オホーツク海から車で約40分走ると、四方を山に囲まれた自然豊かな北海道滝上町に辿り着きます。滝上町「滝下(たきした)」という場所の井上牧場さんを訪ねると、笑顔が素敵な2人の女性が出迎えてくれました。今回の主役である扇みなみさんと井上愛美さんです。
人口2,784人の町で、姉妹が立ち上げた「Casochi合同会社」は、主にロゴや名刺、チラシなどのデザインや印刷、身近にある素材を使ったアクセサリー製作、そしてホームページやブログ、SNSなどを使った情報発信やイベント企画など、まさに過疎地を楽しく、元気にするお仕事をしています。
代表社員である妹の愛美さんに、Casochi合同会社設立の経緯についてお話を伺いました。
自分たちにできることから始めてみよう!
2012年に北海道教育大学の教育学部美術コースを卒業して滝上町にUターンし、実家の牧場を手伝う傍ら、漠然と「地元で何かをやりたい」との思いから、小学校の図工の時間の講師を務めたりしていたという愛美さん。2016年に姉のみなみさんがUターンした際、「本格的にやってみない?」と誘われたのをきっかけに、Casochi合同会社を設立、現在はアート制作やデザインなどを担当しています。
妹の愛美さん。
「初めてのお仕事はお隣さんの牧場のロゴマーク制作でした。それから町の商工会でやっている和ハッカの新商品に関するWEBサイトデザイン、そしてイベントの企画や主催などですね」
まだまだ暗中模索の日々のようですが、何でも揃っていて、いろいろなものが溢れかえっている都会より、足りないものがある過疎地の方が考えるわくわくと生み出す喜びが大きいとのこと。
「私と姉のみなみ、足りない部分を補いながら地域づくり、仲間づくりができたら良いと思っています。いきなり大きな目標を掲げるより、まずは自分たちができることを無理なく、そして確実に進めたいですね」
さらっとした言葉の裏にも、愛美さんの静かな情熱を感じます。
過疎地をCasochiの視点から見る
「Casochi」という社名について、引き続き愛美さんにお聞きしました。
「過疎地やへき地と言うと、ちょっとマイナスなイメージですよね。そこで『かそち』の表記をアルファベットに、しかも『K』ではなく『C』にして、丸くて可愛らしくすることで、ちょっと違った見方や視点から過疎地の良いところを見つけたり、表現していけたら良いなって思いました。『過疎地を元気に!』と力を入れるより、地域に寄り添い、地域の人達と共に一緒にわくわくすること、できたらいいなという思いで、無理に急ぐのではなく、気長にのんびりやろうって思ってます」
そう笑顔で答える愛美さんは、本当に「自然体」という印象を受けました。「Casochi」という名前には、お2人がそれぞれしっかりと過疎地に向き合う素直な姿勢や決意が表れているように感じます。
今年は例年に比べると初雪が遅く、取材の日には雪がようやくちらつき始めた頃でした。
「そろそろ牧場の仕事が......」
愛美さんは家業である牧場で仔牛を育てる仕事も担当しています。そのため、この日は合間を縫って取材に対応していただきました。そして、愛美さんとバトンタッチしたのは、姉のみなみさんです。
みなみさんは2009年に横浜の大学を卒業し、東京のIT関連会社の東京本社にて、法人営業に携わっていました。
「ものでもサービスでも、とにかくいろいろなものを売っていたんですが、お客様が必要としていないものを勧める、売るということに疑問を抱いてしまって......」
迷いながらも、「会社員とはそういうもの。仕事だから仕方がない」と自分に言い聞かせていたと振り返るみなみさん。そして、2011年3月11日の東日本大震災を機に、自分のライフスタイルや今の仕事、そして将来について真剣に考え始めたと言います。
「人生、いつどんなことが起こるか分からない。会社で仕事を『やらされる』のではなく、『自分のやりたいことって何だろう』って考えたんです」
2012年にご結婚し、夫の転勤に合わせて岩手県盛岡市、青森県青森市と住む場所を移していき、少しずつ自分の中で湧き上がる「故郷」への思い。そして2016年、当時住んでいた青森からご夫婦で滝上へUターンし、妹の愛美さんと「Casochi合同会社」を設立したのです。
「過疎地」と「価値」のリノベーション
今、Casochiのお二人が取り組んでいるのは閉鎖されていたカフェのリノベーション。みなみさんは常々、「滝上町には空いた時間を潰せる場所が少ないので、カフェスペースがほしい!」と思っていたそうです。「かなり壮大な計画なので、あんまり大きな声では言えませんけど......」と遠慮がちですが、しっかりと話してくれました。
