HOME>北海道で暮らす人・暮らし方>温かな町の人に惹かれて移住、珈琲豆の焙煎店を営む。

北海道で暮らす人・暮らし方
長沼町

温かな町の人に惹かれて移住、珈琲豆の焙煎店を営む。20240205

温かな町の人に惹かれて移住、珈琲豆の焙煎店を営む。
こだわりのあるオシャレなカフェや飲食店が多い長沼。週末になるとお目当ての店を目がけて、札幌や近郊の町から多くの人が訪れます。そんな長沼の市街地に2023年春、こだわりの店が仲間入りしました。昭和時代に製造されたロースターでコーヒー豆を焙煎するばいせん屋habuです。
土生(はぶ)佳祐さんは、東京を拠点にミュージシャン&焙煎士として活動。2022年の11月に家族で長沼に移住し、店をオープンさせました。隣には、美容師である妻の知夏(ちなつ)さんが営むみつあみ美容店があり、地元の人や遠方からもお客さんが訪れます。今回は、そんな土生さん家族の移住ストーリーを紹介します。

2023年春、長沼にオープンしたコーヒー豆の焙煎の店と美容室

habu_gikanfutari_151.png

「僕たちは古いものが好きで、店をやるなら古民家でやりたいと考えていました」と話す佳祐さん。「ばいせん屋habu」と「みつあみ美容店」の建物は、かつて畳店だったそう。昭和のレトロ感を生かしながら2人のこだわりを詰め込んでリノベーションしました。それぞれ黒と白を基調にした対照的な店舗ですが、どちらもアンティークの建具や調度品が溶け込み、おしゃれなのにどこか懐かしく、居心地の良い空間になっています。

焙煎機の音をBGMに、コーヒーの香ばしい匂いに包まれる「ばいせん屋」の店内。「畳屋さんだった記憶をどこかに残そうと思って、壁の一部にイグサを混ぜています」と佳祐さんが墨黒の壁を指さします。

ライトのスイッチなどもアンティークなものが用いられ、細部までこだわりを感じられます。焙煎士の五感が重要になってくるアナログスタイルの焙煎機も昭和60年代に造られたものだそう。

佳祐さんが焙煎士として本格的に活動をはじめたのは結婚してから。もともとミュージシャンとしてライブで全国各地を回っていた佳祐さん。行った先々でその土地の人が焙煎したコーヒー豆を購入しているうちにコーヒーに魅了され、「自分でも豆を焼いてみたくなって」手回しの焙煎機を購入したのが始まりでした。

プロを志して上京後、ギターを携え、ミュージシャンとして世界中を旅する

habusan_interviewcut_082.png
さて、ここからは佳祐さんと知夏さんが長沼へ移住を決めるまでの話を伺うことにしましょう。

佳祐さんが生まれたのは室蘭。中学は登別、高校は札幌で過ごしました。高校時代にはバンドを組み、プロのミュージシャンを夢見るようになります。

「高校卒業後はバンドのみんなと一緒に上京したのですが、わりとすぐに解散してしまい、その後はソロで音楽活動を続けていました」

とはいえ、音楽だけで食べていくのは難しく、音楽活動の傍ら、豆腐屋で働いたり、バーテンダーとしてバーに勤務したりしていました。そんなとき、たまたま世界一周を2回も経験している旅人に出会います。

「話を聞いているうちに刺激を受けて、自分も世界を見てみたいと思いました。それで、ギターを持って彼と一緒に世界旅行へ出かけました」

各国で演奏をし、それぞれの地域の人と交流を深める中で、「日本のことを聞かれても答えられない自分がいて...。また、みんな自分の国に誇りや愛情を持っているのに、自分は日本について何も知らないと気付かされました。それで、世界一周もいいけれど、まず日本を回ろうと思いました。ちょうど20代後半くらいだったかな」と佳祐さん。帰国後は日本中を旅しながら、各地で演奏活動をするようになります。

結婚後、コロナを機に暮らす場所について考えるように

habu_fufu_130.png奥様の知夏さんと「みつあみ美容室」で。おしゃれで素敵なご夫婦です
東京を拠点にし、1カ月のうち半分近くは日本のどこかで演奏活動という暮らしをしていた佳祐さん。そんなある日、東京の下北沢にある椅子屋のイベントで、美容師の知夏さんと出会います。千葉出身の知夏さんは、当時、下北沢にある古民家の美容室に勤務していました。その後、知夏さんが佳祐さんのウクレレ教室に通うようになり、2人は交際を始めます。

