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陸別町

関西から陸別へ移住。自ら育てる薬用植物やハーブで製品をつくる20230731

関西から陸別へ移住。自ら育てる薬用植物やハーブで製品をつくる

ハーブティー、精油、クラフトジンまで。自らの畑で栽培した薬用植物・ハーブや地元の樹木を使った商品を開発・製造・販売を行っているご夫婦が、北海道東部の陸別町にいます。

大手製薬企業の職を辞し、関西から陸別町へ移住。地域おこし協力隊としての活動を経て「種を育てる研究所(タネラボ)」を起業し、二人三脚で歩むお二人に、移住・起業、陸別町での暮らしについてお聞きしました。

自ら育てた薬用植物やハーブをつかい、ハーブティーやジンを商品化

陸別町は、北海道東部にある自然豊かなまち。「日本一寒いまち」として知られています。町にほど近い畑で日向 優(ひなた・ゆう)さん、美紀枝さんご夫妻にお会いしました。

伺ったのはまだ涼しい時期で、畑はまだこれから始めるところ。それでもあちこちに緑が見えます。それぞれの植物について優さんが説明してくれました。

「こちらはトウキです。セリ科の植物で、葉の香りもさわやか。最近これを使ったお酒『天使のジン』を発売しました」

「珍しいのはこのキバナオウギですね。黄色い花が咲く豆科の植物で、さきほどのトウキと同じく日本の薬草です。漢方では根を生薬として使いますね。僕らは葉の部分を焙煎してお茶として使います。葉をこのまま食べても美味しいんですよ。どうぞ」

とすすめられ、摘み立てのキバナオウギの葉を口に含むと、ほんの少しの苦みの後にピーナツのような香りがふわっと広がります。

日向さんご夫妻は現在、「種を育てる研究所(タネラボ)」として起業し、自分達の畑で育てた薬用植物やハーブを使い、ハーブティーや、お酒(ジン)などの商品を開発。一部製造は委託していますが、販売はできるだけ自分達で行っているのだそう。

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町有林の針葉樹を用いて精油「りくべつのかおり」を商品化

そして、もうひとつの人気商品は針葉樹から抽出した精油「りくべつのかおり」。陸別町の広さの8割を占める森林からの恵みです。
トドマツの精油からは針葉樹らしい爽やかな香り、アカエゾマツは同じ針葉樹でも柔らかく甘い香りが感じられます。
これらは陸別町の代表的な木ですが、特に道東に分布するアカエゾマツは含まれる油の量が少ないので精油製品は珍しいのだとか。驚くほど大量の枝葉を使って抽出される「りくべつのかおり」を開発した理由について、優さんは


「陸別町は林業が盛んで、主に伐採した木を出荷しています。そんな中で払われた枝木がただ捨てられるのはもったいないと思い、活用法を考えたんです。私は前職が製薬企業の研究員で、薬学や成分に関する知識がありましたので、町有林のトドマツやアカエゾマツを使った蒸留・抽出実験を行わせてもらい、精油を製品化しました」と語ります。

「りくべつのかおり」は陸別町のふるさと納税返礼品にも選ばれています。また二人の母校である北海道大学内(札幌)でも販売され、人気商品のひとつになっています。「ティッシュに含ませて、トレーに置いておくだけでも森林浴の気分が楽しめますよ」と美紀枝さんが教えてくれました。

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人生を変えた「北海道移住・交流フェア」での出会い

さて、日向さんご夫妻が陸別町で「タネラボ」を起業するまでには、どんな道のりを歩んできたのでしょうか。詳しく伺ってみましょう。


札幌市出身の優さんと、広島県の尾道市出身の美紀枝さんの出会いは大学時代にさかのぼります。
「北海道大学の薬学部で同じクラスだったんです。付き合い始めたのは19歳の頃ですね」と優さん。

美紀枝さんは修士課程を取った後に関西の大手製薬企業に就職。優さんは北海道大学の博士課程へと進んだため、しばらくは遠距離恋愛となりますが、博士課程を修了した優さんはなんと美紀枝さんを追いかけて同じ企業に就職!やがておふたりは結婚し、関西で共働き生活をスタートします。

