日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。