滝上町を流れる渚滑川(しょこつがわ)。市街地付近では滝上渓谷(錦仙峡)と呼ばれる渓谷を作っており、こんな街中にある大自然とのギャップも見る人を楽しませてくれます。
「前々から気軽に立ち寄れたり、みんなが集まれる場所やコミュニティみたいなものが必要だと思っていました。そんな時、町内の使われていないカフェのオーナーさんの協力が得られたんです。軽食を出したり、インターネットが使えるような環境を整えて、もう一度お店として復活させて、これを機に地域のみんなが繋がったり、いろいろなアイディアが出たり、もっといろいろなことができたら最高ですよね」
都会と過疎地を比べたり、ないものを嘆いたりしても始まりません。都会には過疎地にないものがたくさんあるのと同じくらい、過疎地にだって都会にはないものがたくさんあります。
姉のみなみさん。
「足りないものがたくさん、やりたいことがたくさんあり過ぎて・・・でも、まずは私たちのやりたいことをやって、その延長線上にみんなのやりことが上手く乗っかったり、逆にみんなのやりたいことが私たちのやりたいことになったり、お互いに巻き込んで巻き込まれて、どんどん大きく広がっていけたら、地域も元気になるんじゃないかなって思います」
発想と想像は無限に広げて、あるものを120%活用し、無ければ自分たちでつくる。お金が無ければ、アイディアと工夫で創造する。そして何より、「過疎地を全力で楽しむこと」を大事にしているCasochiなのです。
みなみさんのお話を聞いていて感じたことがあります。Casochiがつくろうとしているのは、時に人であり、物であり、そして未来。やろうとしていることはまさしく「過疎地」と「価値」のリノベーションなのではないでしょうか。
Casochiに込めた故郷への思い
みなみさんは地元、つまり故郷という場所にUターンしました。実はそのことについて少し複雑な思いがあるようです。その胸中をお聞きしました。
「私と同年代で地元から都会に出た人たちと、そしてその親にとっては、そのまま都会で頑張っている方がカッコいい、誇らしいって思うみたいなので、Uターンした人がちょっと色眼鏡で見られてしまう雰囲気があって、それに少し違和感を感じてしまうんです。でも、実はそういった独特な雰囲気も理解できるし、私もまだまだ過疎地や田舎を楽しんでない部分と、地元に誇りを持てない部分はあります。だから好きになる要素を生み出し、価値を見出したいと思っています」
みなみさんのように、過疎地、田舎、故郷、それらと向き合うことは、同時に自分と向き合うことを意味しています。地元が好きだからこそ、良くしたいからこそ、欠点やマイナス面と冷静に向き合わなければいけないこともあるでしょう。頭では分かっていても、心が追い付いていかずに迷いが生じることもあると言います。
「Uターンするのに理由は必要ないと思うんです。地元を『いつでもここに帰って来ても良いんだ』と思ってもらえる場所にしたいし、なってほしい。カッコいいとかカッコ悪いとか、あんまり考えなくていいんじゃないかなって」
井上牧場の牧場長(お父さま)とのスリーショット!
地元、故郷への、そして自分への様々な思いが去来するみなみさん。「Casochi」という社名には、まずは自分たちがしっかり地に足を付け、根を張りたいという願いが込められているような気がしました。
みなみさんはこう続けます。
「過疎地はつまらない。田舎って何もない。そう言ってしまったらそこで終わってしまうから。それはとても寂しいことだから。時代のせいにしても、人のせいにしても、そこからは何も生み出されません。私たち2人が頑張っても、何も変わらないかもしれません。でも、行動しなければ何も変わりません」
みなみさんと愛美さんの挑戦はまだまだ始まったばかり。Casochiは信じています。過疎地はわくわくがたくさんある。元気になれる。1人1人が起こす風はとても弱くても、いつか大きな旋風となり、たくさんの人の心に届く。「だから急がずに、気長にのんびり、そして確実に歩んでいくのだ」と。
帰り際、笑顔で大きく手を振るお2人の姿に「過疎地って良いね!素敵だね!」と、みんなが笑う姿が重なって見えた気がしました。
- Casochi合同会社
- 住所
北海道紋別郡滝上町滝下51線
- URL
e-mail:wakuwaku@casochi.jp