2018年に結婚し、パーティーは2人が出会った下北沢で催しましたが、挙式は北海道神宮で行いました。「彼の親族の中に東京まで来るのが大変な人もいたので、自分たちが北海道へ行こうかとなって、神宮で式を挙げました」と知夏さん。当時は、北海道に移住することは微塵も考えておらず、「むしろ東京で自分たちの店を出そうかと話していたくらいでした」と振り返ります。

実はこの挙式のとき、北海道胆振東部地震があり、全道がブラックアウトに。「ススキノの有名なニッカの看板が真っ暗だったのが忘れられませんね」と2人は笑います。

結婚後は、仕事の合間を見て家族で各地を旅する生活を楽しんでいました。ところが、コロナ禍に突入すると東京から出ることが難しくなってしまいます。

「もともと僕たちは交友関係が広いほうだったんですが、コロナで生活が制限される中、今すぐ本当に会いたい人って限られているなと気付いて...。さらに買い物も置き配で済むし、だんだん東京で暮らす意味が分からなくなってきたんです」と佳祐さん。

知夏さんも、「緊急事態宣言があって、まるまる1カ月、息子と彼と私の3人で部屋にこもって暮らしたとき、3人だけでいるのも楽しいって思ったんです。3人一緒なら、住む場所は東京でなくてもいいかなと。それに、本当に会いたい人には会いたいと思ったとき、いつでも会いに行けばいいしって思ったんです」と話します。

北海道を旅する中で立ち寄った長沼。夕日の美しさに「ここかも...」

こうして、コロナを機に東京以外の場所で暮らすことを考え始めた土生さん夫妻。「全国を旅してきて、やっぱり北海道っていいなと思うところがあって、移住するしないの前に、まずは北海道を旅しようと家族3人で北海道旅行をすることにしました。僕は北海道出身ですが、札幌や胆振地方しか知らなくて、道央とかは回ったことがなかったのもあって」と佳祐さん。

2020年9月に3人で北海道へ。コロナ禍だったため、車で小樽や美瑛、富良野などを回ります。車中で過ごす時間が多かったそうですが、佳祐さんは「逆に3人でたくさん話をすることができて、豊かな時間を過ごせました」と振り返ります。

せっかく北海道に来たのだから、東京へ戻る前に室蘭の両親に息子を会わせたいと考えた土生さんたち。「そのころ、東京から来た人間と町の中で会うのは周りの目もあって、両親も抵抗があるだろうと思ったので、人の少ない外で会おうと考えました。それで、空港からも近い長沼で待ち合わせることにしました」と佳祐さん。

両親と2年ぶりに再会した場所は長沼の小高い丘の上にあるハイジ牧場。時刻はちょうど夕方で、丘から見た夕日がとても美しく、「移住するならここかもしれない」とこのとき思ったと土生さん夫妻は言います。

habu_yuhi26010449.png長沼の夕陽に魅せられたという土生さん夫妻。その時に見たのはこんな景色だったのでしょうか

「それまでは美瑛がいいかなと思っていました。でも、美瑛に移住してお店をやっていらっしゃる方たちに話を聞いて、雪の多さが僕たちにはネックかもしれないと感じていました。彼女は雪国での暮らしの経験がないし、僕も雪の少ない室蘭出身なので、雪にはそれほど慣れていないので...。でも、ハイジ牧場の丘からの眺めを見て、美瑛の丘から見た風景とちょっと似ているような気がして、長沼もいいかもしれないと思いました」と佳祐さん。

お試し暮らしを体験。運命的な物件との出合いと息子のひと言で移住を決心

habu_Heidi_6664.png移住のきっかけにもなった「ハイジ牧場」へ家族でお出かけ


東京へ戻ると、佳祐さんはすぐに長沼町の「お試し暮らし体験住宅」に申し込みます。ところが、予約が先々まで埋まっていたり、知夏さんの仕事の調整も必要だったりで、翌年の9月にやっと1カ月のお試し暮らしをすることが叶いました。

「今回は旅行ではなく、暮らすことを目的に1カ月過ごそうと話して決めてきました。到着してすぐ、役場の担当者の方のところへ行ったら、1時間くらい町について丁寧に話をしてくれたのがとても嬉しかった」と知夏さん。この時点でさらに長沼に対する印象がアップしたと話します。

