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旭川市

きっかけは「あったらいいな」。写真で幸せをカタチにする仕事20230830

きっかけは「あったらいいな」。写真で幸せをカタチにする仕事

志したウェディングの道。東京を経て札幌へ

スマホやデジカメで、誰でもキレイな写真を撮れる時代になりました。それでも「節目節目でフォトスタジオで撮ってもらう」という方もいらっしゃるのではないでしょうか?

目に入れても痛くないわが子の成長、愛し合う2人の結婚、かけがえのない家族の肖像...。一人ひとり違うハレの日を確かな技術で記録し、ずっと記憶に残していくのがフォトスタジオです。今回は、そんなフォトスタジオの店長として、多くの人たちの幸せに寄り添い、カタチにしている女性のお話です。

北海道の真ん中・旭川が発祥の「有限会社 三景スタジオ」は、道内の主要都市や東京・原宿で複数ブランドのスタジオを構えています。その1つ、「写真工房ぱれっと 旭川店」で店長を務める田中七海さんは、未経験からこの業界に入りました。「フォトアドバイザー」としてお客様の思いをカメラマンやヘアメイクさんにつなげ、また全スタッフをまとめています。「挑戦できるのがやりがいです」と笑顔をはじけさせる田中さんに、充実した仕事や暮らしのことをうかがいました。

studio-palette_8.JPGこちらが田中七海さん

札幌出身の田中さんは、高校3年生までは看護師志望だったといいます。ですが、次第に「人を助けるよりも人を幸せにしたい」と思うようになり、札幌にあるブライダル専門学校に進みます。卒業後の夢は、ウェディングプランナー。そして、「どうせブライダルをやるなら最先端のものに触れたい。見たことのないものを見てみたい」という挑戦心も沸き上がり、新卒で東京の結婚式場で働くことになりました。

憧れていたウェディングプランナーの現場は、想像以上に過酷でした。担当している結婚式の直前は会社に寝泊り。夜のパーティーの仕事が終わったら、そのまま翌朝の仕事の準備をします。

「お客様が何百万円もかけた結婚式を成功させるというプレッシャーもありました。お客さんに尽くしたいけれど、激務で自分の体がついていけない、応えられない。つらくなりました」

田中さんは1年弱で限界を迎え、札幌に戻る決断をします。人が多くて混雑し、自然も少ない東京生活を脱して実家に帰りたい。そんな気持ちに加えて、専門学校時代にインターンした札幌の式場が頭から離れなかったといいます。「あそこにまた戻りたい」。そう願い、転職という形で再び門をたたきました。

「普通の式とは違うエンターテインメント性がある式場でした。人を楽しませるレベル、おもてなしの気持ちが別格です。東京の職場は型にはまっていてなじめず、私は自由な結婚式が好きだなと気付けました」

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新しい業界で「田中さんで良かった」に喜び

ただ、札幌の新しい職場ではウェディングプランナーという職種は選ばず、サービススタッフとして新たなスタートを切りました。結婚式当日に料理を運ぶといった仕事で、以前ほど体への負担はありませんでしたが、3年間勤め、区切りをつけて退職しました。

ウェディング業界をいったん離れた田中さんでしたが、多くの人の幸せに携わりたいという気持ちは変わりませんでした。「そろそろ職に就かないと」とおぼろげに思っていた頃、思わぬ形で転機が訪れました。

当時、「ぱれっと 札幌中央店」で働いていた友人が「一緒に働こうよ」と勧めてくれたのです。それが、三景スタジオとの出合いでした。ウェディングに関わる業界であるものの深くは知らず、仕事の選択肢にも入っていませんでした。それでも調べてみると、専門学校時代の後輩も活躍する身近な世界だと分かり、楽しそうな職場の雰囲気も感じられました。

studio-palette_2.JPG1941年に旭川で創業した三景スタジオ

アルバイトとして採用され、「ぱれっと 札幌中央店」に配属されました。職種は、未経験でも挑戦しやすい「フォトアドバイザー」です。新規のお客様の窓口となり、衣装合わせをし、どんな写真を撮りたいかを1~2回のヒアリングで把握。その後、ヘアメイクさんやカメラマンにつなぎます。お客様の要望を最初に受け止め、プランという形にまとめる役です。

資格を必要としない職種ではありますが、相手の想いを汲み取る技術は一朝一夕には身に付きません。1人として同じお客様はおらず、撮影したいイメージが固まっている人もいれば、そうでない人も。妥協せずこだわりたい人、値段を重視する人もいます。お客様の数だけ答えがあります。そこで田中さんが心掛けたのは、売り込むのではなく、徹底的に聞くこと。お客様がここに至った背景や、写真を通して残したいものを丁寧に拾いました。

studio-palette_5.JPGこの日も、小さなお子さまの撮影に来られるご家族がいらっしゃいました

「お客様の近くで話を聞き、一番良いと思えるプランや衣装の提案をして、『撮りたい!』『着てみたい!』という気分になってくださった瞬間がうれしいです」と田中さんはやりがいを語ります。

