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北海道で暮らす人・暮らし方
深川市

祖父が残した山で、馬搬や馬そりで馬と共に働き、暮らす生活を20250310

祖父が残した山で、馬搬や馬そりで馬と共に働き、暮らす生活を

子どものころから大好きだったという馬。その馬の話をすると途端に目を輝かせ、楽しそうに話をする野谷夏海さん。祖父が残してくれた北海道深川市の山で、大好きな馬と共に働き、暮らすための準備をはじめています。2021年に仲間と立ち上げた「楓馬(かば)の杜」というグループで、山にあるイタヤカエデの樹液からメープルシロップを作るイベントを開催しているほか、林業にも携わっており、ゆくゆくは山で伐った木材を馬搬で運びたいと考えています。そんな野谷さんにこれまでの歩みや馬への思い、これからの夢などを語ってもらいました。

海と山に囲まれた銭函で育ち、子どものころから動物が好き

深川の道の駅で待ち合わせをしていると、高さのあるキャンピングカーに乗って現れた野谷さん。20代の女の子ですが、なかなかワイルドな印象です。自身の山へ案内してもらう予定でしたが、猛吹雪で視界不良のため、途中から野谷さんのご自宅へおじゃますることに。

自宅の中のいたるところに馬の写真や絵、馬に関連するグッズが置かれており、本当に馬好きなのだとよく分かります。そんな中、ふと目についたのが、馬にまたがるかわいい女の子の古い写真。

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「それ、私の子どものときの写真です。小さいころから動物が好きで、よく春香山(小樽市)のホースランチで馬に乗せてもらっていました」

はにかみながらそう話す野谷さんは、北海道小樽市の銭函出身。海と山に囲まれた自然豊かな場所でのびのびと育ちます。親しくしていた地元の漁師さん、猟師さんから新鮮な海の幸、山の幸をお裾分けしてもらうことも多かったそうで、子どものころから好物は鹿肉。しかも焼き加減はレアが好きだったとか。今でこそジビエとして食されることが増えましたが、それよりも前から鹿肉のおいしさを知っていたとは、なかなかのグルメです。

241211_065.jpgこちらが、野谷夏海さん

深川は母親の出身地であり、祖父母が暮らしていたため、野谷さんも幼い頃からよく来ていました。

「私が大学生のときに亡くなった祖父は、薬局を営んでいたんですが、私と母に山を遺してくれていて。今は、その山で馬と暮らす準備をしています」

競争するための馬ではなく、穏やかに人と暮らす久米島の馬との出合い

さて、野谷さんが馬と暮らしたいと考えるようになったのは、大学時代に行った沖縄の久米島で出合った馬がきっかけだったそう。

野谷さんは高校を卒業後、北海道大学の水産学部へ進学。動物と触れ合いたいと馬術部に入った野谷さんは、馬のかわいらしさにすっかり魅了されます。しかし、2年生の夏休み、沖縄の久米島に行った際、馬術部で見る馬とは異なる馬たちの世界に出合います。

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「クジラウォッチングで久米島へ行ったんですが、合間に地元の牧場で在来馬に乗って砂浜を散歩し、放牧管理されている馬たちを見せてもらいました。それまで馬術部で乗るサラブレッドくらいしか知らなかったのですが、人の生活に密着しながら生きている馬と触れあったのはこれがある意味最初でした」

馬術部の活動は体育会系で競技色が強く、当時、もっと気軽に馬に乗りたいと考えていた野谷さん。そんなときに出合ったのが、人々の暮らしの中にいる久米島の馬たちの姿でした。新鮮であるとともに、自身がぼんやりと描いていた理想とする馬との関係性がはっきりしてきたと言います。

馬のことをもっと知りたいと思った野谷さんは、夏休みの間、久米島の観光牧場に住み込み、ボランティア的に馬と共に暮らし、働きます。「ここでの経験をきっかけにさらに馬にはまっていった感じです」と振り返ります。

notani_3.jpgご自宅の本棚にたくさん並ぶ馬に関する本たち

十勝で知った働く馬の姿。さらに丸太を引く馬搬に感動し、馬との共生を考える

その後、馬について学びを深めたいと考え、大学卒業後は帯広畜産大学の大学院(畜産科学専攻家畜生産科学コース)へ進みます。十勝で馬にまつわることをしているいろいろな人と出会い、さらに馬の世界が広がります。

「馬と言っても、乗馬もあれば、馬車、馬そり、馬搬、馬耕など、馬との関わり方はさまざま。十勝にいるときに、北海道の人たちもかつて馬と共に暮らし、開拓してきたというのをあらためて知りました。装蹄師の蛭川徹さんと出会ったのも大きかったですね」

