HOME>まちおこしレポート>『何もないまち』を選んだ、起業するための移住

まちおこしレポート
上砂川町

『何もないまち』を選んだ、起業するための移住20180104

この記事は2018年1月4日に公開した情報です。

『何もないまち』を選んだ、起業するための移住

何にもないけど、ヨソにもない!

北海道空知地方にある上砂川町をご存知でしょうか。似た名前に「砂川市」があり、こちらはスイートロードや高速道路のICがあるのでご存知の方は多いかと思いますが、砂川ではなく『上』砂川。

この上砂川町は、名前の通り砂川市に流れるパンケウタシナイ川の上流にあることから命名されました。かつて炭鉱で栄えたことで砂川から分かれて出来たまちで、現在では人口3,000人強の小さなまちです。

川沿いに形成されたまちには、いまだに炭鉱住宅が数多く残り、きれいな庭園や温泉もある、のどかなまちですが今回取材をさせていただいた株式会社にこいちの代表、佐藤亮佑さんは「何もない町」だと思ったそうです。

kamisuna_satou3.jpg

しかし、そんな「何もない」ことが佐藤さんを移住させるきっかけにもなりました。佐藤さんに「何もない」と言われてしまったこの上砂川町が最近面白くなってきたこと、みなさんは気づいていますか?

名古屋のバリバリ営業マンから、上砂川町の地域おこし協力隊へ

佐藤さんは1988年に生まれ、北海道札幌市で育ちました。

大学も札幌市内に進学し、就職で東京へ渡り、技術系の人材派遣会社の営業をしていました。仕事は順調で営業スキルも磨いていた佐藤さんでしたが、名古屋への転勤などもあり、なかなか友達ができず、よく一人でお酒を飲みに出かけていたそうです。

そんな矢先、たまたま飲みに行った先でWEB会社の社長さんと出会います。意気投合した佐藤さんをその社長さんは「うちに来ないか!」とスカウト。佐藤さんはWEBの営業とディレクターをすることになりました。

kamisuna_satou14.jpg

当初は4~5人の小さな会社でしたが、どんどん規模が大きくなっていき、それと同時に最初の会社の雰囲気と変わっていってしまったそうです。

方向性が違うと違和感を覚えた佐藤さんの頭には「独立起業」の文字が浮かんでいました。

地元である北海道に帰って独立したい。
でも立ち上げる十分なお金がない。

そう悩んでいる時にたまたま目にしたのは「地域おこし協力隊」を取り上げたテレビ番組でした。テレビに映る田舎で生き生きと働く女性の姿に惹かれた佐藤さんは条件に合う「地域おこし協力隊」の仕事を探し始めます。

条件はもちろん「起業できること」が第一。

次に、仕事が多いと思われる札幌と旭川へのアクセスが良いこと。

こうして見つけた上砂川町。

実は佐藤さんのお母さんの実家は上砂川町のお隣砂川市で、さらには佐藤さん自身が産声をあげたのが砂川市だったという縁のあるまち。

kamisuna_satou6.jpg

「まちの名前に『砂川』が入っているんだし、砂川に近いんだろう!」と調べると上砂川町は砂川市のすぐ隣。ICのある砂川から高速に乗れば札幌も旭川も1時間〜1時間半あれば着く距離です。

さらに募集内容も佐藤さん曰く「まちおこしに関する業務全般だったので、要は『何でもできる』と思いました」と話します。

そして佐藤さんは2015年7月に上砂川町地域おこし協力隊に着任。

kamisuna_satou.jpg

佐藤さんが28歳で「社長」になるまで

「最初の1~2年はやっぱりやりたいようにはできませんでしたね。でも、自分の責任でやっちゃおうって思ったんです」。


その言葉の通り、佐藤さんは着任1カ月後には開業届を出し、個人事業主としてWEBコンサルタント「にこいち」の仕事をスタートしました。

本州での経験しかなかった佐藤さんには当然、北海道での人脈はありません。そこで始めたのは、飛び込み営業。そう聞くとキツそうなイメージがありますが、営業職だった佐藤さんには苦ではなかったそうです。

一方で地域おこし協力隊の仕事ではイベントの手伝いをしたり、Facebookやホームページなどで情報発信を行ったり、少年野球の指導を行ったりと町内に関することを多岐に渡って行いました。

