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まちおこしレポート
旭川市

オヤジの牛は世界一!親子で挑む、新しいブランド牛20180920

オヤジの牛は世界一!親子で挑む、新しいブランド牛

皆さんは北海道旭川市にある酒蔵「髙砂酒造」をご存知でしょうか。日本酒が好きな方なら「髙砂酒造」と聞けば北海道の美味しい地酒をつくる酒蔵。─さらには超有名銘柄「国士無双」と言えば、さらにピンとくるかもしれませんよね。今回取材をさせていただいたのは、そんな長い歴史を持つ酒蔵......ではなく、そのお酒の名前を冠に持った新しいブランド牛「旭髙砂牛(あさひたかさごぎゅう)」を生産する牧場「株式会社ひかり牧場」さんです。

旭川市街地より30分程度の距離を車で走ると、旭川市「西神楽地域」にその牧場はあります。森の中を抜けた先にある広い牧場。都会の旭川をイメージしている方には、びっくりするくらいのどかな自然が広がるエリアです。自由でおおらかな雰囲気の会長に、歯に衣着せずズバッと的確な意見を言いながらも、周囲への配慮を欠かさない社長となった息子さん。そしてそんなお2人と家族のようにフレンドリーなスタッフの方々。取材をしながらも、この牧場の生き生きとした雰囲気を感じることができました。
この牧場で4代続く生産者の物語、そして若き4代目の挑戦とこだわりをうかがってきました。

「オヤジの作る牛に絶対の自信がある」

hikaribokujou-18.JPG株式会社代表取締役 松浦 光さん

ひかり牧場という会社の現在の社長は、今回のお話の中心にもなる松浦 光(あきら)さん。取材スタッフにも気さくに声をかけていただき、牧場内を案内してくださった光さんは農場育ちの牧歌的...というよりはむしろ「バリバリ働く!」といった印象でした。

そんな光さんは小さな頃から牧場で楽しそうに働くお父さんを見て育ち、何も言われずとも「自分も将来は牧場で!」と思うようになっていったそうです。当然のように畜産関係の大学である青森県の北里大学に進学し卒業した光さんは、会長の「修行に行ってこい!」という声で日本食肉格付協会に就職します。
日本食肉格付協会とは、食肉に「〇〇ランク」のように格付けをしており、その勤務地は全国に渡ります。光さんも各地で勤務し気が付けば7年という月日が流れていました。
そうして多くの食肉の知識を得た光さんは旭川に戻り、牧場を継いだのです。光さんの代となった平成18年、会社はそれまでの牧場名から心機一転「株式会社ひかり牧場」を立ち上げたのですが、こんなエピソードがあったそうです。

「この会社を立ち上げる際にお世話になった方がいるんですけど、その方が自分のことを『ひかり』って名前だと思ってたんです。本当は光って書いて『あきら』って読むんですけどね。それで牧場の名前も『ひかり牧場』になりました(笑)」

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光さんはずっと「動物を飼育する」という仕事が不安定なものだと考えていました。とっても良い牛ができても、そうじゃない場合でも、結局販売される時には「肉」として同じ値段がついてしまうことに不条理さを感じてきたそうです。その中で直接消費者に届ける方法が何かできないかとずっと考えていたのでした。

「色んなことを考えてきましたが、この牧場で一番の自信があるところは父が作っている牛だっていうところなんです。自分が子どもの頃から食べている肉なので、本当に自信があります。食べたら間違いなく旨い。」

