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コンブから町の課題解決を目指す、ある漁師の物語20240715

コンブから町の課題解決を目指す、ある漁師の物語

北海道十勝エリアの最南端、太平洋に面する広尾町。ここで生まれ育った保志弘一(ほし・ひろかず)さんは、祖父の代から続く漁師の三代目です。高校を卒業後、父親とイカ釣り漁船に乗って全国を回っていましたが、漁獲量が減少したため地元でコンブ漁をはじめました。ところが、コンブは水揚げ後に乾燥させ切り揃えて等級ごとに選別するという一連の作業があり、多くの手間に対して収入が見合わないため、まちでは漁師離れが進んでいたといいます。

林業とコンブ漁とのダブルワークで生計を立ててきた保志さんですが、20代後半に転機が訪れました。広尾町役場がまちづくりの人材を育成するために行った「ひろお未来塾」に参加し、異業種交流や東京でのPR活動を経験したことで、魚介を獲るだけと思っていた自分の仕事に対する視野が広がったのです。攻めの姿勢に転じた保志さんは、「ひろお未来塾」で出会った人たちとコラボレーションして、昆布を粉砕したうまみ調味料「星屑(ほしくず)昆布」を開発・販売します。また、漁業体験や学生の受け入れを行い、夏休みには大学生の水産サークルが長期滞在するようになりました。

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「漁業を基点として、いろいろな業種や人たちとつながっていけば、漁獲高の減少や漁師不足、人口の減少問題も解決できる」と語る保志さん。まちづくりの現在と未来を見据えた活動についてレポートします。

コンブの六次化商品と漁業体験

日高山脈と太平洋という自然に恵まれた広尾町は、漁業、農業、林業と第一次産業が中心のまちです。広尾で生まれ育った保志さんは、漁師としてのキャリアがちょうど20年。前浜で昆布を採る漁業を営むだけでなく、地域課題の解決に情熱を燃やす酪農業の菊地亜希さんに共感し、共に立ち上げた地域団体ピロロツーリズム推進協議会を通じて、漁業体験や学生インターンの受け入れ、コンブの端材を使った商品の開発・販売などを行っています。2023年には「漁師の甲子園」ともいわれる「全国青年・女性漁業者交流大会」で農林水産大臣賞を受賞しました。

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NHK北海道の「ローカルフレンズ」に登場するなど、各種メディアでも広く活動が紹介されている保志さん。ちなみに、くらしごとで「漁村体験記」を連載している北海道大学水産学部の学生、カツオクンこと北浦優翔さんも、2年前に広尾町でインターン滞在をした際に、保志さんから大きな影響を受けたといいます。

※くらしごとで取材した北浦さんの記事はコチラ

保志さんがコンブ漁をしているのは、広尾町の観光スポット「フンベの滝」で有名なフンベ地区。海岸から少し入った高台に、石を敷き詰めた干場と、室内でコンブを乾燥させる「乾燥小屋」、作業場と体験学習・観光の拠点を兼ねた「コンブ小屋」がありました。これらの建物は、商品開発などのプロジェクトでタッグを組んだ建築士の小笠原正樹さんが企画し、建設に至りました。

hiroo_hoshi13.jpg湧き出した地下水が直接道路脇に落下するフンベの滝

乾燥小屋では、コンブの出荷サイズに合わせた棚を設けて、熱風がしっかりといきわたるように工夫しています。この小屋を設けた理由について、保志さんは話します。

「船でのコンブ漁は夏から秋が漁期ですが、海が完全に凪(なぎ)で、すぐに干すため晴天続きの日にしか取れないので、実際に船で漁へ出られるのは年に10日ぐらい。その点、拾いコンブ漁は年中できるし、この乾燥小屋があればいつでも干すことができます。うちではコンブ漁体験や学生の受け入れを行っていますけれど、天候に左右されずにコンブを採って出荷できる状態にするまで一連の流れを体験できるのも、この小屋をつくった理由のひとつです」

端材を使った天然のうまみ調味料

作業場を兼ねたコンブ小屋に移ると、保志さんは体験観光での説明でも使っているという漁具「マッケ」を見せてくれました。

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「コンブ採りの方法は2種類あって、船で採るほうは海中の岩に生えているコンブを長いカギ棹で引っ掛けて抜きます。こちらのマッケは拾いコンブ漁用の道具です。これを岸から海に投げて、浮いているものや沈んでいるものをロープで引き寄せます。重さは4、5キロぐらい、ロープは30mほど。これを毎日100回ぐらい投げる。人によって、下手投げや上手投げとボールのように投げるスタイルが違うんです。自分は肩が強い方ではないので、腰を回転させる横投げ方式です」

