北海道第二の都市として医療福祉や教育、文化施設も充実し、道北エリアの拠点としてにぎわう旭川市。農業や製造業、ものづくり産業、小売・卸、サービス業といった多彩な仕事が集まっていることに加え、近隣には大雪山を筆頭とする豊かな自然が広がっています。都市機能とアウトドアライフのバランスが良く、空港もすぐそばにあることから移住者にとっても注目度が高いまちです。
その旭川市内の東光(とうこう)エリアに社屋を構え、コンクリートを切断するスペシャリストとして知られるのが株式会社エイシンカッター。
ところで、「コンクリートを切る」ってどういうこと?代表の服部尚さんに、根掘り葉掘りお話を伺いました。
いいクルマに乗って現れる社員たちと、1,000円もの御駄賃と
ふだん、道路を歩いたり、クルマを走らせていたりすると、周りのグレーよりも色の濃い部分を見かけることはありませんか?実はアレ、エイシンカッターのコンクリート切断の「跡」かもしれません。
株式会社エイシンカッター、代表取締役の服部尚さん
「道路の下には水道管やガス管が埋まっています。例えば、それらを交換する際、部分的にコンクリートやアスファルトを掘削するために、工業用ダイヤモンドが取り付けられた特殊な機械で舗装に切り込みを入れる必要があるんです。この建設業界における『カッター屋さん』が我々。掘削も配管もすることはなく、あくまで切る専門家です。ニッチでしょう」
こういって笑う服部さん。道路のグレーが濃くなっている部分は、切れ込みを入れて掘削した後に新しく舗装し直した跡というケースも多いようです。ところで、ご自身でもいうように、このニッチすぎる仕事に、どのように出会ったのでしょうか?
「高校を中退してガソリンスタンドでアルバイトをしていた時のこと。エイシンカッターの前身でもある、栄進カッター工業旭川支店の社員がお客さんとしてよく利用してくれていました。当時は景気の良さも後押しとなり、誰もがいいクルマに乗っているし、中には窓を拭いただけで『ジュースでも買いな』と1,000円もの御駄賃をくれる人もいて。若い自分にとってはものすごくうれしかったですし、スゴい会社だなという印象を抱いていました」
当時、服部さんはガソリンスタンドの正社員登用を打診され、心が揺れ動いていたとか。そのまま就職という方角へと舵を切りかけましたが、知り合いから「栄進カッター工業はいい会社だぞ。面接でも受けたら?」と紹介され、あれよあれよと入社することになったと振り返ります。
「当時、僕はクルマの免許も持っていませんでしたが、まずはアルバイトとして働きながら、18歳になったら取得するようすすめられました」
「いつ辞めてやろうか」が、いつしか「天職」に
同社のコンクリート切断の基礎的な流れをごくごく簡単にいうと、まずは顧客と切る箇所や厚さなどの打ち合わせをするところからスタート。その後は、白いチョークがついた糸をピンと張り、指で弾いて道路に印をつける墨出しという作業を行います。この印に沿って、コンクリートカッターと呼ばれる機械の刃を入れていくのです。
「入社時は右も左も分からないし、先輩方から『アレを取って』『コレを持ってて』といわれてもピンとこないし、この仕事が自分に務まるのかと不安になることばかり。すぐにマスターできるとは微塵も思っていませんでしたが、何もできないことが悔しくもあり、ただ見ている時間が多いことが辛くもあり...半年ほどでどうにか一人立ちできたものの、3年間はいつ辞めようかってばかり考えていました(苦笑)」
コンクリートの切断は時にミリ単位の精度が求められることもある世界。失敗が許されないケースも多く、一人立ち後からしばらくはプレッシャーも大きかったと表情を引き締めます。「辞めたい」と思いながら何度も何度も作業を繰り返す日々。けれど、服部さんの胸中では、いつしか負の感情は薄れていきました。
「仕事を覚えていくにつれ、できることが広がるにつれ、顧客から褒められることも多くなっていきました。現場監督から『お!おたく、上手いね〜』なんて言葉をかけられると自信にも、やりがいにもつながりますよね。それに、この仕事は一つの場所に留まることはほとんどなく、いろんな場所に行って、いろんな人と話せるんですよ。毎日のように仕事の風景が変わり、新しい人と出会えるのも刺激的で自分に向いています。大げさかもしれないけれど、天職なのかな...と思えた瞬間がやってきたんです」
慕い続けてきた先代社長夫妻の言葉をムゲにしないために
服部さんはもともとクルマや機械が好き。コンクリート切断の現場に携わる間にも、クレーン車やショベルカーを操るオペレーターが眩しく見えたり、トラックのドライバーが格好良く見えたりしましたが、転職に踏み出すことはありませんでした。
「結局、自分にはこの仕事しかないと思っていたことに加え、前身の栄進カッター工業で先代の社長や副社長(社長の奥様)によくしてもらったことも大きかったと思います。まるで父や母のように『机の上を片付けろ!』と叱られることもあれば(笑)、僕が効率的だと思う機械を提案すると惜しげもなく導入してくれたことも一度や二度ではありません」
もともと服部さんは現場を離れることを考えたことはありませんが、ある時、栄進カッター工業の先代社長から営業職にシフトするよう伝えられたとか。当初は「現場しか知らない自分に営業はできない」と積極的ではなかったそうですが、あるヒトコトをきっかけに客先に出向くようになったといいます。
「先代社長は、ムリに顧客のところに行かなくても良いので、まずは喫茶店や本屋さんで時間を潰して外に出るクセをつけなさい...と。こんなふうにいわれると、本当にサボるわけにはいかないですよね。内心は気が進みませんでしたが、お客様先に顔を出そうと意識するようになりました。ただ、僕は人と話すこと自体は好きなので、結果として営業職も向いていないわけではないと分かったんです。こうした自分の別の一面を引き出してくれたのも先代社長です」
服部さんは栄進カッター工業の旭川支店長にまでステップアップ。信頼の置ける「親分」のもとでずっと働こうと考えていましたが、先代社長からは栄進カッター工業の旭川支店を分社化し、顧客もスタッフも引き継いだ上で独立するようすすめられたとか。「思いもかけない打診でしたが、慕い続けてきた先代社長の言葉をムゲにはできないため引き受けることを決めました」と真剣な眼差しを宙に向けます。2021年、服部さんは株式会社エイシンカッターの代表として、新たな道を歩み始めました。
「上司が勝手に決める」がイヤだったから、会社の皆で決めるのだ!
