北海道屈指の工業都市でありながら、樽前山と太平洋に挟まれ自然も豊かな苫小牧。フェリー港のほか新千歳空港へのアクセスも良く、近年はワーケーションや移住者からの視線も集まっています。 そんな苫小牧に、開局1年で約50番組がラインナップする、コミュニティラジオ業界で話題のFM局があると聞き、カーステレオの周波数を探りながら苫小牧へ向かいました!
開局のきっかけはなんと「防災」!局長・二瓶竜紀さんの意外な経歴に注目
人口約16万6000人。札幌・旭川・函館に次ぐ都市のひとつに数えられる苫小牧市。 今回お邪魔した「とまこまいコミュニティ放送(株)※以下「FMとまこまい」」があるのは、そんな苫小牧の繁華街・大町。通りの両脇をびっしりと埋める飲食店を横目に、名物のホッキをはじめとしたグルメとおいしいお酒に思いを馳せ・・・てはいけません。まだお昼前です。
FMとまこまいがあるのは、飲食街の一角にあるビルの4F。まちの賑わいの中心ともいえる場所です。 2023年に開局したいわゆる「地方FM」を、1年で44番組、140件を超える賛同・協賛を得るまでに育てた方とは、一体どんな方なのでしょうか? 代表取締役(=局長)の二瓶竜紀さんにお話を伺いました!
こちらがFMとまこまい局長の二瓶竜紀さん
子供の頃からラジオっ子だったという二瓶さんは苫小牧のご出身。推しパーソナリティーは小橋亜樹さんで、HBCラジオ「5丁目STATIONアキトム!」(毎週月曜19:00)のヘビーリスナーだったそうです。高校時代に土木を学び、卒業後は土木工事を行なう企業に就職し、現場監督として働いていました。現場のお供はもちろんラジオです。
道路工事や斜面の整備など土木のスペシャリストとして働いてきた二瓶さんですが、仕事柄、事故や災害の復興に携わることも多かったそうです。2000年の有珠山噴火や2018年の胆振東部地震でも現地に赴き、人々の暮らしの復旧に努めました。
様々な被災地で二瓶さんが見かけたのは臨時のFM局。 なんでも、災害時は「臨時災害放送局」が立ち上がり、被害状況や被災者の安否など、災害復興の助けとなる放送を行なっているのだそう。 設立から3年間程度は国からの補助を受けることができますが、臨時災害局は、災害の復興が終わると閉局を余儀なくされるとのこと。その後も放送を続けたい地域も多くあるようですが、資金調達に難を抱き、地域放送局常設へは至らないそうです。 胆振東部地震の際は、苫小牧の隣にある厚真町にも設立され、全道28ものコミュニティFM局が人員や機材の援助をしていました。
「各局が少しずつ手を貸し合って、素晴らしいなと思いました。でも同時に、これってできることなら苫小牧が一番最初にやるべきなんじゃないかと、悔しい気持ちもありました。もし自分がそれを実現できたら、地元への恩返しにもなると思ったんです」
苫小牧市・厚真町・安平町・鵡川町・白老町の1市4町は、有事の際にお互い助け合う「災害時広域相互応援に関する協定」を結んでいます。5市町の中で最も規模の大きいまちである苫小牧がFM局を持ち、放送の知識や連携を深めることで、ゆくゆくは北海道全域をサポートできる存在になりたいと、二瓶さんは話してくれました。
こうして28年勤めてきた会社を辞めてまで、地域におけるコミュニティFMの重要性を追い始めた二瓶さん。おだやかで理知的な印象ですが、内に秘めた地元・苫小牧への恩返しの思いは激アツなのです。
追い風に混じって現れたコロナ禍。放送局立ち上げまでの紆余曲折
二瓶さんが開局に向けて動き出したのは5年前の2019年。
実は苫小牧でコミュニティFMを興そうという動きは今回で3回目で、過去2回は計画途中で頓挫していたそうです。こうした歴史があるため、当時は周囲の期待も低く、どちらかというとマイナスからのスタートでした。
地元の先輩と一緒に、2019年8月には苫小牧市青年会議所主催のパネルディスカッションに参加。市民200名のほか岩倉市長も参加したこのパネルディスカッションでは、災害対応力の強化や地域活性効果など、コミュニティFMがまちにある意味を共有しました。ここから機運の上昇を掴み、市のバックアップも受けながら、12月には地元有志とと共に「FMとまこまい実行委員会」を立ち上げることになったのです。