そんな中で、佐藤さんは気が付きました。

この町内には飲食店がほとんど無い。
そして働く場所も無い。

この町は「何もない町」だなぁ...と改めて感じたそうです。この想いから、後に上砂川町にできあがる交流カフェの企画、そして雇用促進のためのシェアハウスの企画が始まりました。

kamisuna_satou4.jpg

そして、営業マン佐藤さんは町役場に「上砂川町のまちおこしプラン」をプレゼンしました。

その内容は大きく4つの柱があり、ひとつは会社を立てること。これは佐藤さんが地域おこし協力隊になった理由でもあり、それと共に上砂川町に雇用を生みたいという気持ちも芽生えたことからでした。

2つ目はゲストハウスを作ること。最初役場にゲストハウスのニュアンスが伝わらず、理解は無かったそうですが何度も話合いを重ね事例や想いを伝えるうちに徐々に理解してくれるようになりました。

3つ目は町内に無かった飲食店を作ること。
そして最後に特産品を作ること。

行政に携わる地域おこし協力隊で、よく起こる問題として「ゴールが無いから成功も無い」というものがあります。予算と目的だけが決められて、具体的に何をしたら地域おこし協力隊としてゴールなのかという提示が無いため、年度末に活動報告だけして何となく3年の任期が終わってしまうということもあるようです。

一方、佐藤さんは自らゴールを提示し成果を示して見せたのです。まちを元気にするという目的のためのプロセスとゴールを具体的に示すというのは、さすが元営業マン。きっと他の地域おこし協力隊の参考にもなるはずです。

こうした熱意が実り、佐藤さんの任期2年目となる2016年の夏にはシェアハウス事業を行うことが決定しました。

kamisuna_satou5.jpgシェアハウスの前でかっこよくキメる佐藤さん

一方で飛び込み営業を続けていた「にこいち」の事業もだんだんと軌道に乗り始めます。

上砂川町の移住PR動画を製作する中で空知を拠点としているデザイナーさんと出会い、共に「かみすな移住部」というグループを作りました。そして、上砂川町への移住情報を発信するという活動を続けながらシェアハウスの準備も進め、翌年の2017年2月念願のシェアハウス「上砂川町就業・観光体験等宿泊施設」がオープン。

kamisuna_satou12.jpg掃除も行き届いていて、とっても綺麗なお部屋

協力隊の業務と自分の事業の同時進行という大変な準備期間を経て、2017年4月ついに「にこいち」が法人化、佐藤さんは「株式会社にこいち」の代表となったのです。

上砂川町での仕事の「今」と「これから」

「外部からの人を呼び込みたい!」という想いからスタートしたゲストハウス計画は、上砂川町での雇用の機会を増やしたい、そして移住に向けて実際に上砂川町で生活をしてみてほしいという観点から「シェアハウス」という形となりました。

kamisuna_satou7.jpgシェアハウスに入るとすぐ玄関に、ブルー色が綺麗な絨毯が敷かれていました

かつて児童館だった建物を改修・利用し、格安で利用できることでオープンして早々に次々と予約が入ってきました。

運営は町内のいくつかの団体と町役場とが協力し「上砂川町就業・観光コミュニティ」という団体を設立。その団体から委嘱するという形で地域おこし協力隊の佐藤さんが管理人となっています。

シェアハウスの中には「にこいち」の事務所もあり、佐藤さんは協力隊の仕事、にこいちの仕事、シェアハウス利用者の対応と大忙しです。

「実際、上砂川町で働くために来た方が家を探すまでの間に利用してくれたりしていますよ。その他にも観光や里帰りなど、多くの方に来ていただいています」と佐藤さん。

今後は利用者の方がさらに自由にあちこちに行けるようにとレンタカーのサービスも始める予定なんだとか。

kamisuna_satou8.jpgシェアハウスをご案内する佐藤さん

また、プライベートでは名古屋にいた頃からお付き合いしていた女性と結婚。

実はかねてより「上砂川町にはたくさんのキレイな場所があるのに、この魅力が伝わっていないのはもったいない!」という思いがあったそう。

そのうちのひとつが温泉「パンケの湯」のすぐそばにある「奥沢キャンプ場」でした。このキャンプ場にはとってもきれいな日本庭園があるのですが、実はあまり知られていないという悲しい事実も。