「星屑昆布」をつくるための粉砕機も見せてもらいました。「昆布を砕いただけですが、天然のグルタミン酸でものすごいうまみ調味料になるんですよ。使う原料コンブは、出荷時に切り落としの端材や規格外の小さいサイズ、色が悪かったりしたもの。最低等級になってしまうものを活用しました」

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保志さんに頂いたコンブをかじってみると、パリッとした食感の後に、程よい塩気とうまみが広がります。「広尾でとれる昆布は柔らかくて、そのまま食べてもおいしいんですよ」と保志さん。この地域のコンブならではの特長を生かし、日常的に使える調味料として開発したのが星屑昆布。ごはんやお肉、お刺身、トマトや野菜に振りかけたり、汁物や鍋、トマトソースなどに混ぜ込めば、何倍にもうまみを増幅してくれるそうです。

「星屑昆布」開発に込めた思い

コンブを砕くだけなら簡単にできると思われそうですが、星屑昆布の開発には苦労がありました。料理に使ってもとろみが出ず、口にザラリとした感じが残らない1.5mmという最適なサイズを見つけ出すまでに、かなりの試行錯誤をしたのだとか。また、当初はミキサーで砕いてふるいにかけて...という工程を手作業で行っていましたが、効率を上げるために特注の粉砕機を導入したそうです。ちょうどコロナ禍による事業助成金の募集があったころで、欲しかった乾燥システムと合わせて申請、採択されたことで乾燥小屋と、粉砕機を置いた作業小屋もつくることができました。これで作業の効率化と量産化を図った保志さんは、このように話します。

「星屑昆布で目指すのは、広尾のコンブ漁師の所得と暮らしを底上げしていくこと。例えば、最低等級や規格外のコンブでも、星屑昆布の原料として高く買い取ることができるし、この商品の製造方法にはあえて特許を取っていないので、同じものをほかの漁師がつくることもできるんです。この星屑昆布がどんどん流通していけば、やがては広尾町のコンブ漁師の収入を2倍にできる、そういった価格を設定しています」

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この星屑昆布は、コンブ以外は一切入っていない天然のうまみ調味料として、また自然の波で海底から抜けた「拾いコンブ」を活用したエコロジカルな商品として注目を浴びています。いまでは、全国規模の飲食チェーンやコンビニフードにも使われているのだとか。日本料理のダシが手軽につくれると10万円分の星屑昆布を買ったアメリカ人もいるそうで、世界に販路が広がる可能性があると話してくれました。

転機となった広尾町の「ひろお未来塾」

保志さんは、なぜ、まちの漁業全体の底上げを考えるようになったのでしょうか。それは、広尾町でまちづくりを行う若者を育成する「ひろお未来塾」に参加したことがきっかけでした。当時、保志さんは28歳。町内に異業種を営む同世代がたくさんいることに驚き、「まちづくり」という共通のキーワードを持った仲間と一緒に、学びと対話、交流を繰り返していくことで、自分の視野がいかに狭かったかということに気づきます。

決定的だったのは、未来塾のミッションで東京の飲食店を貸し切り、「広尾町フェア」を行ったこと。そこでお客さんたちの反応を直接見たことで、大きな気づきがあったといいます。

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「時期は12月、ちょうど毛ガニ漁の真っ最中で、毛ガニやツブ貝、タコと魚介類をたくさん持っていきました。そこで初めて、『自分の獲ったものが、確かに誰かの喜びにつながっている』という実感を持ったんです。お客さんのなかには金婚式を迎えるというご夫婦もいて、ものすごく感謝されて、こちらこそ大事な節目にうちの魚介を食べてもらえることがありがたくて、感謝の思いでいっぱいでした。それまでの自分は、魚を獲る仕事で、単純に技術やお金のことしか考えていなかった。でも、漁業って魚を獲ることだけじゃなくて、食べる人を喜ばせる仕事なんだと気づいたことが、自分の方向を変えたと思っています」

自然の恵み豊かな広尾町の魅力を伝えながら、漁業の可能性を拓いていきたい。意欲に燃えた保志さんは、その道の第一線で活躍する人と話をしたり、全国規模で行われるサミットに参加したりして、ますます視野を広げていきながら、自分のできる道を探っていきました。