しかし、おお、なんということでしょう。
このタイミングで突如現れた憎き新型コロナウイルスが世界を席巻します。開局準備をしようにも人に会えず、自分たちの会合を開くこともできなくなりました。
「もう手も足も出ず、という感じでした。でもこんなことで諦めるわけにはいかない。FMをやるんだから何かしなきゃいけないよねという話になり、マイクの前で話す練習がてらYoutubeチャンネルを作り、音声だけの配信を始めました。なにせ全員が素人でしたので喋る練習は必要だろうと笑」
こうして始まった練習を兼ねたコンテンツ制作の結果、250以上の番組が誕生し現在の多彩な番組につながっていくことになるのですが、その話はもう少し後に...。
コロナにもめげない活動を続けていたことで、Youtubeの視聴者やラジオ制作に興味のある人など、協力者が徐々に増えていきました。それぞれの得意分野を活かし、ラジオ局としての形が見えてくるのと並行して、商工会議所や教育委員会など後押ししてくれる人の輪がどんどん広がります。
「今回のFM開局はもしかしたらいけるかも...」という世間の機運も醸成され、設立準備委員会が立ち上がり開局に向けた動きが本格化。しかし当時は二瓶さんはまだ在職中。本業と準備委員会の二足のわらじを履きこなしながらの準備はモーレツな忙しさだったそう。資金調達もそのモーレツさの要因の一つでした。
聞けばFM局を始める際には少なくとも3,000万円必要だそうで、その資金を集めるため二瓶さんたちは奔走しました。それでも1年間頑張って集まったのは約900万円。目標額には全然足りません。残り2,000万円を確保するため金融機関を訪ねますが、どこも首を縦に振ってはくれませんでした。その大きな理由は「ラジオ局に融資した前例がなく、回収できるのか判断できない」というもの。
万策尽きたところで提案されたのが「協調融資」という方法でした。1社ではだめでも、3社でリスクを分散することで融資が可能になるというこの方法で、なんとか2,000万円の調達に成功しました。
次々に現れる課題を必死にクリアしていく二瓶さんがアドバイスを仰いだのは、室蘭市のコミュニティFM「FMびゅ~」代表取締役の沼田勇也さん。以前くらしごとにも登場していただいた方で、二瓶さんから見るとコミュニティFMの大先輩です。ラジオ局を運営するために必要な知識やパーソナリティ講座の資料提供、さらに放送機材の調達方法まで様々な局面でサポートしてくれたそうです。
「実はうちにある機材って、大阪府枚方市から来たものなんですよ」
見ると確かに機材に枚方のステッカーが...。ど、どういうことなのでしょう?
ラジオ放送に必要な放送マスター機材は、一式そろえると数千万円という金額がかかるものなのだそうです。とんでもない金額です...!
もちろんそんな金額をポンと出すことはできません。沼田さんに相談したところ、紹介されたのが「ラジオコンサルタント」という聞きなじみのない職業。ラジオコンサルタントは平たく言えば、全国のラジオ局の開局だけでなく閉局も把握しているラジオ業界の情報ツウ。この方から枚方市の第3セクターが運営するラジオ局が閉局するという情報を得たそうです。
「残念なことにそのラジオ局は資金繰りがうまくいかなかったようで、閉局することになったそうなんです。そうなると機材が売却に出されるんですね。機材の一部が欲しいという人はそれなりにいるのですが、先方としては残っても困るのでまるごと一式でしか売らない。逆に私たちは何も持ってないので全部欲しいんですよね。つまり、これは結構有利だと教えてもらったんです」
機材の購入は入札形式。
相談の結果200万で入札しましたが、もちろん二瓶さんたちの他にも入札参加者がいます。
機材の購入費が200万で済むか、数千万か。
「さすがにスタッフ全員ドッキドキでしたね笑」
結果は無事落札。
こうして資金も機材も確保したFMとまこまい。
マイナスからはじまりコロナ禍を乗り越え迎えた2023年9月1日、初の放送が電波に乗って発信されました。
地道にスキルを高めた日々が今を支える。十人十色のパーソナリティたち
突然ですが、ラジオの周波数がどうやって決まっているか知ってますか?
