長沼町は、米や野菜の栽培、酪農など農業が盛んで、豊かな田園風景が広がる町。その長沼の中心街に、テレワークやコワーキングスペースとして、町に来る人の仕事の拠点となる施設ができたと聞いて、やって来ました。
その施設は、「ながぬまホワイトベース」。その名の通り、白くてひときわ目立つ建物が中心街の角地に建っていました。この日も何やら人が集まっている様子です。さっそくお話しをうかがいに中に入ってみました。
町の中心の、ちょっとお洒落で落ち着く空間
入り口付近には、この施設でのイベントを告知するチラシや、町内のお店のショップカードなどが並んでおり、バーカウンターではコーヒーを提供しています。ちょっとお洒落で落ち着く空間です。
そして中央はイベントスペースとなっており、この日は南空知の農業者有志の研修会が行われており、参加者が熱心に講義に耳を傾けていました。また、打合せやコワーキングに使えるような個室もあります。その一室をお借りして、取材をさせていただきました。
ここ、ながぬまホワイトベースは、長沼町とテレワーク推進事業として立ち上げた施設。施設を管理するのは、増田健司さんが代表を務める町内のベンチャー企業・合同会社マスケンです。
元々は、長沼町が空き家を活用してテレワーク事業を行い、交流人口を増やすと共に、地域で仕事を興す取り組みに挑戦しようと、テレワークの先進地域である北見市や斜里町を視察するなど準備を進めていました。
ちょうどその時、増田さんがこの建物を購入し、使い道を模索していたのです。
そこで、長沼町と長沼町がまちづくり包括連携協定を結ぶミサワホームグループの協力を得て、総務省の「ふるさとテレワーク推進事業」に応募。無事採択され、2018年にスタートを切ることになりました。
ベースの持ち主・増田さんとはどんな人物?
ところで、このような建物を買って地域で何かを仕掛けようという合同会社マスケンの増田社長とは、一体どんな人なのでしょうか...?お話を聞いてみました。
合同会社マスケンの増田社長です。
増田さんは三重県出身で、子どものころお菓子のテレビCMで見た北海道の風景に憧れて大学進学で北海道へ。大学卒業後はJAながぬまの職員として15年間勤め、その後退職して独立しました。JA時代の農家との人脈を生かして道の駅の直売所を運営したり、不動産の事業を行っていました。
「町に人が集まる拠点を作りたいと考えていました。ホリエモンがビルのワンフロアでいろいろな会社を束ねて宇宙事業を進めていたようなことが、長沼町でもできたらと思ったんです」
そして、以前は居酒屋として使われていたこの建物は、閉店してから8年ほど使い手がなく放置されていました。親しくしていた司法書士を通して、この建物を買わないかという話が増田さんのもとに舞い込んだのです。
居酒屋だった際に訪れた思い出があり、さらには町の中心部に位置していることにも魅力を感じ建物の購入を決意した増田さん。
しかしその活用方法を考えあぐねて、役場に相談に行ったそう。
その時訪ねたのが、このテレワーク推進事業の担当である、企画政策係長の山下宏之さんです。
「山下さんは、私がJAの職員だった時に農政課に配属されていて、その時からのお付き合いです。以来、よく顔を合わせていて、この時もネタ探しにお邪魔しました」
起業家が役場に気軽に相談に寄れるという距離感も、小さな町ならではの羨ましい利点です。一方、山下さんも「ちょうど、前任者からこの事業を引き継いで、巻き込まれた形です(笑)。役場だけでは空き家の物件なども思うように利用できないため、増田さんからの相談は渡りに船でした」
長沼町政策推進課 企画政策係長 山下さんです。
ちなみに、ホワイトベースという名前は、「北海道といえば白い雪。東京の世田谷ベースのように、北海道から発信する情報基地として機能すれば、という思いで名付けました。というのが表向きの理由で、実はガンダムに出てくる架空の兵器の名前から取りました。世代を超えて愛されている作品なので、多くの人の目に留まるのではないかと(笑)」
この思わず突っ込みたくなるような発想が、これからの面白い展開を予感させます。
人が集まる拠点として可能性が広がる
立ち上げ後は、道の「北海道型ワーケーション導入検討・実証事業」に参加し、道外から訪れた人がながぬまホワイトベースを拠点にテレワークをしたり、スマート農業の視察を行ったり、アクティビティーで余暇を楽しむ体験をしてもらいました。
このような取り組みに積極的に手を挙げながら、テレワーク企業を誘致していく考えです。
また、コワーキングスペースとしては会員証を発行して都度払いか月極めで利用でき、営業マンや遠方からの出張者が利用しています。地元の講師が書道教室を開講したり、昼間や夜にママさんカフェを開催したりと、人が集まるさまざまな使い道も展開されています。
ホワイトベース内にあるカウンターで向かい合って話す写真をお願いししたところ、「こんなことしたことないけどね!(笑)と笑い合うお二人」
長沼町でのテレワークや仕事について、山下さんはこう語ります。「長沼町は、農業に支えられ食や観光も発展してきた町。やる気になれば何でもできると思います。ITを活用すれば仕事もどこでもできるので、都会が住みにくいと思っている人は無理にいなくてもいい。良くも悪くも人のつながりが濃いので、ちょっと飲みに行っても知り合いに会うという環境なので、人を頼れば協力も得られます」
行政の内情がわかるからこそ、地域起業を
