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北海道で暮らす人・暮らし方
恵庭市

ストーリーが浮かび上がる写真を撮りたい。新人カメラマンは55歳!20230825

ストーリーが浮かび上がる写真を撮りたい。新人カメラマンは55歳!

ある日、編集部に一通のメールがきました。それは数年前に取材などでお世話になった方からのメールでした。

当時は会社に所属されていましたが、最近退職し、独立した旨が綴られていました。メールの送り主は、伊能武生さん。この夏からカメラマンとして独立するとのこと。

会社員時代、カメラマンだったわけではなかった伊能さんが、なぜカメラマンに?さらに記憶をたどってみると、確か本州から移住してきたと話していたような...。

これはもしや「くらしごと」で紹介するのにぴったりな人材では?となり、移住の経緯や今回の独立の話などについて、早速取材させていただくことにしました。

たまたまもらった旅行のチケットで北海道を訪れたのが移住のきっかけ

久々にお会いした伊能さん、大きなカメラバッグを担いで現れました。

いただいた名刺には、「うさぎと暮らす劇場カメラマン」と書かれています。「うさぎ? 劇場? なぜ、カメラマンに?」と質問攻めをしたいところでしたが、まずは「なぜ、北海道に?」からゆっくりと伺うことにしました。

inou2.jpgこちらが伊能さんです。

神奈川県で生まれた伊能さんは、親の仕事の関係で、関東圏を転々としていたそう。学校を卒業したあとは千葉で暮らしていました。

北海道をはじめて訪れたのは、1998年。いきつけの飲み屋で、北海道旅行のチケットを譲り受けたのがきっかけでした。

「函館と札幌を回るバスツアー付きのチケットだったのですが、雄大な自然がすぐそばにあって、そのときに『北海道いいなぁ、住んでみたいなぁ』と思いました」

もともと動物が好きだった伊能さんは、もし北海道に移住するなら酪農の仕事に就くのもいいかなと考えていたそう。

それから、本格的に北海道移住を視野に入れて動きはじめます。まずは仕事を決めることが先決だと、東京で移住希望者向けの企業案内などをチェック。そのうちの1つに道東の牧場があり、見学を兼ねてまずは訪れてみることにします。

「すごく星がキレイで、感動しました。空がこんなに近いとは思いもしなくて、北海道ってすごいなぁと思いましたね」

1年半ほどその牧場で働きますが、千葉にいた父親が倒れたと連絡が入り、いったん千葉に戻ります。
「千葉に戻ってからは会社員をしていました。いつかまた北海道に行こうとは思っていましたが、それがいつになるかそのときは分からず...。それからしばらくして父が亡くなり、再び北海道へ」

仕事で撮り始めた動物や風景。少しずつ写真の世界に魅了されるように

動物に関われたらと考えていた伊能さんは、札幌近郊の観光牧場系の施設で、動物飼育のアルバイトとして働き始めます。

「そのときすでに30歳を過ぎていたので、その年齢でアルバイトというのもどうかなぁと思ったのですが、ひとまず好きなものに囲まれていたいなと思って、動物の飼育担当として働き始めました」

牧場での勤務経験があり、トラクターにも乗れて、動物たちの世話もできると、その後アルバイトから社員に。しばらくすると動物飼育の傍ら、ひょんなことから施設のホームページの作成と運営管理を行うようになり、その流れからSNSでの発信も任されるようになります。

「SNSに毎日アップするために、ここで初めて写真を撮るということを意識するようになりました。最初はスマホのカメラで撮影した動物たちや景色をアップしていたのですが、スマホだけでは自分が物足りなくなって、コンパクトカメラを購入し、さらにもっときちんと撮りたいと思い、一眼レフを手にしました」

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伊能さんの撮る動物たちの写真は社内外で評判になります。羊やアルパカなど気ままな動物たちの最高にかわいい瞬間を切り取るのはなかなか至難の業ですが、普段から動物たちに愛情を持って接している伊能さんに対して、おそらく動物たちは信頼を置いていたのでしょう。伊能さんが撮るものはどれも動物たちがイキイキして見えます。

伊能さんは写真のおもしろさにどんどんはまっていきます。

40歳を過ぎてからはじめた演劇。「イノッチ」名義で俳優としても活動

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「実は...」と伊能さんが出したもう1枚の名刺。そこには、「俳優 イノッチ」と書かれていました。カメラマンの名刺には確かに「劇場カメラマン」とありましたが、「俳優とは?」というクエスチョンマークが...。

「実は僕、芝居もやっていて。劇団にも所属しているのです」

札幌を中心に活動している「弦巻楽団」の一員として、実際に舞台にも出演しているとのこと。
「今、55歳なのですが、芝居をはじめたのは40歳を過ぎてから。もともと映画は好きでしたが、芝居はどちらかと言えばキライで。でも、あるときミュージカル系の芝居のチケットをもらったんです。最初は興味なかったんですが、音楽を河村隆一さんが担当していると聞いて、それならちょっと行ってみようかなと思って」