コンクリートやアスファルトの切断は、特殊な機械に大きな投資が必要なことから新規参入の少ない分野。競合他社が多くないことに加え、社員の明るい人柄と確かな技術によってエイシンカッターの業績は堅調に推移しているといいます。
「僕自身はアルバイトから入社し、現場でも長く手を動かしてきたので、作業する側の辛さも、意見をいいづらい立場の気持ちも痛いほど分かっているつもりです。だからこそ、社員のことを大切にすることにかけては他の経営者に負けないと自負しています」
服部さんは待遇の改善や福利厚生の追加、会社のルールなどは社員全員で話し合って導入するかどうかを決めているのだとか。例えば、無事故手当の支給や年功序列制度の廃止、病気や怪我に備えた会社負担の保険加入などは話し合いから導入しました。
「ここ最近は、半年に一度、昇給の査定をする評価制度を取り入れました。仕事のスピードや正確性もさることながら、報・連・相をきちんとできるか、敷地内のゴミを積極的に拾っているかといった人間性の部分も評価の対象です。こうした決め事を全員で話す理由は、不平不満がなく平等に納得感を抱いてもらうため。自分自身、昔は上司が勝手に決めたことを発表することにフラストレーションを感じていたことがありますから、社長のワンマンでルールや制度を作るのは絶対にイヤなんです」
過去の通例や業界の慣習にとらわれず、未来を広げる視点を!
エイシンカッターは待遇や福利厚生だけではなく、ここ最近は働き方の改善にも力を入れています。服部さんは、建設業界ではまだまだ取り組む会社が少ない「土日祝日休み」を2025年から取り入れられるよう調整を進めているところです。
「過去の通例や業界の慣習にとらわれすぎていると、いずれ時代に置いていかれると思いますし、会社の次代を担う若い世代を採用するのが難しくなるはず。いずれ建設業界も土日祝日が休みになる時がくるのなら、早めに体制を作っておいたほうが得策です。もし、土曜日に稼働できないことで当社から距離を置くお客様がいたとしても、社員のほうが大切だからと割り切るしかありません」
現在、雪が道路を覆い尽くしてしまう冬場は、昔から付き合いのある九州の仕事を行うのが通例なのだとか。けれど、今後は長期出張を避ける傾向がある若い世代を採用するためにも、冬の九州出張をゼロにしていく算段もつけているそうです。土曜日の稼働と、九州の仕事の分をどうカバーするのでしょう?
「単純に工事の単価を上げようと考えています。今は資材や物価、人件費が高くなっていますし、当社の技術やスピード、社員の人柄に満足いただいているお客様が大半。『若い世代のカッター屋さんを育て、旭川でずっと活躍してほしい』と伝えると納得してもらえると信じています」
服部さんの言葉を受けて、社員の新田栄治さんはこう語ります。
こちらが新田栄治さん
「僕らの時代は出張するのが当たり前で、恥ずかしながら家族サービスの時間は取れませんでした。なので、若い世代や子育て世代には同じ思いをしてほしくないので、出張に行ける我々ができる限り配慮したいと考えています。来年からは土曜日が休みになるので、体力的にも随分とラクさせてもらえますしね。社長は現場上がりなので、仕事の大変さを知った上で決まり事や待遇改善を話してくれるから、大体の提案には『いいっすね!』しかいえないです」と満面の笑みを見せます。
「社長が私と同い年の40代ということに驚きましたし、考え方が柔軟なのもうなずける気がします。私はまだ入社から1カ月しか経っていないのですが、ベテランぞろいにもかかわらず、誰もが気さくで分からないことを聞きにくいと思ったことがありません。このあたたかな雰囲気とフランクな社風は社長の人柄から生まれているのだと思います」
事務スタッフの坪木美樹さん
こう語るのは事務職の坪木美樹さん。服部さんの思いがしっかりと社員に伝わっていることが伝わります。
今後、服部さんは会社の規模を「目の届く程度」に拡大し、有給や代休もさらに取りやすい体制を整えていきたいと語ります。現場出身で社員と同じ目線を持ち、やわらかな発想によって「皆で会社を変える」ことを大切にしている人柄に、自ずと願いは叶うと思わせてくれます。ところで...ご自身がトップとなった今、以前働いていたガソリンスタンドを利用して、「御駄賃」を渡すことはあるのでしょうか?
「僕がアル.バイトをしていたガソリンスタンドは残念ながらなくなっちゃったけど...別の場所でよくジュースをおごっています(笑)。自分がされてうれしかったことって、誰かにしてあげたいですからね」
服部さんは仕事もさることながら、根っこの部分はやっぱり「人が好き」なのですね。
- 株式会社エイシンカッター 服部尚さん
- 住所
北海道旭川市東光18条4丁目1-13
- 電話
0166-33-8366
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