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人とのご縁から林業起業。「伐っても切らない」をモットーに。20241105

人とのご縁から林業起業。「伐っても切らない」をモットーに。

広大な面積の約70%が森林という北海道。林業が盛んで、林業事業体も全道でおよそ700以上あります。そんな、林業の世界で、フリーランスの木こりとして独立する人の話は耳にするものの、独立して林業事業体を立ち上げたというのは、そうたくさんは聞いたことがありません。
今回お話を伺うのは、2016年に会社を立ち上げた「株式会社しょうけい林業」の代表取締役・田中正行さん。山林の買取も行い、社有林を多数抱えるほか、機械化も積極的に進めています。起業するきっかけやこれまでの歩み、また田中さんの人柄が分かるエピソードなどを交えながら、これからのことについても伺いました。

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自社で所有している山や森林は、合計で札幌ドーム76個分!

今回おじゃましたのは、「しょうけい林業」が所有する山の中の現場。カラマツの丸太が積み上げられている土場(丸太の集積場)で車を降りると、木の良い香りが鼻先をかすめます。青空のもと、静かな山の中で聞こえるのは重機で木を伐り出す音だけ。人の多い街の雑踏とかけ離れたこの場所に立つと清々しい気持ちになります。

「こんにちは」と笑顔で迎えてくれたのが、代表の田中さん。2016年にこの「しょうけい林業」を立ち上げました。

syoukei_14.jpgこちらが代表取締役・田中正行さんです。

「今、伐り出しているここはカラマツ林ですが見ての通りカラマツが無くなりシラカバが群生してる林となってしまっていますので、今年中にカラマツを再度植林して、カラマツ林として再生させたいと思っています。今日はたまたま自社の山の皆伐(森林を構成する林木の一定のまとまりを一度に全部伐採する方法)をしていますが、日ごろのメインの仕事は地元の森林組合からの請負業務と民有林の業務です。合間を見て所有林の整備にあたっています」

メインではないと話しますが、同社が所有している山や森林は全部で約30カ所。すべて空知管内で、全部を合わせるとだいたい札幌ドーム76個分相当になるそう。桁が大きすぎて想像するのも難しいですが、とにかく広いということは分かります。「とはいっても、全部が山まるごとというわけではないんですよ。山まるごともありますけど、お客さんを含め、手放したいという方から買ってほしいと言われて買取しているものが多く、山の中でもここからここまでといった感じで、とびとびの場所が多いんです」と話します。

syoukei_20.jpgこの日は新十津川町にある所有林で取材をさせていただきました。

木材関連から離れようと思っていたが...。地元の森林組合へ入社

起業する前は地元の森林組合にいた田中さん。最近は、林業で「独立する」といえばフリーの木こりになる人がほとんどで、事業体として新規で会社を立ち上げるのは珍しいそうです。そんな田中さんが林業に携わるきっかけについてまずは伺っていきましょう。

田中さんは北海道砂川市出身。地元の高校を卒業後、隣町の滝川市にある木材の防腐工場に勤務します。「木の電柱や鉄道の枕木、丸太などの防腐加工を行っていました。10年ほど勤務したあと、退職して半年くらいブラブラしていたら、知り合いから森林組合を紹介されたんです」と振り返ります。

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「さんざん木材に触れてきたので、木材から離れたまったく違う業界で仕事を探していたんですけど、紹介してくれた方がとてもお世話になった人だったこともあって...。顔を立てるつもりでとりあえず面接に行ったら、受かっちゃって(笑)」

平成15年、当時の新十津川町森林組合に入社(平成18年に7つの森林組合が広域合併し、そらち森林組合になります)。山の中の間伐材の調査、作業道のルート調査などを行い、請負の事業体へ仕事を発注し、現場管理を行うという仕事を主に担当しました。

「同じ木を扱うといっても、これまでは仕入れた木材を加工する仕事でした。森林組合に入ってからは木材を加工先へ出すほうに。でも、加工側の経験があったから、木材を見て、これは何に使えるか、価値はどれくらいかを見極めることができ、材の価格を付けるときなどに役立ちました」

syoukei_2.jpgトラックに丸太を積んでいるのはグラップルという機械です。

防腐工場にいたころ、建設機械系の免許を取得済みで、チェーンソーの扱いも分かっていた田中さんは、人手が足りないときは現場の管理だけでなく、作業自体も手伝っていたそう。