特別な思い出もあります。通常はプランを決めてヘアメイクさんらにバトンを渡すまでがフォトアドバイザーの仕事ですが、「最後までお願いします」と依頼してきたカップルがいました。撮影当日までアシスタントとしてそばで伴走し、撮影が終わると、「田中さんで良かった。ごはん行きましょうよ!」と言われたそうです。

studio-palette_18.JPG幸せそうに思い出話をしてくださる田中さん

また来たくなる「クリエイティブスタジオ」

2020年7月に社員になった田中さんは、札幌の店で半年間、店長として経験を積みました。そして1年越しの希望がかなう形で2023年3月、ご主人が暮らす旭川にある、ここ「ぱれっと 旭川店」に異動となります。スタッフは総勢13人。受け入れのメーンはキッズフォトで、1日最大12組を撮影します。

店長として2か所目となる旭川店。フォトアドバイザーとしてのキャリアも積む中で、この職場への誇らしい思いが強くなっていきました。それは、周りのスタッフの仕事ぶりはもちろん、近い距離にいる経営陣や管理職のマインドに触れて感じることです。

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田中さんによれば、三景スタジオの社長はよく「うちは写真館じゃなくてクリエイティブスタジオだ」と口にします。撮影だけがゴールではなく、その先でお客様が何を残したいかをみんなで考え、創造していくというクリエイティブネスが強みだといいます。「撮り方やライティング(照明技術)1つ1つにこだわるのはもちろん、衣装選びもヘアメイク技術も、デザイナーが一から作るアルバムも、他とは違います。そのこだわりはどこの会社にも負けていません」と自信をのぞかせます。

それを裏打ちするように、スタジオでは写真の1枚売りや、価格勝負はしていないとのこと。撮影した全データをお客様に渡し、肉眼では見逃しているかもしれない、さまざまな表情を見てもらいたいというスタンスです。「撮影する空間を売り、『楽しかった。また来たい』と思ってくださるようにクリエイティブを磨いています。撮影とそこに至る時間に価値を見いだしてくださる方がリピーターになってくださいます」と田中さんは教えてくれました。

studio-palette_14.JPG旭川店は独立店舗ならではの広々とした空間

そんなクリエイティブ力を高める、独自の「道場」があるのだとか。その名も、カメラマンとヘアメイクさんを育成する「三景キャンプ」。通常業務とは切り離し、1か月にわたり、合宿のように専用カリキュラムで指導を受けます。カメラなら、撮影のテクニックはもちろん、幼い子どものあやし方も叩き込まれます。ヘアメイクなら、本社に缶詰でウィッグやモデルに黙々と向き合うというトレーニングも。そして難関の技術テストに合格して初めて、現場デビューができます。

何度もチャレンジし、より上のスペシャルなランクを目指す人も。三景スタジオグループの店舗は価格帯の異なる複数ブランドがあり、技術ランクによって配属先も変わってきます。自然と向上心が刺激される仕組みです。田中さんは「困難を乗り越えてレベルアップしていくので、最短で成長できますよ」と胸を張ります。2023年春に新卒で採用された人のうち、半数は道外からでした。「ハイレベルな原宿の店で働きたい」と入社を志望する人もいるほど、東京でも憧れの存在になっている店舗もあります。

studio-palette_19.pngこちらが東京にあるグループ店舗の「aim 東京原宿店」

「ロケーションフォト」の新規開拓に挑戦

田中さん自身にとっても、今の会社は挑戦するのにこの上ない環境です。2022年10月から、それまでサブ的な事業だった「ロケーションフォトウェディング」のメニューを全社的に刷新しましたが、その提案と実装は田中さんの手によるもの。スタジオの外に出て自然の中で新郎新婦らの撮影をするという、近年人気が高まっている形式です。

リニューアルしてからの申し込みは前年の7倍に急増。2023年7月は受け付け枠が連日埋まるほどの盛況ぶりでした。利用者のほとんどは道外からで、美瑛の丘が人気のスポットです。田中さんは新しい撮影素材を開拓し、価格やサービスも改定。プレスリリースを配信し、全店舗でブログ記事を毎日書いたり、SNSでリール投稿をしたりと、本州の人に届くよう抜かりないプロモーションを考えました。今では全店で定着し、ウェディングだけでなくキッズ向けのロケーションフォト事業も生まれています。

studio-palette_20.png写真工房ぱれっと公式HPより

スタジオ以外での売り上げを伸ばすという狙いはありましたが、田中さんはカップルの幸せの度合いを、どうすれば高められるか考えてきました。「撮影はスタジオのみという従来の枠を超えて、選択の幅を増やし、どちらも選べるように展開したかったんです」と振り返ります。撮影そのものに加え、美しい自然風景の中で特別な思い出をつくり、新婚旅行にも組み込めるなど、多くのアピールポイントを作ることに成功しました。

この企画は、普段から近くにいる部長や社長に田中さんが提案し、企画書にまとめて実現させました。田中さんに限らず、三景スタジオのスタッフからはイベントの企画や新しいサービスの提案が積極的に寄せられるといいます。