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蛭川徹さんとは、幕別町で馬と共に暮らし、馬そりや乗馬体験も行っているノースポールステーブルの代表。野谷さんが大学院時代、ポニーのいる喫茶店に間借りしていたとき、そのポニーの蹄を切りに来ていたのが蛭川さんだったそう。そもそもポニーのいる喫茶店に住んでいたのも気になりますが、「それは大学院の先生の紹介だったんですが、なぜ住むことができたのか...、今思えば不思議」と笑います。この話からも野谷さんは本当に馬が好きで、馬と縁がある人なのだと思います。

さて、話を戻しましょう。蛭川さんと知り合った野谷さんは、週1ペースで蛭川さんのところへ通うようになります。20頭近くのいろいろな馬がいて、引退した競走馬もいれば、馬そりをひく馬もいたそう。

241211_083.jpg馬の話題になると目の輝きが変わる野谷さん(笑)

「馬そりは動画で見たことはありましたけど、北海道でリアルに見たのは蛭川さんのところが初めてでした。さらに蛭川さんのところに通っているとき、厚真町で馬搬をやっている西埜(にしの)さんを紹介され、初めて馬と林業の関わりを知りました」

山が荒れないよう馬に丸太を引かせる馬搬。西埜将世(まさとし)さんが実践している、環境を重視して馬と共に働く林業スタイルに野谷さんは強く惹かれます。実際に現場を見学させてもらい、「馬が丸太を引くのを見て感動しました」と話し、「人が引っ張れないものを力強く引っ張る、その健気な姿は何度見ても涙が出ます」と続けます。

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馬と暮らしている蛭川さんや西埜さんと出会い、野谷さんの中で「働く馬と一緒に暮らしたい」という思いが明確になります。馬を「飼う」のではなく、馬と共に働き、暮らす「馬との共生」を模索し始めます。

道内放浪の旅や全国で馬と暮らす人との出会いを通じてイメージを構築

「普通に就活して就職する気になれなかった」と話す野谷さん。大学院を終えたあと、春から夏まで放浪旅に出ます。放浪と言ってもその旅は、馬と共生することにつながる学びの旅でした。

厚真町の西埜馬搬をはじめ、豊浦町で馬搬や馬耕を行っているオシアンクル、畑の中のレストラン「EKARA」を運営している三笠市のすずき農園、えりも町の短角牛で知られる高橋牧場などを順に訪れ、それぞれ1カ月ずつほど滞在し、仕事を手伝いながら生活を共にしてきました。

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「当初、放浪にきちんとした目的はなかったんですが、馬との暮らしを見たいというのと、あとは野菜や肉など自分の口に入るものの生産現場、育てているところを見たい、体験したいというのもありました」

旅の途中、コロナにかかってしまったこともあり、気力も体力もなくなってしまい、一度放浪をストップ。そんなとき、西埜さんの繋がりで、森林コンサル会社を紹介されます。チェーンソーの安全講習を全国で行っており、出張が多く、しかも林業のことも学べるかもしれないと就職を決めます。

241211_041.jpgもちろん自身のチェーンソーの目立ても行います

「1年の半分くらいは出張でした。出張に行くたび合間を見つけて、その近くで馬と生活している人を探して会いに行っていましたね」

それぞれに刺激や影響を受けたと話しますが、中でも鳥取県で2頭の北海道和種(道産子)と共に暮らし、田畑を耕し、森づくりや子どもたちのプレーパークを開放している「森のうまごや」の岩田和明さんの取り組みを知ることができたのは大きかったそう。「道産子2頭でここまでできるんだということが分かり、より自分が馬と暮らすイメージが湧きました」と話します。

1年半働き、退職。「仕事がイヤだとか、独立してやるぞ!というような意気込みで辞めたわけではなく、1年働いてみて、週5で働き、週2で休むという会社員生活がやっぱり自分には向いていないなとわかったんです」と苦笑します。深川に移り住んだ今は、森林調査や農家のアルバイト、祖父の遺してくれた山の間伐材を売るなどして生計を立て、馬との暮らしを実現するためにできることを自分のペースで取り組んでいます。

notani_00.jpeg短編映画「馬橇の花嫁」の撮影お手伝いもされたそう

亡き祖父が遺してくれた山で、同じ志の仲間とメープルシロップを作る

祖父から「山があるからな」と小学生のときから言われていたという野谷さん。子どものころはあまりピンときていなかったそうですが、大学院に通っているときに西埜さんのところで林業に携わる馬を見て、深川にある山のことを思い出します。

「祖父の遺した山で馬と働きながら暮らせるかもしれないと思いました。山の管理をしなければならないなら、馬と一緒に管理したほうが私にとっては楽しいですしね。馬は笹を食べてくれるなど、丸太を運ぶだけでなく、山の整備にも活躍してくれるし」

notani_1.jpg実はこの日の山は吹雪・・・スノーシューで雪をかき分け進む野谷さんです

自然林の山、人工林の山を5haずつ遺してくれていたそうで、一度、西埜さんや森林組合の人と自然林のほうを見に行くと、イタヤカエデがたくさんあると分かります。「カエデの樹液からメープルシロップが作れるんじゃない?となり、大学院を終えて、放浪の旅に出る前に仲間たちと樹液採取のイベントをやったんです」と野谷さん。

