北海道といえばメロンが有名ですが、青肉の「キングメルティ―」という品種を聞いたことはありますか?短い北海道の夏にさらに短い旬の時期にしか流通せず、生産するのはごく限られた農園のみです。その希少さから「幻のメロン」といわれているそうです。
今回はキングメルティ―を育てる、空知エリアの浦臼町にある農園ご夫婦にインタビューを行いました。笠野宏之さん・直美さんご夫妻のキングメルティーへの想い、働き方や暮らし方について、お話を伺いました。
苗植え前から予約がくる
見渡す限り、美しい田園風景が広がります
取材に訪れたのは、田畑が広がる美しい景観地にある笠野農園の納屋とハウスです。
きれいに草が刈り取られ、納屋の中はすっきりと整理されていました。このまま空と緑に包まれた古民家カフェでもはじめられそうな雰囲気です。丁寧な農作業ぶりが伝わる雰囲気があちこちに感じられます。
ここが笠野さん夫妻の仕事場です。笠野農園では浦臼町の特産物である青肉メロン「浦臼キングメルティ―」を育てています。
「先日札幌駅近くで道主催のメロン試食会があって、生産者のひとりとして参加しましたけど、みなさんキングメルティーといってもご存じないですね。これは富良野?夕張?と試食されながら違う産地の名前ばかりが出てきます」と宏之さん。
こちらが、笠野農園の笠野宏之さん
浦臼キングメルティ―は6月末から7月にかけて収穫される青肉メロンの品種です。浦臼町では50年以上前からこの品種にこだわって継承されているとのこと。
「春の苗植え前の段階から『今年もお願いします』と予約の連絡を頂くことがあります。まだ出荷まで4カ月以上あるのに、キングメルティ―にはファンがたくさんいるんです」と直美さんは言います。
奥様の直美さん。偶然だそうですが、メロンカラーのTシャツで登場!
口に運んで驚くなめらかさと、じゅわっと広がる甘さ
なんとありがたいことに、取材スタッフも「幻」といわれる貴重なメロンを大変恐縮ながら試食させていただきました。
ひとくち食べてみて驚いたのが、果肉のとろけるようななめらかさ。メロンによくある舌の上で残るような繊維質をまったく感じません。コクのある甘さがじゅわっと広がり、後味はすっきり。「こんなメロンがあったんですね」と北海道の隅々を知るスタッフから驚きの声があがりました。
「キングメルティ―の最大の特徴は果肉のなめらかさです。あとは切る前から芳醇な甘い香りがふわっと漂うことも特徴ですね」と直美さん。
甘いのにすっきり!おどろきの美味しさ
笠野農園では、宏之さんのご両親の代から浦臼キングメルティ―を育てはじめ、現在は宏之さん・直美さん夫妻が継承。40年以上育て続けています。
植える前から予約がくるほどファンがいるメロンなのに、なぜ「幻」なのでしょうか?その理由は生産上の様々な難題にありました。
3つの弱点を乗り越える、おいしさという最大の強み
浦臼キングメルティーは、昭和40年代半ばの厳しい減反政策が行われた時期に栽培し始めた品種だそうです。当時、先代であるお父さまが経営していた笠野農園でも新しい作物への挑戦を検討し、「花を育てるか、メロンを育てるか」悩んだ末、メロンを選択したそうです。お父さまがメロンを選んだ理由は「食べれるものを育てたかったから」。
元々おいしいお米を育ててきた笠野農園において、お米に加えて食べる人のおいしい笑顔を想像できる作物をと考えたときに、メロンを育てることは意義のある仕事の一つになると判断したのかもしれません。
新しい主力作物を育てることをめざし、キングメルティ―の生産がはじまると「香りと味覚で全道一」と評価されるように。まちでキングメルティ―の生産気運が高まったといいます。
1玉で1スクワット!と笑ってらっしゃいましたが、現場を見て、その苦労を実感しました
しかし、現在は他のローカルエリア同様、高齢化、過疎化が急速に進み担い手不足が課題となっています。