暮らすことを目的に来たにも関わらず、土生家が1カ月も北海道にいるらしいと聞きつけた東京の友人知人が次々と長沼を訪れ、「最初の半月は暮らすという目的からずれてしまって(苦笑)。最後の2週間で実際に不動産屋を訪ねてみたり、移住してきた方たちに話を聞いたりしました」と佳祐さん。特に隣町の由仁町に暮らす工芸家の夫婦や、長沼に移住して30年以上という家族が移住者の先輩として、このエリアのメリット・デメリットについて具体的に教えてくれたのが良かったそうです。

長沼に移住しようという気持ちが固まり始めていた矢先、畳屋の物件情報がネットにアップされているのを見つけます。ちょうどお試し暮らしが終わる1週間前でした。昭和時代に建てられた畳屋の建物は、古いものが好きな2人にとってベストな物件。「移住するにしても新しい建物を建てるつもりはなく、古民家を改修することしか考えていなかったので、『あったー!』という感じでしたね」と知夏さん。

東京へ帰る前日に、「ここにしよう」と夫妻は心を決めます。決定打となったのは、「ここに住みたい!」という息子さんのひと言だったそう。「当時2歳半くらいだったのですが、長沼にいる間、のびのび楽しそうに自然の中で遊んでいる息子を見て、子育てするのにもいい環境かもしれないと感じていました。コロナということもあって、東京では公園にも遊びに行けないような状況でしたし」と知夏さんは振り返ります。

1年かけて移住の準備を整え、2022年の冬に長沼町民に

長沼への移住を決め、周囲にそのことを伝えると、「みんな、北海道で泊まれるところができた!と喜んでくれました。むしろ、室蘭の親族のほうが、雪凄いよ、冬大丈夫?とすごく心配してくれて」と知夏さんは笑います。

畳屋の建物の改修や、東京の仕事の調整などがあり、1年かけて完全移住の準備を進めました。「大工さんは長沼の方にお願いしたのですが、信頼できる方で良かったと本当に思います。直接見ることができないこともあったので」と知夏さんが言うと、「僕は結構細かく図面を引くタイプなので、その通りに作ってもらうことができて良かったです」と佳祐さん。お話を伺っていると、2人は似ている部分もありますが正反対なところも...。もちろんぶつかることもあったそうで、「移住に関してはたくさんケンカもしたし、話し合いもしました。でも、それができたことで夫婦の絆が深まった気がするし、今となっては2人の財産ですね」と佳祐さんは話します。

1年の間に何度か行き来をするうち、「長沼は空港が近いこともあり、東京と北海道って意外と近いなぁと感じるようになりました」と知夏さん。さらに、通っているうちに少しずつ町の人たちとも交流する機会が増え、「僕たちが東京から来て壁塗りの作業などをしていると、差し入れを持ってきてくださる町の方もいて、本当に嬉しかったですね」と佳祐さん。

そして、2022年11月末に晴れて長沼町民に。「でも、まだ家の改修は終わっていなくて、引っ越してきてからも壁塗りの作業はしていました。実は今も100%完成という状態ではなく、住みながらまだ作っている感じです」と佳祐さんは笑います。

雪かきが交流のきっかけに? 音楽や店、農家などのコミュニティにも参加

移住してちょうど1年が過ぎましたが、ここからは移住してきてからの暮らしについて伺いましょう。

長沼での新生活は寒い冬からのスタートとなりましたが、「むしろ良かったと思います」と知夏さん。市街地の店舗などが並ぶ通り沿いということもあり、雪かきの作業を通じて、ご近所さんとコミュニケーションを取ることができたのだそう。「雪かきの仕方はもちろん、向かいの方は雲と風向きを読んでどのタイミングで雪かきをするといいかまで教えてくれるんですよ」と佳祐さん。さらに「住み始めて気が付いたのですが、うちは目の前に融雪槽があってこれがすごく便利。これがあるかないかで随分違うと思う」と話します。

また、町がコンパクトな上に市街地に住んでいるので、歩いて買い物に行けるのも気に入っているそう。「ちょっと行けば、すぐにのどかな風景が広がっているし、四季がはっきりしているのもいいですよね」と佳祐さんが言うと、「雪が降ったときもきれいでうれしいと思いましたが、雪が溶けて春になるときも、辺りの木々や緑が一気に芽吹き、生命力にあふれていてすごいなぁと思いました」と知夏さん。

近所の人はもちろん、出会う町の人たちも「みんないい人ばかり」と佳祐さん。もっと地方ならではのしきたりやしがらみのようなものがあるかなと覚悟していたそうですが、そんなものはなく、知夏さんも「本当にウェルカムな雰囲気だし、明るい人が多い町だと思う」とニッコリ。

