かつて子どもだった大人の皆さん、畳の上でゴロゴロしながら、ビー玉や積み木、あるいはレゴや人形を並べて自分だけの夢の世界で遊んだ幼い日のこと、覚えていますか?時間に追われ、忙しく生活していると、「想像の世界で遊んでいた」という楽しい記憶ははるか彼方へ...。
「ビー玉と木のおもちゃ アトリエマーブル」は、大人には温かい大切な記憶が一気に甦ってくる場所であり、子どもにはワクワクが詰まった夢のような場所。今回は、アトリエマーブルを主宰しているおもちゃ作家の金子周平さんに、これまでのこと、これからのことを遊びながら伺いました。
ビー玉が駆けめぐる巨大な壁面の町。そこには壮大な物語が...
手稲区の住宅街にアトリエマーブルはあります。クネクネと坂道を上ったところにある、一見普通の一軒家です。入り口の階段を上ると、「あ、ちょっとワクワクしてきた」と思わせてくれる装飾が迎えてくれます。中に入った瞬間、「わぁ」という感嘆の声が出てしまいます。柔らかな日差しが差し込む部屋には、まるで植物園の温室のように緑が溢れ、その奥には壁一面を使った木で作られた巨大な町が...。
挨拶もそこそこに、壁の「marble machine wall」へ引き寄せられます。足元には小さな端材などで作られた家が並び、高いところには塔や大きな建物がそびえ、空には白い雲が浮かび、飛行艇も飛んでいます。そして、随所に設置されたからくり装置によって、この町の中をビー玉が上下左右に転がっています。
「すごい、すごいですね。おもしろい!」と興奮している取材陣を、ニコニコしながら見守っているのが、今回の主人公・金子周作さんです。
「このmarble machine wallには、物語があるんですよ」
壁に作られたスケールの大きな作品、昨年までは町に並ぶ建物は白色だったそう。ここには「ハザイジン」と呼ばれる民族が暮らしていて、建物の数も少なく、緑もわずかでした。冬の数カ月の間に、この町自体は1000年以上の月日が流れ、白かった町は緑に覆われ、そこには「ドングリジン」が暮らしていました。工業化が進んだ町は発展し、活気に満ちていますが、かつてここに暮らしていたハザイジンがどうやら空の上から偵察をしているようで...。
というのが、金子さんが考えた物語。ここから先のストーリーは、訪れた子どもたちが想像して、楽しんでみてほしいと話します。そう話す金子さんも随分と楽しそうに見えます。
つい壁の作品に夢中になってしまいますが、ほかにも木とビー玉を使ったおもちゃが室内にはたくさん置いてあり、それぞれに物語があるそう。そのおもちゃが生まれた経緯や、おもちゃを作りながら浮かんできたストーリー、一つひとつに金子さんの想いが詰まっています。
保育園で作ったおもちゃがきっかけで、おもちゃの面白さに目覚める
現在35歳の金子さんは、生まれも育ちも札幌。現役の保育士として仕事をする傍ら、木工やおもちゃの作家としても活動しています。
「中学のときに男性保育士のテレビドラマがあったんです。それを見ていた当時の担任の先生に、『金子くん、保育士向いてそうだね』と言われたのが保育士を職業といて意識した瞬間でした。僕、男三人兄弟の長男で、年下のいとこたちもたくさんいて、割と小さい子と遊ぶのが得意だったんです。それもあって、直感的に保育士になるのもいいなって」
保育士になるという夢を抱き、保育の専門学校へ進学。卒業後、保育士として札幌市内の夜間保育園に勤務します。ここに通っていた男の子との出会いが、おもちゃ作家の道を目指すきっかけとなります。
「男の子が空き箱を持ってきて、これで何かおもちゃを作ってと言ってきたんです。きっと、彼はその場で簡単に遊べるものを作ってほしかったんだと思うんですが、そのときの僕は、『よし、スゴイものを作って驚かせよう』と息巻いて、家に持って帰って、箱の中にファンタジーの世界を作り上げて翌日持っていったんです。そしたら、子どもたちに大人気で(笑)」
ところが、子どもたちが一斉にその箱に集まり、触ると、おもちゃは壊れてしまいました。「壊れないおもちゃを作ってよ」とその男の子に言われ、金子さんは木を使ったおもちゃ作りに挑戦します。これが、木とビー玉のおもちゃ作りのはじまりでした。
「木の箱の中でビー玉を転がしていく、迷路を作ったんです。最初は子どもたちが簡単にできるものだったんですが、作るたびに次はもっと難しいのを作ってとせがまれ、徐々に難易度をあげて、4作品も作りました」
おもちゃコンサルタントの活動を経て、木工のことを学ぶために旭川へ
おもちゃの持つ力や面白さにハマった金子さんは、夜間保育所を退職し、おもちゃについて総合的に学べるおもちゃコンサルタント養成講座を受講。コンサルタントの資格を取得した後は、おもちゃを持って幼稚園や保育園を回り、子どもたちと遊んだり、おもちゃ広場のイベントを企画したりします。「とはいえ、それだけでは生活が厳しかったので、再び保育士として仕事をはじめ、合間を縫っておもちゃ作りを続けていました。でも、保育士としても中途半端で、おもちゃ作りは好きだけど、作家を目指していいものかと自分の中で常に葛藤していました」