そう社長が自信を持っているひかり牧場の肉牛ですが、それでは一体このルーツはどこから来ているのか、光さんのお父さんである会長からもお話をうかがいました。

ミンク牧場から牛の牧場へ

hikaribokujou-16.JPG株式会社ひかり牧場 会長 松浦 正さん

松浦家のご先祖様、光さんのひいおじいさんにあたる方は岩見沢から旭川に移住し土地を借りて畑作の農家を始めました。
光さんのおじいさんの代になった時に旭川に土地を買い、「松浦牧場」として畑と搾乳用の牛を飼う牧場の兼業が始まったそうです。またその他におじいさんは昭和37年に「北海畜産」という会社も興し、ミンク毛皮の生産を始めました。
会長によると、その当時ミンクの生産地は北海道がなんと9割。かつては北海道には多くのミンクの生産会社があり、当初は北海畜産も大手ではなかったものの盛んなミンク生産者の中のひとつとして営業を伸ばしていったそうです。
当時のことを教えてくれた会長は過去を振り返ってこんなお話を教えてくれました。

「僕が昭和48年に大学を卒業した時に北海畜産という会社を父から譲り受けて、その時はミンクは2,000頭。それを繁殖させて自分の代で1万5千頭のミンクにしたわけ。ミンクの餌って生魚だから、その匂いが出るんだよね。それで当時はもっと街の中心部の方にあった牧場からこの山の中に来たんだわ」

hikaribokujou-10.JPG牧場らしい自然な風景とミンク牧場だった時代のかつての建物

ミンクの生産量を着実に伸ばしていった会長は、最大6万頭のミンクを飼育し日本で2番目、出荷枚数でいくと1番目という大きい生産者になっていました。
「当時はミンク舎が山の高いところからずっとあって、全部で150棟あったんだ」
そんな順風満帆だったミンク生産ですが、徐々に売り上げが落ちていきます。その原因は毛皮を動物愛護の観点から禁止すべき、という意見の「アンチファー」の流れがあったこと、そして北欧でたくさんのミンクを生産するようになったことでした。たくさんの毛皮が出回ったことで当然毛皮の価値はどんどん落ちていき、昭和60年頃には倒産の危機に瀕する状態にまでになっていました。今から30年以上も前の出来事です。

「これでもうミンク産業は終わらせないとならないと思って、それで今度は牛の事業範囲を強化し始めたのさ。もともとうちは乳牛だったんだけど12時間に1回乳しぼりをしないとならない。それで怠け者には合わないっていうので自分は肉牛を選んだんだわ(笑)。でも、それまで肉牛っていうのはやったことなかったから、初めての世界。牛舎を立てて150頭の牛から始めたのがこの牧場の肉牛の始まり」

hikaribokujou-12.JPG現代においては、トレーサビリティの考えが進み、自分たちが育てた牛がどのように消費者に届くかということまでわかるようになっているそうです。

肉牛を出荷する方法には2通りあり、ひとつは食肉の状態にして出荷する方法。もう1つは牛の状態で出荷する方法です。会長はこのうち牛の状態で出荷する方法を選びました。その理由は「牛の状態で出荷したら、金額が納得できなかったら連れて帰ってこれるじゃない。食肉としての状態だったら金額を付けられたらその金額で置いてくるしかないけどね。そして食肉として加工された状態だと、生産者の意見が反映されにくいシステムってこともあったから。手間暇かけて、想いも込めて育てた牛だから『この金額じゃ売れない!』って言うことができるのは大きなことだったよ」
こうして会長はミンクで培った商売の経験を生かして販売ルートを増やしていったのです。

そうして平成21年、会長が60歳になった時に会社を息子である光さんに譲りました。その理由をうかがうと「だって60歳になったら年金もらわないとならないから!せっかく働いてからずっと年金かけてきたのに!」。なんとも自由な会長ですが、こうしてこの場所で肉牛を始めるという歴史を築いた会長は次の代へとバトンを渡したのでした。これまでの苦労や築いてきたものがあるのに、語りかける口調からは偉ぶらない人としての大きさを感じる会長。もちろん、こんなお話しの裏には息子さんの光さんがいてくれたからというのは語らなくてもわかりました。

「ひかり牧場」という会社

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現在4代目となる光さん率いるひかり牧場には会長、社長の他に牧場を支えるメンバーが2名います。社長曰く、ひかり牧場の規模でこれほどスタッフを揃えていることは珍しいそうですが、それがひかり牧場の特徴でもあります。スタッフそれぞれに、それぞれの役割があることで他の牧場にはできない要素を持っているのです。