学生時代を過ごした北海道への移住に興味は持っていましたが、定年後にでも...と考えていたというお二人。とりあえず情報収集だけでもしておこうと訪れたのが大阪で行われた「北海道移住・交流フェア」でした。

「会場で、陸別町さんがまちの湧水を使ったミネラルウォーターを配っていたんです。それを受け取ったのをきっかけに陸別の地域おこし協力隊や体験移住のことを教えてもらいました」

陸別町には、ドライブの途中で道の駅に立ち寄ったことがある程度。よく知りませんでしたが「ちょっと旅行するぐらいの気持ちで」お試し生活体験に参加してみました。しかし、予想以上のまちの魅力に惹かれたお二人は、本格的に移住への検討を始めます。陸別町の魅力とは、どんなものだったのでしょうか。

魅了された美しい星空、ふれあいも楽しかった体験移住

陸別町で有名なスポットのひとつに、日本最大級の「銀河の森天文台」がありますが、日向さんご夫妻がまず惹かれたのもこのまちから見える満天の星空でした。女満別(めまんべつ)空港からレンタカーで陸別町へ近づくにつれて、見える星空の圧倒的なうつくしさに感激!星空なんて、地方に行けばどこも同じと思われるかもしれませんが、優さんは


「口で説明するのは難しいのですが、実際に来てみれば、その素晴らしさが分かると思います。静寂のなかで森の香りを感じながら見上げる星空は、確実にファンになりますよ。ここに住んでいても、特に冬の星空は素晴らしくて、星座をいくつも数えたりと、本当に良い暮らしをしているなと実感しています」と話します。

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陸別町の気候は晴天率が高く、空気汚染が非常に少ないのが特徴です。冬は気温がマイナス30度を下回ることもありますが、札幌と比べて雪も混じり気がなくサラリとしてきれいなのだとか。また、凍った水蒸気から生まれるダイヤモンドダストも見られるそうで、自然の美しさを日常に感じられる暮らしは、まさにプライスレス。

ところで「日本一寒いまち」がキャッチフレーズの陸別町ですが、寒さは大丈夫だったのでしょうか。

「心配だったので、2度目の体験移住は冬の季節に行きました。確かに朝はすごく寒いんですけれど、日中に活動しているときは、札幌で過ごしていたころとあまり変わりません。むしろ、降る雪の量は札幌よりもはるかに少なく、本格的な雪かきは冬のシーズンに数回程度。これはメリットでした」

生活面の不安も、お試し生活体験によって解消されたといいます。

「役場の担当者の方から町内を案内してもらったり、地元の方々を紹介してもらったおかげで、ただの『よそ者』としてではなく、親しみを持って受け入れてもらえました。初めて行ったお祭りや小学生の音楽コンサートでは、このまちの人々の温かさを感じましたね。移住してからは、暮らしの困りごともご近所さんやまちの方々がアドバイスしてくれるので助かっています」

陸別町民として地元に貢献していきたいと移住を決意

2回の充実した生活体験を終えたご夫妻は、「陸別町に移住して何かまちの役に立てることをしたい」と気持ちが固まっていきました。定年後よりも、情熱とパワーが溢れる若いうちにと考えたのです。移住者として扱われるのではなく、陸別町民として根差していきたいという思いもありました。

とはいえ、大企業を辞めて移住することには、やはり迷いもあったといいます。そこに、大きな決め手となる出来事がありました。陸別町では、新たな農業の可能性を探るために薬用植物の試験栽培を行っていましたが、地域おこし協力隊として新しい担当者を募集することになったのです。

「ちょうど良いタイミングで、自分が持っている薬学の知識を生かせそうな、そして興味がある業務の募集があったことは、私たちにとって最後のひと押しになりました」

2017年、日向さんご夫妻は地域おこし協力隊として陸別町に移住します。優さんは薬用植物の栽培・研究担当に、美紀枝さんは商工観光の担当に配属されました。任期は3年間で、最後の1年は町の協力を得て、本格的に起業に向けた取り組みを始めます。トドマツやアカエゾマツの精油を抽出する実験をさせてもらったのも、この頃でした。その後は1年間の準備期間を取り、十勝エリアで活躍する人々とのつながりを持ちながら事業計画を練り上げていきます。この間に美紀枝さんが出産、日向家は3人家族になりました。