悩んだ末、おもちゃ作家を志すと決意した金子さんは、保育士の仕事を辞めます。おもちゃ作家として木工のことを基礎から学校で学ぶため、夜間警備のアルバイトをしながら資金を貯めはじめます。
「ずっと独学で木のおもちゃを作っていたのですが、やはり限界があり、木のこと、木工で使う機械や道具のことなど、木工の基礎をきちんと学びたいと思ったんです」
同じ頃、おもちゃコンサルタントで構成されるグッド・トイ委員会の北海道の代表にもなり、チ・カ・ホなどで大きなイベントも主催。忙しく、不規則な生活が続きましたが、進学資金が貯まると札幌を離れ、旭川高等技術専門学院造形デザイン科へ進みます。
約8カ月かけ、自分の手で作り上げたアトリエマーブル
旭川で2年間しっかり木工について学び、再び札幌へ。旭川にいるときも夏休みなどに自分の作品作りに取り組み、卒業後の起業に向けてコツコツ準備をしていたそう。「札幌に戻るタイミングで、森のある保育園を作るんだけど、働かないかと声をかけていただいたんです。すごくステキな保育園だなと思ったのですが、保育士の仕事にはもう就かないつもりでした。でも、おもちゃ作家として活動がしたいという話をしたら、作家活動も応援するから来てもらえないかと言ってもらい、保育士と作家の二足のわらじ生活を始めることにしました」
アトリエにもなる住居探しをしていたところ、ちょうどいい物件も見つかります。古い一軒家で、大家さんからは好きにいじっていいと許可ももらうことができ、8カ月ほどかけてすべて自分でリフォーム。これが今のアトリエマーブルのはじまりです。
ある程度リフォームが終わりかけていた頃、当時担当していた年長児クラスの子たちのお泊り会をここで実施。ちょうど2月で、もうすぐ卒園する子どもたちとの思い出にと金子さん自身が企画を持ちかけました。
「保護者の方の理解があって実現できたのですが、ここで卒園制作を作ったり、庭で雪あかりを作ったり、どんな小学生になりたいかをお互いにインタビューし合ったり...。実は、子どもたちと川の字で寝たのはここなんですよ」
懐かしそうにそのときのことを思い出しながら話す金子さん。「marble machine wall」のある部屋で眠った子どもたちは、現在小学3年生になり、つい先日もその中の子が遊びに来てくれたそう。
夢が、次の夢を生む。次から次へと溢れ出すアイデア
2022年4月、アトリエマーブルがオープン。第1、3、5日曜のみの営業でしたが、口コミやSNSで知った家族連れがたくさん訪れ、ワークショップなどを体験しました。作家としての活動も少しずつ広がり、自身も手応えを感じている様子です。「冬の間はクローズして、作品作りに没頭。春からは事前予約制で、毎週日曜にオープンしているのですが、おかげさまで2カ月先まで予約がいっぱいの状況です」
作品作りの時間がもっと欲しいと、この春から保育士として働く時間を短縮。それでも湧き出るアイデアを形にしていくには時間が足りないのが悩みだそう。
その溢れ出てくるアイデアを描き留めた紙が、2階の作業部屋にたくさん貼られていました。工具や材料がたくさん置いてある中、そのアイデア画たちはキラキラして見えます。中には1階にあったおもちゃの元になったアイデア画もあります。
「これ見てください」と、金子さんが見せてくれたのは車庫を改装して作ろうと計画中のアートギャラリーのアイデア画。ギャラリーの中に展示や工作室も作りたいと考えているそう。
「扉は小さくて、中腰にならないと入れないんです。そして、中は白くて...」と、少年のように目を輝かせながら説明してくれる金子さんを見ていると、こちらのほうもワクワクしてきます。ギャラリーは来春完成予定だそう。ここができたら、大人のための時間も設け、デジタルと相反するアナログな工作が黙々とできる機会を提供したいとも話します。
「何度訪れても、あっと驚いてもらえる、感動を与えられるアトリエにし続けたいと思っています。進化させていくことがここの魅力のひとつになればと考えています。よく、夢のような場所だねと言ってもらうのですが、僕は夢から夢が生まれると思っています。子どもも大人も、ここに来てくれた人たちに夢を見てもらいたい、夢のきっかけになるものを持って帰ってほしいと考えています。それは、何かを作ってみたいという想いでもいいし、リラックスできてまた頑張ろうという気持ちでもいい。何か、次の原動力になるものを持って帰ってくれたらうれしいです」
木とビー玉という組み合わせに可能性を感じているという金子さん。作品をたくさん生み出し、おもちゃ文化の一つとして根付かせていきたいとも考えています。ビー玉の大きな家も作ってみたい、ビー玉を使った何かでギネスの記録にも挑戦してみたい。やりたいことはまだまだあると語ってくれましたが、今日はこの辺りで...。
アトリエを出たあと、不思議と満たされた気分になっていました。夢が詰まったアトリエマーブルは、ココロの栄養を補給できる場所なのかもしれません。
- ビー玉と木のおもちゃアトリエマーブル
- 住所
北海道札幌市手稲区富丘5条2丁目5番27号
- URL