漁師になりたい。
奥尻島に住む仲川明夢(ひろむ)さんは若干20歳にして夢を叶え、漁師として独立しました。仲川さんは少年期に憧れていた漁師を目指し、15歳の春に出身地の北広島市から奥尻島に移住。全国的にも珍しい「島留学生」制度がある北海道奥尻高等学校を卒業後、奥尻町の地域おこし協力隊として漁業研修を積み、任期満了と同時に島の漁師として独り立ちしました。
当時の記事はこちら『小学4年生で抱いた漁師になる夢!奥尻高校への島留学で叶える』
今年の4月から漁師として独り立ちした仲川明夢さん。
「雰囲気変わりましたね!筋肉もつきました?たくましくなったように見えます」
2年ぶりに再会した、取材陣の第一声は驚きの声でした。以前はまだ学生らしい感じが残っていたのが、今やすっかり「漁師の顔」になっていました! そうした見た目の変化は、きっと内面の変化でもあるはず。独立して充実した日々を送りつつ、課題も見えてきたという仲川さんに、じっくりお話を伺ってみました。
将来の目標は一本釣り漁師になること!
仲川さんは現在、ひやま漁業協同組合の奥尻支所で青年部会に所属。訪れた日(7月下旬)は、ウニ漁シーズンの真っ最中でした。
もちろん時期によって獲る魚種は異なり、仲川さんの漁場では、春にアワビ漁、7月中旬から8月中旬の1カ月間がウニ漁、ウニ漁の期間を除いた通年でナマコ漁となるそうです。
奥尻と言えば、ウニ!獲れたばかりのムラサキウニはまだ動いていました
「僕が将来メインでやっていきたいのは魚釣り、一本釣り漁です。今はまだウニとアワビとナマコの3つしか経験がありませんが、ウニ漁のシーズンが終わったら船(網漁用の)のメンテナンスが終わるので、網漁もやります。まずはいろいろ経験をして、それを活かして一本釣りに進みたいです」
将来の目標は一本釣り漁師になることと語る仲川さん。もともと漁師になりたい!と思ったのも、小学生の時にTV番組で見た漁師の一本釣り漁師の姿に惹かれたから。まっすぐに追ってきた少年期の夢を現実にすべく、まさに今、一歩を踏み出しました。
ちなみに、奥尻島の一本釣り漁で狙う魚は、主にタラやキンキ(ウスメバル)だそう。タラは大きいものになると、なんと1尾で50~60㎏にもなり、大人一人分くらいの重量。これを釣り竿で釣り上げるのですから、相当大変であることは容易に想像できます。しかし、大変だからこそ、釣り上げたときの喜びもきっと格別でしょう。仲川さんが一本釣り漁で本格的にデビューした暁には、是非くらしごとで再々取材をさせて頂き、さらにたくましい漁師になった姿をお届けすることにしましょう。
メンテナンス中の仲川さんの船。
休日も、休んでるより先輩漁師の漁を見たい!
ここで、仲川さんに漁師としての1日の流れ(ウニ漁の場合)を聞いてみました。予想通り、朝はかなり早いです。
3:30 起床
4:00 家を出て漁港へ向かう
4:30 漁港着
5:00 漁港の関係者の話し合いで、天候や海の状況から判断し漁に出るか出ないかを決定
5:30 (漁に出る場合)組合員が一斉に出航
7:00 丘に戻る(漁を終えて漁港に戻る)
丘作業(ウニの殻剥き、身出し、内臓除去など)
12:30 出荷(12:30までに出荷)
片付け
14:00 (何もなければ)本日の仕事終了
真っ暗なうちから港に集合。海の状況を見極め、その日漁に出るかを決めます
夜明け前に起きて仕事へ向かい、まだ外が明るいうちに仕事が終わるというサイクルです。では、お休みの日はどう過ごしているのでしょう?
「今日お休みだったのですけど、他の親方が漁をしているところに行ってきました。休日はなるべく親方とかほかの漁師さんが漁をしているところを見に行きます。視察と言うか何と言うか。どこに身入りがよさそうなウニがいるとか、目利きや技術を早く身につけたいって気持ちがいっぱいなんです。好きなことをやっているので、今それが一番楽しいです。親方たちはみなさんしっかり教えてくれるので、すごいためになります」
漁に向かう表情は、ちょっと近寄りがたいほどに引き締まって、日中にインタビューにこたえてくれた時とは別人のようでした
漁に一途でなんとも勉強熱心な仲川さん。地域おこし協力隊の隊員だった時から、休日になると島内各地の親方や先輩漁師の元へ訪ねて漁をする姿を見てきたそうです。出身の北広島市をはじめ札幌市など都会には全く未練はないと語り、島から出るのは正月の帰省の時くらい。あとは仕事の日もお休みの日も大好きな漁にどっぷり浸かる日々を送っています。
早くもぶつかる、様々な課題
そんな仲川さん、独立してまだ3カ月少々ですが、実は、早くもさまざまな課題にぶつかったそうです。
課題の一つは、人的パワーの問題です。
ウニ漁は時間との勝負。各船一斉に海へ飛び出して行きます
ウニの殻を剥いて綺麗な身を取り出す作業は機械化できず手作業にて、かなり手間暇がかかります。奥尻島では、漁師1人に対してアルバイトの人が2人もしくは3人ついて、殻剥きなどの丘作業を手伝ってくれています。ところが、仲川さんにはアルバイトが1人しかいません。
「人手が多い漁師さんだと当然丘作業が早くて10時とかに終わる人もいます。でも、僕のところは出荷時間の12時30分ギリギリになってしまうことがよくあります」
人手不足は深刻な課題。読者のみなさん、どうですか、我こそはという方は是非手を挙げてみませんか??