地域の人たちと積極的につながりを持つことを意識して

移住して起業を目指すなら、地域おこし協力隊として入るのはおすすめだと、ご夫妻はいいます。

「移住先で仕事をする際には、地元の人たちと何らかのつながりを持つことはとても重要なこと。そのために、地域おこし協力隊の制度を利用するのがちょうどいいんですよね。私たちが協力隊として活動していたときは、業務の傍ら地域イベントのお手伝いもあってかなり忙しかったんですが、結果的にそれがまちのみなさんとの信頼関係を築く基盤となりました」

お試し移住のときから、地元の人たちが集まるカフェなどに積極的に顔を出していたという日向さんご夫妻。希望に合った移住先を見つけるためのヒントを教えてくれました。

「まずはその土地で望むライフスタイルが実現可能かを確かめるために、現地で短期間でも生活してみることが大切だと思います。それに、まちとの相性を判断するためにも、現地の人と話してみることをおすすめしますね。住んでいる人たちの雰囲気が、つまりはまちの雰囲気を反映している場合が多いですから。私たちは、ほかのまちでも体験移住をしましたが、やはり陸別町がいちばんという結論になりました」

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最近、地元で人気を呼んでいるタネラボの商品は、自家栽培のトウキを使った薬草酒「天使のジン」。日向さんご夫妻は、町民に試飲してもらうなど「タネまき」をしてきました。そのかいもあって、

「地元男性の反応がとても良いんですよ。精油やハーブティーはあまり関心がなかったけれど、『小さいビンのほうを2本ちょうだい』とか『親せきにあげるから6本』といった注文をいただいています」

と、笑顔。夏は積極的なイベント出店を行い、直接お客さんと対話しながら喜ばれる商品を開発しているそうで、将来的には道東にほとんどない化粧品の製造所をつくりたいと話してくれました。

「いずれは肌に良い化粧品の開発をするつもりで、原料となる植物の栽培から加工までを一貫して行うことを目指しています。実は、道東のエリアでは化粧品の製造施設がほとんどないため、道東で化粧品を開発している企業はみんな、札幌などに製造を委託しているんですよ。化粧品製造所の責任者になるには薬剤師免許などの資格が必要なんですが、ちょうど自分たちは持っているので、うちがこのような施設をつくれば、道東の企業とのコラボレーションや委託を受けることができるし、お役に立てるかなとも考えています」

心のゆとりから感じられる日々の生活の豊かさ

道東のほぼ中央に位置する陸別町は、オフの日の買い物やドライブをするにも最適な場所だとお二人。先日は3歳になるお子さんと一緒に、オホーツクの湧別町へチューリップを見に行ったそうです。


「北見市や女満別空港まで車で1時間、オホーツクや十勝、釧路にも2時間と、いろいろな場所へ行けるんですよ」と美紀枝さん。「それに、ここは子育てをするのにとても良いまちで助かっています。ご近所さんがみんな子どもに優しく接してくれて、のびのびと育てられることがありがたいですね」と笑顔を見せます。

「前に住んでいた都会では、誰もが余裕がなく生活をしている印象でした。ここでは、自然を眺めたり、ご近所さんとおしゃべりしたりと日常を楽しむ余裕が生まれましたね。精神的なゆとりが、仕事にも好影響を与えているように思います」
と実感を持って話す優さん。自然体で話すおふたりのほほえむ姿が、陸別暮らしの良さをそのまま私たちに伝えてくれているように感じられました。

種を育てる研究所(タネラボ)
電話

0156-27-8222

URL

https://tanelab.theshop.jp/


関西から陸別へ移住。自ら育てる薬用植物やハーブで製品をつくる

この記事は2023年5月19日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。