また、驚きの再会があり、「ばいせん屋をオープンして2日目くらいのとき、店に立ち寄ってくれた地元の鶏卵農家の方が、17、8年前に東京で同じ時期に同じ豆腐屋で働いていたことが判明し、まさか長沼で会うとは!となって。彼はピアノをやっていて、その縁で町の音楽好きな人たちと繋がることができ、今は町の人たちとバンドも組んでいます」と佳祐さん。バンド関係の方たちとは家族ぐるみでお付き合いもしているそうです。知夏さんも「お店をやっている人たちのコミュニティや、地元の農家の奥さんたちの集まりにも参加させてもらうなど、人との関わりはとても充実していますね」と話します。

さらに知夏さんは、「息子も自分のコミュニティをきちんと持っているんです。友達と楽しく遊んでいる姿を見ると嬉しく思います」と続けます。東京にいた頃、息子さんは幼稚園や保育園に通っていなかったそうで、長沼に来て初めて集団生活を経験。初めは戸惑いもあり、通いたくないと言ったときもありましたが、あっという間に友達ができたそう。「近所の方やほかの保護者の方たちが息子のことを認識し、声をかけてくれるのもすごくいいなと感じています。小さな町のコミュニティだからこそできる交流だと思うし、東京ではこういう関わりはなかなか難しかったと思います」と話します。佳祐さんも「お祭りに行ったとき、友達を見つけた息子が僕たちから離れて友達と遊んでいるのを見て、いい意味で昭和っぽいなぁと思ったんです。こういう友達関係が作れるのも小さな町ならではだと思いました」と嬉しそう。

移住で大事なのは「人」。長沼は温かい人たちがたくさん暮らす町

habu_kondosanto_110.png


知夏さんの美容室で髪を切っていると、佳祐さんが淹れてくれたコーヒーがもれなく提供されるという特典があるそう。「お客さまもおいしいって喜んでくださいますし、帰りにおいしかったからとコーヒー豆を買っていってくれる方もいて」と知夏さん。佳祐さんも「豆の販売以外に、コーヒーのテイクアウトを提供しています。店の端に椅子を置いているので、そこでコーヒーを飲みながらおしゃべりして行ってくださる方もいて、交流ができるのも楽しい」と話します。

移住して1年、土生夫妻の話を伺っていると、「ばいせん屋」も「みつあみ」も町の人たちに支持されるお店になっているのが伝わってきます。

最後に移住する際に大事にしたほうがいいことは何かを訪ねると、「人かな」と佳祐さん。「最初は丘からの夕日を見て、そしてここの町の景観に惹かれて移住を考え始めましたが、お試しで暮らし、何度か足を運んでいるうちに、長沼の町の人たちが好きになりました。思っていた以上に、面白い人たちがたくさん住んでいて、自分たちと波長の合う人が多かったんです。移住で大事なのは、やっぱり人だなと思いますね」と話してくれました。

知夏さんも、長沼のいいところは「温かい人がたくさんいること」と話し、中でも移住して店などを開いている先輩たちに関しては、「それぞれにこだわりや信念、長沼への想いを持っている人が多い気がします。だから、町外からも足を運びたくなるような素敵なお店がたくさんあるのだと思います」と話します。そして、移住者同士、自然と応援し合う温かい雰囲気があるのも魅力だと言い、「私たちのお店のことも皆さんがそれぞれSNSで紹介してくれたのですが、それがまたすごく嬉しくて。私たちも次に移住してくる人たちを同じように応援してあげられたらと思います」と話してくれました。

ステキな土生さん家族の長沼移住のストーリーはここまで。ここから先の長沼での物語はまたいつか機会があれば...。

最後に、「妻の店は予約制なので難しいかもしれませんが、僕のほうは自由に買い物していただけるので、移住を考えている方は気軽に話を聞きに寄ってください。あ、でも、補助金制度とかは僕たち全然分からないので、そこは役場の方に...」と佳祐さんが笑って話してくれました。ここの店をきっかけに、ステキな移住者の連鎖がまた続いていきそうです。

ばいせん屋habu/みつあみ美容店
ばいせん屋habu/みつあみ美容店
住所

北海道長沼町東町南1-6-1

電話

050-8885-7543(ばいせん屋habu)

ばいせん屋habu https://habuseisaku.theshop.jp/

みつあみ美容店 https://mitsuamibiyouten.tumblr.com/


温かな町の人に惹かれて移住、珈琲豆の焙煎店を営む。

この記事は2023年12月18日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。