浦臼町でキングメルティ―を生産する農園は、直販、卸売含めても10農園もなく、地域の生産組合での卸売出荷量をみると2,500ケースほど。これは単純計算で、メロン一箱あたり2,500人にしか行き渡らないということであり、たしかに「幻のメロン」といわれるとおり希少である状況です。
「浦臼以外でもキングメルティ―をつくっている農園はありますが、ごく少数です。浦臼では農協の共同選果品となっているため生産組合を組成できています。そのためキングメルティ―といえば浦臼、と周辺地域では知られているんです」と宏之さん。
「我が子のように」が大げさではない程、繊細で手間のかかる、かわいいメロンです
こんなにおいしいのに、大幅に拡大できるような大きな農業法人などがなぜ追随してこないのかを問うと、宏之さんは生産上の不都合がいくつもあるためだと指摘します。
宏之さんが考えるだけでも3つの弱点があります。
1つめは栽培技術の難易度です。葉っぱが弱く、風に当たると実が大きくならないため、収穫までの4か月間、毎日風向きに気を遣ってハウスの窓を開閉するそうです。また「温度や水量管理も許容範囲が狭い」と宏之さん。繊細な品種であり、大ざっぱな管理をするとたちまち状態が悪くなるそう。
まるで生まれたての一番繊細な頃の赤ちゃんを育てるように、細かく気を配ります。
笠野農園では赤肉の品種も育てていますが、ある程度ほったらかしにしても育つ赤肉品種に比べ、キングメルティ―の手間は雲泥の差があるといいます。
2つめは日持ちの短さです。じゅわっと濃厚な甘さが引き立つ糖度の高さとトレードオフに、甘さゆえに日持ちが短いメロンなのだそう。日持ちが短めということは、店頭に並べることができる日数が少なくなるため、販売側にも不都合となってしまいます。
最後は網目やサイズ・形状が、かっこよいとはいえないこと。カットしてデザートになると気になりませんが、玉のままの贈答用としては、見た目が控えめであることが不利に働いてしまいます。
実際に赤肉メロンと比べてみると、たしかに、不器用感が、ハッキリと。
「映え」が意識される時代にはあまりにも控えめな存在かもしれません。
左がキングメルティー。右は赤肉種のマリアージュ。確かにひかえめ、、ではありますが、見れば見るほど愛嬌のあるカタチ
難点だらけにみえるキングメルティ―ですが、試食させてもらったとおり、味は絶品です。
直美さんはいいます。
「このラグビーボールみたいな形も愛嬌があってかわいくないですか?私は隣町出身なのですが、子どものころにキングメルティ―は食べたことがなくて。子どもの頃はキュウリみたいな味でメロンって嫌いだったんです。でも嫁いできてキングメルティ―を食べてメロンへの常識が変わりました。メロンってこんなにおいしいんだ!って」
笠野夫妻が愛おしく育てる、手がかかる繊細なメロン。ふたりはこうした弱点を乗り越えて、キングメルティ―を大切に育てています。
「職場」ではとなりに話相手の夫がいる
ふたりは隣町同士の出身で共通の趣味を通じて知り合い、結婚。宏之さん26歳、直美さん31歳の時、第一子の長男を授かった時期に宏之さんの実家であった農園を継ぐことを決めます。
「祖母の自宅介護がはじまる時期でしたので、親が農園の仕事と介護とで手一杯になる心配がありました。だったら自分たちが戻って継いだ方がいいかなと。積極的に農業がやりたかったとかではないですが、自分がしないといけないことには責任を持ってやろうと思いました」と宏之さんが振り返ります。
直美さんはというと、実家は農家だったため仕事の大変さはある程度わかっていたといいます。
「家族経営ですので、農園の仕事を始める際に、夫と一緒に働くことができるのは楽しみでもありました。農作業で手を動かしながら、2人で、人生のこと、毎日のこと、子どもたちの将来のこと、会話する時間が好きなんです」と直美さん。