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ひろお未来塾で2年間学んだ後、保志さんは出会った同期のひとり、酪農を営む菊地亜希さんと、広尾の魅力を発信し、体験観光や学習、商品開発などを行う「ピロロツーリズム推進協議会」を立ち上げます。体験観光は、自分たちが働く場所であるコンブ干し場や牧場に参加者を招いて、一緒に作業体験を行うことで広尾町のファンになってもらい、関係人口を増やしていくことを狙いとしました。

毎年夏休みに滞在する大学生サークル

ピロロの体験学習では、若い人たちが多いことが特徴です。なかでも、東京海洋大学や北海道大学のメンバーで構成されるサークル「水産人(すいさんちゅ)カレッジ」では、毎年メンバーたちが夏休みを使って保志さんの元を訪れています。コンブ干しなど漁業に関わる作業を行うだけでなく、地元のリアルな生活を体験してもらい、ピロロのメンバーである酪農家の菊地さんや、編集者で猟師でもある中村さん、その仲間たちが食材を持ち寄ってきてバーベーキューをすることもあります。

kitaurayuto13.jpgインターン学生を受け入れた際の一枚

なぜ、若い人たちの滞在先として広尾町が選ばれているのでしょうか。保志さんが、彼らを受け入れる上で大切にしていることを話してくれました。

「自分は、コーチング的な役割もしているんです」

コーチング、ですか?

「いまうちに来てくれている大学生ですが、だいたい7割ぐらいの子は、高校までは一生懸命受験勉強をしたんだけれど、この先どうしたらいいのか、やりたいことがなくて迷っていたりするんですよ。それを、一緒に作業しながら『なぜいまの大学を選んだの?この広尾に来たの?』とか『どんな事が好きで、今やっている事をどう思う?どんな将来が理想の形かな?』といった質問を、滞在中に少しずつしていくことで、その子がいま学んでいることの意味を気づかせてあげるんです。さらに、そういった段階をクリアした子には、本人の生き方とか目指す方向というものを、後押しとかいうより、引き出しを広げてあげるような話をしています」

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彼らが学んでいる専門分野に合ったプロフェッショナルを引き合わせることもしているそうで、学生にとって広尾町は貴重な学びを得られるまちにもなっています。「この広尾をインキュベーションセンターのようにしています」と話す保志さん。この事業にかなりの力を注いでいるのには、学生だけでなく、地元にも大きなメリットが得られるからだと話します。

「学生は観光的な楽しさと、教育的側面があるこの体験を通じて、人間的に成長できるこのまちに価値を感じています。一方で、広尾としては、コンブ干しを手伝ってもらえることで作業効率が上がり、生産量も増えることで助かるんです。それに、地域に若者がいるだけでおじいちゃん、おばあちゃんもすごく楽しそうにしているんですよ。まちの人たちが外から来た人にも抵抗を感じなくなれば、交流人口や関係人口は増えていきます。また、若い彼らの持っている価値観や感性が自分たちにもフィードバックされて、新たな学びにつながってくるという両者の良い関係があります」

漁業はもっと他業種と結びつけばいい

異業種や得意分野を持つ人たちでチームを組めば、星屑昆布のような新商品を開発したり、課題を解決したりと、いろいろな可能性が出てくると保志さんは考えています。まちを出ていく人もいれば、入ってくる人もいるけれど、現在いる人たちでどんなことができるか、パズルのピースのように組み合わせを考えていけばいい。そのためにも、人と人とがつながることは非常に大切だといいます。

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「漁業も、漁や水産加工だけじゃなくて、もっと他の業種と結びついていけばいいんです。星屑昆布に関わっている建築家やデザイナーだって『水産業の人』とも言えますしね。研究に参加することだったり、漁師が吉本興業のようなエンターテイナーになったりすることも、そうです。コンブも食品だけでなく、スキンケアや日用品に使いたいという企業からの話も来ていますし、干し場を見た精神科の先生は『うつ病の患者さんには、自然のなかで行う単純作業がいちばんのリハビリになる』と言う。コンブ漁には医療としてのポテンシャルもあるんですよ」

広尾町のコンブ、漁業の可能性、そして人を惹きつけるまちの魅力は着々と広がっているようです。

昆布漁師 保志弘一さん
昆布漁師 保志弘一さん
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https://instabio.cc/4022108bd2RLb

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コンブから町の課題解決を目指す、ある漁師の物語

この記事は2024年5月14日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。