仲川さんの経験値を積み重ねて解決するしかない課題もあります。出荷量に見合う自身のウニの目利きについてです。
身入りの良いウニのいる場所を見極めるのがベテラン漁師さんのスキル
「ウニ漁では、基本的に1日1人殻付きで50㎏獲るんです。そこから殻を剥いて綺麗に洗うと出荷する身の部分の重さは5kgくらいになるんです。身の入りが多いウニをいっぱい獲れるベテランの漁師さんだと8kgとかになるんですよ。でも、僕の場合は50㎏獲っても、身が5㎏になかなか届かなくて何とかギリギリ出荷できるかどうかって感じで。スカスカで身入りが悪いウニばかりだったらもっと少なくなってしまいますし......」
恐らく漁師以外の多くの人はイガイガの殻が付いたウニを見ても、どのウニに身がぎっしり入っているかなんてわからないでしょう。仲川さん自身も「いや~、まだ違いが全然わかんないです。早くわかるようになりたい」と語ります。
ただ、ベテランのウニ漁師は、海上の船から海面下数メートルにいるウニの姿を見て、身入りの多そうなウニを見極められるそうです。
仲川さんも、カゴの中にはウニがたくさん入っているように見えますが、、、
「しかも、ウニを獲るのにタモっていう柄のついた網みたいなものを使うのですけど、柄を延長して海底深くまで届くようにするんです。柄が長いと深くまで届くものの、その分、水の抵抗を受けて動かすたびにかなり重く感じます。僕は延ばして6mとかが限界なのですけど、ベテランの方だと10mとかまで伸ばすんです。船の上から10m下の海底にいるウニの身入りを見極めて、水の抵抗がかなりある中で獲ってるんですよ!」
休日にほかの漁師の元を訪ねているのも、こうした経験値の差を歴然と感じ、少しでも縮めたいという想いからなのです。
個体によって、身入りや色が違うことを説明してくれました。確かに右のウニはちょっと黒っぽいです
天候にはかなわないものの、厳しい現実も待っていた
ウニ漁に限らず、漁師は経験と体力が勝負の世界。でも、経験も体力も叶わず逆らえないことがあります。それは、天候。
2023年のウニ漁は、ベテランの漁師さんも数十年経験したことがない悪天候続きと語るほど、天候に恵まれない状況からスタートしました。
「今年は7月12日からウニ漁が解禁になったのですけど、そこから7日間、丸1週間シケ(海の荒天)で漁に出られなかったんです。ウニ漁の期間は30日あって、そのうち7日間分は漁に出られなくても金額支給があってマイナスにはならないんです。会社員や公務員の有給みたいな感じで。でも、今年はウニ漁のしょっぱなで有給みたいなのを使い果たしちゃったんで、この先にシケで漁に出られないとマイナスなんです。先輩漁師さんも『こんな年、今までなかった』『今年は変だ』って言うくらい」
毎日50キロのウニと黙々と格闘!
長年の経験があったとしてもシケにはかないません。休漁日が多くなると漁師の収益も圧迫されるので、漁協の組合の会議で1日に獲る量を50kgから55kgに増やすなど調整をしてくれることもあるそうです。ただ、義務出荷(1日に獲った量に対して最低何kgを出荷せよという内規)が定められているので、獲る量に比例して最低限出荷しないといけないkg数も変わります。駆け出しの漁師、仲川さんにとって義務出荷のハードルの高さも難題です。
「本来50kg獲ったとしたら義務出荷は身5kgとかなのですけど、僕の場合は55kg獲ったとしても中身がスカスカのウニとかもあるので、身だけでせいぜい5.4kgとかなんですよ。身の色が悪いと買ってもらえないので、もっとkg数が少なくなることもあります。悪いときは3kgって時も。しかも、義務出荷量に達しなかった場合、不足のkg数の分だけ買取価格を減額されてしまいます。ただでさえ人手が足りなくて出荷時間の12:30に間に合わせるのは大変なのに、50kgが55kgになったら作業をスピードアップしないと終わらないですし......」
なかなか厳しい現実......。
仲川さんが地域おこし協力隊の隊員だった頃、親方からはもちろんこのような厳しい現実があることは聞いていたそうです。ただ、独立をした初年度にいきなり7日間の猶予を使い果たし、義務出荷の量が増えて圧迫されるとは!