そんな牧場の実務を担うのが井戸端 秀哲(いどばたひであき)さん。このひかり牧場で働いて6年になりますが、他の牧場から含めると15歳から働いているため仕事に関してはベテランと言えます。
ひかり牧場には会長にスカウトされてやってきたのですが、他の牧場を経験している井戸端さんから見てもこの牧場の一番の特徴はこの親子関係。
「社長と会長が本当に仲いいなって感じますよね。初めて二人を見た方なら、ケンカしてるって絶対思うと思いますよ(笑)。あんなに言いたいこと言い合えて一緒に働けるなんて、他には本当にない。すごいなって、羨ましいなって思いました。『なんだこの親子は!』って(笑)」

hikaribokujou-06.JPG井戸端 秀哲さん

一方、唯一の女性社員である鈴木 まりえさんはまだ入社して3カ月。入社したきっかけは「ハローワークで求人を見付けたから」と普通の会社員と変わりません。しかし鈴木さんはなんと元は大手ホテルのフロントスタッフだったと言います。なるほど、初めて会う知らない取材陣への笑顔や細やかな優しさはそこからきていたのか!と納得。

「ホテルで働いているときは、毎日たくさんのお客様と接しながら、多忙な毎日を過ごしていく生活のなかで、一度人生をリセットしてみたいって思っちゃったんですよね。もともと動物が好きだったこともあって、動物に関わることがしたい!働きながら動物に癒されたい!って思ったんです(笑)。最初は餌とかが重たくて持てなかったんですが、今ではもうすっかり持てるようになりましたよ!」そう笑いながら二の腕を見せてくれた鈴木さん。どうやら転職は大成功だったようです。そして未経験でも、力の差がでてしまいがちな女性としても、牧場で働ける!というのを実証してくれていました。

hikaribokujou-05.JPG鈴木まりえさん

hikaribokujou-07.JPG取材中にミャーミャーと声が。子猫が産まれてヨチヨチと歩いていました。

そして、そんな未経験の鈴木さんを受け入れた光さん。牧場というお仕事は時折力仕事もありますが、基本的には男性でも女性でも変わりなく働くことができる職場だと言います。ひかり牧場でも同様ですが、光さんはこうも言っていました。「女性ならではの視点ってやっぱりありますよね。細やかなところに気が付いてくれたり、現場が柔らかくなりますよね」

それでもやっぱり、時には働きに来てすぐ辞めてしまう社員の方もいるそうです。しかし会長はこう言いました。「どんな仕事でもそうかもしれないけど、牧場の仕事だってやっぱり厳しいよ。なにせ生き物とか自然が相手だからね。体力だって使うし。だけど、心は癒される。そんな仕事かな」
決して楽な仕事ではないかもしれませんが、ひかり牧場の雰囲気を見るとそれ以上のやりがいが感じられることもまた確かです。

こうして様々なスタッフがそれぞれに活躍するひかり牧場ですが、光さんは言いました。
「僕の牧場での役割は、現場のスタッフが不安なく良いものを思いっきり作っていいんだって思ってもらえる環境を作ることだと思っています。肉のプロモーションや販売先に関しては僕がやってくる、だからその分現場では思いっきり良い物を作ってほしいっていうのが僕と会社の約束なんです。現場が最高のものを作ってくれれば、あとは僕が売ってくるからいいよって」

旭川の老舗酒造「髙砂酒造」との出会い

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いつも和気あいあいと、そして真剣に牛と向き合うひかり牧場の皆さんですが、社長である光さんは会社の設立前から「父の作った最高の状態の牛を、消費者に直接届ける方法はないか」と悩み続けていました。
そんな想いから始まり、今や旭川市で一体となって育んでいるブランド牛が「旭髙砂牛」です。それでは、このブランド牛が生まれたきっかけをうかがっていきましょう。