そして、施設の2階は民泊施設の「プライベートロッジぶんぶく」として活用しています。ここを経営しているのは、地域おこし協力隊として長沼町に移住し、3年間の任期を2年で卒業し、独立した坂本一志さん。
坂本さんは札幌出身で、江別市役所に14年勤め退職し、その後長沼町の地域おこし協力隊として採用され、グリーンツーリズムの担当として役場が行っている修学旅行生の農家民宿受け入れを手伝い、その楽しさや難しさを肌で感じてきました。
坂本さんです。
以前も市役所職員として予算を見ていたため、役場の内情をわかっていた坂本さん。
「今のグリーンツーリズムから対象を広げたり、個人旅行客のニーズを拾うためには役場では限界があると感じたこと、協力隊としての成功は町に定着することだと考え、それならば町で自分の事業を早めに確立することを優先し、2年で独立することを決めました」
坂本さんは地域おこし協力隊の任期中も副業として農林水産省の農業経営調査をしており、独立後も定期収入が見込めたため、安心して新しい事業に臨めました。
プライベートロッジぶんぶくのリビング
坂本さんがながぬまホワイトベースの2階で民泊施設の経営をすることになったこと、さらには長沼町に移住を決めたことは、増田さんとの関係がきっかけです。実は、増田さんは坂本さんの大学の音楽サークルの先輩だったのです。
プライベートロッジぶんぶくは、1階のテレワークを利用する人の宿泊施設としても活用できると期待されています。その他にも、旅行者の農業体験をコーディネートしたり、旅行会社のツアーに長沼町での農業体験や観光を組み込んでもらい、その手配や現場でのサポートを行ったりと、グリーンツーリズムの事業も徐々に広げています。
地域の農家の支えで続くグリーンツーリズム
そもそも、長沼町のグリーンツーリズムや農家民宿は、現在の民泊ブームよりもっと長い歴史を持っています。
遡ること15年。2005年に町でスタートした事業でした。奇しくも、その時の農政課の担当者が、現在のテレワーク推進事業担当の山下さんでした。
町の人口が減っていく中で、関係人口を増やしていくことが求められ始めた時代。町の一番の資源は、基幹産業である農業でした。その農業を体験してもらうことを柱にして、修学旅行生を受け入れようと始まったのが、グリーンツーリズムと農家民宿でした。
長沼町の農政課にいた山下さん、元JAの増田さん、グリーンツーリズムを担当した坂本さん、みなさん『農』で繋がっています
地域の農家にも前向きに受け入れてもらえて、役場と農協で費用を半分ずつ負担して保健所に宿泊施設の登録申請を行いました。
「当初は、どうなることかと思いながらのスタートでしたが、最終日にバスに乗る直前の解散式には、農家のお父さんお母さんとの別れを惜しんで涙を流す子どもたちの姿がありました。『楽しかった、また来るね』と言ってくれて、本当にやってよかったと思いましたね」と山下さんは当時を振り返ります。
受け入れ農家は、ピーク時は150軒にも上りました。修学旅行生は最大で4500人。これまでで全国5万人以上にもなり、先生方の熱意により、毎年訪れてくれる学校も15校ほどあります。
これまで培ったベースから新たな展開へ
修学旅行で農業を体験した子どもたちが卒業旅行で再び訪れたり、中には社会人になり子どもを連れて来る人も。農家からも農産物を送ったりと、「長沼のお父さんお母さん」として交流が続いているケースもあるそうです。そのように交流人口が増えたり、「体験が楽しかった、長沼のお米がおいしかった」という思い出をきっかけにふるさと納税を利用してもらえたりといったところにも、成果が広がっています。
そして坂本さんが地域おこし協力隊の任期中には、インバウンドの家族旅行客向けに農業・農村生活体験ができるプログラムを始め、昨年(2019年)は8組47人のお客さんが長沼町の農家を訪れました。
これまで培ってきたベースに加え、起業家としてフレキシブルに動く坂本さんによって、長沼のグリーンツーリズムはまた違った展開を見せようとしています。
「空知管内の他の市町村の良いところも聞かれることが多いので、そういったこともご紹介していければ。そういった役場としてはできないことこそ、積極的に進めていこうと思います」と坂本さんはいいます。
人材のパワーを活用し、にぎやかな過疎地に
現在、長沼町の人口は10,600人あまり。今でも自然減、社会減含め毎年100人減少しています。
「人口の減少はどうしても食い止められませんし、近隣の自治体と奪い合いをしても意味がありません。それなら、人口が減っても地域が潤う方法を考えればよい。テレワークやグリーンツーリズムで滞在して、縁を持って長沼のファンになってくれれば。その拠点として、ここの施設を活用したいと思っています」と山下さん。
さらに、「過疎地域に必要なのは、人口よりも人材」とも。そして、「にぎやかな過疎」という興味深いキーワードも出てきました。「過疎地だけど元気。ここに来れば、こんな施設があって、宿泊もできて、お米や野菜もおいしい。そんなにぎやかな町にしていくために、増田さんや坂本さんのように面白いことを仕掛けてくれる人材を大切にしていきたいですね」
地域の人の長い下支えがあってこそ、新しい人材が活躍でき、町の資源がさらに輝く。ながぬまホワイトベースはそんな拠点として発展しようとしています。
- ながぬまホワイトベース
- 住所
北海道夕張郡長沼町本町北1丁目1番地1
- 電話
0123-76-7895
- URL