このロケーションを生かしてグランピング(※自然に囲まれたロケーションの中に、贅沢で快適な宿泊設備を用意して野営すること)や野外ブライダルをすれば絶対に多くの人が注目するはずなのに!と考えていたそうです。しかし、ただ口で言うだけではきっと伝わらないだろうと思っていた佐藤さん。

そこで思いついたのが、自分たちの結婚式をここで行うこと。なんと上砂川町で28年ぶりとなる結婚式でした。

kamisuna_satou13.jpg

当日は残念なことに天候に恵まれなかったそうですが、100人以上の方が式に参加、地元の新聞にも大きく取り上げられ「とっても良い式だった!」と反響も大きかったそうです。

自分たちで行った結婚式はモデルケースとしては大成功。また町の人たちにとっても嬉しいニュースとなりました。様子を見た町役場やパンケの湯でも佐藤さんの提案に前向きになり、今後また面白いことができるようになりそうだということです。

kamisuna_satou9.jpg

みんなを笑顔にした28年ぶりの結婚式でしたが、もう一つここから生まれたものもありました。

それが佐藤さんの目指していたゴールのひとつ「特産品」です。

きっかけは「かみすな移住部」で一緒に仕事をするデザイナーさんがグラノーラの開発に携わっていたこと。

結婚式の引き出物で、せっかく式に来てくれる方々に何か「上砂川町らしいもので、オシャレな物を渡したい」と思っていた佐藤さんは思いつきました。

「元炭鉱まち、上砂川町らしい黒いグラノーラ『石炭グラノーラ』はできないだろうか?」と。

kamisuna_satou11.jpgこれが石炭グラノーラ

何度も試作を重ね完成した石炭グラノーラは結婚式の出席者の間で大好評でした。

「これはどこで買えるの?」とリピーターが出るほどで、結婚式後には会場となったパンケの湯で少しだけ販売してもらえるようにもなりました。引き出物から始まった石炭グラノーラはテレビにも取り上げられ、今でも反響があるそう。今後は新しい上砂川町の名物としてどんどん定着してくことでしょう。

さらに嬉しいことに、上砂川町の他の協力隊がメインで進めていた「カフェを作りたい」という希望も叶い、2017年11月「まちの駅 ふらっと」がオープンしました。このカフェは町民が気楽に交流できるようにと作られたもので、飲食はもちろん多目的ホールでは様々なイベントが行われるそうです。

こうして「何もなかった」上砂川町にはWEBの会社ができ、宿泊できる場所ができ、特産品ができ、飲食できる場所まで出来ました。様々なものが「出来る」この上砂川町には次は一体何ができるのでしょうか?と佐藤さんに聞いてみました。

「この上砂川町は、何もありませんでした。そしてそれが上砂川町の良いところなんです。何もないから、何でもできる。だって他に競合がいないんですから」

上砂川町は各都市へのアクセスも良く、その一方で自然豊かな田舎町での暮らしを送ることができます。この環境は、佐藤さんもそうだったように都会で疲れている人々にとっては魅力的なはずだと言います。
佐藤さんはそんな人にぜひ上砂川町に来てもらい、一緒に働いてもらいたい、この上砂川町に雇用を増やして一人でも人口を増やしていきたいと考えているそうです。

kamisuna_satou10.jpg

佐藤さんの「地域おこし協力隊」としての任期は2018年で終わりを迎えます。

「にこいち」の仕事は札幌が多くなっているそうで、佐藤さんはますます忙しくなっていくことでしょう。しかし、今後も佐藤さんはきっと上砂川町のキーマンであり続けるのではないでしょうか。それは「自分にこんなチャンスをくれた上砂川町に少しでも恩返しがしたい」という佐藤さんの言葉からしっかりと伝わってきました。

株式会社にこいち・上砂川町地域おこし協力隊 佐藤亮佑さん
住所

北海道空知郡上砂川町下鶉南2条2丁目1-4

電話

011-838-8087(株式会社にこいちの電話番号です)

URL

http://nicoichi.jp

「かみすな移住部」では、上砂川での暮らし方動画など公開中です!


『何もないまち』を選んだ、起業するための移住

この記事は2017年10月31日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。