「でも、油圧ショベルに乗ったことがなくて、最初のうちは業者さんに下手だって怒られたりしましたよ。今はそんな人はほとんどいませんけど、昔は職人気質のクセの強い人が多かったから(笑)。僕も負けず嫌いだから、文句は言わせないぞって、早めに行って練習したこともありました。それでも、きちんとやっていれば業者さんたちも次第に認めてくれて...。そんなこんなで重機の扱いは現場で覚えていった感じですね」

syoukei_8.jpgこちらはハーベスターという機械で丸太を伐っているところ。

背中を後押ししてもらい、起業。社名は自分と妻の名前を用いて決定

田中さんをよく知る林業関係者によると、「田中さんはとにかく顔が広くて、みんなから慕われている」とのこと。そのことに触れると、「いや、誘われたら断れなくて、いろいろな集まりに顔を出しているだけですよ」と笑います。宴席に呼ばれるとスケジュールが合う限りは顔を出すそう。穏やかな口調とどこか憎めないニコニコ笑顔が人を惹き付けるのでしょう。

平成28年に森林組合を退職。その人脈の広さから、田中さんが退職したと聞いた各地の林業関連の会社から「うちに来ないか」「うちに来て」と声がかかります。

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「ありがたいお話だったんですけど、どこも空知から離れた場所で...。その頃、子どもたちがまだ小さくて、共働きだったこともあり、単身赴任で地元から離れるのが難しい状況だったんです」

そんなとき、森林組合でお世話になっていた企業の方から、「バックアップするから自分で会社を興してやりなさい」と背中を押されます。さらに、森林組合で仕事を請け負っていたいくつかの企業から「田中さんがいなくなったあと、どうすればいいの。田中さんがやってよ」と言われ、起業する決意を固めます。

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社名の「しょうけい林業」について由来を尋ねると、「いくつか意味があるんですけど...」と田中さん。「僕、倶知安町にある『千歳林業』という会社を尊敬していて、そこを目標にしているんです。そこが『林業』と付けているので、僕も社名に『林業』と絶対付けようと決めていて、田中林業にしようかと思ったんですが、画数が良くなかったんですよね」。そのあともあれこれ考えてみるもののなかなかいいものが見つからなかったそう。

「山の神さまって女性って言われるんですけど、それでふと、うちの奥さんの名前を入れたらどうかと思ったんです」

奥様の名前と、田中さんの名前の漢字を一文字ずつとり、「これをひらがなにして『しょうけい』と読ませると画数も良かったんです」とニッコリ。ひらがなのほうが誰でも読め、親しみやすいということもあり、「しょうけい林業」になったそう。

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とにかく安全第一。機械化は効率化だけでなくケガのリスクを下げるためでもある

重機など機材もないゼロの状態からのスタートでしたが、これまでの田中さんの仕事ぶりや人柄を知っている人たちからの協力やサポートがあり、難しいと思っていた融資もトントン拍子で受けられることに。起業の後押しをしてくれた企業からの発注などもあり、「周りの方たちのおかげでなんとかスタートできました」と田中さん。

少し余談になりますが、この「くらしごと」を運営する弊社/株式会社北海道アルバイト情報社が保有する新十津川町の社有林「ほある」の場所を最初に「どうですか?」と声をかけてくれたのが、当時まだ森林組合にいた田中さんでした。いろいろ親身になってくれた田中さんの人柄を知っていた弊社役員も、田中さんが独立すると聞いたとき、「うちができることは? 何か仕事は出せないのか?」と心配していました。つまり、それくらい田中さんを慕っている人たちがたくさんいるというわけなのです。

hoaru.jpgこの日の取材現場と同じ新十津川町にある「ほある」。

最初は機械を1台入れて、1人でスタート。でも、すぐに1人では大変だと分かり、その年のうちに社員を1人雇い入れます。それでも人手が足りないときは、「ありがたいことに周りの人たちが手伝ってくれました」と田中さん。田中さんをよく知る人からの情報によると、田中さんの役に立てるならと手を挙げる人がたくさんいるそうです。