その芝居を見に行った際、配布されたパンフレットの中に恵庭の市民劇のチラシが1枚挟まっていました。それは市民が演劇、演じることについて学べるというものでした。「こんなのがあるんだ」と少しずつ演劇に興味を抱きはじめます。

「結構占いが好きで(笑)、そのころちょうどみてもらったら、『やりたいことがあればやれるだけやったほうがいい』と言われ、じゃあやってみるかと、思い切って説明会に参加しました」

説明会の会場に行くと、そこに来ていたのは女性や子どもがほとんどで男性は2〜3人。自分は場にそぐわないなと思って帰ろうとすると、関係者に腕を掴まれ、「男手が足りないのでぜひ参加してほしい」と言われます。結局、断ることもできず、そのまま参加することに。

「プロの役者さんたちが来てくれて、いろいろ指導してくれるのですがそれがなかなか面白くて。それで、指導してくれた先生の芝居を実際に見に行ったら、衝撃を受けて舞台の魅力に一気にはまってしまいました」

その舞台が弦巻楽団の公演でした。その後もいろいろな劇団の公演へ足を運ぶようになります。「自分もこういう舞台に立ってみたい」と思い始めた伊能さんは、弦巻楽団で演技講座を行っていると知り、受講することを決めます。

inou5.jpg俳優イノッチさん、とっても良い声が出ています。

「講座は1学期、2学期、3学期と学期制になっていて、だいたいの方は1年間通して講座に通うのですが、僕の場合、仕事もしていて、1学期と2学期は繁忙期ということもあって、3学期だけ数年間受講させてもらっていました」

そのあとも、弦巻楽団の公演の手伝いをしたり、念願の舞台にも何度か立たせてもらったりするようになります。

「この先、どうやって演劇や弦巻楽団と関わっていこうかなと考えて、2021年から正式な団員になりました」

こうして、弦巻楽団所属の「俳優 イノッチ」が誕生しました。

うさぎ好きが高じて、屋号は「usagiMark photo」に

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仕事で動物たちや景色の写真を撮っていると周りに話していると、芝居の写真を撮ってもらえないかという依頼がポツポツと舞い込んできます。しかし、そのような話が浮上してきた当初は社員の副業が禁止されていたため、ボランティアならできるけれどお金はもらえない...とう状況でした。

ところが、この数年で働き方改革が進められ、副業可の会社も増え始めます。「時代の波で、僕がいた会社も副業がOKになって、ちょうど会社の同僚が副業を始めたんです。それで、じゃあ僕も...と思ったんですが、『やりたいことを思いっきりやったほうがいいんじゃない?』と妻に言われ、副業ではなく本気でやってみようと決心しました」と話し、早期の退職制度を利用して退職をします。

身内以外の演劇関係者からも仕事としてゲネプロの写真をお願いしたいという依頼があり、好きなこと、夢中になれることを仕事にできるなら挑戦してみようと思ったそう。

「舞台、ステージの写真を中心に仕事をしていけたらと考えていますが、もちろん動物も変わらず好きなので、依頼があれば動物の写真も撮ろうと思っています。羊を撮るのはうまいですからね(笑)」

動物の中でもうさぎが大好きという伊能さんの屋号は「usagiMark photo」。家でもうさぎを飼っていて、名刺の裏には2匹のうさぎのイラストが描かれています。これは、伊能さんの家のうさぎたちだそう。

人と舞台を得意分野として、ストーリーのある写真を撮っていきたい

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「写真を撮り始めたときは動物や風景しか撮っていなかったこともあって、正直、人を撮るのは苦手でした。でも、舞台の写真を撮るようになってから、人の写真もおもしろいなと思うようになりました」

カメラマンとして独立する背中を押してくれた奥さまや劇団仲間をモデルに、人物撮影の練習もしていると話します。

「以前、ガーデンの写真を撮らせてもらった際、イギリス在住のガーデナーの方から『あなたはストーリーのある写真の撮り方をしますね』と言っていただいたことがあります。それまではあまり意識したことはなかったのですが、その言葉がとてもしっくりきていて、写真の中にストーリーが見えるようなものを撮っていきたいなと思っています」

これからは、動物ももちろんですが、「人と舞台」を得意分野としてやっていきたいと抱負を語る伊能さん。その1枚を見ただけで、その人のストーリーが浮かび上がってくるような写真を撮りたいそう。

「うちの父も叔父も60代で亡くなっています。あと5年で、僕も60代に突入。いくつで死ぬかは分かりませんが、一度きりの人生、やりたいことをやりたいなと思います。大好きな北海道で、好きな写真を仕事にしながら、自分の切り口でいろいろ発信もしていきたいと考えています」

また、演劇人として、若い劇団員たちが好きな芝居だけで食べていけるよう演劇界にも貢献していきたいという思いもあると最後に語ってくれました。

inou7.jpg何歳になっても新しい挑戦はできる、そう背中が強く物語っていました。

伊能武生さん
URL

https://www.usagimarkphoto.com/home


ストーリーが浮かび上がる写真を撮りたい。新人カメラマンは55歳!

この記事は2023年7月18日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。