旭川で100年以上の歴史のある酒蔵、髙砂酒造さんでは、旭川で採れたお米で旭川のお酒を造る、といったことに力を入れていらっしゃるそうで、日本酒を作る際にできる酒粕(さけかす)も旭川市内で消費してもらえるところを探していたそうです。かねてより「何かできないか」とアンテナを張っていた光さんと出会ったことも、もはや必然と言えるのではないでしょうか。

知人の方からの紹介で髙砂酒造さんと出会い、その酒粕を牛の餌に利用できないかという話になった光さん。品評会などで名人と呼ばれる人たちが牛にビールを与えたりしていること、牛たちはお酒が好きなことを知っていました。しかしもちろん、酒粕はタダで入手できるものではありません。

「この酒粕の仕入れの費用をどう捻出するか、という話になった時『ブランド牛として作ってみるのはどうだろうか』という話が持ち上がったんです。実は話し合いのなかでは『余計なことするな』とか色んな意見もありました。でも出来ない理由を探すより出来る理由を探した方が話は前に進みますよね」

hikaribokujou-24.JPG酒粕は常温では保存できないため、このように冷蔵で管理しています。

そんな熱意を受け、髙砂酒造さんも最初の餌の分をなんと5トンも提供してくれたそうです。
「この旭髙砂牛というものは、ひかり牧場のプライベートブランドという位置づけにはなってしまいますが、僕はそう思っていません。みんなでひとつのブランドを作ろうよ、っていう考え方なんです。ひかり牧場は、そのブランドの中の生産部門だと思っています。そしてたくさんの人が関わっているからこそ、変なものは出せないという気持ちもありますね」

しかし、酒粕を与えることで肉牛にどんな効果があるのかは全く未知だったのです。そんな時、またも幸運が訪れました。

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「出身大学である北里大学の先生とたまたま話す機会があって、その時に『牛の餌に酒粕を使いたいんだ』って話をすると、先生も興味を持ってくださって。調べてみると、それまで前例のないことだったんです。そこで先生は『これは面白いので学生たちの卒業論文のテーマにしましょう』と言ってくれました。そこから北里大学に協力してもらって酒粕と牛の関係の研究が始まりました。」
しかし、それだけで終わらないのが光さん。「だけど酒粕を与えるだけのブランド牛じゃ面白くないよね、と。そこで僕たちは飼育方法を確立しようと思ったんです。」

こだわりの「完熟方式」

hikaribokujou-08.JPGこれが髙砂酒造さんから届いた酒粕です。とてもいいニオイでキレイです。

通常の肉牛は、生後6か月程度で子牛の生産牧場から購入。牛を育て18カ月程度で出荷するというルールに則ることで補助金を貰うというのが一般的。それをいかに効率よく回転させていくかが牧場にとっては大事な収入源となります。

しかし会長はそのセオリーを無視し、自分が一番良いと思った状態の牛を出荷することにこだわりました。もちろん光さんは「会長がこだわるこの方法では効率が悪いよね」という話をしていたそうです。
会社の経営を引き継いで社長となった光さんは当然、一般的な日数で出荷をしました。しかしそのお肉は必ずしもベストな状態のものじゃなかった、と感じたそうです。

「やっぱり早く出荷してしまうと父は『もうちょっと飼ったら良い牛になるんだけどな...』とか言い出すんですよね。なので通常のサイクルで出荷する牛と、父のタイミングで出荷する牛を牧場経営のバランスをみながらやってきたのですが、旭髙砂牛に関しては父の方法でやろうということになりました」

会長の方法では、牛が「熟成」したタイミングで出荷をします。この「熟成」は肉の熟成ではなく牛自体の熟成のことで、ひかり牧場ではこれを「完熟方式」と呼んでいます。なんとその出荷する牛の月齢は通常の5割増しにもなるそうです。もちろん通常よりも出荷までに時間はかかってしまいますが、旭髙砂牛はたくさんの方のお陰でチャンスを貰ったブランド牛です。決して妥協せず、最善の状態で出荷すると決めたのでした。