その仲間たちとは、蛭川さんのところで知り合った馬好きな人たちで、野谷さんと同じような夢を持っていました。野谷さんを含めメンバーは4人。「楓馬の杜」という名前で山での活動をスタートさせます。すっかり山が気に入り、今は全員が深川に移住しています。野谷さんの家の壁には、2年ほど前に「楓馬の杜」メンバーで書いたという、馬と山で暮らす理想の絵図が貼られていました。

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偶然とは思えない、不思議な巡りあわせでやってくることになった仔馬

憧れの馬との暮らしを叶えるため、山という場所は確保できました。仲間もいます。次は肝心な馬です。会社を辞めたあと、Facebookに「馬を探している。できれば道産子」と投稿すると、いろいろなところから情報が入ってきます。

「条件に合う馬はたくさんいたのですが、すぐに買えるような値段ではなくて、しばらく決断できずにいました。そんな時、たまたま寄ったロバのいる中富良野のペンションで『馬を探している』と話したら、オーナーさんは馬も飼っていて、そのうち最近生まれた1頭の仔馬を『この子はあなたの子です』と...、譲り受けることになったんです(笑)」

IMG_1612.JPG憧れの馬との奇跡のような出合いです(写真:野谷さん提供)

中富良野にいる馬は道産子の血も混じる小ぶりなタイプの牝馬。求めていた馬に近いかもしれないと、その申し出を受けることに。すぐに母馬から離すわけにはいかないので、今は野谷さんが定期的に中富良野に通い、世話や馴致をしています。雪が溶けるころ、十勝の蛭川さんのところへ行って1カ月くらい合宿をして調教する予定なのだそう。実は、背の高いキャンピングカーに乗っているのも馬のため。キャンピングカーの扉をあけると、中は改装されていて馬が乗れるようになっていました。

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「まさか0歳の子をもらえるとは思ってもみなくて、本当にうれしい」と、仔馬の話になると目尻が下がりっぱなしの野谷さん。本当に馬と縁のある人なんだなと思います。仔馬の名前は、「フラッと訪れたペンションで出合うことになったから、フーペ」とニッコリ。

山の中に広い柵や馬小屋を作り、そこでフーペを放し飼いする予定だそう。「フーペと一緒に馬搬や馬そりなどのほか、ホースセラピーなんかもできたらいいなと考えています」と構想を話します。

馬と共生できる場所がもっと増えたら...。自分ができることをやっていきたい

2024年7月からは、スローフードさっぽろのリーダーにも就任。もともと母親の影響で食、命、自然、環境などに関心があり、学生時代からスローフードさっぽろのメンバーではありましたが、先代のリーダーであった三笠すずき農園の鈴木秀利さんが急逝され、周りから「若い力が必要」と推されてリーダーになったそう。

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「期間は2年間。気負わず、やれることをやっていけたらと思っています。馬耕とスローフードのイベントをやるなど、自分だからこそできることをやっていきたいと考えています」

また昨年、ハンターの資格も取得。ハンターの師匠は、銭函で暮らしていたとき、鹿肉が好きになるきっかけをくれた地元の猟師のおじさんなのだそう。「ハンターとしてはまだまだこれから」と言いますが、それでも山で暮らすための準備を着実に進めているようにも見えます。

「祖父は、まさか私が山で馬と暮らすとは思ってもいなかったかもしれません。遺してくれた山の木は皆伐せず、少しずつ環境のことも考えながら伐って、フーペに運んでもらえるようになったらと考えています。祖父が生きていたら、なんて言うかな?(笑)」

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雪が溶けるころに、「楓馬の杜」のメンバーとメープルシロップづくりのイベントをやる予定。そして、雪が完全に溶けるころにはフーペも深川にいるかもしれません。また、「楓馬の杜」のメンバーのところにも馬がやってくるという話も浮上しているとか。次の春は山が賑やかになりそうです。

「全国、全道のいたるところに、馬と人が共生できる場所、馬の居場所があればいいな」と野谷さん。目をキラキラさせながらそう話す姿を見ていると、あらためて心底馬が好きなんだなと感じます。孫が夢中になれることで山を活用してくれるなら、きっと亡くなったおじいさんも喜んでいるのではないでしょうか。

notani_5.JPGもうすぐフーペとの新しい暮らしが待っています(写真:野谷さん提供)

楓馬の杜 野谷夏海さん

野谷夏海さんInstagram

楓馬の杜Instagram


祖父が残した山で、馬搬や馬そりで馬と共に働き、暮らす生活を

この記事は2024年12月11日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。