日本には放送法・電波法という法律があり、勝手に電波を使うことは禁じられています。ラジオ放送を始めるためには総務省の許可が必要なのです。その際に「本当にまちに必要とされているのか」を示す必要があり、どういう人たちが賛同しているのかを書面にして提出するのだそう。いくつかの試練を乗り越え、晴れて許可を得られたら、総務省が該当地域で最もクリアーに聞こえる周波数を調査し決定します。FMとまこまいの周波数83.7Mhzも、こうして厳格な許可申請をくぐりぬけて獲得したものなのです。
さてさて、せっかくですので実際の番組についても聞いてみましょう。
取材当時の2024年9月現在、44のオリジナル番組が放送されており、パーソナリティも老若男女幅広く総勢60名が関わっています。開局当時は29番組だったとのことなので、1年間で1.5倍に増えていることに!パーソナリティーは約9割が地元民。地元のコアな情報はもちろん、ペットやアニソン、お笑いに法律など、それぞれの個性が光る番組作りを行なっています。
地元民以外の1割の中には、東京都狛江市在住の方も。なんと現役ラジオパーソナリティーで将来北海道移住を考えており、インターネットで情報収集していたところFMとまこまいを見つけ、縁がつながったそうです。もし移住が叶った際には北海道でもラジオパーソナリティーとして仕事ができればという話もしており、現在は月1回苫小牧を訪れて「ヒラリー・ザ・クイズSHOW」という番組を収録しています。
こうした個性的な仲間が増えているのも、コロナ禍を機会と捉えてYoutubeチャンネルで番組作成を作り続けた日々があるから。
「思ったよりも多くの人が聞いてくれていて、回を重ねるごとに私も番組に出てみたい!とか、自分も番組作りをやりたい!と、ラジオに対する理解が深まった印象があります」
ウトナイ湖の白鳥の如く、水面下で必死にバタつきながらも努力を怠らなかった成果が、開局1年の今、如実に表れています。
時代とともに変わる地域を取り巻く情勢。コミュニティFMがまちにある価値とは?
「出資してくれている医師会の会長に『自分たちは同じだ』と言われたんです。その方が言うには、医療もラジオも非常時に無くてはならない仕事だ、と」
胆振東部地震で発生したブラックアウトの際、病院間の情報共有がうまく回らないことがありました。医師会には病院の空き病床数など様々な情報が集まってきます。しかし、その当時は発信する術がなかったため、せっかくの情報を活かすことができませんでした。
「FMとまこまいがあることで、医師会は自分たちの情報を正しく発信することができる。だから全面的にバックアップする、と。あまり学があるわけではない私なんかより、たくさん勉強してきたお医者さんの方がすごいのに、『同じだ』と言ってもらえたのが、とても嬉しかったんです」
防災・減災の一翼を担うことを目指して走り出したFMとまこまい。この目標は今後も変わりませんが、開局から1年を経た今、二瓶さんにはもう一つの目標と課題が見えてきました。
それは「地域コミュニティの復興と継続」です。
82の町会をもつ苫小牧に限らず、日本各地で減少傾向にある町内会。お祭りやイベントの廃止や近隣住民との疎遠化など、すでにその影響は顕在化してきています。
「地域コミュニティの代表格である町内会は防災の根幹。隣近所の顔がわかっていたら、いざ災害が起きたときにお互い助け合えるはずですし、こうした地域コミュニティこそまちづくりの本質なんじゃないかと思うんです。ちょうど今日からはじまる『町内会だより』という新コーナーだったり、市内のお悔やみ情報も近々はじまる予定です。市役所内にある町内会連合の本部とも連携し、私としては82町内会すべての情報を発信したいと思っています」
取材中、二瓶さんは何度も「恩返し」という言葉を使っていました。また「自分は故郷になにも恩返しできていない」とも。
地震や水害をはじめとした災害の頻発化や、旧来の地域コミュニティの弱体化など、時代はどんどん変化しています。その変化に適応していくためのツールとして、コミュニティFMはまだまだ底知れない力を秘めています。その扉を開き、最前線を歩く二瓶さんの「恩返し」は、本人の気づかぬところですでに芽吹き始めているのではないでしょうか。
FMとまこまいは社員2名と6名のアルバイト。そして多数のボランティアで運営中。
苫小牧周辺をドライブするなら、カーステレオはもちろんFM。周波数は83.7Mhz(やーみんな)でStay tuneが正解です。
- とまこまいコミュニティ放送(株)
- 住所
苫小牧市大町2丁目1番1号
- 電話
0144-84-3975
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