苗木を植える植栽から下刈り、枝打ち、間伐といった管理、伐り出した木材を丸太にして運び出す造材と、一連の流れをすべてできるようにしている同社。今は社員3名、造園業の傍ら来られる日に通ってくれる準社員のような方が1名、あとは請負業者の方たちで日々の山仕事を行っています。

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「とにかく安全第一。山の仕事はいつケガをしてもおかしくないからこそ、現場では油断禁物。何の事故もなくその日の仕事を終わらせるのが自分の役割です。今、機械化をどんどん進めているんですけど、それは作業の効率化もありますが、少しでもケガのリスクを減らすためなんです」

現場には、油圧ショベルやフォワーダ(玉切りした材を積んで運ぶ車)、伐倒作業やグラップル作業を1台で行うことができるフェラーバンチャザウルスロボと呼ばれる重機などがありました。重機の前面はもちろんですが、サイドなど頑丈なガードが取り付けられており、「これも万が一、木が倒れてきたときにガードできればと思って取り付けています」と田中さん。これら重機は古くなると故障しやすくなるため、常にメンテナンスも欠かさないそう。

syoukei_6.jpgフロントガラスあたりに見えるのが格子。

取材時、現場で作業をしていた社員の杉山勉さんと、造園会社を自身で経営しながら空いている日には同社で作業をしている佐々木善幸さんにも質問。田中さんについて尋ねると、「社長は安全管理に関してはとても厳しい人ですけど、山で仕事をするならそれは大事なことですからね」と話し、「でも、山をおりたらすごく温厚な人」と教えてくれました。

また、同じ経営者でもある佐々木さんは、「まだ新しい会社ですけど、重機など機械関連はそろっているし、田中さんは人脈もあるし、伸びしろのある会社だと思いますよ」と話します。

syoukei_19.jpg杉山勉さん(写真右)と佐々木善幸さん(写真左)。

いいときも悪いときも、これまでのご縁を大切に

独立して8年。仕事も順調のように見えますが、「まだまだ必死です」と田中さん。冒頭で、自社で山林を所有している話に触れましたが、田中さんが目標にしている「千歳林業」も自社で多くの社有林を持っています。

「千歳林業とは比べ物にはなりませんが、自社で山林を所有することで森林資源を永続的に活用できます。林業は一次産業ですが、景気の影響を受けやすいんです。たとえば、資材高騰で家を建てる人が減ってしまうと木材をさばけなくなり、木を伐る仕事はおのずと減ります。だからこそ自分たちで仕事を作れるようにしておきたい。会社である以上、組織を動かし、いかに売り上げを立てるかが大事。そのためには、ただ仕事がくるのを待っているだけでなく、自分たちでも仕事を作り出していかないとね。そのための自社の山林です」

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田中さんがこの仕事をしていてやりがいや達成感を感じるときはどんなときかを尋ねると、「伐倒して、玉切りした木がトラックに積まれて出ていくのを見送っているときに大きな満足感を得られますね」と教えてくれました。中には急な斜面での作業など、苦労の末に伐り出した木材もあり、「無事に送り出すことができれば、いろいろな苦労も吹き飛びますね」と微笑みます。

「林業は自然の中で静かに仕事に取り組めることが魅力のひとつ。自然が好きな人や一人で黙々と作業したい人には向いていると思います。あとは重機など機械を操作したい人にも向いているかもしれませんね。機械化が進み、女性の林業従事者も増えていますし、うちでももちろん女性の社員も大歓迎ですよ」

syoukei_10.jpg現場では一人黙々作業が多いとはいえ、コミュニケーションを取ることも安全の上では大切なことです。

今後は、もう少し社員数を増やし、複数の現場を動かせるようにして、事業規模を広げていきたいという田中さん。
取材を終え、山からの帰りがけ、最後にこう語ってくれました。

「いろいろな方に支えられながら、ここまでやってくることができました。いいときも悪いときもあると思いますが、これからも取引先とのご縁を大切に、皆さんと築いてきた信用を切らないように頑張りたいと思います」

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株式会社しょうけい林業
住所

北海道空知郡奈井江町字奈井江町209番地30

電話

0125-74-5138

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人とのご縁から林業起業。「伐っても切らない」をモットーに。

この記事は2024年9月25日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。