例えば、札幌市内の店舗のスタッフからは、結婚式で新郎新婦が親に贈る「子育て感謝状」を考案して商品化しました。子どもの成長記録を写真で振り返るというプレゼントで、「こんなのあったらいいな」というアイデアが形になったといいます。また毎年2月にある衣装の買い付けにあたっても、スタッフがスタジオの雰囲気や撮影したいイメージに合うよう、クリエイティブの観点から、望ましい衣装を社長に提案するのだとか。

田中さんは「『あれやってみたい』『こんなのあったら』という小さな声をキャッチしてくれる会社です。みんなの企画を大事にしてくれるので、挑戦しやすいですね」と太鼓判を押します。

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プライベートと両立しやすい「女性社会」

三景スタジオグループでは、「見えない景色を全員で」「誰も置いていかない」という基本的な考え方があるといいます。「声を出せばなんでもチャレンジできます。スタッフは『こう思います』『こうしたらいいのでは』としっかり口に出せる人は多いです」と田中さんが言うように、一人ひとりの思いや事情を大切にする社風があるようです。

「ぱれっと 旭川店」のスタッフは社員7人、パート6人の合計13人ですが、男性はカメラマンの2人のみ。田中さんは「完全な女性社会なんです」と笑います。全社的にも女性は多く、課長や主任も産休・育休を取得した後に続々と職場復帰しているといいます。

自身は店長という重責を背負っていますが、残業は少なく、忙しい時期で遅くなったとしても、夜7時には退社できています。帰宅後にしっかりプライベートを保てる職場だそうで、「店長というと家庭との両立が難しいイメージがあるかもしれませんが、そんなことは全くありません」と断言します。

studio-palette_9.JPG三景スタジオでは新卒採用も積極に行っており、平均年齢は若くフレッシュな人材が多いそうです

また、北海道ならではの環境の良さも実感しています。田中さんは就職で首都圏、実家暮らしで札幌、今回の転勤で旭川と、道内外の地域を経験してきましたが、首都圏で一生暮らしたいとは思えませんでした。水のおいしさや自然の豊かさに加えて、住宅事情の違いが大きなポイントだそう。

専門学校を卒業後に暮らしたのは神奈川県川崎市で、お台場にある職場まで電車に片道1時間半揺られていました。「新卒だとお台場の近くで住むのは不可能でした。首都圏は建物が多く、また大きくて圧迫感があります。私の家はワンルームで家賃は7万円でした。旭川は1LDKで5~6万円で住めるので、この差はとても大きいですよ」。道内でも一般的に、地方部では家賃は手頃になり、部屋もゆとりがあります。

旭川ではプライベートも充実。趣味はキャンプという田中さんは、人気のキャンプ場が多くある旭川や近郊の環境に満足げです。ご主人と休みが合いにくいのが悩みですが、休日にはソロキャンプを楽しみ、時にはキャンプ好きの同僚らと一緒に出かけてリフレッシュすることも。店長という重責からしばし解き放たれ、自然の中に身を置いて、五感が研ぎ澄まされる時間は格別でしょう。

studio-palette_7.JPG旭川での生活を心から楽しんでいるのがわかります

「撮影は旭川のぱれっとで」と言われる店に

東京時代の仕事で痛感したように、型にはまることを好まない田中さん。フォトスタジオを運営する今の会社にいても、スタジオの中だけで完結しない、北海道の自然を生かした事業を大きく育てました。今後は、どんなお店にしていきたいのでしょうか?

1つは、「わざわざ旭川に足を運んでもらえるような店」だそうです。北海道に住んでいると、どうしても札幌の求心力の高さを実感します。一極集中と言えるほど、買い物でもレジャーでも、札幌は圧倒的な存在感です。全11店舗(2023年8月現在)ある三景スタジオも札幌市内に最多の6店舗を構え、複数のブランドがあります。それでも田中さんは、旭川店に来てもらえるだけの魅力を備えたいという目標を掲げています。「そのためにクリエイティブの技術を磨き、新しい事業にも挑戦していきたいです」と意欲を語ります。

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もう1つは、より広い範囲で注目される存在になること。自らテコ入れしたロケーションフォトは本州のカップルに大人気ですが、海外からの問い合わせも多いといいます。北海道そのものの人気が高く、旭川は道内各地を巡るのにも最適です。「世界中から『旭川のぱれっとで撮りたい』と言ってもらえる存在になりたいです」と夢が膨らみます。

地域の人たちに愛されるとともに、道外や海外からも人気を集めるフォトスタジオに――。確かに、普通の「写真館」とはひと味もふた味も違います。住んでいる地域・国も世代も超えてスタジオに集い、時にはスタジオすら飛び出して。そんな職場では、絵の具が混じり合うように、カラフルな幸せが交差しているに違いありません。

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写真工房ぱれっと旭川店/田中七海さん
写真工房ぱれっと旭川店/田中七海さん
住所

北海道旭川市永山3条5丁目1-4

電話

0166-73-8485

URL

https://www.studio-palette.com/


きっかけは「あったらいいな」。写真で幸せをカタチにする仕事

この記事は2023年6月28日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。