ちなみに宏之さんはアウトドア100%な仕事に就きながら、実は休日はいつも家にいたいというインドア派なのだそうです。直美さんのつくる食事が好きで「チャーハンの味付けが毎回違うところが好き」と照れたように話します。
直美さんはというと、もしもガラリと暮らしを変えるとしたらどんな暮らしがしたいか尋ねてみると、南の島の海のきれいなところに住んでみたいそうです。キャンピングカーで過ごしてみるなどイメージは広がりますが、「どこで暮らすにしても、話し相手の夫の存在が必要不可欠なので、遠出が好きじゃない夫を引っ張り出せるかどうかですね」と笑います。
夫婦で愛嬌のあるメロンを育て、青空の下、仕事をしながらとりとめもなく会話をする。なるほど、たしかにこの「職場」は、良好な労働環境といえそうです。
目の前には地平線まで田畑が広がるような北海道らしい「オフィス環境」。360度パノラマに広がる絶景の中で、仕事をしています。
天然の緑化効果満載の職場では、ちょっとのストレスは大地に浄化されながら過ごすことができそうです。
キングメルティ―を継ぐ次世代、喜んで支えたい
一つ一つ、丁寧に箱詰めしていきます。
栽培技術や日持ちの悪さなどのキングメルティ―の難点を考えると、生産が減ってしまうのが自然かもしれません。
でも、と宏之さんは続けます。
「過疎化が進む田舎でも、幸いなことにキングメルティ―生産者のうち半数は30、40代が担い手です。まだこれからという勢いがある年代といえます。10、20年後に浦臼キングメルティ―が続くように、僕らが現役のタイムリミットの前に何とかしなくてはと思っています」
浦臼町は人口1,600人ほどの小さなまちです。人が少ない分、地域への当事者意識が強く、自分たちの奮闘がまちの未来を左右するような感覚を持っている人が多いことは、このまちの特徴かもしれません。
直美さん手づくりの取説をそえて
「次世代の担い手が増えてほしいですし、何といっても、これだけおいしいキングメルティ―なのですから、私は残していきたいです」
直美さんはキングメルティ―への想いを言葉にします。
ふたりには現在高校1年生、小学6年生の2人の息子さんがいますが、家業だからと仕事を手伝うことを当たり前としてはいませんでした。
「納屋ちかくは機械があって危ないので、幼い時からあまり親の仕事場の近くで過ごさせませんでした。小さかった頃に親の仕事風景をみせて来なかったことはちょっと残念でもありますが、大きなケガをしたら大変ですし仕事に集中できないと思っていたので。もしかすると子どもたちの将来の選択肢のなかに農園の仕事が入ってくるかもしれませんが、子どもは子どもの人生の中で好きな道に進んでほしいと願っています」と直美さん。
もしも、キングメルティーを継承したいという人がいれば、喜んでサポートをしたい、とふたりは語ります。
「生産者同士で話をしても、生産をやめたい、今年はつくらないという話にはなりません。普段特に意識しているわけありませんが、誇りをもってキングメルティ―をつくっている、ということなのかもしれません」と宏之さん。
メロンハウスのの前には、ふっくりんこ(道産品種のお米)の苗が広がります
浦臼町ではまちとして農作物のブランド化に取り組みはじめており、キングメルティ―はまちの代表作物のひとつとして着目し、生産者と消費者をつなぐ企画やパンフレット刷新などの取り組みをスタート。
幻といわれるメロンを本当に幻にしないように、チャレンジがはじまっているそうです。
樺戸連峰の山々と、地平線まで続く田畑が広がる小さなまちにあるメロンハウスの中で、誠実な仕事を営む夫妻から、穏やかな情熱で続くメロンづくりのストーリーを伺うことができました。
- 笠野農園
- 住所
北海道樺戸郡浦臼町鶴沼
- 電話
0125-67-3765