「旭髙砂牛」というブランド

hikaribokujou-09.JPG牛たちは喜んで酒粕を食べていました。

旭川という地で長く牧場をされている歴史と、旭川のお米にこだわってお酒を造る髙砂酒造さんの酒粕。この2つからブランド名は当初「旭川」を入れたいと考えていたそうです。しかし髙砂酒造の最も初期からあるお酒の銘柄に「旭髙砂」という銘柄のお酒があったということを知り、その名前を冠に付けたブランド名にしたいと意見が一致したそうです。

「観光客の方って、旭川って動物園かラーメン。それで美瑛に行って富良野に行って...ってなっちゃいますよね。旭川に来たお客さんにもうちょっと足を止めてもらいたい、美味しい日本酒と牛肉っていう提案ができたらいいんじゃないかっていうところから始まっているんです。」

そしてもう1点こだわっているのが「旭川市民の手に届きやすいこと」。旭川のブランド牛なのに市内ではほとんど食べられない...といった状況では意味がないと考え、市内のスーパーでは普通の人でも手の届くお値段で販売をしています。

「ごく普通のご家族のみなさんが、ちょっといいことがあった時やちょっとした記念日にプチ贅沢をする時に食べてもらいたいっていうのが旭髙砂牛のイメージです。ですので、市内では手の届くような形で販売したいと思ったんです。そこで一番イメージと合ったのがスーパーだったので、今はスーパーで販売していますよ。他にも市内では数件の飲食店で取り扱ってもらっています」

hikaribokujou-21.JPG見渡す限りがひかり牧場さんの敷地。牛の放牧もしており、のどかに過ごしていました。

「この仕事をやっていて良かった」と思うのはどんな時ですか?という質問に光さんはこんな話をしてくれました。

「自分がこの牧場を継いだ時、父に『どうしたい?』って言われたんです。その時僕が言ったのが『インターネットとかでオヤジが作った牛を売りたい』でした。そして今、その言葉が現実になっているんです。それともうひとつ、自分が思ったことを一緒にやってくれるチームがあるっていうことがこの仕事をやっていて良かったな、と感じている部分です。」

こうしてひかり牧場は光さんを中心に多くの人が集まり、色々なアイディアと力が集まることで今後も様々な展開をしていくに違いない、と感じさせてくれました。しかしその根本はひとつ。

「オヤジの作った世界一おいしい牛肉を売りたい!」ということ。

ひかり牧場、髙砂酒造、そしてそこに集まる人と、旭川市。様々な想いの詰まったブランド牛、旭髙砂牛を見かけた時は、ぜひ一度ご賞味ください。その美味しさは光さんがこう言うほど。

「旭髙砂牛はひかり牧場で育てた最高の状態の牛肉です。これで口に合わなかったら、ごめんなさい!って言うしかないくらい、自信を持って作っています!」

そして最後に、光さんから取材陣にお願いがありました。それは「オヤジが写っていた写真と同じ構図で写真を撮って欲しい」ということでした。それが最後の1枚。それは光さんが子どものころから見ていた写真でした。父親の表情はわかりませんが、牛たちに餌をあたえるその背中は、多くのことを語っていたのだと思います。派手な職業でもありませんし、命と命を受け渡す大変な仕事。でも「オヤジの背中」は、光さんにとってヒーローだったのです。きっとこの写真は、光さんのこどもたちにも同じように映ってくれるに違いありません。

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株式会社 ひかり牧場
株式会社 ひかり牧場
住所

北海道旭川市神楽3条2丁目1番18号

電話

0166-63-1026

URL

http://www.hikari-bokujo.com

飼育場:北海道旭川市西神楽南13号5番地


オヤジの牛は世界一!親子で挑む、新しいブランド牛

この記事は2018年7月17日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。