「ウニの身入りがよくなる場所ってのがあって、場所も決まっているらしいのでまずは覚えていくしかないです。親方とかに聞いたら、こういうウニは身入りがいい確率が高いとか、こういう日はどこどこに行って獲るとか日によっても違うみたいですし。まだそのへんの見極めが全然わかんないです。海の上からウニを見てこれかなってところを手探りでやっています」
漁から戻る頃にはすっかり夜も明けています
なるほど、独立して間もないことから、自身のスキルや知識に関係する課題が大きい状況のようです。しかし、仲川さんは、これらの話を決して後ろ向きに話してくれたのではありません。淡々と語る表情からは、自分の現状を見極め、冷静に課題を分析し、解決するにはどうしたら良いかを、常に考えている様子がうかがえました。休日も漁の様子ややり方を見に行くという勉強熱心な仲川さんなら、そうしたスキルに関する課題を解決するのはきっと時間の問題でしょう。
それでも漁師が好き、漁師として親方を早く越したい
早くも厳しい現実に直面している仲川さんですが、くじけることはありません。なぜなら、漁師が好きで、ずっと憧れの仕事だったから。むしろ、今が楽しい!!と言い切ります。
ロープワークのスキルも活かせる?仲川さん手編みのハンモック
ちなみに、この話をうかがっている場所は、仲川さんの作業小屋。
まわりを見渡すと、まず目に飛び込んでくるのは、おしゃれなハンモックなのですが、、なんとこれ、仲川さんの手作りなんです。
手先が器用で、かつて両親や学校の先生に漁師ではなく大工になれば?と言われたことがあるほどの仲川さん、何でも自分でつくってしまうのだとか。漁具は使いやすいようにアレンジするのはもちろん、漁の時に感じた漁具の不具合や不備は、漁を終えて戻ってきたその日のうちに改良するそうです。
漁具を整理整頓して保管するための棚やロフトまでもが手作りです。それらの道具をひとつひとつ説明してくれる顔を見ていると、好きなことに打ち込む充実感が、伝わってくるのでした。
リラックスしているときの表情は、20歳の青年そのもの
一本釣り漁師になることを目指している仲川さん。最後に、現時点での目標やライバル、ビジョンなど伺ってみました。
「ライバルとはちょっと違うかもしれませんけど、地域おこし協力隊の時にお世話になった親方たちには、いつか漁師として勝ちたいなって気持ちはあります。『自分もまだまだっすね』って言いながら仕事していますが、早く肩を並べて追い越したいなって思っています」
静かな表情の内に秘めた熱い想いを聞くことができました。
「そして、僕が漁師をやることで第一次産業がもっと奥尻を盛り上げることにつながればなって思います。漁業の分野で海を通じて、奥尻の魅力を伝えていきたいです」
漁への想いとともに、奧尻島への想いも聞くことができました。
食べるまでが経験。奥尻島の魅力を漁師の立場で伝える
くらしごと取材陣はこのインタビューの翌日、朝3時半からウニ漁の様子を撮影し、丘作業をお手伝いしてみました。ピンセットを使い、黒い部分を身から取り除く作業に挑戦。簡単そうに見えた作業は、自分でやってみると、とんでもなく根気のいる細かい作業でした。四苦八苦したあげくに、やっとのことでカゴを満たし、キレイに取れているか仲川さんにチェックをお願いしました。すると、「すごくキレイです!」と言って、そのウニのカゴをこちらに戻して、こうおっしゃいました。
「どうぞ、食べてください、食べるまでが経験ですから」
ベテランさんの手は、この黒い部分をあっというまに取り除いていきます
漁業を通じて奥尻の魅力を外部に伝えるとは、このような自然に発したふるまいと心意気なのかもしれません。仲川さんは漁師としてのスキルや経験を磨きつつ、漁師としての立場から奥尻島を盛り上げようと歩み始めています。
奥尻島内で出回っているウニは全て奥尻島産です。みなさんがいつか奥尻島へ訪れてウニ丼を食べたら、ご飯の上に盛られたウニのどれかは仲川さんの努力と想いがつまった1片かもしれませんね。
ちなみに、一口だけ頂いた自分で剝いたウニは、今まで食べたウニで一番美味しかったことを付け加えておきます。
- 奧尻島 漁師 仲川明夢(ひろむ)さん
- 住所
北海道奥尻郡奥尻町